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秋の章・13話



月が昇り始める頃、空の旅を終えた二人はシュレイアに帰領してすぐ、塩虫の対処を勤めていたキリクとアリアに代わってレインが指揮を取り始め、セルゲイは流入民の状況を確認する


「(人助けは大事だけど、それでウチが倒れたら本末転倒よ。


塩虫対処は私たち上の三人でするから、父様達は通常業務をこなしてくださる?)」


精霊対策に筆記でセルゲイに御願いすると、セルゲイも心得たと微笑み頷く


「それが良いだろうね。分かったよ」


「(塩の在庫は十分あるわ。一旦輸出を止めていて正解ね。


春から生産量を増やしていたのも良かった・・・。


岩塩の採取もしているから、なんとか余力を残せる)」


「(水の輸送も今のところ問題ない。


とにかく、元々砂漠の国で平素から水不足のローランから順に運んでいる。


影の民もだが、空を飛べる者たちがかなり頑張ってくれているから事態が収束したらしっかり手当てを出さないとな!)」


作業しながらレインと筆記でやりとりをするアリアとキリクに、レインも笑って勿論よ、と頷いた




塩虫の対処に目処が付いたのはレイン達が帰領して5日後の早朝のことだ


睡眠もそこそこに、通常業務と平行して塩や水の輸送指示などを行っていたレイン達の目元には濃い隈が居座っていた


「(ひとまず、行き渡ったみたいね)」


シュレイアから一番離れたセバ国からの礼文に目を通したレインはホッと息を吐いた


「(もう!!今年はなんて年なのかしら!)」


「(エンチュウ自体は毎年発生しているにしろ、今年は数が多かったせい

で、甚大な被害が出たな・・・)」


深く息を吐くアリアとキリクに、レインも深く頷き同意する


「このままで終わらないわよねぇ」


「おいおい、レイン。そんなこと言って、現実になったらどうするんだ」


思わず溜息混じりに呟いたレインに不吉なことを言うなとキリクが言えば、でもねぇ・・・とアリアも浮かない顔だ


「(今年に入って、春の赤龍様の墜落、夏のレインの誘拐、流入民、それで今回のエンチュウ・・・


一年経たないうちにこんなにイロイロあるのも中々珍しいわよ。


このまま年を越させてくれるとは思えないんだけど。絶対まだ何かあるわ)」


「まあ実際、今もそうだしなぁ」


精霊師、とサラリと紙に書いて示したキリクに、レインとアリアは揃って重い溜息を吐いた


「(どう対処する?目に見えない相手なんて無理じゃない?)」


「(確かにそうだけど、いつまでも筆記は面倒よねぇ)」


「(・・・・・・正直、俺達だけで解決出来ねぇだろ。本当は、余り巻き込みたくないんだが・・・頼んでみるか)」


キリクの書いた言葉に、レインとアリアは顔を見合わせる


「賛成」


「やっぱり、私達だけじゃあどうしようもないものねぇ」


「(丁度良いタイミングだ。


クラウス殿達、今日の夕方にはウチに来るって話だし)」


キリクの書いた文章に、あらあら、とレインは声を上げる


「出迎えの準備をしなくてはね」


「ケーキを焼こうか、レイン。あとは珍しい料理?


しっかり料理するのも久々な気がするわ」


肩を回しながら笑うアリアに、最近は軽食ばかりだったな、とキリクも笑った


「折角だから、収穫したての米も食べていただこうかしら?」


笑うレインは、来客の準備をしないとね、と立ち上がった






部屋を出て行った三人を見送って、ぬうっと影から現れた桐藍は筆談に利用した不要な紙を拾い上げた


〈頭領〉


桐藍に続いて花蓮と華南を含めた屋敷警護をしている影の民達が現れ頭を垂れる


〈夕刻には、アベル、蓮、カラクサの国王とその側近がいらっしゃるようだ。


彼の方々ならば、レイン様達の願を聞き入れ、精霊に対し、何らかの対策を講じてくださる、と思う。


・・・恐らくは、結界系だとは思うが、そうなると弾かれた精霊が暴れるかもしれない。


不測の事態に備え、待機しておけ。


例え目に見えぬ相手であっても、臆するな〉


鋭い桐藍の眼差しに静かに頷いた花蓮達は、散、という桐藍の言葉に溶けるように影に消えたのだった








同時刻、龍山


「トレーネ様、何故、お目覚めにならないのです」


アリス・ヴォルケは熱を持たない眼で、昏々と眠り続けるトレーネを見下ろしていた


「結局、私が夜会に出ることが出来たのは、ほんの一度きり・・・。


私の、数少ない機会でしたのに」


貴女が、起きないから、とアリスは眠るトレーネに静かに吐き捨てた


「私、この領主会議で開かれる夜会のために、何週間も前から準備をしてきました。私が、あの女と同じ場に立つ為には、夜会で直系を落とさなければならなかった。


私なら、それが可能だった」


根拠のない確信、だが・・・アリスは必ず落とせると自分自身の魅力を信じていた


「でもね、トレーネ様。出ることが出来なければ、幾ら私に魅力があっても、落とせない。


私も、適齢期です。もう幾つもの縁談の話が来ている。

ヴォルケに戻れば、今の身分に相応しいだろう誰かと、結婚することになりますわ。


そうなれば、もうあの女と地位が同じ所になんて永劫立てない。


何時だってそうですわ。私の、意地も矜持も全て、身分が砕く。


私より劣るあの女に、死ぬまで頭を垂れなければならない苦痛!


それを回避する最後の機会でしたのに・・・!!」


アリスは、レインが嫌いだった


憎かった


ずっと、ずっとその存在を知ってから、レイン・シュレイアを知ってからずっと、何時か蹴落とし、レインより上に行くのだと心に固く誓って生きてきたのだ


それが、砕かれた・・・他ならぬ、自身の一族の長によって・・・


ギリッと歯を食いしばったアリスの瞳には、激情の色が宿り、レインに向けた憎悪を、トレーネに向けた・・・


「貴女が、倒れたから!!


貴女が、私の家をもっと評価しないから・・・私を、もっと早く評価していれば・・・!私はアレに勝てたのに!!」


思いを吐きだした勢いのまま、アリスは寝台脇にあった棚の引き出しから備え付けのペーパーナイフを掴み取ると、そのまま勢いよく、トレーネの胸に振り下ろした


ザクリ・・・と静かな部屋に、ナイフが突き刺さる音が響いた


直後、決して軽くはないドサリという音も響いた




「やれやれ、困った者だな。些細な事で、容易く命を奪おう考えるとは・・・短慮で傲慢な、愚かな小娘だ」


トレーネの身体のすぐ脇、寝台に突き刺さったペーパーナイフを抜き取って、ウェルチは気絶させたアリスを足で転がす


アリスを見下ろすその瞳は冷ややかで、レインに向ける瞳のような温度はない


「レインに、お前のような小娘が勝てる?思い上がりも甚だしい。


アレの努力を知らぬ貴様が・・・ただ飯事のような、貴族の習い事のみしてきた貴様程度の存在が、あの子に勝てるわけがない


あの子と肩を並べたいなら、あの子のように自国を飛び出して広い世界を見ることから始めれば少しはマシだったかもしれないな。


我等が魔王様に気に入られ、行く先々で様々なモノを拾い、巻き込まれ、時に戦い、時に嘆き、時に気に入られ・・・


どちらにせよレインのような人生は送れまいが・・・。


他人にばかり責があると憤ってばかりのお前には一生レインに追い付くことは出来んさ」


「・・・なんじゃウェルチ、済んでおったか。


何かあったら此方の責任になるからと、見張ってて正解じゃったな」


鼻を鳴らしたウェルチに、音もなく部屋に現れたクラウスが床に倒れるアリスを見てやれやれと溜息を吐いた


「アモイの魔力の影響で小娘までココロが染まったのか?」


同じく現れたフェルトの問いに、ウェルチは首を振る


「急激に染まった。人の感情があっという間に染まるのはよく知っているが・・・この小娘の心は喰っても全く美味くないだろうな。むしろ絶対に不味い。


薄すぎるんだ。全て・・・」


吐き捨てたウェルチに、そうか、とフェルトは頷きクラウスを見上げる。


「如何なさいます?」


「仕方ないから、娘は別の寝台に寝かせ、ナイフと破れた敷布は変えておけ。


我々がいる間に事が起こったと知られるのは面倒じゃ。


それから、フェルト、よくまあ結界を張っておったな」


「黄龍殿に筒抜けは具合が悪いので、我々に宛がわれた部屋、他の大国の部屋、レイン殿達の部屋、それから念のためにココにも張っておきました。


あ、勿論この部屋以外は許可を頂いてますよ。


ぷらいばしー、でしたか?大事ですからねぇ。この部屋に関しては、アモイのこともある。国交問題になりかねないので念には念、と」


にこりと笑うフェルトに良くやった、と深く頷いたクラウスは、ウェルチが片付けたのを確認して、部屋から音もなく消えた・・・それにウェルチとフェルトも続く・・・




ヴォルケに宛がわれた部屋は、何事もなかったように静寂に包まれた・・・



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