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冬の章・3話




レインとの約束の日、赤龍は龍の姿になってシュレイアを上空から見下ろしていた



民を悪戯に驚かせないように、かなり高い所を飛んでいるため鳥ともすれ違う事は無い



『(こうして見下ろす限りは、なんてことはない普通の農地の目立つ田舎だな)』



畑の目立つ領地は、上空からでは他所となんら変わらない



地に下りて初めて、シュレイアの異常性に気付くのだ、と笑ったのは黒竜だった



青龍の龍域によって枯れる事のない豊かな水源、領主領民の果てない探究心と努力によって開墾された土地、移民が祖であるために移民に寛容で、領主と領民の信頼関係から異種族の受け入れも自然に行われている



『このシュレイアこそ、レインそのものの様な気がするな』



領民を領地を大事にするシュレイア家だからこそ、赤龍はレインを知る為にまず領地をじっくり見てみようと思ったのだ



『そろそろ、時間か』



太陽の位置を確認して、郊外に降り立つよう高度を下げれば、比例してシュレイアの領地がより細かく見えてくる



『ああ、いいな・・・』







「赤龍様、ようこそおいで下さいました」



初めてシュレイア家の玄関扉を叩いた赤龍を出迎えたのは、シンプルな緑のワンピースを着たレインだった



玄関を入ってすぐ傍にある応接室の一室に案内されている間、赤龍は視線をレインの後姿に注いでいた



茶色の髪を複雑に結い上げて纏め、小さな真珠が耳を飾り、控えめな化粧を施してあったレインは、それまで赤龍が顔を合わせてきたどの時よりも自然で、赤龍の目を大きく引いたのだ



「この度は、忙しい時期にすまなかった・・・その、今日の衣装は普段以上に似合っている」



「とんでもございません。何時でも歓迎いたしますわ。



・・・あら、有難う御座います。赤龍様も普段とは装いが違って、普段以上に素敵ですわ」



「・・・青龍が張り切ったんだ。これでも少しは外したんだが」



レインの言葉に頬を染めた赤龍・・・普段の衣装とは異なり、白のシャツに黒のスラックスとベスト、指し色に主張し過ぎない程度に臙脂が入っている


髪(鬣)を纏める結い紐も、普段使っている飾り気の無い紐ではなく、羽飾りの付いた飾り紐であった



「よくお似合いですよ」



「・・・・有難う」



ふふふ、と笑うレインに赤龍は照れくさそうに笑った



「文には、シュレイア領を見たいと書いてありましたが・・・??」



「ああ、そうなんだ。春の祭りは来たのだが平素のシュレイアを知らないと思って」



「普段のシュレイア、ですか」



「そうだ。我は、ヒトの暮らしをそも殆ど知らぬ。知らなくても問題はないと思っていた・・・思っていたのだが、知りたいと思って・・・」



どんどん萎んでいく声に、レインは微笑んだ



「喜んで、我が領地の案内をさせてくださいませ」



「・・・頼む」



「では、天馬を連れてまいります。宜しければ、近くの街まで行きましょう」



「あぁ・・・是非!」



頷く赤龍に、レインは微笑んだ



天馬の用意をしてくるからと部屋を出て行ったレインを見送って、赤龍はぐるりと部屋を見渡す



春に墜落した時、そして祭りの時、揃って部屋を眺める余裕の無かった為気付かなかった上に、今回はより濃い痕跡



・・・それは残り香のようなものだった



「感知は得意では無いがそれでも分かる、強烈な力の残滓・・・



魔王と、海王、それに鳳凰のものか。このシュレイアで一体何をしたんだ」



力の欠片に赤龍は溜息を吐く・・・強いものは存在を隠せる、だというのにシュレイア家全体にしっかり痕跡を残している三王の狙いは間違いなく牽制だった



問題はその牽制が一体何に対する牽制かという事だ



「何か、起こっていたようだな・・・三王が揃って力を使う何か。



だが詳しくは、やはり分からないな・・・感知は、青龍や緑龍の得意分野だし・・・」



すん、っと鼻を鳴らし、目を凝らしても詳しく分からず肩を落とした赤龍は大人しく席に座りなおしレインを待った



「お待たせいたしました、参りましょうか」



「ああ。よろしく頼む」



部屋を出るときもう一度目を細めて部屋を見た赤龍は、頭を振ってレインに続いた







レインが赤龍を案内したのは、かつて緑龍も案内した一番近い町だ



春に比べれば流入民分人数が増え、活気に溢れている



「此処が、屋敷から一番近い町になりますわ。以前、緑龍様もご案内いたしました」



「そういえば、町に行ったと言っていたな・・・。



小さいながらも、活気に満ちた良い町だな」



周囲を見渡し、しみじみと噛み締めるように言った赤龍に、レインは嬉しそうに笑った



「・・・随分、嬉しそうに笑う」



「ふふ、嬉しいですもの。この町は、シュレイアが領主としてこの地を治め始めた時最初に作った町なんです。原点と言っても差し支えない地なんですよ」



「ここが・・・?」



「人数の増減はあれど、ずっと在り続ける此処は私達領主の一族にとってもとても重要な場所なんですよ」



笑うレインは、そのまま赤龍を先導し大通りから一歩外れた裏道を進む



「どこに行くのだ?レイン」



「せっかくですから、私のお気に入りのお店にお連れしようと思いまして」



「お気に入りの、店」



「ええ。美味しい菓子と茶を出してくれる店ですわ。



気分転換したい時によく利用するんです。



ただ、まだ誰も連れて行ったことが無いので、他の方の反応は知らないんですけれど」



「我が、初めてか?」



「ええ。気に入っていただけたら嬉しいのですが」



ふふふ、と微笑み赤龍を見上げるレインに、赤龍は頬が緩み、慌てて口元を手で押さえる



「赤龍様・・・?」



「・・・なんでも、ない」



「調子が悪かったら、仰ってくださいね?」



「大丈夫だ。少し、その、嬉しくて・・・」



ぼそぼそぼそと喋る赤龍に、レインは首を傾げながら体調が大丈夫なら、と辿り着いた一見ただの民家の木戸を迷う事無く開いた



「いらっしゃーい」



「アンリ、こんにちは」



中にいたのは、美しい緑の髪を纏めた女で、黒いシャツとスラックスに白いエプロンというシンプルな格好をしており、レインを認めて目を見開いた



「あらぁ、レイン様じゃなぁい?今日は連れがいるのね?珍しいわぁ」



「赤龍様、この店のオーナーで、緑人族のアンリですわ。彼女の探究心は素晴らしくて、沢山のお菓子を作ってるんですよ」



「初めまして、邪魔をする」



「あっら、ウソー・・・えぇ、ホントに赤龍様?!ちょっとレイン様、事前連絡欲しかったわ!?」



ペコリと軽く頭を下げる赤龍に店の店主アンリは慌てて此方こそ!と頭を下げ、レインを半目で見た



「あら、ごめんなさい」



「もうレイン様にも困ったものだわぁ」



はあ・・・と溜息を吐くアンリに赤龍は改まった態度にしなくて構わないと苦笑する



「有難う御座います・・・・・・・・・とにかく、お茶に来たのね??レイン様」



室内にある唯一のテーブル席に案内したアンリは、レインに目的を尋ねる



「ええ。美味しいお茶を期待してるわ。新作あるかしら?」



「あるわよ勿論。でも私が作ったもので良いのかしらぁ?」



「ええ。だって貴女の作るお菓子もお茶も友好国の方達にも好評だし」



「ほう、そうなのか・・・」



レインの言葉に赤龍は興味深そうにアンリを見る


慌てたのはアンリである・・・赤龍からの視線もだが、レインの発言が流せなかった



「ちょっとレイン様!!??友好国の方って何のことー!!??」



「手土産によくお菓子を持って帰ってもらってるわよ。あと、貴女の配合した茶も一緒に」



「初耳よ!!??」



「あら?言ってなかった??」



「レイン様ぁー・・・・・・・はぁ」



がくりと肩を落とすアンリに赤龍は苦笑した



「もう、レイン様たっら困った方だわぁ」



「ふふ。だって自分の好きなものは親しくしている方にも勧めたいじゃない?貴女の作るお菓子も調合するお茶も本当に好きなのよ」



おっとりと笑うレインに、アンリは面食らったような顔をした後耳まで朱に染めた



「これだからレイン様は・・・!もう!今日のお菓子は餅菓子ですよ」



「もちがし・・・??」



アンリの言葉に赤龍は首を傾げる・・・エーティスでは米も餅もほとんど出回っていない為赤龍には全くイメージが沸かなかった



そもそもエーティスではシュレイアを除いて甘味の文化が殆ど発展していない・・・余談だが、甘い物を好む緑龍などはシュレイアの甘味を定期的に取り寄せている



「まあお楽しみにお待ち下さいねぇ」



一礼して準備に向ったアンリを見送って、赤龍はレインに向き合う



ニコニコとするレインに、赤龍は少し照れつつ、チラリチラリと見る・・・何も無い自然なレインを見たのは、春以来だと思いながら・・・



「そんなに見つめられると照れてしまいますわ」



「そ、そうか・・・女性を不躾に見るものでは無かったな・・・」



すまない、と謝る赤龍に、いいえとんでも御座いませんわ。と首を振ったレインにタイミングが良いのか悪いのかお待たせしました、とアンリが皿を運んで来た



「餅と、豆を潰した餡をパイで包んで焼きました。お茶は蓮で主流の緑茶ですわぁ」



「餡子ねぇ・・・!良いわねぇ」



嬉しそうに声を上げたレインにつられて、赤龍は初めて見る餅菓子をまじまじと見る



「パイ・・・初めて見る気がするな」



「バターをふんだんに使いますの。酪農を領内でしていて、且つ、この町は周囲に牧場も多く、新鮮なバターがよく手に入るので、パイは母(家庭)の味と呼ばれるくらいには普及していますのよ。



これは、以前レイン様が林檎を入れたパイを作って下さったので、それの応用になりますわ」



「アンリの作るパイはこの町一番ですわ。



このシュレイアでは、他所にはない多種多様の料理がありますが、所謂、郷土料理と呼べるほど多くの領民が作っているのはやはり乳製品を使ったものなんです。



赤龍様は、シュレイアを知りたいと仰ってくださいました。


ならば最初はやはり生きる者にとって重要な食を伝えたいと思ったのです」



にっこりと笑ったレインの言葉に、赤龍は目を見開き、皿の餅菓子を見下ろした



「あら、お茶がしたいだけじゃなかったのねぇ」



「ふふ、流石にね。赤龍様を案内するんだもの。それに、嬉しかったんですよ」



「え・・・?」



「赤龍様にこの領地を知りたいと言って頂いて、嬉しかったんです。だって、自慢の領地ですもの」



誇らしげに、嬉しそうに、幸せそうなレインの表情に、正面からしっかりと見てしまった赤龍は瞠目し、次いで頬を染めた



「?どうしましたか」



「な、なんでもない。その、頂いて良いか?」



「勿論です。どうぞ召し上がってください」



赤面を誤魔化すように菓子を口に運んだ赤龍は、さくりとした初めての食感に大きく目を見開き、すぐに二口目を口に運び、頬を緩める



「おいしい」



噛み締めるようなその一言に、レインとアンリは顔を見合わせ微笑み合った



余談だが赤龍は餅菓子を大層気に入り、更に緑茶も気に入ったからと菓子と茶葉の土産を頼み大層アンリを驚かせたのだった






アンリの店を出た後、レインは赤龍に町の彼方此方にある店を紹介して回った



複雑な模様の織物や、異国から伝わって発展したという鍛冶技術、輸入食品を扱う店・・・どの店も赤龍にとって新鮮であり、どの店もどの出会った人も、赤龍にとって温かかった



「この領地は、温かいな」



「え?」



「人も龍族も、他の種族も。畏怖や恐怖の眼差しを向けてくることが無い。



アンリもだったが、驚いた後すぐに笑顔になる。嬉しいな・・・凄く」



「赤龍様」



「レインは言ったな。自分達だけではないと。我を畏怖しない存在もいるだろうと。



だが、実際はやはり畏怖されるし、恐怖の眼差しを受ける。やはり辛い。



温かさを知ってから、辛いと以前より感じるようになった」



噛み締めるように呟く赤龍にレインは眉間に皺を寄せた



「だから、というわけでは無いが」



「はい」



「レイン達と出会えた事を僥倖と思い、レインを、シュレイアを知りたいと思った。今回の訪問には、幾つか理由があったんだが、これもひとつだ。



辛いから温かさは、知らなければ良かったのではないか、と思う時がある。



しかし、知ってよかったとも思うのだ。ずっと、終わらせる(死ぬ)事しか考えていなかった。



無駄死にするわけにはいかないから、戦場で役に立ってから大地に、黄龍様の力に還ろうと思い続けて・・・今生きているのか、生きていないのか曖昧な中にいた。



自分の生きている意義のようなものが分からなかった。



今は、少し違う。なんていえば良いのか分からないが・・・今はもっと、色々知りたいと思う」



自然にレインの手を取った赤龍は、その小さな手を見下ろして、ギュッと包み込んだ



「これからも、色々と知っていきたい。これまで、無視して取り零して来た色々なものを、掴んで行きたいと思う」



酷く柔らかく笑う赤龍に、今度はレインが驚き目を見開いた



「(・・・・なんだか、違う?)」



赤龍が秋に会った時と何か違う気がすると内心で首を傾げたレインは、しかし鳴り響いた時を告げる鐘の音に疑問を打ち消した



「・・・・まあ、もうこんな時間・・・赤龍様、色々とお話したい所ではありますが、今日は屋敷に戻りましょう」



「ああ、長居してしまったな」



「ふふ、色々な場所を案内するには一日二日では到底足りませんわ。意外と、見所も多いんですのよ」



「そうか。それは楽しみだな」



「今回は二泊三日のご予定でしたでしょう?明日は是非、北へ」



「北?」



レインの言葉に、夕焼けに染まる白い山々を見る



「北の険峰には、青龍様の龍域があるのですが、その影響か非常に美しい光景が見れるのです。冬ならでは、ですわ」



にこやかに笑うレインに、赤龍は楽しみだ、と頷く



「考えてみれば、自分以外の龍域は殆ど知らないな」



「あら、そうなのですか??」



「さして用もなかったからな・・・だが、そうか。レインが勧めてくれるのだ。楽しみだ。よく考えれば、あまり雪をしっかり感じた事も無い気がする。



・・・溶かしていたからな」



ぼそっと呟いた言葉にレインは、成程、と苦笑した



「この辺りでも雪は降るんですが、北とは比べ物にもなりませんわ。

その場所ならではの食べ物もありますから、楽しみにしてくださいませ」



「ほう?それは楽しみだ」



ふふふ、と笑うレインに赤龍も笑ったのだった

デートシーンを書きたかったのにイマイチ・・・ORZ

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