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春の章・5話

「さて、これで良いかな。レイン殿、どうでしょう?」


龍から再び人へと姿を変えた緑龍に、レインは深々と頭を下げる


「ありがとう御座います。きっとすぐにでも、森を離れた動物たちも戻ることでしょう」


「そうだといいのですが・・・

そうそう、レイン殿、折角なので近場の町を案内していただいても良いでしょうか・・・?」


「?ええ。勿論ですとも。・・・桐藍、一角獣を二頭お願い」


「・・・・・少々お待ち下さイ」


緑龍の願いに笑顔で了承したレインは、真後ろに伸び始めた自身の影を見て、一言呟く


すると、何もないはずの影から目元と髪以外漆黒の衣に身を包んだ男が現れ、一言残し一礼するとあっという間に影の中に消えた


驚愕の面持ちでその一連のやり取りを見ていた緑龍は思わずレインの影をまじまじ見つめる


「今のは・・・?」


「私の護衛役を勤めている影の民の頭領、名は桐藍と申します


何かあっては大変なので、ずっと影警護を務めていたのです」


「どーらん?耳慣れぬ名ですね」


「大陸の東の出身ですから、発音も難しいのでしょう」


にこりと微笑むレインに、緑龍は驚愕する事項が多いな、と苦笑した


余り待たず、一角獣が二頭、騎手を乗せず一路二人の元に駆けてきた


白い一角獣と栗毛の一角獣、どちらもレインの前でゆったりと止まる

毛並みが良く、瞳も輝いていてよく世話がされていることが伺える


「白い子が花子、栗毛が安芸と


鞍は必要ですか?」


「いえ、大丈夫」


「ではどうぞ、安芸に。花子はまだ私以外を乗せたことがないのでご容赦下さい」


「ええ・・・ドレスで乗れますか・・・と、杞憂でしたか」


簡素といえども、ドレスを着たレインの騎乗を心配した緑龍であったが慣れたように後ろ足を曲げ足をかけさせる花子を見て苦笑する


「良く訓練されていますね」


「自慢の愛馬ですわ。では、先導いたしますので、付いていらして下さい」


「(本当に、良く訓練された一角獣ですねえ)」


緑龍がそう感じるのも無理はない


一般的に、獣というのは力関係に敏感で、生態ピラミッドの頂点に君臨する龍に恐怖するものだ


近寄るだけでも逃げるのが常だというのに二頭とも緑龍に寄り安芸に至ってはモノともしないようにその背に乗せる事を許している


調教師の腕が良いのだな、と緑龍は感心したように微笑んだ


一角獣で走り始めて10分ほどで小さな町へとたどり着いた


一角獣を降りレインは緑龍に町の説明をしていく


「ここが一番最寄りの町になります。人口は大体200人程の小さな町ですね」


「家の造りも違うのですね・・・他領では木造の家が主流ですが、此処は煉瓦、ですね」


「この辺りは夏は暑く冬は寒いのです。煉瓦造りの家は冬は暖かく、夏は涼しいので推奨しております」


「・・・側溝も綺麗なものですね


不快な臭いもない」


ちらと道の脇を流れる側溝を見て緑龍は感心したように息を吐いた


「ああ、下水処理の影響ですね。各家にはトイレがありまして、側溝や道端で用を足すことは領制で堅く禁じております


トイレの下、地面の中に管を通しまして、汚物は全て一カ所に集め下水処理をして居るんですよ」


・・・この世界の大半の場所においてのトイレ事情は、中世のヨーロッパと同じで、そのまま河川に流したり、側溝で用を足したりと非常に不衛生だ


現代日本も生きたレインがソレを良しとするわけもなく、下水処理設備の設置は随分早い段階で行われたのだ・・・


「随分、獣人や半獣も行き交っているね。先ほどのどーらん殿も異種族だ


それに、見慣れない物が多く商店の軒先に並んでいる

シュレイアは異国との交易が盛んなんだね?」


道行く半獣や獣人を見て、緑龍はレインに問いかける


「左様で御座いますね。

シュレイアは異国との交易に重きを置いております。

学ぶことはとても多いですし、得られる物も多いですよ」


「ふむ・・・例えば、ソレはなにかな?」


ソレ、と緑龍が指さしたのはトゲトゲした黄色いもの


「葉が付いている、と言うことは作物かな?けれど食べれそうにないと思うんだけど」


「ああ、外皮は硬いので食べれません。これはですね、皮を少し厚めに向いて中の果肉を食べるんですよ。パイナップルと言って、南の方の国の果物になります」


レインはにっこり笑うと露店の店主に一言二言告げてパイナップルを剥かせ、それを串に刺して緑龍に差し出した


「・・・・・美味しい!甘酸っぱくて良いね。店主、済まないが幾つか包んでもらえるかい?是非皆に食べさせたい」


「(緑龍様、すっごく嬉しそうだわ・・・甘い物、好きみたいねぇ)

おばちゃん、ソレとソレも入れてちょうだい。

この赤い実も美味しいですよ。この黄色のも。あとで召し上がり方はお伝えいたしますね」


レインがお金を支払い再び歩き出せば緑龍は感心したように息を吐いた


「有り難う。いや、驚きました。

このぱいなっぷるもですけれど、沢山ある露店に並んでいる商品の殆どが知らない物です


世の中には、本当に沢山のものがあるね。知っていたはずなのに、随分それを忘れていました」


苦笑する緑龍にレインは頷く


「私も、物心ついた頃には父にくっついて外国に行っていましたが、何処へ行っても何度行っても驚かされる物が多いです。そのたびに、世界の広さに驚かされます」


微笑むレインに緑龍は頷いた


「活気のある町だ


みんなが活き活きしていて良いね。清潔感もあるし路地裏で蹲ってる姿も見えない


赤龍を迎えに来て良かったよ。


シュレイアに対する意識を変えることが出来たし、何より美味しい物が食べれたし

・・・恥ずかしながら私は甘い物に目が無くてね。しかしこの国の主流は乾燥した果物だ。流石に数千年生きていたら飽きてしまってね」


「あら、では屋敷に帰りましたら幾つか菓子を作りますわ。


異国の知人から習いましたの。シュレイアでは砂糖の精製も行っていますので、甘い物は決して高価すぎることもなく、領民の暮らしに根付いているのです


珍しいと思いますから 是非召し上がってくださいませ」


苦笑を零す緑龍にレインが提案すれば、ぱあっと表情を明るくさせ、とても嬉しそうに笑った


「本当?俄然楽しみになったな。・・・と何だかんだで良い時間のようだね」


「左様で御座いますわね。そろそろ戻りませんと・・・」


15時を報せる鐘の音が響き渡り緑龍は目を細めた


時間にしてほんの1、2時間であったが収穫は思っていた以上だった





「・・・と言うわけで、1番近場の町を見てきたのですが」


「?随分楽しそうだな・・・シヴァ」


夕方になって戻ってきた緑龍の報告を聞きながら、赤龍は首を捻る

赤龍の怪我は塞がらず、熱も微熱ながらあったため結局一晩泊まることになり、レイン達は気を利かせて席を外した為、今は赤龍と緑龍は二人きりだ


「このシュレイアは予想以上です。町はね、3大領地並の生活水準で、龍族、人族は勿論だけど、半獣族や獣人族も普通に行き交っていました

売っているモノも珍しいモノが多くてね!!特に甘味の種類と言ったら!!!!」


「そう言えば、シヴァは甘党だったか・・・」


「そう!!でもこの国で甘味と言ったら、乾燥させた果物ばかり!何千年も食べていれば飽きます!!


それが、このシュレイアでは本当に様々な種類の甘味があったのですよ


実は夕食の後に菓子を一つ出して下さると言うので、とても楽しみにしているのです!」


段々声量は大きく、瞳はキラキラと輝かせ語る緑龍に赤龍は唖然とする


黄龍に次いで年長の緑龍が、果たしてこんなにコロコロ表情変わっただろうか・・・と記憶を探るが一向に出てくることはなかった


「其れは、その、良かったな・・・ところで、そんなに生活水準が高かったのか?」


「えぇ。とても」


話を逸らせたのは正解だったようで、真面目な顔で頷いた緑龍に赤龍は内心安堵していた


「赤龍は、基本的に自宮に籠もるか争い事に飛び込むかしかしないから内政に関して余り興味がないのは知っています。


元々八龍は、内政に余り口を挟まないようにしていますから余計にピンとこないかもしれませんが・・・このシュレイアの標準は、3大領地の都市部の標準ですよ」


「それは凄いのか」


「当たり前です。何を仰有っているのやら・・・


3大領地、西のヴォルケ、北のナザル、南のバルクスはこの国の12ある領地の中の古参3家でもあり、それぞれ発展した都市を持ちますが・・・


その、都市と同じくらいの生活水準ですよ。それも、たかだか人口200人程の小さな町が!」


「・・・・・それは、凄い、な?」


「わかっていませんね?


・・・例えば教育です。一般的に学校というのには富裕層が通うものです。


平民も行かなくはないでしょうが、そこに子供を通わせるだけのゆとりのある平民はあまりいません。金銭的にも、時間的にもね


富裕層もまた、子供が3人いれば1人だけ通わせる事が多い。中位以上の貴族は、別ですが・・・


一方このシュレイアでは、6歳から15歳まで、領民の義務として学舎で等しく学ぶことになっているそうです。これは領運営で、費用は殆ど掛かっていません


ちなみに、時間は10時から4時まで。農民に配慮して日中の暑い時間にしているようです



それから、電光石


これは、この国で流通しているのは恐らくシュレイアのみでしょう。北の4大国の最古参、魔族の国アベルにのみある石で、夜になると昼間並に明るく辺りを照らす石


・・・我が国の言うところの光石ですね。この光石よりも長持ちで、かつ、とても明るい電光石をほぼ全ての家が大なり小なり持っているようですよ

町の街灯にも惜しみなく使われていたのには目を疑いました。


それから井戸です。青龍の龍域がある故に水源の恵まれたシュレイアであっても、各村や町に必ず井戸があるはずがない・・・必ずしも地下水が通っているとは限らないですからね


そのため、シュレイアでは最寄りの水源から地下に石造りの管を通して各町のほぼ中心部に作った井戸に流しているそうです」


ノンブレスで言い切った緑龍の顔は真剣そのもので、かなりの迫力である


「(こんなにも興奮しているシヴァを見たことがない)」


「正直、何故他領地に田舎と蔑まれているのか・・・というより、何故この行き届いた設備を外部に見せないのか謎すぎます


そこの所、どうなんですか!!??どーらん殿!!」


「は?」


「・・・・・・・・・・・自分でハ、お答えするのは難しいでス」


「は?!」


誰に話を振ったのかと思っていれば間を置かず、返答があり赤龍は驚愕の声を上げた


声の方向を慌てて見た赤龍は、家具の影からぬうっと出てきた男の姿を見て更に驚く


基本的に龍族のように、個体能力の高い大型の種族は気配を読むという細かい作業が苦手な部類に入る


何故なら不意を多少突かれても、負傷することが少ないからだ


最前線で戦いながら特攻に走る赤龍は勿論の事、戦闘を余り得手としない緑龍も気配を読むことは不得手としている

だがそれを差し引いても、現れた桐藍には気配がない


目の前にいるのに、存在感を感じないなんて・・・と赤龍は呆然とする


「カマを掛けたのですが、いらしたようで良かった。レイン殿なら護衛役を残していそうだと思いましたので」


「是」


「実際、どうなんでしょう?何故、蔑まれるのを良しとするのです?


これだけの設備です。知ればみんな見直すでしょう


とてもじゃないが、これを知って田舎領主だ、などと蔑む事は出来ない」


「・・・私は厭くまでも護衛役で御座いますかラ」


「本当に?私の見たところ、イチ、護衛役と言う風には見えなかった。

随分信頼を得ているように見えましたし」


「(あの短時間のどこに其れを確信する要素があったのカ・・・)


領地の運営に関しテ、私が説明できることは在りませン。当主をお呼びしますのデ、当主にお尋ね下さイ」


そう言って影に溶けた桐藍を赤龍は驚愕の面持ちで見送る


「何だアレは!!」


「モノ扱いは感心しません。護衛役兼、レイン殿の右腕というところでしょう


私も書物以外で初めて出会いましたよ。影の民、ご存じですか?」


「スマン・・・いや、知らないな」


「私も簡単にしか知りませんが、その名にあるように影に棲む亜人で、東の小国に暮らしているはずです。


影を移動し、主に情報収集や、その恵まれた身体能力による隠密を得意とするとかしないとか。戦争の傭兵として生きているはずです


・・・何故、こんな西の国にいるのかは謎ですが・・・


聞くところによると、この領地には、半獣、獣人、それに彼のような亜人が人口の2割強を占めているのだとか。


・・・これがどれ程この国において珍しいことか、お前もそのくらいなら分かるでしょう?」


「其れくらいは、分かるさ」


ふんと鼻を鳴らす赤龍に緑龍は満足げに頷く


「無意識に、あるいは意識して、多くの龍族は自分たち以外を弱小と思い卑下する傾向にある。嘆かわしいことだけれどね。


そして、そんな龍族と共に生きるこの国の国民にとっても、又似たようなモノ。

特に獣人、半獣に関しては顕著な反応を見せる。だというのに・・・」


緑龍がほんの少し見たこのシュレイアに生きる者達の様子は、この国の常識を覆すものだ


気安く肩を組んで笑う人と獣人


すれ違った自警団には龍族と半獣と人が混ざっていた・・・


「・・・だが、分かる気がしなくもないさ」


「ほう?」


町の様子を思い起こしていた緑龍は赤龍の声に頭を上げる


「お前はまだ、セルゲイ殿とレインにしか会っていないし言葉を交わしてもいないからまだわからんのかも知れん。


我は、全員と言葉を交わした


この領主一家が治めているのだ。治める領地に暮らす領民が、そうあって可笑しくない


知っているか?この領主の一家は、小さな末の子でも我と目を合わせるのだ


血濡れの手を、やわい手で握るのだ


頬を桃に染め、我に会えて嬉しいと心の底から喜んでくれるのだ」


両手を見つめ、ふっと表情を和らげる赤龍に、緑龍は目を丸くした


「・・・良かったですね」


「ああ」


「(本当に、嬉しそうな顔をする・・・ジルヴァーン様に報告することが増えましたね)」


その後も緑龍不在の間のシュレイア邸での話をする赤龍とそれを聞く緑龍の間には穏やかな空気が流れていた



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