夏の章・17話
シュレイアで交流会が行われたその3日後、空に満天の星と2つの月が昇るころ、龍山の山頂にある八龍の宮、その中心にある黄龍の宮の一室で、八龍が全員揃って長机についていた
「黄龍様珍しいですね!!食事会なんてっ」
八龍最年少の白竜が嬉しそうに顔を綻ばせる
普段はそれぞれで食事を取る為、全員揃って同じ机を囲むことは少ないのだ
白竜の言葉に黄龍は頷く
「実は先日、シュレイアから報告書と共に収穫したての夏野菜や、シュレイアで人気の果実酒などが届いてね。
シュレイアの作物は質がいいからね。
皆で食事をとるのもたまには良いと思ったんだよ」
にこりと微笑む黄龍に、白竜以外の八龍達も顔を綻ばせる
「さあ、シュレイアからの報告書を見ながら、食事をしよう」
微笑んだ黄龍を合図に、部屋に次々と料理が運ばれ始める
交わしたグラスには琥珀色の果実酒が注がれた
「んまっ!!これ美味しいわ!!」
「甘くて飲み易いねえ、青龍姉」
頬に手を当て瞳を輝かせる青龍に白竜も笑う
「ウメという大陸東が原産の果実を特製の酒に漬け込んでいると説明書には書いてありますね。
商品名はカンロと言うらしいですよ」
「私これ絶対買いに行くわ!!白竜も一緒に行くでしょ?」
「はい青龍姉。それにボク、シュレイア家もシュレイア領もとても気になります」
頷く白竜に青龍もそうねえ、と返す
「私の龍域があるけれど・・・正直あまり訪れることはないのよね。
これを機に見に行くのもいいわねー。
でも、そうねえ・・・黄龍様、シュレイアは今回のリオルの一件で暫くバタバタしているかしら?」
小首をかしげる青龍に黄龍は1年は待ったほうがいいだろう、と返した
「報告書を見る限り、順調にヴォルケからの流入民を受け入れているらしい。
怪我人以外は、職業訓練をさせ、そう遠くない内に社会復帰できるだろうと書かれているから、落ち着くのはおそらく来年以降だろう。
酒の買い付け程度なら問題ないが、いつものようにお忍びで行くことだ」
黄龍の言葉に、目を見開くものは多かった
「早くないですか・・・?」
「いや、別にシュレイアに限って言うなら妥当だ」
青龍の言葉に黒竜が返し、室内の視線を集めた
「シュレイアに限っては、というと?」
緑龍がほぼ全員の疑問を代表して問いかければ、何でも無いかのように黒竜は肩を竦めながら口を開いた
「シュレイアは、もともと流浪の民が集まって出来た領地だ。
その上、異種族の受け入れも行っている。
こういう時の対応は、閉鎖的な領が多いこともあって、国内でも随一早い」
「黒竜の言う様に、シュレイアでは問題なく、流入民の対応は進んでいる。
今している職業訓練は、どうやらシュレイアでの一般常識を教え込んでいるらしいね」
黄龍の言葉に、シュレイアでの一般常識・・・?と黒竜以外の首が傾く
「シュレイアでの成人の識字率は100%だ。
文字は読めて当たり前・・・だからこそ、流入民の社会に出る第一歩は文字を書いて読めることだ
それから、領制だ。
シュレイアとヴォルケの領制は全然違うから最低限知らなければならない決まりを教えているのさ
あとは、シュレイアでの常識だな。
1番は異種族の受け入れの事だ・・・道を歩けば今まで遭遇したことのない種族と擦れ違うんだ。意識をしっかり変えて受け止めなきゃ辛いのは当人だからな」
ぽんぽんと同胞の質問に答える黒竜に赤龍は密かに落ち込む
「(我は、全然知らぬ・・・)」
肩を落とす赤龍を視界の端に認め、黒竜は溜息を吐く
「(知らないのは、仕方ないさ。何せ、オレの方が付き合い長いしさ
・・・だが、知ろうとしないのは頂けないね。
赤龍が自分で気付くまでは言わないけれどな)」
黒竜の言葉に、白竜と青龍以外も興味を示したようにざわめく
「ふむ・・・シュレイア領はともかく、秋になれば会うことが出来るだろう。
その時、話しかけてみればいい」
黄龍の言葉に、首を傾げる八龍の面々
「嗚呼、普段夜会に現れぬシュレイア家が来るのか?という疑問か?
秋紅会ではない。領主会議の方だよ。
シュレイア家では年明け早々に領主交代の儀が行われるから、その挨拶がてら、セルゲイの他にレインも来るんだ」
「ええ!!??レインって、確か次女でしたわよね??
上に長男も長女もいるのに、ソレを差し置いて領主になるんですの?!」
目を見開く青龍・・・言葉にこそ出していないが、他の八龍達も似たり寄っ
たりな顔をしていた(特に赤龍は目を見開いて固まっている)
「上の兄弟2人どころか、兄弟は勿論、親戚一同満場一致だったらしいぞ。
前回の春桜会の時、セルゲイは最後の確認に国外で一族と集会をしたらしいが、変わらずレインを全員、推したそうだ
ちなみに、レインの姉も兄も、レインが領主就任後は揃って補佐になる予定だそうだ」
「それはまた、随分珍しい一族だな」
あまりの驚きに、普段は殆ど口を開かない無口な金竜が感心したように呟いた
「普通、貴族の当主の交代であってもすんなりいかない。
時には血生臭い話しだって聞く
特に、領主となれば相当揉めるものだろうに・・・」
続けた金竜の言葉に、シュレイアを知らない八龍は頷く
「領主といえば、この国では我ら八龍に次ぐ位です。
確かに普通なら裏で駆け引きや血生臭いような事も起こるのでしょう」
緑龍の言葉に、嗚呼確かにな、と黒竜は頷く
「ま、優先順位の違いだろう」
「優先順位、ってなんの?」
「人間だろうと龍族だろうと、それぞれ優先順位って言うのがあるよな?
黄龍様が一番なのは、まあ当然だから置いておいて・・・
そうだな、人間で言ったら、自分の命の次に大事なものだよ。
・・・例えば一般的な人間は、自分の命の次は家族や近しい者の命だよ。
やっぱり大事だし、失いたくないモンだ。
んで、次は人によるが、財産や地位って言う奴もきっと少なくないさ
でもシュレイア家は違う
シュレイア家の一番は、自分の命でも無ければ家族の命でもない。
彼奴らの一番は領民と、領地だ
少なくとも地位や名誉や財産なんてモンは眼中にもないだろうさ
家族も後回しだからな
それが当然という一族なんだよ。驚くほどに、一族の末端までね
ま、そういう一族だから、無意味に血が流れるようなことはしないのさ」
黒竜の言葉に、黄龍以外の面々は驚いたように目を見開いた
それぞれ色々な意味で驚いたようで、黒竜は苦笑する
「まあ、そういうわけで、次の領主はレインで、この秋の領主会議も参加だ。
・・・で、シュレイアに驚くのも良いが、注視すべきはシュレイアじゃなくてヴォルケの方だろう?」
黒竜の言葉に、シュレイアの一族に驚いていた面々も、ハッとした表情に変わる
「停戦して約二ヶ月になろうとしている。
だというのに、ヴォルケの復興は全くと言っていいほど進んでいない。
・・・シュレイアが速すぎるにしても、遅いだろう」
「・・・そうだな。シヴァ、現在のヴォルケの様子は・・・?」
黄龍は眉間に皺を寄せ、緑龍を呼ぶ
「思わしくありませんね。
ヴォルケはライ山の麓に広がる巨大な貿易漁港を持つ領地ですが、リオルがライ山を越えて侵攻したことで、漁港を含むライ山の麓に広がる複数の街では、建造物の6割方は全壊状態、2割が半壊、または部分倒壊、無事なのは2割のみ・・・
人的被害に至っては、死者・行方不明者5万5千人、難民80万人以上という非常に大きなもの・・・
領軍の被害も非常に大きく、がれきの撤去は勿論のこと、行方不明者の捜索も殆ど着手されておらず、このままでは疫病が流行る危険性もあり、さらに難民は増えるかも知れません。
正直、とてもじゃないですが自領で解決できるとは思えませんね
しかしながら、近隣の他領地に救援を求めているような様子はありません。
それから・・・この度のヴォルケの度重なる不始末に、3大領地の残り2つ、バルクスとナザルから領地返納の声が上がっています。
これに、4領も賛成の声を上げていて・・・領主会議で題目に上げさせて欲しいと許可申請が来ております」
「そうか。
どうしたものか」
難しい顔をする黄龍に、緑龍も渋い顔をする
「許可の申請は、受理しなさい。
元々、領主の解任は私の命令ともう1つ、領主12人の内、10人以上の賛成で行うことが出来る
丁度全員揃うことだ、決を採るようにすれば良い」
「きっと荒れますね・・・」
「間違いないだろうな。残念ながら、全員が全員、シュレイアのように生きる事は出来ない
当たり前だがね。
間違いなく、ヴォルケの復興は時間が掛かるだろう。
今はまだヴォルケに留まっている者達も、領外に脱出する可能性は十二分にある
引き続き、ヴォルケには復興を促し、必要なら救援を求めるように伝えなさい。
此方からは中々動けないからね
近隣の領主達にも、まだ流入民が増える可能性が十分ある事を伝えておくように」
黄龍の言葉に、八龍は硬い表情で頷く
「まだまだ、復興には時間が掛かるな・・・」
溜息を共に落とされた言葉は酷く重く感じたのだった




