春の章・3話
翌朝、目を覚ました赤龍はすぐさま困惑した
「おはよう御座います赤龍様、初めまして!!わたしはシュレイア家第9子、5男のクリスです!!
赤龍様、お食事をお持ちいたしました!!」
にこにこにこにこと全く向けられたことがないほど邪気無く輝く笑顔で元気に赤龍に野菜スープを差し出したのはシュレイアの末っ子で9歳になるクリスだ
「あ、あぁ。アリガトウ」
ぎこちなく礼を言えば、キラキラした目を向けられ赤龍は居心地が悪い思いをする
赤龍自身に向けられてきたモノと言えば今まで畏怖・恐怖・嫌悪等々、負の感情ばかりだったのだが、それが、昨夜のレインと言い、クリスと言い、正の感情を真っ直ぐ向けてくる
赤龍の心には、大きな戸惑いと、驚きと、喜びが浮かぶ
「クリス・・・その、我が恐ろしくないのか」
「え?恐ろしくなんか、ないですよ?
えへへ、赤龍様の髪、とっても綺麗ですねぇ」
「あ、え・・・?」
「?」
恐ろしい、と面と向かって言われればそれはそれでショックだが、全く思っても見なかった言葉を言われるとその言葉を飲み込むのに時間が掛かるようだ
赤龍はしばらくの間硬直する
「失礼します・・・あらクリス、赤龍様のお邪魔をしていないかしら?」
「レイン姉様!しておりません!今、スープを持ってきたところです!!」
「お手伝いできて偉いわ」
「お安いご用です!!!では赤龍様!失礼いたします!!」
ぺこりと一礼し早足で部屋を立ち去ったクリスを見送った赤龍は、呆然としたままだ
「?末弟が何か粗相をしてしまいましたか・・・?」
「イヤ・・・何故、お前達は我を恐れぬ?
我は赤龍ぞ・・・焔を操る、忌まわしい龍、血濡れの龍なのに」
赤龍が自分で言った言葉だが、そのまま自身の心臓に突き刺さったように痛みを感じ苦い顔をする
「・・・ご自身で、ご自身のことをそのように卑下なさらないでくださいませ
貴方様がこれまでどれ程の心ない言葉に傷付けられてきたのか、それは分かりかねます
特に、人は弱い。心も体も弱いのです
・・・弱いから、自身にない大きな力を畏怖する
噂に踊らされ、自身で判断してこなかったものもきっと、あるでしょう
そして、肝心なことを皆、見落としています」
「・・・肝心なこと?」
「えぇ。赤龍様の力はこの国を守ることに注がれている
貴方の力は、守護の力で御座いましょう」
「守護?破壊しか能のないこの我が?」
驚き目を丸くする赤龍にレインは当然のように頷いた
「左様ですとも。青龍様達のように結界を張るのも守護の形
第一線で戦うのも又、守護の形で御座いましょう?噂に聞く、特攻は、一国民としてお止めいただきたいですが・・・」
「この恐ろしい力が、守護の形・・・」
己の両手を見詰め、呆然と呟く赤龍にレインは更に力強く頷いて見せた
「・・・確かに、焔は強い力で御座いますね。万物を燃やし、無に帰す
けれど、それを扱う赤龍様ご自身が、そのお力を恐ろしいと思っていらっしゃるならば大丈夫ですわ。力に溺れることなど無いでしょう・・・?
大きな力は慢心を誘う。私は、それによって壊れてしまったモノを遠い昔見たのです。何もかも灰燼に帰したその力を、私は今でも恐ろしく思います
力は、扱う者の心一つで異なる効力を発揮します
赤龍様が扱うならば、破壊の力も守護の力に変わると、思いますわ
・・・どうか、ご自身でご自身の力を否定されませぬよう、己を否定されませぬよう
貴方は、確かに我が国の尊きお方なのですよ」
遠い目をして過去を思い出しながら、赤龍を見詰めるレインは言い聞かせるように言った
「・・・・そう、だろうか」
「えぇ、勿論ですわ」
にこりとレインが微笑めば赤龍もぎこちなく笑った
「さあ、まだ熱も下がりきっていません。これから医師を連れて参りますから、少々お待ち下さいね。
・・・もし、赤龍様さえ宜しければ末のクリスがお話を聞かせて頂きたいのかそわそわしているので、暇つぶしのお話相手に如何でしょう?」
「クリスが、良いのならば」
「ありがとう御座います」
エーティスで尊ばれる八龍の相手を、年端のいかない子供にさせたとあっては他領では問題になるかもしれない、とレインは頭の隅で思いながらクリスを部屋に入れる
にこぉっと人懐こい笑顔で赤龍の元に早足で向かうクリス、それを戸惑いながら嬉しそうに迎える赤龍を見て、大丈夫そうね、と笑って、部屋を出た
「側についていてくれる?」
「御意」
クリスの護衛に声を掛け、レインは階下に控えているだろうグラン医師の元に向かった
「レイン様!セルゲイ様、フェリス様、キリク様、アリア様、お戻りで御座いマす」
「ああ、良かったわ。流石にお迎えがいらっしゃるまで私と幼い弟妹で接待はやっぱりね
みんなが報せてくれたのね」
「ハい」
「じゃあグラン爺様を迎えに、そのままお出迎えも行きましょうか」
「御意」
父母と長兄長女の帰りを聞いたレインは、増えた護衛役を連れ、玄関ホールに足を向けた