秋の章・10話
レインとセルゲイが、その日の夜会会場に入室して程なく3回目の夜会が楽団の奏でる華やかな音色で始まった
「こんばんは、レイン。遅かったなぁ」
セルゲイと入り口で別れ、会場の端に寄ったレインに、サラはにっこりと笑って声を掛ける
「これでも野暮用を済ませて急いで準備をしたのよ?
・・・それにしても、広い部屋だわ。
昨日までの部屋もかなり広かったけれど、此方は更に広いのねぇ」
目を丸くしながら会場を見渡すレインにサラは苦笑混じりに頷いた
・・・龍山には大小様々な部屋や広間があり、どの部屋も美しい装飾が施されているが、中でもこの日の夜会会場である大広間は、前日までの部屋とは違い、特別な作りになっていて国賓が来たときのみ開放される
天井はどの広間よりも高く、そして、貴重な透明度の高い硝子が嵌め込まれており、満天の星空と2つの大きな月が美しく輝いているのがよく見ることが出来るようになっていた
何より、キラキラと眩いばかりに光る月光石が天井と柱から部屋を照らしている
「凄い数の月光石ね」
アベルの魔石である電光石とも、エーティスで流通する光石とも異なるその石は、何百年も月の光を浴び続けて初めて価値が生まれる希少な石だ
「これほどの月光石を見ることが出来るなんて思いませんでしたよ」
「まあ、フィリップ殿」
「ご歓談中、失礼します」
ゆったりとした足取りでレインとサラのいる会場の端まで歩いてきた髭の立派な壮年の紳士が優雅に一礼し挨拶をすれば、レインとサラもドレスの端を摘まんで一礼した
「フィリップ殿、こんばんは。
紹介いたしますわ。
此方はシュレイアの隣の領地の次期当主、サラ・クレマさん。
サラ、此方は隣国ローランの宰相でルネ・フィリップ殿」
「初めましてフィリップ殿」
「初めまして。クレマ殿。
ご紹介に預かりましたフィリップと申します。
いやはや、エーティスは羨ましいですな。かように年若く美人で優秀な次代が2人もいらっしゃって!」
ぱちりとウインクするフィリップにレインとサラは微笑む
「何を仰有いますやら。
それにしても、もう会場入りしていらしたんですねぇ」
レインは会場をぐるりと見回すが、黄龍以下八龍の姿やアベル、蓮、カラクサの顔はない・・・
その代わり見回した事で目があった他の周辺国々の宰相達が集まった
・・・シュレイアのみと貿易している国が大半であるため、他のエーティスの領主一族の者達はどうしたら良いか分からなかったのだろう
国が違えば当然だが作法は変わる・・・
下手な事は出来ないので、不躾にならない程度の視線を送って様子見をしているのだ
・・・つまりはこの広い会場で、周辺国の宰相達は馴染む事無く浮いていた事になる
「レイン殿、この度はありがとうございました」
「危うく多くの民を亡くす所で御座いました」
身体の前で手を合わせ、深く頭を下げるのはセバ国とアメルバ国
心臓の位置に右手を置いて片手を背中に一礼するのはローラン国、ザガール国、クルト国
ベルマ国とサシュ国は指先を揃えて足に添わせ一礼
・・・それぞれの国の最上級の感謝の表しかたである
その礼に、レインもそれぞれの国の最上礼を返して微笑む
「困った時は助け合い、ですから、どうぞお気になさらず。
午前の内に領内に文を出しています。
今頃、第一陣が各地に飛んでいるかと」
安心させるように穏やかな表情でレインが告げれば、各国宰相それぞれ、安堵したように微笑んだ
「レイン、黄龍様達いらっしゃったわ」
「そうみたいね。あら・・・クラウス殿、ツユリ殿、劉殿に側近の方々もいらっしゃったみたいね」
楽団の奏でる曲が変わり、会場中の視線が扉に集まる
レイン達も歓談と止め、扉を見た
開け放たれた扉の先頭を、黄龍が・・・続いて四大国の国主と側近、その後に八龍が続く
「あれが、八龍の皆さんですか」
「存在感がありますなあ。勿論、他の大国も格が違う」
囲む宰相達の言葉にサラは首を傾げる
「皆さんは黄龍様達とは初対面になるのですか?」
「・・・というより、この国の人とはシュレイアの方々としかお逢いしたことが御座いません」
セバの宰相であるアクラムが口を開けば同意するようにクルト、アメルバの宰相が頷く
「私は黄龍殿とは、一度・・・ありますね。ただ、ほんの僅かな時間ですが」
「周辺国と言っても、関わりは本当に僅かですからね。
国府の官の方々とは
やり取りが多少ありますが、八龍の方々となど、とてもとても」
「そうですか・・・」
「エーティスは大国ですし、我々中小国としては、中々国同士で貿易には到りませんね」
苦笑する宰相達に、レインとサラも苦笑で返した
夜会会場へ入室した黄龍達は真白の軍服に似た衣裳を身に纏っていて、その裾や袖口はそれぞれの象徴の色で染められている
公的な祭典でしか中々御披露目されない正装に、宮内はざわめき、同様に入室した蓮、カラクサ、アベルの国主達にも視線は集まった
蓮の皇帝、劉 太白は抑えているが薄紫の長衣服に腰帯、玉佩をしている
本来ならば冠も被るのだが、外国、それも交流の少ない国に居るためか被っていなかった
劉の右腕である凌 白沢が、控えめな刺繍が施された黒の長衣と腰帯をして、斜め後ろを集まる視線に眉を潜めながら歩いている
カラクサ王のツユリは、まさに妙齢の女性のような衣裳である
ゆったりとした長く軽そうな抑えた朱の服を身に纏い、羽衣のような薄絹をショールのように肩に掛けていて、首もとには特産の大振りの真珠が光る
そんなツユリの側近である人魚のホズミと鯱のクサカが揃いの薄い水色の衣装を纏って、斜め後ろを歩く
アベルの魔王、クラウスは漆黒の衣裳で、髪も瞳も漆黒なので、華やかな夜会の会場ではクラウスだけ浮いたように見える
一方で、その首に下がるルビーの深紅と肌の白さに酷く目がいった
右腕であるウェルチとフェルトは揃って黒の燕尾服を身に纏っている
「ツユリ殿、カラクサの正装であるとはいえ、一見して女性ねぇ。
似合っているのが何とも言えないわ」
「え、男性なん!?」
感嘆の溜息を吐いていたサラは、レインの言葉に驚き、声を上げた
レインは苦笑混じりに頷く
「正真正銘、男性よ。
カラクサは女性も男性もああいうゆったりした衣裳が正装で、貴人は絹の羽衣を纏うの」
「そうなん・・・女として、あの美しさには自信なくすわ」
はああああ、と溜息を吐くサラに、レインは肩を竦める
「別次元な方々だと割り切るわ」
そんなことを喋っていると、黄龍の合図で改めて夜会が始まった
「とりあえず、何か飲み物でも頂く?」
「せやね」
周辺国の宰相達は八龍と三国国主に挨拶に向い、更にその後から各領主達が挨拶に動く
中心部が団子状態だ
外国との繋がりを持たない領主達は、これをきっかけにしようと内心で焦っているのだろう
「必死やなぁ・・・」
「必死ねえ」
レインとサラは小さく呟き、顔を合わせて苦笑したのだった




