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春の章・2話

赤龍の意識が浮上したのは日付が変わろうと言うときだった


夜の帳がおり、静寂の中、暫しの間呆然と真上にある天井の木の模様を見つめていた


・・・此処は何処、私は誰・・・という状況の把握が出来ていない様子は実に無防備である


その静寂を破るように控えめなノック音が部屋に響く


その音の方向に首を巡らせた赤龍の視界に入ったのは、不思議な衣装を身に纏う娘だった


衣装は、娘、レインが動きやすさから重宝している<ツナギ>なのだが、勿論年頃の娘が着るモノでも、そもそも貴族が着るはずのないモノ・・・


もっと言えばシュレイアを除いて一切流通していないのだが其れはおいておく・・・


赤龍は、霞掛かった記憶の中、その娘が自身に近寄って視線を絡めた唯一の人間だと思い出した


「っ・・・?」


「あぁ、半日眠り続けたのです喉も渇いているのでしょう


・・・どうぞ、白湯をお持ちいたしましたので喉を潤してくださいまし」


そう言って微笑んだレインはゆっくりとした動作で赤龍の横たわる寝台に近寄る


「上体を起こすお手伝いをいたします。傷に触れることが在ればすぐに仰ってください」


そう断ったレインは、寝台脇の棚に白湯の入った器をおくとそのまま赤龍の背に手を宛ててゆっくりと上体を起こす


背もたれに柔らかい羽毛の枕を幾つも置くと、白湯の入った吸い飲みを差し出した


「・・・?」


「こちらは吸い飲みと申しまして、熱もありますしコップで白湯を飲むのは難しいと判断いたしましたのでお持ちいたしました。


吸い口が細いので、飲むのも楽だと思います

ゆっくり飲んでくださいね。


随分熱も上がってきていますから、出来るだけ飲み干してください」


差し出された吸い飲みを不思議なモノを見るように見つめた赤龍はレインが解説を入れると後は特に問題なく白湯で喉を潤した


病気一つ、怪我も殆どしたことのない赤龍にしてみれば酷く未知なモノだったようだ


「・・・飲み干した」


「はい。では、説明を致しますので、とりあえず此方を飲みながら」


そう言ってレインが差し出したのは深い緑色の液体の入った湯飲みで、その色を見た瞬間赤龍の頬は引きつった


「薬師特製の、薬湯ですわ。飲み干してくださいね」


「・・・分かった」


にっこりと有無を言わさない笑みを浮かべるレインに、逆らってはいけないと本能が脳に警鐘を鳴らしたため赤龍はその酷く苦そうな薬湯を受け取った


恐る恐る口を寄せれば、案の定酷く苦い上どろりと濃厚なそれは何時までも口内に居座る


眉間に皺を寄せチビチビと子供のように薬湯を飲む赤龍をレインは内心で苦笑を零し、現状の説明のために口を開いた


「では、現状を軽くご説明いたします


初めに、自己紹介が大変遅くなりました

私、エーティス東端にあるシュレイア領の直系第3子、レイン・シュレイアと申します


このたびは、当主、当主妻、第1子、第2子共に不在でありますので私が現状この家の責任者という形になります。ご容赦下さいませ。


赤龍様は領内、この屋敷からほど近い森に重傷を負って倒れておりました


駆けつけた際、腹部から流れる血量を見て、一刻を争うと判断いたしましたので、麻酔を打ち、傷の原因と思われる毒竜の牙で作られた矢尻を抜きました


毒消しの薬や傷の処置はひとまず済んでおりますが、毒と薬の作用により現在発熱しております


龍山への連絡も致しましたので、早くて明日の昼、遅くても明日の夕方頃には何かしらの龍山からの動きがあると見ております


・・・取り急ぎ申し上げましたが何か疑問点など御座いますでしょうか?」


怪我と熱に触るからと、簡潔に現状の説明をしたレインに赤龍は緩く首を振る


「では、薬湯を飲み干した後、もう一度お休み下さい」


そう言って微笑んだ赤龍は苦い薬湯を少しずつ飲みながら、レインを見た



まず目に入ったのは、やはりその瞳だった


八龍において純然たる力勝負ならば皇帝黄龍を上回る赤龍は、その有する力の巨大さから人はもとより八龍を除く同族の龍からも畏怖の対象であった


目が合えば逃げるように視界から消え、近寄ろうとせず、何もしていなくても恐怖の対象としてみられる


そのたびに、胸を鋭利なもので貫かれているような感覚を覚えていた


それが、レインはといえば、恐怖に引きつるのではなく、穏やかに微笑んでいる


視線を絡ませ、赤龍への心配が、見える


それは赤龍にとって酷く不思議な感覚だった


決して、美しいわけではない


・・・凡庸で、貴族の娘よりも平民の娘と言われた方が納得するほどに飾り気もなく化粧気もない


それなのに、その瞳が、見た目の凡庸さを帳消しにしてしまうほど真っ直ぐで、捕らわれる


「・・・赤龍様?」


「っあぁ、すまない。飲んだぞ」


「はい。ではお休み下さいませ。まだまだ熱は下がっておりません

休養第一ですわ」


にこりと微笑むレインに促されるまま、赤龍の意識は再び闇へと落ちていった




「お休みになられましたカ」


赤龍が深い眠りに入ったのを認めレインの影から桐藍が現れた


眠りの深さを確認したレインは緩く首を縦に振った


「えぇ。龍族が傷を負うことは少ないと言うし、きっと思う以上に傷がお体に響いているはずよ。


それに薬湯も効くはずだから、夢も見ないほど深く眠るはずだわ。


花蓮は華南と交代して休みなさい


華南、赤龍様がお目覚めになったらまた教えてちょうだいね。


桐藍、貴方も休みなさい」


レインの指示に桐藍は首を横に振る


「レイン様は執務を続けるのでしょウ?


ならばお側に控えさせていただきまス」


「駄目よ。丁度彰夏が帰還しているでしょう?交代で休みなさい。


いる?彰夏」


「お呼びでスか?レイン様」


頑固で融通の利かない桐藍(右腕)は、半強制的に下がらせないと休もうとしない


たまたま領内に帰還していた影の民の副頭領の名前をレインが口にすれば、間をおかず影から出て膝をつく男が現れた


普段は主に国外で情報収集をしている彰夏は、桐藍より少し身長は低いが、がたいが良く筋肉質な隻眼の男である


「ちゃんと伝えてなかったわ。お帰りなさい、彰夏・・・怪我はなかったのよね?」


「ハい」


「申し訳ないけれど、桐藍を強制的でも良いから休ませて。


私が言っても中々聞いてくれないのよ。


明日の昼まで、彰夏と桐藍は交代してくれるかしら?


その後、貴方も3日ほど休ませてあげられるように調整するわ」


「レイン様ッ」


「はい頭領、レイン様のお望みでスよ。お休み下さイね


それからレイン様、お言葉は嬉しいのでスが、3日も休んだら体が腑抜けてしまいマす。


1日頂ければ十分でスよ


ちょっとお側を離れまスね、レイン様。


その間だけ花蓮、頼ムぞ」


「ハい、副頭領」


あっという間に影に消えた二人にレインは思わず感嘆の息を漏らした


・・・桐藍は彰夏に襟首を掴まれての強制退場であったが・・・


「相変わらず、早いわね。


花蓮、悪いわねぇ。


折角だから、美味しいお茶を淹れるから一緒に飲みましょうか」


「ハい、是非。デもお茶は私が淹れますレイン様」


にっこり笑う花蓮につられて微笑む


「あら。じゃあお願いするわ」


「御意」


廊下を出て、自室に足を向けるレインを二つの月がまばゆく照らしていた








「黄龍様!!ジルヴァーン様!」


「・・・?どうしたシヴァ。珍しいな血相を変えて」


龍山の山頂、八龍の宮の中心地、黄龍宮では空の二つの月を肴にエーティス皇帝である黄龍、ジルヴァーンが静かに酒を煽っていた


月光に照らされた黄龍は神秘的で、腰まで流れる金の髪、伏し目がちな橙色の瞳、しなやかな身体付き、その全てが美しかった


辺りは静寂に包まれており、ゆったりとした時間が流れていたのだが、それを掻き消すように、八龍の一角、皇帝の右腕として名高い緑龍のシヴァが黄龍に駆け寄る


「ッ報告いたします!


国境の賊の討伐に出ていた赤龍が、負傷しシュレイアに墜落


森を一つ焼け野原にし、怪我も命に別状はないものの重傷を負ったそうですっ」


「なんだと?」


「先ほど速鷹が国府に辿り着き、シュレイアからの文を持ってきたようです


怪我の処置は既に済んでいるそうですが・・・」


「相も変わらず、生き急いだか。赤龍め・・・」


赤龍は決して弱くない


・・・むしろ国内外に最強・最凶と知らしめる程の実力者だ


しかし、その戦闘方法は特攻と言って良い


我が身を省みることなく、長い孤独な生に苦しみを覚えている赤龍はいつしか命を落とすために戦地に出るようになった


それを、止め続けてどれ程になるか・・・黄龍は溜息を零した


「シヴァ、明日の昼にでも赤龍の迎えに行ってくれ。


そのまま、焼け野原となった森の再生も」


「御意」


「それにしても・・・」


「?」


「シュレイアに落ちたとは、これも何かの運命なのかもしれぬ」


クツリと喉を鳴らし意味深に呟いた黄龍に緑龍は首を傾げた


「ひょっとしたら、何か変わるかもしれない。


勿論、変わらないかもしれないが・・・」


願うように瞳を閉じる黄龍に緑龍は首を軽く傾げた


「シュレイアに、何か?」


「ん?あぁ。あの地は、このエーティスにおいて異色の地だからな


・・・何か、アレの心に変化をもたらせることが出来るかもしれない・・・と淡い期待を抱いているのだよ」


「そう、ですか」


よくわかっていないという様子の右腕に黄龍は意味深に笑った


「シヴァ、これを機に少しシュレイアを見てくればいい。きっと、お前も気に入る」


「・・・わかりました。では楽しみにしておくとしましょう」


そう言って、黄龍の部屋を後にした緑龍は、そのまま自宮へと足を向けた



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