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夏の章・12話



「レイン殿、少し時間を頂けるか?」

街から戻ると、クラウスとウェルチと別れ、宛がわれた部屋でレインは執務をこなしていた


しなければならない事は多く、市場で集めた情報と、市場の後に訪れたシュレイアの一族の者から得た情報を照らしシュレイアに報告書を書いて送る


・・城下で再会したシュレイアの一族からは、相変わらずですねぇと苦笑いされたと記しておこう・・・



「あら。・・・はい。構いませんわ、フェンネル殿」


「有り難う」


レインと向き合うように座ったフェンネルは当初に比べればやつれている


顔は少し青白く、心なしか痩せたように見えた


この数日フェンネルがあちこちに走り回っていたことを知っていたレインは、すっと立ち上がると部屋に備え付けられている水場で薬湯を淹れ差し出した


「ありがとう


・・・凄い色をしているな」


「眼精疲労と身体の疲れに効きます。


紫色なのはご愛敬です」


とろりとした紫の液体に頬を引きつらせながら、ちびちびと飲むフェンネル


・・・・色はどうあれ、レインの差し出す薬湯に効能があることは共に過ごした数日、何度となく差し出された事で身に染みているのだ


「・・・・・早速だが、リオルとエーティスは無事魔王殿のお力添えもあり停戦協定を結ぶことが出来た」


「そうですか。・・・・・良かった」


ほう、と息を吐くレインにフェンネルはすっと頭を下げた


「フェンネル殿?」


「これほどまでに、迅速に停戦協定を結ぶことが出来たのは偏にレイン殿のお力添えがあったが故


・・・貴女には本当に感謝してもしきれない


本当に、有り難う・・・!」


「・・・・・・フェンネル殿、どうか頭を上げてくださいませ

ほんのすこしでもお力添え出来たなら、私としても嬉しく思います。


戦は嫌いですから、早く停戦に持ち込めて良かったと、安堵しているのですよ」


レインに促されるまま顔を上げたフェンネルは、穏やかな笑みを浮かべた・・・


「・・・停戦条件は、賠償金の支払い、魔法師としての停戦条約の締結などで、十分な恩赦を与えていただいた


また、この首を差し出すつもりでいたのだが、それでは罰にならないと一蹴され停戦条件の1つに、私をそのまま国主として、このたびの戦と同じようなことを今後二度と起こさない、と宣誓を出すように、と


起こしてしまったことの対価には少なすぎるし、正直、甘い処置だ。


しかし、此処でも魔王殿が口を利いて下さってね。


我々は進む事を許された


これから、とても大変だが、私の一生を掛けて、この戦の償いをしていくよ」



そう言って、レインの顔を見たフェンネルは、続けようとした言葉を飲み込んで手を差し出す



「?」


「あのとき、過去のあのとき、貴女に出会えて良かったと心からそう思う


願わくば、厄介事に巻き込んでしまった私だが・・・・・


どうか・・・」


言葉を切って、目を閉じたフェンネルの脳裏には、出会った頃の幼いレインが浮かぶ


ずいぶんな時が経過したように思って苦笑した


「?」


「・・・・・・・・・・・・どうか、私の生涯の、友となって欲しい


利益でもって繋がるのではなく、対等な存在として、友となってくれないか


リオル国王フェンネルとシュレイア領、次期領主レインとしてではなく・・・


ただの、・・・フェンネルとレインとして」


きゅっと眉間に皺を寄せ、懇願するように手を差し出すフェンネルに、レインは眼を瞬かせ、そして微笑んで手をぎゅっと握った


「喜んで、フェンネル殿」


「・・・ありがとう。



・・・さて、今日はもう遅い。改めて明日時間を取るから、貴女が話してい

た要望事項の詳細を聞きたい。


昼頃でどうだろうか?そのまま食事もとろう」


「ええ、是非。喜んで」


微笑むレインに、本当に伝えたかった願いが口から出そうになったがそれを押しとどめ、フェンネルはレインに宛がった部屋を出た




パタンと音を立てて閉まった扉を背に、フェンネルは小さく息を吐いた


「・・・・宜しかったのですか?陛下」


「なんだ、聞いていたのか?ガイ」


扉の外で待機していたガイの台詞に、フェンネルは片眉を上げる


「いいえ。あの部屋の防音は完璧ですよ。


・・・何年の付き合いだと思っておられる。


顔を見ただけで、予想するのは容易いですよ」


「そうか」


「・・・それで、宜しかったのですか?」


「・・・レインには、友人になって欲しいと願った。快く、頷いてくれたよ」


何処か雰囲気も柔らかくなったフェンネルの台詞にガイは瞳を大きく見開く


「・・妻に妃に、と、望んでもきっと彼女は首を縦には振らないだろう。


それに、友情の方が、ずっと長く傍に在れると思うのだ」


くすりと笑うフェンネルに、ガイもまた静かに笑った





「嗚呼、ガイ・・・見てみろ良い月夜じゃないか。


失ったモノは、あまりにも多かったが・・・得たモノも、少なくない」


2つの輝く月、煌めく星々を見上げ、フェンネルは真剣な眼差しでガイを見た


「これから、大変だ。


・・・・・・・・しかし、血の滲むような努力とて厭わないことを誓おう。


まずは、お前に。


ガイ、私は、良い王になるよ。


13年前のあの日、レインに誓ったように


今回、レインから学んだように・・・


友人に、お前に、国民に認めてもらえる王を。


付いて来てくれるか」


小首を傾げるフェンネルに、ガイはふっと笑い、片膝を廊下に付けて頭を下げる


「例え、茨の道となりましょうともこのガイ、最後までお側を離れませぬ」


「・・・頼む」


空を照らす2つの月だけがその2人の誓いを見届けたのだった







あくる日の昼食を共にとっていたレインとフェンネルは、食事を始めて余り経たないうちに要望事項について話し始めた


「法石と取引させていただきたいのです」


「法石を?」


レインの言葉に、食事の手を止めたフェンネルはまじまじとレインを見る


「はい。是非」


「しかし、法石を何故・・・?


あれは魔法師以外では罠などには使えるがそれ以外は果たして役に立つか・・・?」


首を傾げるフェンネルにレインは小さく頷いた


「実は、その法石にとある魔法を施していただきたいのです」


「?攻撃魔法をか?


法石といえばそれ位しか役に立たないぞ?


それも、魔法師が扱うのでないのなら、罠程度のモノにしかならないが・・・」


「いいえ、攻撃魔法ではありません。


・・・・・・映像魔法を掛けていただきたいのです」



「なに・・・?」


レインの提示した要望は、法石の取引だった


法石、それは、


魔王の力が溢れ、形を成した性質様々な魔石でもなく


エーティスで一般的に利用されている灯りの塊である光石とも異なり、人為的に魔法の込められた鉱物のことだ


込められた魔法によって役割を変える


一般的には攻撃魔法を組み込んで武器にするが、レインは武器ではなく、映像伝達魔法を組み込んだ法石を願った


「我が領地は、領軍を持ちませんし、戦うのではなく逃げることに重きを置きます。


映像伝達の法石があれば、今以上に逃げ足を速くできると思っております」


言っていることは弱腰のようだが、戦いを避けること武力を行使しないようにすることを掲げている事を聞いたフェンネルはそれがレインなりの戦いなのだと納得した


「その程度ならば、全く問題ない。


・・・いや、法石にそのような使い方が出来るとは正直思いもよらなかった。良い勉強になった」


「魔法を使える方々にすれば、陣を書けば良いことですから必要ないのでしょうし・・・思いつかなくてある種当然かと」


くすりと微笑んだレインに、物事は一辺だけで見るより多方面で見なければならないと言うことだな、とフェンネルは改めて勉強になった、と告げた





その日の夕方、フェンネルの元にクラウスとウェルチが現れた


執務室にやってきた2人に、フェンネルは目を丸くし、すぐにソファを勧め、執務の手を休めると、メイドに茶を淹れるよう指示をし自身もまた2人の前に腰を下ろした


「どうなさいましたか・・・?」


「なに、・・・一段落したようだから、いとましようと思ってな。


騒動のあった国に何時までもいたら迷惑じゃし、儂も執務がある」


「恐らく今頃、執務机の上には書類が山となって魔王陛下を待っているはずです」


「・・・」


突然の暇の言葉に目を丸くしていたフェンネルだが、ウェルチの無表情での物言いとクラウスの嫌そうな顔にクスリと笑みを漏らした


「貴方がたのお力がなければ、停戦も、兵士を国に連れ帰ることだって時間が掛かったでしょう・・・


本当に、どれほどお礼をしても、足りません」


「うん?礼なんぞいらんいらん」


パタパタと手を振る


「しかし・・・」


「本当に良いのですよ、フェンネル殿


停戦したばかりでこれから入り用になるでしょうし、我が国はそんな国から毟るほど飢えていませんから」


「そうそう」


ウェルチの言葉とクラウスの頷きにフェンネルはでも、と言い募る


それを片手を上げて制したのはクラウスだ


「フェンネル殿、儂はレインに頼まれたから仲介だってしたんじゃ。


礼はレインから菓子を貰うから気にしなくて良い


儂は、言っては何じゃが今回の件でかなり楽しんだ・・・懐かしい顔も見れたしな


・・・長く生きていると、毎日は酷く退屈じゃ。


レインの傍にいると、騒動がよく起こるから飽きなくて良い


退屈は紛れたし、たまには力を使っておかないと能力も錆びる。



儂にはほぼメリットしかなかった。じゃから気にしなくて良い。


魔王の退屈を紛らわせたのだから、俺は十分やったろう?位思っておけばいい」


笑うクラウスにウェルチは呆れたように息を吐いた


「・・・魔王陛下は本当に言い方が悪い


・・・沢山の血が流れたことはフェンネル殿にとってマイナスでしかないのに、それをメリットだとか退屈を紛らわせた、だとか


・・・そんな言い種だから魔族は嫌われ者になるんですよ


フェンネル殿、陛下の言い方が悪くて申し訳ありません


陛下は、貴方のことを気に入ったので、力を貸したのです。


ですから気にしなくて良いのですよ」


ニコリと笑えばまだ良いのに、ウェルチは期待を裏切らず無表情でフェンネルに告げた



・・・結局ウェルチもクラウスも口下手のフォロー下手なのはよく理解したフェンネルであった





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