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夏の章・15話




レインは次々に届く完成された戸籍を纏め、整理していく


普段は守護役達との会議用に利用される部屋は、今や書類で溢れており、レインの他に出張職員達が10名忙しなくペンを動かし資料を捲る


戸籍というのは当然のことながら重要なものである


戸籍に名のない人間は、領主から畑や田を貸与されることもなく、保証もなく、家も与えられない


・・・逆を言えば、戸籍さえあれば畑や田を貸与され、生活が最低限保証され、家を与えられるのである



この戸籍の保管は各村や町に設置されている役所でされている


役所の役割は、戸籍の保管に始まり、税の徴収、インフラ設備の点検、住民の意見を集め、領主に伝える、といった領民と領主を橋渡しすることだ


領主一族がほぼ国外に出ているシュレイアでは、他領のように領主一派が幅を利かせることもなく、その面子は極一般人である


・・・ちなみに競争率はかなり高い


「うーん、それにしても大変だけど幸せだわー」


レインが資料を取りに席を立って部屋を出たところで、職員の1人が凝り固まった肩を解しながら嬉しそうに笑う


「本当に。


レイン様とお仕事できるなんて、町中に自慢できるわよ!」


「もう横顔が素敵だわ!!真剣な眼差しで!!ちょっとピリピリされてたけれど、ソレがまたイイ!!」


「ご自身だってかなりのお仕事抱えているのに、此方を気遣って下さるんだもの!!


(嫁に)貰って下さいって叫びたくなったわ!!」


きゃーーーという黄色い声は廊下に僅かに届き、扉を開けようと取っ手に手を掛けていたレインは入るに入れず苦笑する


「丁度良いから、休憩にしましょうか」


ふふ、と笑って、扉の取手から手を離し踵を返し台所へ向かったレインを影警護していた花蓮は微笑む


役所の仕事の競争率が高いのは、シュレイア家とお近づきになれるかも知れないからである


・・・勿論、玉の輿だとか、気に入られたい、出世したいとかではない


シュレイアの領地に暮らす者は、シュレイア家の血の滲む努力を知っている


何もなかった荒れ地を何代も何代も掛けて豊かな大地に変えていった、その働きは誰もが出来るわけがないと知っている


同じ貴族達からは、後ろ指を指され笑われ、貶されていることに気付いている


・・・それでも、自分たちの暮らしを優先させる領主の一族を、誇りに思わない人間はいない


特に、同世代の若者からシュレイア家のキリク、アリア、レインは凄まじい人気を誇る


少しでも傍で、少しでも力になりたいと特に接する機会も多い役所は競争率の高い仕事なのだ


「うーん、それにしても」


眉間に皺を寄せうなる職員の1人に、丁度お茶と茶菓子を運び部屋に戻ってきたレインと花蓮は台車を押していた手を止め首を傾げる


「どうかしたの?」


「わわ!!レイン様、すいませんっ気付きませんでした!!」


「集中してたからね。気にしなくて良いわ。それで、何を唸っていたの?」


給仕は花蓮に任せ、レインは唸っていた職員の傍による


「えっと、これなんですけど」


おずおずと差し出された書類を受け取ったレインはその書類にざっと目を通した


「流入民の前職を纏めているものね?・・・随分、無職が多いわね」


「これって、どういう事なんですか?無職って、なんで?」


こてんと首を傾げる職員にレインはそうねえ、と頬に手を当てた


気付けば、部屋にいる他の職員達からも見つめられている


「えっとね、ヴォルケって独自の身分制度があるのよね、領主がトップで、次段に領主一族でしょ・・・


それから上位貴族、中位貴族、大商人と下位貴族、商人と平民この六層に分けられた三角形の更に下に、貧民、大貧民という二層があるの。


その日の暮らしも保証されないし、戸籍もない、戸籍がないから、仕事に就けない


・・・多分、泥を啜るような生活よ。


そういう最下層の領民が、ヴォルケには多かったらしいの。


そして、その最下層の領民達が今回一番犠牲になっているの」


「そんな、身分制度が普通なんですか・・・!」


「意外と、他領では多いんですよね?そういうの」


絶句する職員に別の職員が首を傾げながらレインに確認を取る


「意外とね。大領地と呼ばれる場所ほど、領独自の身分制度があるし、やっぱり数も多いわ。


そう言う方達は、それまでの生活に必要なかったから識字率も極めて低い

し、栄養失調だったりそれに近かったりするから職よりもまず身体を整えることから始めないとね」


「ということは、保護施設みたいなものを用意するんですか?


病院とか・・・?」


「検討中よ。


一定期間、身体を休ませ、身体を作り、仕事を覚えるための最低限の知識も必要になるわ。


ただ、どうしても隔離のような形になるからねえ・・それがイヤなのよ」


ふう、と頬に手を当て息を吐くレインにじゃあ!と職員が声を上げた


「街の中に作るのは駄目ですか?レイン様。


それなら、人の気配も感じられるし、仕事をしているみんなの姿を見れば、きっと仕事やシュレイアでの暮らしのイメージも湧くと思うんです」


「私もソレ、良いと思います。


生活環境が、全然違うなら、やっぱり少しでも早く慣れることが重要だと思いますし」


「大人は良いですけど、子供はどうなんでしょう・・・?


孤児も結構いますね・・・」


「ええ。今回の戦闘で親を失った子供だけじゃなく、1人で元々生きていた子もいるわね」


「元々1人だった子は、かえって集団生活は窮屈かも知れませんね。


勿論、治療中は仕方ないですけど・・・学舎は少人数制の教室を準備して、徐々に慣れるように。


住まいはうーん」


レインが黙っていても、次々に案を出す職員にレインは微笑む


領民のことは、領民が一番知っている


自分たちの生活のために意見を出し合う様を見守る


纏めるのは、領主の役目だ


逆を言えば、纏める以外、補足程度にしか口は挟まない


これがシュレイア家の決まりでもある


レインはいつの間にか作業の手を止め話し合いに没頭する職員達を咎めることなく、時折顔を上げ補足をしながら耳のみ傾け書類作りを続けた


外はシトシトと小雨が降り続けているが、討論する声は、明るい未来を予想させたのだった




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