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春の章・4話


緑龍がシュレイアの扉を叩いたのは、昼を知らせる鐘が鳴り終わった頃だ


領地の北東にあり周囲には畑と森林、獣舎があり、小高い丘に3階建ての煉瓦造りの少し大きめの屋敷を見て、付近に降り立つと龍の姿から人の姿になる


深緑の髪、ペリドットの瞳、身長は黄龍や赤龍に比べれば少し低いが十分長身の分類に当たる細身の美丈夫である


普段は黄龍の側近として龍山を余り動かない緑龍が、シュレイアに降り立った事があるのは式典参加の数度のみで、連絡は通常、文である


・・・それ以外でも、シュレイアを贔屓にしていて連絡などを引き受けているのは別の八龍だ


「自然が多いな」


ゆったりとした足取りで少し小高い位置にあるシュレイア邸を目指す


辺りを見回しながら向かう途中、嗅覚に訴える、ほんの少しの焦げ臭さ・・・その方向を見れば焼け野原が広がっていた


「あぁ、赤龍が燃やしたのは彼処だな・・・随分盛大に燃やしてくれたものだ」


自分がいなければ100年掛かっても元には戻るまい、と溜息を吐きながら再びシュレイア邸を目指した





「ここが、シュレイア邸か。随分・・・」


シュレイア邸は、その他の領主の本邸を知る緑龍から見れば随分質素な作りだ


そもそも、他領主本邸はその屋敷を囲むように塀が作られている

庭も立派なもので、季節折々に咲き乱れる花の中ガーデンパーティーなどがその庭で催される・・・というより、お家自慢、庭自慢のためのガーデンパーティーなのだが・・・


対してシュレイア邸は、まず周囲に塀が無い

勿論庭もなく、せいぜい屋敷の脇に大きな楠がある位だ

随分質素な領主邸だ、とまず驚いた緑龍はそのまま扉を叩く


「ようこそ、お出で下さいました緑龍様


赤龍様の元へご案内いたします」


扉が開いてすぐ、恭しく頭を下げ柔和な表情を浮かべる男がシュレイア当主本人で更に驚いてしまった緑龍は目を丸くする


普通は侍女、侍従が控えているものだがその姿もなく、屋敷は静寂に包まれている事に気付き首を傾げる


「・・・随分、静かですね」


「ああ・・・そうですねぇ

いま、末の子達は皆学舎に行っておりますし、上の子も、赤龍様をお連れした次女以外は外に出ております。


侍女や侍従は本職がおりませんからねぇ」


「本職・・・?」


「侍女や侍従は皆、護衛と掛け持ちしてくれているんです」


「は・・・・?」


「変わっているのは承知しているんです。ですが、侍女や侍従を雇わずとも、自分のことは自分で、が教育方針ですから自分たちでこなしてしまいます


来客の際は少しばかり困ってしまいますので、掛け持ちをお願いしているんですよ」


変だ、絶対変だ・・・と緑龍は思った


位が下級であっても貴族は侍女侍従を雇うし、領主となれば屋敷には下働きを含め50人以上の人間が働く


それが、まさかの護衛との掛け持ち


「(確かに、異色の領地ですね)」


早速黄龍の言葉に納得した緑龍であった


赤龍の部屋は、3階にある

緑龍は階段を上りながら、周囲の壁を見た


普通、貴族の屋敷というのは壁には立派な絵が飾られてあったり、高価な皿や、鎧などが置いてあるモノだがそれもない

あるのは何処にでも在るような花がこれまた特に華美な作りでもない花瓶に入れられているだけだ


普段の自身の宮を考えても天と地ほどの差がある屋敷に首をひねる


「どうなさいました?」


「あ、いえ・・・随分、内装も他貴族とは違うようですから」


そう緑龍が告げれば、案内していたシュレイア当主、セルゲイは困ったように微笑んだ


「どうにも、物欲がないのが一族の特色のようでして・・・そもそも立派な絵などを飾っても、見せる方もいませんし、普段は日中家の者も大方出払って無人になるので・・・」


「奥方や娘御も出払うのですか?」


緑龍は驚いて声を上げる

通常、貴族の令嬢や奥方などは滅多に屋敷から出ないものだ

パーティーなど以外は屋敷に籠もり、家庭教師を付けて勉学に励む

緑龍の驚きを他所にセルゲイはなんでもないことのように頷いた


「ええ。ほとんど家には居ませんねぇ・・・


次女だけは、日中少し居るのですが、他の者は外回りをしてそのまま泊まることも多くて


申し訳なくも、このたびの赤龍様のお怪我も、次女が報せてくれて知ったのですよ」


眉をハの字にして申し訳なさそうに告げたセルゲイに、イヤ・・・と緑龍は首を横に振る


赤龍がシュレイアに墜落したのは本人の落ち度だ


それに関して、世話を次女に任せたからと責める気はないし、お門違いも良いところだ


「さあ、この部屋で御座います」


南の一角にある部屋の扉の前に到着し、微笑んだセルゲイに、緑龍も頷いて部屋の扉を叩いた


中からの返事を待って、扉を開くと、左端に、ベッドヘッドに積まれた枕を背に座る同胞を見つけた

そしてその近くに控え、頭を下げる簡素なドレスを身に纏う女性も、目に留める


「娘のレインです」


セルゲイの紹介に、彼女が、と緑龍は頷いた


「貴女が、赤龍の手当をして下さった方ですね?大変世話になったようだ

赤龍は私の同胞・・・感謝します」


「とんでもございません。」


「ありがとう。・・・さて、赤龍。黄龍様が酷く心配されていた


怪我の具合は?」


「・・・悪い・・・熱がまだ少しあるのと傷が塞がっていないだけだ。賊はちゃんと討伐した。」


「それは、<だけ>とは言いませんよ・・・賊に関しては了解しました。


セルゲイ殿、とにかく焼失した森を戻して来ます。ひょっとしたら熱が下がってから帰ることになるやもしれないが・・・」


「承知いたしました。

森にはレインが供をしましょう」


「レイン・シュレイアで御座いますわ」


「ではお願いしましょう。赤龍、せいぜい安静にしておく事です」


「・・・分かっている」


苦虫を潰したような渋い顔で頷く赤龍に、緑龍は口角を上げ、満足そうに頷いた






「レイン殿、聞いても?」


「?はい、何で御座いましょう?」


急ぐ道でもないという事で、徒歩で森まで向かう緑龍はレインに気になっていたことを告げる


「シュレイア邸は、周囲を塀で囲ったりしていないね?何故かな?


それに、周囲には獣舎や畑が多い・・・空から見る限り、町はあったが、そこまで近いわけじゃない


農民の畑にしたら町からも少し遠く立地が余り良くないように思ったのですが・・・?」


首を傾げる緑龍に、ああ、とレインは微笑む


「周囲を塀で囲っていないのは、領主と領民の垣根を少しでも低く、領民から頼りやすくするためですわ。


周囲に獣舎や畑が多いのは、あれが私どもシュレイア家の研究用、試験用の物だからです


手伝って貰うこともたまにありますが、基本的にシュレイアの人間が世話をしているので、屋敷の近くに置いているのです」


「・・・・畑の世話まで領主の一家がしているのかい?」


驚き目を見張る緑龍にレインは頷く


「ええ。主に、畑は私が、獣舎は姉が担当しております。ここだけでなく、シュレイア領内にはあちこちに研究用、試験用の農地や獣舎があり、皆それらを飛び回っているので日常的に屋敷にいるものは少ないのです」


「(・・・想像以上だ」」


「他の領主の方々からしてみると、異端なのでしょうが、先祖代々私たちの一族はそうやって生きてきたのです」


ふわりと微笑むレインに、なるほど、と緑龍が頷く

シュレイアは、決して他領主に良く思われていない


四季それぞれに催される夜会の出席率も群を抜いて低く、貴族同士の集まりにも出席は滅多にしない、自身等で催すパーティーなどほとんど皆無だ


横の繋がり、縦の繋がりを重視する貴族からしてみるとまさしく異端なのだろう


納得し、それでも、と自身より20㎝は低い位置にあるレインの頭を見下ろし緑龍は微笑んだ


ほとんど関わりを持たなかった自分が思うのも何だが、シュレイアはそうあって然るべき存在なのだと・・・そうあり続けて欲しい


何より1領主とその家族くらいそうあったほうが面白い



「さて・・・近くで見ると、余計に酷いですね」


焼け野原を見て呟いた緑龍に、レインは苦笑混じりに頷く


「大きな、森だったのですが・・・」


「・・・大丈夫だよ。元の木を蘇らせることは、無理だけど・・・

さあ、危ないから下がっていて」


緑龍が、レインを安心させるように微笑んだ

その姿が、あっという間に体長30mは軽く超す緑の龍へと変わる


「・・・凄い・・・」


なんて幻想的な・・・とレインは口の中で言葉を転がす

荒々しさは欠片もなく、優雅に空へと登る美しい龍


鱗が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、一層幻想的に見える

龍の治める国であっても、そうそう見る事が出来ない光景に、レインは生まれて18年、何度目か分からないがここが異世界だと再確認した


レインが緑龍の幻想的な姿に半ば呆けている間に緑の龍が、美しい旋律を紡ぐ


・・・すると、どうだろうか

焼け野原の大地に光の粒が降り注いでいくのだ

やがて、光の粒が落ちた大地から小さな双葉が生え、瞬く間に、成長していった


「・・・これが、理から外れた力」


目の前の焼け野原があっという間に緑深い森になっていく様は圧巻と言って良かった


・・・八龍がエーティスで尊ばれるのは、その司る力が理を外れるからだ


赤龍ならば焔、緑龍なら樹木、黒竜なら大地、青龍は水、銀竜は風、金竜は鉱石、白竜なら氷、そしてそれら全ての上に黄龍が君臨している


自然を操るその力は、万物の現象を覆す物だ


それ故に、エーティスにおいて八龍は神格化され、八龍の住む宮のある龍山は禁域になっているのである


「(科学が発達しない一端を見た気がするわ)」


魔法や魔術、仙術などがある世界に、科学という概念が生まれることはないのかも知れない、とレインは思ったのだった


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