秋の章・16話
sideクラウス
レインの案内で資料庫の最奥にやってきた
レインが言った通り、壁面にはずらりと姿絵が並び、標本の類も纏めて置かれている
「コレは、随分懐かしいものじゃ」
飾られている姿絵、さて、知っている顔はどれ程あるか・・・と塩虫の標本を出すレイン以外の全員で共に見始めた
「ああ、セルゲイのも、もうあるんじゃな」
一番手前にセルゲイ、そして順に見ていけば、知っている顔もあれば知らない顔も勿論ある
笑っている者、無表情な者、困ったような表情の者もいれば照れくさそうな者もいる
懐かしさと同時に、絵姿の殆どの者はこの世にいないのだと思うと人間の命の儚さに何とも言えぬ感情が浮かんだ
「俺はせいぜいセルゲイとその御父上くらいしか分からないな・・・」
「ワタクシも本当に一部しかわからぬ・・・。
セルゲイの曾祖父に当たる・・・レインの四代前なら特によく知っているが大半は分からぬなぁ」
「儂は七割ほど分かるが・・・思っていたより知らぬ者が多いな」
姿絵の八割ほど見終わって、感想を口々に言う儂等に、ウェルチやフェルト、ツユリの側近のホズミとクサカ、劉殿の側近の凌白沢がそれぞれ知った姿絵の前に立ち、この当主はこんな人間だった、こんな事があった、等と昔話に花を咲かせている
「ん?最後ということは初代か・・・ぶはっ!!??」
絵姿の最後、初代当主のその絵を見て、思わず噴き出してしまった
「汚いです魔王陛下」
「ばっちいです・・・噴き出さないでください。絵に掛かったらどうするんです」
相変わらず冷たい側近にちょっと泣きたくなるが、それより何より初代の絵姿が問題だ
「・・・レイン!これはイチの絵姿か!!??」
塩虫の模型を漸く用意し終わったレインを呼べば、何だ、何だと全員集まる
そして、儂の指す初代イチの絵姿(仮定)を見て、目を丸くした
「間違いありませんよ。イチ・シュレイアの絵姿です。
・・・えっと、彼の愛娘が幼い頃書いた絵です」
イチの絵姿は、他の絵がかなり忠実に描かれているのに対し、子供の落書きだった
・・・正直人間を描いたのではなく、新種の生物を描いたかのような・・・
そう呟けば、レインが苦笑する
「・・・何というか、コレを当主の姿として残すあたり、流石というか」
「ふむ・・・。あやつらしい」
「シュレイア家の初代は随分茶目っ気があったのだな。
残念だ。俺も会ってみたかった」
儂とツユリは生きているイチを知っている故、驚いたが納得もした
「イチは面白い男じゃ。突拍子もないことを始めてみたり、知識も豊富でな。
生前イロイロあって儂も随分楽しませてもらったが、まさか絵までコレとは思わなんだ」
「初代はそんなに面白い方だったのですか?」
レインのキョトンとした表情に、ああ、余りシュレイア家自体には伝わっていないのか?と笑う
「レインと似たり寄ったりじゃ。
レインより医術に詳しく、イロイロ広めておったな。
シュレイア家の基盤を作った男じゃ。
他人に優しく自分に厳しく、妥協せず。
自分より他の誰かを優先させるところはレイン、お主によぉく似ておる。
普段は周りから一歩引いて見守っているような男じゃ」
「助言はしても、成長は各人に任せておったぇ。口出しする奴が多い中、珍しい男であったわ」
懐かしさに目を細める儂等に、レインはまあ・・・と目を丸くした
イチ・・・儂の友人であり、レインとの関わりも深い男じゃ
レインがイチの正体を知れば、どう思うだろうか?
会わせたらどうだ?
喜ぶか、驚くか、文句を言うか?それとも、離れた年月など感じさせないくらい自然に語らうか?
・・・まあ、まだ当分言わんがな・・・
イチとレインの関係、これを言うのはレインが己の役目を果たし世代交代した時じゃ
アベルに連れ行く手札の1つとして大事に取っておかねばのぅ・・・
好きな者が揃うのが今から楽しみじゃ・・・
儂の思惑など露知らぬレインは、一通り絵を見終わったからと塩虫の標本を持ってきた
比較的大きな塩虫に、ツユリは瞳を輝かせ、劉殿も興味津々とばかりに近くで標本を眺めている
二人の側近も、やはり興味深そうだ
そんな様子を見て、レインは微笑むと、ツユリに資料を手渡した
・・・どうやら塩虫の生態に関して纏めた資料らしい・・・
「塩虫、塩喰い虫、塩蟻などなど、地域によって呼び名は様々です。
長年、その生態は謎に包まれていたんですが、各国協力して調査を続けていた結果全てではないですが、ある程度分かってきました」
レインは指折りながら調査の結果を連ねていく
「1つ目、塩虫には女王がいます。
2つ目、女王が生まれるのは北の海中で養分を蓄え成長した女王は大陸が乾期になるのを待って陸に上がり一匹で大陸中心部の岩山を目指します。
3つ目、岩山で岩塩などを食べて蓄えた養分を元に、出産し、大量の塩虫を生みます。これは、蟻で言う働き蟻ですね。
4つ目、雨期の間は岩山の内部に隠れています。乾期になった途端、集団になって海を目指します。そして海に入ると女王は次代の卵を産み、半分の塩虫と共に姿を消し、もう半分の塩虫は次代が生まれるまでその卵を死守します。
5つ目、彼等の弱点は真水で、真水を被るとナメクジに塩を掛けた時のように溶けてしまいます。
6つ目、現在分かっている天敵は二種族です。1つはウチにいる女郎蜘蛛の一族です。そしてもう1つは北の海にのみ生息が確認されているクラーケンです。
・・・今のところ、これが分かっていることですね」
レインの言葉に、意外と調べられているんじゃなぁ・・・と思っていたら、ツユリがほう!と声を上げた
「クラーケン・・・塩虫など、ワタクシには縁のないイキモノだと思ったがクラーケンならばワタクシの城にも警護兵として数匹いるぇ」
「ひょっとしたら他にも天敵は存在するのかも知れませんわ。
だからこそ、引き続き調査をしております」
ニコリと笑うレインに、ツユリがにんまりと笑った
・・・ああ、玩具を見つけた童のような顔ではないか・・・
「ではワタクシも調べさせてみよう。北の海は、ワタクシ達も中々行かぬからのぅ・・・良き機会よ。
何か資料に追記出来るようなことが分かれば、教えよう」
「あら!本当ですか??」
「ふふふ・・・こう長く生きていると、退屈で仕方ない。
新しいことをしたくなるからねぇ
・・・塩虫という不思議生物はワタクシの退屈を少しは紛らわせてくれるか、否か・・・。
とにかく、情報の対価は情報で、だろぅ?」
美しく笑うツユリに、レインは有り難う御座いますと言って微笑んだ
・・・しかし、ツユリも、儂もそれなりに美男だというのに、相変わらずレインの反応は普通じゃのぅ・・・たまには頬を染め照れる姿も見たいものじゃ
「クラウス殿?」
「うん?」
「考え事ですか??」
「そうじゃの・・・耐性を付けすぎたかと思うておった」
「耐性?」
小首を傾げるレインに、うむ。と頷いて、それにしても・・・と資料庫をグルリと見回した
「歴代のシュレイアの者達は、よく調べ、残したものじゃな」
シュレイアの規模の領主が残す書の量と種類じゃないぞ、と笑えば、そうですか?と首を傾げつつ、嬉しそうな雰囲気のレイン・・・
ツユリや劉殿もグルリと資料庫を見回して、確かに、と頷き合っている
「儂は、知っている。かつて荒れ果てていたこの土地を。
民と共に土を耕し、日々の糧を得ていた領主達を。互いに尊重し尊敬し合うその姿は、儂にとって珍しかった。
領主と民は、争ってばかりだと思っていたからのぅ。
・・・実際、シュレイアが領主となった当初、エーティスでも幾つか領主と民の対立する争いが規模はどうあれ起こったはずじゃし、同じ頃他国でもやはり争いは多く、また下克上も珍しくなかった。
だからこそ、儂は友人が死んでも、このシュレイアを見守り続けた。
何時か、ひょっとしたら初代の思いを踏みにじり、何処にでもいる、ありふれた領主がシュレイアにも現れないかと疑ってもいた。
だが、家が出来て500余年。領主となって300余年・・・人にとっては十分な時間が経ったというのに、今のところおらぬわ。
人は脆弱で、あっという間に死んでゆく。
呆気なさ過ぎて、虚しいばかりじゃと思っておったが、こうして受け継がれていくモノがちゃんとあるんじゃのぅ」
人は弱い
余りにも弱い・・・
風邪で死に、川や池で溺れて死に、怪我して死ぬ・・・・だが、ちゃんと生きた証を残しているのだとシュレイアの領地やこの資料庫を見れば分かる
「人は、凄いのぅレイン」
「弱い存在は、弱い存在なりに足掻きますからねぇ」
ふふふ、と笑うレインに、そうじゃのぅ、と儂は頷いた
一通り塩虫の資料も見たので、一端部屋に戻ろうか、と満足そうなツユリが言い、儂等も頷く
フェルトやウェルチは気になる資料が多いのか若干名残惜しそうじゃのぅ
「レイン、この家系図だが滞在中借りても構わんかぇ?」
ツユリの言葉に、ええ、構いませんよと微笑んだレインに、便乗してじゃあ儂も。とシュレイア家の歴史書を手に取った
羽虫の調べが終わるまで、まだ時間はある
暫し昔を思い出しながら、穏やかな時を過ごしても構わんじゃろう
・・・ウェルチとフェルトが分厚い資料を借りているのを見て笑ったのは言うまでもなかろう・・・お主等欲望に正直じゃのぅと呟けば、二人は顔を見合わせ頷き合う
「我等は欲望に忠実な魔族ですから」
ああ、それはそうじゃな・・・




