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秋の章・5話


トレーネがこの度の領主会議に連れて来た<身内>は、ヴォルケを名乗る家柄の中では末席の出になる、アリス・ヴォルケだけだった


領主の一族と一括りに指しても、ヴォルケやバルクスやナザルといった国内最古参の3家は特に、膨大な人数がいる


その一族の中でも、特に血の濃い者達を直系と呼び、それ以外は総じて分家を名乗るのだが、分家の中でも更に身分が分かれており、比較的直系に近しい者と血が薄すぎて殆ど一族と名乗れないような者を区別していた


・・・アリスは分家の中でも後者に当たる


こうした身分制度は、出席が許されるパーティーなどに反映しており、領主会議の様に直系の集まる夜会では通常、分家のアリスは出席を許されない


・・・しかし領主が声を掛けたなら話は別だ・・・


普段は許されない王宮の特別な夜会に、同じヴォルケからは自分しか出席していないという優越感、選民意識はアリスの中で非常に高まっていた




「凄いわ・・・!なんて、すばらしいの・・・!!」


夜会開催時間ギリギリで身支度を済ませたトレーネの後、静々と歩いていたアリスは、開け放たれた扉の先滅多に開放されない煌びやかな特別な大広間を見て、瞳を輝かせた


アリスにしてみれば、ひょっとしたら一生訪れる事の無かったかもしれない大広間だ


・・・前夜のパーティーは出席を見送った為、期待が大きかった分感動も一際大きく思わず言葉が漏れた程だった


「アリス、貴女は好きに夜会を楽しみなさい。私は、領主が集まっているようですから其方に行きますわ」


「・・・!わかりましたわ!トレーネ様」


「失礼の無いようにね」


釘を刺したトレーネに、勿論ですわ、と返したアリスはそのまま深く一礼した





「(身分って、本当に残酷だわ)」


トレーネと別れた後、ひとまず壁際に寄ったアリスは、ぐるりと室内を見渡す


「(あんな人達より、私の方が、ずっと優秀だもの


・・・私の位がもっと上だったなら、自分よりも無能な奴に頭を下げる必要もないし、もっと大きな夜会にも出れるはずなのに・・・)」


室内に居る、同じ年頃の女や男を眺め、溜息を吐く


生まれて、身分と言うものを知ったその時からずっとアリスはそう思ってきた


身分が低いから、相手が自分より馬鹿でも、愚かでも、醜くても頭を下げなければ生きていけないのだ


再び溜息を吐き、会場を眺めれば視界に入るのは鮮やかな色のドレス・・・


其の中に、目立つ白のドレスを見つけ、アリスは目を見張った


「直系領主」


前日までと違い、領主会議が始まった事で領主とその直系達は正装するのが慣わしだ


真っ白な衣装は、領主の正装で、その一部には領地それぞれの領章(家紋のようなもの)が描かれている


「(セレナにアメリアにサラ・・・


それに、あれは・・・)」


各領主の直系の娘達が集まったその中央の娘を認め、アリスは眉間に深く皺を刻んだ


「(レイン・シュレイア)」


アリスが其の存在を知ってから、ずっと気にして来た人間


好意ではない・・・天地がひっくり返っても好意を抱くなどありえないだろうとアリスは鼻を鳴らす


「(誇り高き貴族・・・それも十二領主の直系でありながら、異形と交わり、土や泥にまみれ、下々の存在と肩を並べるなど、貴族の恥晒しもいいところですわ・・・!!)」


どんなに領主の一族としての地位が低くても、貴族は貴族なのだ


アリスはそれに誇りを抱いているし、平民とは異なる特別な存在だと自負して来た


そんなアリスの誇りを、何のためらいもなく砕いたのが、レインの存在だった


ぎりっと奥歯を噛み締め、睨んだ






「・・・なんや、凄い睨まれてんなぁ、レイン」


「ああ、アリス・ヴォルケさんね」


サラの言葉に、レインは苦笑する


「其の様子やと初めてや無い訳やな?」


「彼女がいるパーティーに出席したら大体ね。


彼女は私の生き方が気に食わない貴族の代表みたいなものよ」


「・・・あっさりしとんなぁ」


「正直、余り気にしてないの。


だって、万人に受け入れられるつもりなんて端から無いのよ。


それに、私も、彼女の生き方とは合わないし、彼女の考えも合わないの」


肩を竦めるレインにサラは嗚呼そういえば、と内心で思い出す


「(基本的にレインも、シュレイアの人達も、自分達の目的の為に生きてるから、合わない時はばっさり切り捨ててるんやった)」


冷たいとは思わない・・・領主として求められているのは、甘さではないからだ


どこまでも、ただ領民のために、領地のために在ろうとするシュレイアは、だからこそ信頼が置ける


「「・・・」」


「(うーん、でも、レインを気に入っている人間からしたらアレはあかんわ)」


サラは、アリスを見て眉間に皺を寄せるアメリアとセレナを見て内心で溜息を吐く


気付かれていないと思っているのか、気付かれても構わないと思っているのか、端とはいえ同じ会場で、次期領主を臆面もなく睨むというのは、身分や立場を重要視する人間の多い場では最も恥ずべき行為だ・・・


睨まれている事を放置、言ってみれば良しとしているレインへの評価にも繋がる為、サラが知っていた以上にずっと、情の厚い2人の娘は普段の犬猿っぷりは何処に行ったのか、一緒になって怒っている



「レインさん、躾は大事ですわよ」


セレナがふふふ、と微笑めばアメリアも真顔で頷いた


「レイン、貴女は性格上、この先も放置しそうだから、私たちが代わりに行くわ。


あのは、貴女だけでなく、直系の娘を馬鹿にしているも同じだもの。


私たちが行っても問題ないし、むしろ私たちが行くべきね。


・・・貴女達が身分に囚われていないのは知っているし、代々どうでも良いからと馬鹿にされるのを良しとして来たのも知っているけれど、貴女の友人として私はあの娘が許せないわ」


「こういう時は、気が合うのよね。


レインさん、貴女は聡明で、けれどソレを鼻に掛けないわ。私はそんな貴女が好きよ。


貴族という枠に嵌らないのは、とても勇気がいることで、それを何気なくなさる貴女はとても凄いと思うの。


そんな貴女を知っているのはサラさんだけではないのよ。


コレばっかりは、同年代のほぼ同じ立場にいないと分からないでしょうけれど」


肩を竦めながら微笑むセレナにレインは目を瞬かせた


「待って、2人とも」


「「止めないで頂戴ね」」


鮮やかに美しく笑ったセレナとアメリアは、レインの言葉を遮り、アリスの方へ歩いていった


「・・・サラ、どうしましょう・・・もし争いにでもなったら・・・」


オロオロとしだすレインに、サラは苦笑する


「こういうことには慣れへんなぁ、レインは。


ええやん。あの2人なりの好意を受け取っとき」


社交の場で同年代の、地位の異なる人間(特にレインが上の場合)と相対する事の少ないレインは、そのため同年代の貴族同士の諍いを苦手としているようで、普段と違い、年相応に慌てている


それがらしくなく、ついついサラは小さく噴出した


「サラ・・・でも」


止めないと、と呟くレインに別の声が掛かる



「サラさんの仰るとおり、我が妹とアメリア嬢に任せて置いてください」


「そういうことです。前々から、特にヴォルケは、末端になればなるほど血

族の手綱を握れていないと思っていたのです。


此方としても牽制しておきたかったので、気にしなくていいのですよ」


そう言って、レインをアリスから隠すように極自然な動作で前に立ったシオンとエドヴァルドにサラは流石・・・と内心で笑う


「人に任せて嫌や思うんなら、これからはもうちょっと貴族の集まりに出たほうが良ぇで。


レインは、もうちょっと同年代のあしらい方を学んだほうが良えよ」


「(だって曾孫みたいな子に馬鹿にされるからって中々怒れないわよねぇ)」


難しい顔をするレインに、サラはらしいなぁ、と苦笑した


レインとサラのやり取りを見ていたシオンとエドヴァルドは、アリスの視線を遮ったまま微笑みかけた


「レインさん、サラさん、この後のダンス、是非踊っては頂けませんか?」


「元々そのお誘いに参ったのですよ」


シオンもエドヴァルドも、見目の良い正統派二枚目である


そして家柄も会場の中では最上級だ・・・勿論二人を狙っている娘は多い


それまでも少し視線を集めていたレイン達だったが、二人の誘いに視線は一気に増えた


「(あらあら、視線が痛いわ・・・)」


「(流石に人気やねぇ。ほんまは遠慮したいねんけど、ここで断っても具合悪いしなぁ)」


「(そうねぇ)」


レインとサラは顔を見合わせ、眼と眼で会話をすると、揃って頷いた


「光栄ですわ」


「ウチ等でええなら」


「はは。ではまたダンスの時に誘いに参りますよ。


そろそろ黄龍様達もいらっしゃるでしょうしね」


「ではまた後で」


レイン達の声に出していない会話に気付いていながら、そこに触れることなく二人は爽やかに笑って去って行き、入れ違いにアメリアとセレナが笑顔を浮かべて戻ってきた


「戻りましたわ。ふふ、釘を刺しておきましたのでもう言っては来ませんわよ」


にこやかな二人に対して、壁際にいたアリスは俯きがちに部屋の更に端に移動している


レインはそんなアリスを見て、アメリアとセレナを見て、<正解>を考える


・・・考えていた時間はほんのわずか・・・レインは微笑んで見せた


「アメリア、セレナ、有難う。これからは、私も気をつけるわ」


「あら」


「・・・どういたしまして、レイン」


レインのお礼の言葉に一瞬目を見開いた二人は、すぐに微笑んで見せた


「・・・お礼言うとは思わんかったわぁ」


「ごめんなさいと、謝るのは違う気がしたのよ。だから、お礼。


目上の人との付き合いも大事だけれど、それだけじゃ駄目なのよね・・・知っていたと思っていたけど、思っていただけだったわ。良い勉強になった」


苦笑交じりに話すレインに、三人の娘達は笑って頷いたのだった




丁度その時、室内を流れる音楽が変わって八龍の入室を知らせると、会場の視線は一斉にレイン達が利用した普通の扉ではなく、真逆の黄龍の宮側に位置する大きな扉に向かった


扉の脇に控えていた龍騎士がゆっくりと2人掛かりで観音開きの大扉を開くと、鮮やかなそれぞれを象徴する色の正装を纏った八龍が次々に入室する


先頭に黄龍、続いて緑龍、次々に入室する八龍の中に、紅の衣装はない


「(赤龍様は、いらっしゃらないのね)」


最後に白竜が入室して閉じられた扉を見つめ、レインは少し残念な気持ちになった


「(あら・・・)」


何故残念に思うのか・・・レインは、きっと己に心を開いてくれているだろう青年に自分も少なからず嬉しく思っているからだろうと思った


「(失礼ながら、やはり子犬のような仕草をなさるし・・・)」


子犬のような純粋さと、孫、曾孫のような幼さと、時折見せる青年の顔が一緒になっている不思議な方だ、とレインは思って、首を緩く振る


「(元々、交流がなくて当たり前だった筈の八龍様なのに、最近凄く<近い>から錯覚してしまいそうになるわね)」


ダメねぇ、と内心で呟きながら八龍が広間の一段高い場所に揃ったのを見計らい、周囲と同じく最上礼をする


「顔を上げなさい・・・」


静かな声に顔を上げ、黄龍の挨拶を聞く一方で揃った中にいない赤龍に少しの寂しさを感じていたレインであった



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