秋の章・1話
季節は初秋を迎え、日中はまだ暑さが残るものの、日の入りは早くなり、朝晩は少しずつ冷え込むようになっていた
リオルとの一件で流入した民は現在、怪我が無く、覚えの早い者から順次各村や町街に移り、新たな生活を始め、怪我が酷かったり、栄養失調がたたって満足に動く事が出来なかった者達も順調に回復に向かっていた
当初想定されていた混乱も皆無ではないモノの少なく、元々のシュレイアの土地の者達も陰日向に見守り、生活のサポートを進んで行っていたことも、混乱が少なかった原因の1つだろう
しかし問題や課題は多い
元々約40万の民しか住んでいなかったシュレイアに、突然30万の民が流れてきたのだ
食料は農業・畜産業を中心にしているシュレイアだからこそ、税の免除もあって問題は起こっていないが、服や、公共の建物(病院や学校など)はまだまだ不十分で、現在急ピッチで建築整備をしている
・・・勿論、その建築や、整備、領主家管理の畑や田、森、畜産人手にも流入民を起用しているのだが・・・
「今回の民の流入で、思い切って手を付けていなかった北と東の山の麓を開拓してしまいましょうか。
有り難いのか・・・土地は十二分に余っているわ。
土地の気候は既に調べ終わっていますから、あとは此方でその土地にあった利用法を提示していくわ」
「農業なら砂糖、小麦、米、芋の栽培を中心にするか。
アーシャに、北東の土地に薬草園を作らないか聞いてみて・・・
あとは折角だし、林業従事者を募って、林や森の整備も出来るようにしないとな。
変に荒らしてしまったら、森や林は枯れるだろ?ベテランを募って、知恵を教え込んでもらいたいよな」
「放牧出来そうな土地も確保して、畜産も増やすわよ。
酪農従事者を募って、畜産業を充実させたら、乳製品をもっと輸出用にも確保できるもの」
レイン、アリア、キリクはレインの執務室の来客用のテーブルに地図を広げ、指さしをしながら開拓する場所と、開拓した後の使い道を決めていく
「今は、流入民という言葉を便宜上使っているけれど、彼らはもう、シュレイアの民だわ。
何時までも私たちや、先人に背負われていて良いものじゃないもの
・・・早く彼らが1人立ちして、生活を営めるように準備を急ぐのが当面の目標ね」
レインの言葉にキリクとアリアは強く頷いた
「じゃあ、引き続き、俺は街作りとインフラを整える。平行して、北と東の山の麓の開拓だな・・・。
怪我の治療は済んでいて教育の終了間近な奴、連れて行く。
実地でお勉強だ。給金は払うぞ・・・?」
「勿論よ。麦とお金、どちらが良いか聞いておいてね」
「了解
集めてそのまま行くからな・・・カイの足に集計括り付けて飛ばす」
ひらりと後ろ手に手を振ったキリクは、そう言うと相棒である三つ目鴉のカイを呼び、足早に部屋を出て行った
「じゃあ、私は簡易戸籍を完成させに領内を回ってくるわ。
完成した物から何時も通り此方に飛ばすから」
そう言って、アリアも相棒の三本足の梟のクロを呼び寄せ足早に部屋を出て行った
2人を見送ったレインは、自分の執務机に着くと書類を裁いていく
ヴォルケからの流入民の対処だけが仕事ではない
秋は、冬に向けての備蓄の量の調整や、シュレイアの結婚シーズンで戸籍の移動などもある為春ほどではないが忙しいのである
おまけに、リオルとの一件以降、幾つかの輸出入に乱れがあり、その対処もあってレインの机上には書類が山となっていた
「「レイン様」」
「桐藍に、彰夏?」
声を合わし、部屋の棚の影から現れた右腕達にレインは書類から視線を上げて目を丸くする
「どうかしたの?」
「は、至急報告したい事が御座います」
頭を下げる桐藍と彰夏にレインは眉間に浅く皺を寄せた
・・・嫌な予感しかしない、と溜息を吐き、先を促した
「ここ最近の草の流入の多さですが、どうも精霊士が絡んでいるようでス」
「あらら・・やっぱり厄介事かぁ
ちょっと待って、2人とも。
・・・花蓮、柚子茶3杯淹れてきてくれる?
桐藍、彰夏、座って頂戴。
柚子茶飲みながら詳しい報告を聞くわ。どうも心穏やかに聞けなさそうだし」
大きな溜息を吐いたレインは、取りかかり始めた書類を机に伏せると、額に手を当て唸る
「どうしてこう、忙しいときに厄介事が舞い込むの・・・」
「レイン様・・・」
「レイン様、溜息連発していると幸運が逃げますヨ」
「大丈夫よ彰夏。
・・・それにしても、誰かの陰謀かしらね?こんなにシュレイアが巻き込まれるのは
・・・それとも呪い?お払いした方が良い?」
ブツブツと小さく呟くレインに彰夏は疲れているなぁ、と少しだけ不憫に思った
他の人間は、仕事を分担することが出来るが、レインの場合、代わりがいない為仕事量もダントツで多い
最近のレインの目の下には濃い隈が居座り続けているし、ほんの少し体重も落ちているように彰夏には思えた
「はあ・・・嗚呼、ソコに座ってね。私もそちらに移動するわ」
そう言ってレインは彰夏と桐藍に部屋の端にある応接セットのソファを指す
レイン拘りのソファは柔らかすぎず硬すぎない優れものだ
少し躊躇ってから2人揃ってソファに腰掛け、レインは2人の真正面に座る
「オ待たせしました、レイン様」
「あら、丁度良い感じね」
ソファに座ってすぐに花蓮が盆にカップを3つ乗せ入室した
甘い匂いを漂わせ、影の民特製の柚子茶がそれぞれの目の前に運ばれると、レインは直ぐに一口飲み、深い息を吐いた
残り2つの柚子茶はそれぞれ桐藍と彰夏の目の前に置かれる
黒ずくめの2人に甘い匂いの柚子茶は少し似合わないように感じて、レインは笑った
「・・・よし。じゃあ、止めてごめんね桐藍、彰夏。報告の続きを聞くわ」
「・・・御意。
でハ、改めて報告いたしまス。最近の草の流入の多さに疑問を感じたのデ、他国を調べる序でニ、シュレイアの噂の出所を探りましタ。
・・・結論は先に申し上げましたとおリ、精霊士が関わっていまス。
それモ、情報屋の集団の精霊士でス」
「精霊士というと、エルフよね?」
「一概に全ての精霊士がエルフとは言えませン。例外はありますかラ。
たダ、その情報屋の全員なのか一部なのかは分かりませんガ、中にエルフがいるのは間違いないようでス」
「ってことは、間違いなく拠点は分からなかったのね」
「是。出来るだけ探ったのですガ・・・」
「仕方ないわ。精霊士って言うくらいだから、結界術に秀でた術師もいるだろうし
よくここまで突き止めたわ。ご苦労様」
「いエ。ある程度辿ったところデ、情報屋集団の姿を聞きましたラ、エルフ特有の外見だったのデ、此方はさして苦もなク・・・
しかシ、精霊相手だと我々は動くことが出来ませン。どういたしましょうカ?」
目に見えず、実体を持たない精霊が相手だと流石の影の民もお手上げである・・・
困ったように首を傾げる彰夏と桐藍に、筆談しかないわねぇ、と苦笑混じりにレインは答えた
「精霊は耳が良いけれどヒトの扱う字は読めないらしいわ。
機密事項や、命令、指示はこれから筆談ね。
父様達にも伝えなければ行けないわねぇ・・・鳳の琥珀を連れてきてくれる?」
「御意」
ぐいっと柚子茶を飲み干すと彰夏は影に溶け消えた
その姿を見送ったレインは柚子茶を口に含んで溜息を吐く
「レイン様・・・」
「あ、ごめんなさい。溜息、最近多いみたいで・・・無意識なんだけど」
苦笑するレインに桐藍は近寄る
レインの疲れた顔に、自分の無力を舌打ちしたくなった・・・
「レイン様、どうかご無理をなさいませんよウ。
自分が思っている以上に身体は限界を訴えていませんカ?
疲れているときは限界を見誤りがちですかラ、適度に休憩を入れて下さイ」
桐藍はそう言って、レインの少し痩けた頬に手を当てる
「桐藍・・・?」
「ご無礼ヲ・・・。
来週には領主会議も始まりまス。どうぞご自愛下さいまセ」
すっと頭を下げた桐藍に、良いのよ、と返したレインは額に手を当てる
「・・・来週だったわね、領主会議」
忙しいわね、とレインは控えていた花蓮を見る
「是。前日登城の予定です」
「正直当日登城したいくらい忙しいけれど、当日なんかに登城したら悪目立ちは必至だし、何より、また翼竜で行くんだもの。絶対酔う!
・・・から、なんとか前々日までに切りが良いところまでやって、仕事を龍山まで持ち込むほか無いわね」
小さく溜息を吐いたレインに桐藍と花蓮は目を見合わせたのだった
<花蓮、レイン様をよく見ておけ。あんなギリギリの綱渡り状態だと倒れかねないからな>
<是。頭領はこれから領内の巡回ですか・・・?>
夕暮れの西日に照らされながら、桐藍は頷く
<彰夏にもそのまま国外へ行かせた。
頭領(俺)が何時までものんびりしているわけにも行くまい。
花蓮、華南だけでは大変だろう・・・
成人直前の奴等を動員して構わない。掃除くらいは出来るだろうしな・・・>
<まあ・・・有り難う御座いますわ、頭領。
家事の手は幾らあっても困りませんもの>
にっこりと口布の下で笑う花蓮に、後は任せた、と言い残し桐藍は影に溶け消えた
<早速、華南と相談して誰にするか決めないとね・・・>
これで天井や高いところの掃除が出来る・・・と花蓮は張り切って同僚の元に向かったのであった
翌日・・・レインは流石に寝不足だからと昼まで眠ることを前夜に宣言していたため、珍しく太陽が昇っても泥のように眠り続けていた
そんなレインを揺り起こしたのは華南だ
普段の影の民の装束である動き易さ重視の黒の服ではなく、メイドの時に着る、クラシカルなロングドレスの所謂、ヴィクトリアンメイド服に身を包んでいる
普段は頭巾などで隠されている黒い髪は、肩上で切り揃えられ、童顔な顔を心苦しそうに歪めていた
「レイン様」
「・・・ん、華南・・・?どうしたの?」
「お休みの所申し訳御座いません・・・お客様がいらっしゃっています」
目を擦りながら、覚醒していない頭でお客様・・・?と首を傾げる
「約束、あったっけ・・・?」
「いいえ、突然いらっしゃいました」
「・・・・?どなたかしら?」
「それが・・・」
続いた華南の言葉にレインは目を瞬かせたのだった
貴族の屋敷の応接間というのは華美な装飾、豪華な調度品などで自分の家が如何に余裕があるかを来客に披露する場である
下級貴族と言えども精一杯見栄を張るものだが、やはりそこはシュレイア家
応接間の装飾も調度品もシンプルなものしか無い
唯一の例外はソファだろう
フカフカしていてゆったり寛げるソレは、これが仕事でなければしっかりリラックス出来そうだと座った男は思った
「お待たせいたしました。シュレイア家次女のレイン、参りました」
木目の美しい扉を開けて男の待ち人であるレインが現れた
シンプルなドレスに身を包んだ若い娘
「(この娘がレイン・シュレイア・・・)
朝早く申し訳御座いませんレイン殿
私は龍騎士、【翠】のアシルと申します」
10度の敬礼をした男、龍騎士のアシルにレインはドレスの裾を摘んで軽くお辞儀をする
龍騎士とは、八龍の近衛隊の事を指す
そして【翠】は隊名でもある
【翠】は【ミドリ】とも読むので緑龍を指す・・・つまりアシルは緑龍の近衛隊の者だと示す
龍騎士は他に
黄龍の【洸】
青龍の【蒼】
黒竜の【砂】
金竜の【鋼】
銀竜の【嵐】
白竜の【霰】
赤龍には近衛は存在しないので近衛は7つ
名前は主の性質などからつけられているのだ
「・・・それで、当主セルゲイではなく、私に用件があると伺っていますが」
ソファに向かい合って座って早々、レインは前置きをせず、すぐに問いかけ小首を傾げて見せた
そんなレインに、アシルは苦笑しながらも頷く
「えぇ。黄龍様より、文を預かって参りました。
生憎今はリオルとの一件で動ける龍騎士が少なく、内勤だった私が預かった次第であります」
そう言ってアシルは懐から手紙を差し出した
封には黄龍の玉印が押されている
「この場で読ませていただく方が・・・?」
「いえ、私は届けに参っただけで御座います。
返事などは必要無いと聞いておりますよ。
来週に迫った領主会議の際の許可証だとか・・・。
どうぞ御家族で御覧下さい」
「(一体何の許可証かしら・・・?)
分かりました。態々こんな端の領地までありがとうございました」
座ったまま、深々と頭を下げるレインに、アシルは少し驚いたように目を見開いた
が、頭を下げていたレインは気付かなかった
「・・いいえ・・・では、私はこれにて」
アシルが会釈し、立ち上がるとレインは 再度礼を言い、先導して外まで見送った
屋敷を出て直ぐ、龍に姿を変えたアシルが空に昇り、龍山に向かって行くのを眩しそうに見ると、レインは手の中にある黄龍からの文に目を落とした
「さて、何が書かれているのかしらね?」




