夏の章・10話
切る場所が分からず、長めです・・・
時間は遡ってフェンネル達が教会を制圧した頃
キリクは朝から続く、終わりの見えない討論に何度目かの溜息をついていた
王宮の広間で、集められた十二の領主と代理人
黄龍筆頭の八龍
国府の者は朝から、大きく中心が開いている円卓に座り、十二領主主体で会議が行われている
・・・議題は勿論、リオルとの戦闘だ
赤龍を出撃させ、一刻も早く戦闘をエーティスの勝利で終わらせるべきだと主張する者と
赤龍の出撃により焦土と化すであろうヴォルケの地と、八龍は尊い存在であり、容易く縋って良い存在じゃないから国府の軍を投入すべきだという者と
その2つどちらも賛成しない者の3つのグループに分かれて、あーだこーだと利のない討論が続いている
八龍は時折その討論に眉を顰め、国府の者は全て記録している
キリクは、くだらない、と内心で切って捨てた
何故、これ程事態が深刻化したか、それを知ったからこそ
「(勿論、リオルがヴォルケより少し上手だったのは言うまでもない
だが、侵攻後の対応が情けなさ過ぎるんだよ
全部とは言わないが、これほどの被害を招いた原因の一角は、間違いなくさっきから赤龍様を、と喚く婆さんだ)」
キリクは、忌々しいとばかりに内心で舌打ちする
「(こんなところで実にならない会議を続けるよりも、一刻も早く、せめて民だけでも逃がしてやりたいが・・・)」
イライラと指で机を叩くキリクを咎める者はいない
抜け出したい、と真剣に考えながら、それでも領地の代表として居る以上下手なことは出来ない
「(大体、全部他力本願なんだよ
八龍様は便利な道具じゃねえし、国府の軍は黄龍様の為の近衛だ
あんた等自身で剣を携え先頭に立とうって気概はねえのかよ
・・・レインなら、レインならぜってぇ薙刀携えて先頭で戦って、民が逃げる時間を稼ぐだろうさ
戦いが嫌いだ、人の命が零れるのを見るのがイヤだ、だから戦は回避する、
って公言する彼奴でも、その時になったら、覚悟は決める
戦う覚悟だけじゃない
殺す覚悟も、殺される覚悟もするんだぞ)」
それがイヤだから、戦いは最後の一手にもしたくない
けれど、でもどうしようもなく回避できない事態なら全部背負う、とレインは泣きそうな顔でそうキリクに言ったのだ
その全部が、敵の命も混ざっていることをよく知っている
「(レインが、この場にいたら静かに怒るだろうな)」
はあ、と息を吐いたキリクは、延々と続く討論を眺め続けた
「(見ているだけなら、何か言えば良いのかも知れんが
・・・生憎俺には口先だけは回る爺婆の不毛な討論を止めるほど口が達者に出来てねーし。
多分、アリアやレインなら自信がないなら口出ししない方が上手く転ぶこともあるって言うだろうし
全く、歯痒いねぇ)」
リイイインという少し高い鈴のような音が響いたのは、本当に突然のことだった
リオル対策の話し合いが脱線しながらも続いていた広間には黄龍を始め、八龍、国府の長官と副官、ヴォルケとキリクを含む領主達が円形に座っていた、その丁度中心部に魔法陣が突然浮かんだのだ
「リオルの攻撃魔法か!!」
誰もが、そうと疑わず、あるものは椅子から転げ落ち蹲り、あるモノは逃げ出す体勢を取る
黄龍と八龍達とキリクと他数人は、じっと、その魔法陣をにらむ
・・・何が起こってもすぐに対処できるように隙無く構えながら
<あの、これって何時話し出せば良いんでしょう>
<もう大丈夫ですよ。恐らく、声は先に届いていると思います>
<あら・・・・・・あ>
初めは声だけ、随分聞き慣れた声だ、とキリクは苦笑する
周囲、特に黄龍と緑龍、黒竜、何より赤龍も気付いたのか目を丸くした
「(レイン、何とかなったのか)」
すぐに魔法陣に姿も映った
等身大のレインが、そこに半透明の姿で立っていた
<夜分に失礼いたします。黄龍様
・・・レイン・シュレイアより急ぎ報告する旨が御座いまして、この様な形で申し訳ありませんが・・・>
「レイン!!??」
「レイン・・・無事のようだな」
<はい、傷1つ負っておりません>
「そうか・・・何よりだ。
それで・・・?何があった。
何故、リオルの魔法陣を使って・・・?」
<はい。実は・・・>
レインは静かに話し始めた
教会派とリオル国王派の話
教会派の独断によるヴォルケ侵攻
リオル全土を覆う教会派の結界
・・・そして、今の状況
何も知らなかったエーティス側にあっという間にレインは必要な情報を伝える
「(浚われて2日で、良くこれほどの)」
「(・・・無事で良かった)」
ほう、と感心するように吐かれた溜息は八龍の間から漏れ、赤龍は胸をなで下ろす
その様子をレインを見ながらも気にしていたキリクは、やれやれ、と息を吐く
「(この状況で、事後どれ程の人間が、俺たちを平凡と称してくれるか・・・)」
尚も続く報告を聞きながら、この後を考えて、キリクは家族会議だな、と内心呟いた
<現在、散歩に訪れていた魔王クラウス殿の助力により、フェンネル殿はクラウス殿と共に兵士の捕縛に向かっております>
そう言って、現状の報告を済ませたレインとは別に、すぐ真横に別の漆黒の
外套を纏う金髪碧眼の美麗な、しかし無表情な男が現れた
あまりに近い距離に、赤龍は意識せず眉間に皺を刻む
<お久しぶりで御座います。黄龍殿。
我らが魔王陛下は、このたびの二国間の争いの終結の仲立ちをすると申しております>
15度の会釈をした男・・・クラウスの側近、ウェルチである・・・はそう言って、レインの報告を引き継ぐ形で停戦に向けて話し始めた
「・・・ウェルチ殿か。久しいな。
しかし、容易く頷いてやるわけには行かぬ。
此方の被害が大きすぎる。ヴォルケは9割損壊し、領民も5万以上が死んでいる
幾らクラウスが仲立ちをするからと言って、五分と五分というわけにはいかない」
首を振る黄龍に、でしょうね、とウェルチが軽く返す
<細かいところは、勿論国主同士で話されたら宜しい。
我らは停戦の中立ちが目的なので。
しかし、このたびの戦の被害は、ヴォルケ側にも非はあったと認識しておりますが?>
そう言って、ウェルチは無表情のまま、領主の一角にいる老婆、ヴォルケ領主、トレーネ・ヴォルケを見る
「私たちの、どこに非があるというのです」
<此方の調べによりますと、貴女の領地は国境を持つ領として、随分と対策が甘かったようですね。
ライ山からの侵攻を、ヴォルケ領軍は食い止める事も出来ないお粗末なモノ。
おまけに初期の段階で半数は逃げている。
貴女は領地に戻り、陣頭指揮に立つこともせず、アズナス領で震え、声高に八龍の出陣を要請するだけ
・・・嗚呼、貴女の一族はすばらしくも平民達を押しのけあっさり領地を捨て逃げたとか。
まさか、被害者面を出来るとでも?
領民からすれば、貴女方も十分加害者ではありませんか。
それで非はないと仰有るなら、領主としての質よりもむしろ先に人間としての質を疑いますね。
まあ私は魔族ですので、人間の常識やら良識は知りませんが?>
一息に言ってのけたウェルチに、ヴォルケは唇を戦慄かせるだけで反論を言うことは無い
<黙っていては何も分からない。
それで、西の大国の上位三領に名を連ねているとは、全く驚きだ。
・・・いや、貴女の代から腐り始めたんでしたか?まあワタクシにはどうでも良いことですが。
黄龍殿、現在兵士の捕縛に向かっている魔王陛下が戻り次第、フェンネル殿とこの魔法陣を使って国主会談をされるがよろしかろう。
あの方が出て、もう一刻・・・直に戻ってきます>
「あいわかった」
<・・・では一端切るか>
「ちょっと待ってくれ。レイン」
早々に通信を切ろうとするウェルチに待ったを掛けた黄龍は、傍らで様子を伺っていたレインを呼ぶ
<はい、黄龍様>
「この度のそなたの働きによって停戦する事が出来る。
よく敵地でそれも迅速に動いてくれた。
本当に怪我はないな?」
<もったいないお言葉で御座います。はい、怪我1つございません>
「うむ。では、停戦協定を結び次第迎えを寄越す」
<恐れながら、>
頭を下げるレインにおや?と首を傾げた黄龍は言葉を続ける
「いらぬか?それともリオルでまだすることがあるか?」
<多少、でございますが>
「そうか。では帰途に付く際改めて迎えをやる。そのまま龍山へ来なさい」
<御意>
深く頭を下げたレインに黄龍は満足げに頷いた
<よし、切断する。
ほら魔法師、切断切断>
<はいぃ!!>
「(どれだけ切断したいんだか・・・)」
ぷつん、と言う音と次いで浮かんでいた魔法陣がかき消え、広間には静寂が戻る
・・・最もすぐにざわめきだしだが
「静かに」
黄龍の声が広間に響き、ざわめきは一瞬で聞こえなくなる
視線が一斉に起立した黄龍に向かった
「さて、この1週間ほど全く動きが無かった事態が漸く動き出した。
八龍と領主達はそのまま停戦協定が結ばれるまで残るように・・・見届けるのだ。
別室にて待機していなさい。各自部屋を用意させている。
国府は停戦に関する書類やこのたびの戦を書類に残すように
以上、指示したとおりに別れなさい」
ぞろぞろと指示されたまま別室や国府へと戻っていく中、キリクは用意された部屋ではなく、広間を出て少し離れた場所にあるバルコニーに出る
シュレイアは現在、梅雨真っ盛りだが、龍山は雨雲1つ見えることはない
「場所が違えばこうも違うものか」
空を見上げたキリクは、そのままバルコニーの端、手摺りに掴まる相棒の元へと歩み寄った
「待たせたな」
カァ
「レインは無事。クラウス殿がウェルチ殿と共にリオルに散歩に訪れていたらしい。
戦争は直に終わる。
レインは恐らくリオルとの交渉のため暫く残るようだ」
・・・カァ
「嗚呼、相変わらずタダでは帰ってこない妹だよ。
それなりの戦果をもぎ取ってくるだろう」
ニッ、と笑ったキリクを三つ目の鴉がじいっと見る
「勿論、帰ってくるまでは油断できないが、少なくとも側にはアベルの第二位、魔王殿の右腕のウェルチ殿が側にいるようだし、帰還も黄龍様の手の者が迎えに行ってくださるという。
なら、安心だろう?」
カア
「さあ、早いところ父様とアリアに今のことを伝えに戻っておくれ」
カアッ
ばさりと黒く大きな翼を広げた鴉は、カリッとキリクの指に甘噛みし大きく羽ばたいて飛び立った
「・・・今のは?キリク」
「!黄龍様、緑龍様、赤龍様」
背後から声を掛けられ驚いたキリクは、振り向いた先で不思議そうな表情で立つ三龍に更に驚きすぐ礼をする
「ああ、礼は良い。驚かせたな」
「いえ、気付きませんで申し訳ありません」
「いや、構わない。取り込み中だと思ったから、そっと近寄ったのだ。
それで、先ほどの黒い鳥は・・・?一瞬、鴉かとも思ったが、身体は大きいし、眼が三つあったように感じた」
小首を傾げる黄龍に、嗚呼、とキリクは微笑む
「今のは、俺の伝令役の相棒です。
三つ目鴉と言って、元々は北に生息している鴉の一種なんですが、縁あって怪我したところに遭遇し、助けたら懐かれまして。
・・・この龍山に普段の護衛である影の民達は入れません。
他国でも、時折そういう場所に訪れる事があります
普通なら、影の民に伝令役をお願いするんですが、そう言う理由で彼奴に。
鷹より速いんで、重宝するんです。
俺は三つ目鴉が相棒ですけど、レインは白鳳という真っ白な鳳ですし、アリアは黒で足が三つの梟です。
みんな、速さ重視の伝令用の相棒ですよ」
「嗚呼、成る程」
頷く黄龍とは異なり緑龍と赤龍は頭上に疑問符を浮かべる
「聞いたことのない種族ばかりですね。」
「はい。北方と東方に生息していた種族で、今はもうほんの少ししか生存していないんですよ
えっと・・・それで・・・三つ目鴉を見かけたから、いらしたのでしょうか?」
首を傾げるキリクに、イヤ、と三龍は首を振る
「妹の無事を疑っていなかったが、流石に安堵したのではないか、と・・・
そう思うのはごく当たり前なのだが、とにかくキリクの様子を見に行こうとしたところだったのだ」
「左様で御座いましたか・・・お気遣い有り難う御座います」
ぺこりと頭を下げるキリクに黄龍はいや、と緩く首を横に振った
頭を上げたキリクは、苦笑をしながら黄龍達を見る
「・・・悲しいかな、厄介事にはそれなりに慣れて居るんですよ。
特に、レインは異国へ行くのが多い分、よく巻き込まれまして。
それゆえ、と申せばいいのか、我がシュレイア家で一番、顔が広いのと悪運が強いのと突発事項に慣れているのはレインなんですよ」
あはは、と乾いた笑いを漏らすキリクに、それであの信頼か、と黄龍はキリクがレインが浚われたことを伝えに来たときを思い出した
「レイン殿は、アベルの魔王達とも知り合いなのですか?」
そう言えば、と声を上げる緑龍に、キリクは頷いてみせた
「嗚呼、そうですね。
年に数度は会っているはずですよ。
ウチの大切な輸出相手国であり、魔石の輸入国でもありますから」
「!アベルとまでやはり貿易をしているのですね?本当に幅広い。
以前電光石を見た時にもしや、と思ったのですが・・・」
目をキラリと輝かせた緑龍にキリクは苦笑混じりに頷いた
「はい。元々シュレイア家の人間の魂が好物だとかで、かなり昔から時折散歩にいらしていた様なんですが、レインの性格というのか、そういうのも気に入って頂いていたようです。
10年近く前からよく出先で会ったり、アベルに招待されたりしているようですよ」
「!!魂が好物!!?それは大丈夫なのか!!??」
聞き逃せない一言に赤龍が慌ててキリクに詰める
「大丈夫ですよ。
それに、嘘かホントか、今のクラウス殿は、魂食べるよりもレイン手作りの菓子を食べる方が、良いようですし」
けろり、と言ってのけたキリクに赤龍はでも、しかし、と不安げな表情のままキリクを見詰める
「大丈夫ですよ。なんだったら、レイン本人に確かめてください」
「・・・・・・・・・・・・分かった」
「(いろーんな人からマーキングされてるから、お互い牽制していて簡単に食えない、って
・・・言わない方が良いよな。改めて、我らが妹は大変だよ。全く)」
実際、レインほどではないがキリクやアリア、勿論セルゲイ達もいろんな意味で狙われていたりしているのだが、ソレは置いておく
遠い目をするキリクにそれにしても、と緑龍は疑問を投げる
「レイン殿は、何をするためにリオルに残るのだと思われますか??
私はてっきり、彼女は迎えの言葉に即首肯すると思っていたので、驚きました。
幾ら慣れているとはいえ、攫われた国に何時までもいたいと思うでしょうか?」
「へ?あ、そうですねえ
・・・まあ十中八九、貿易交渉でしょうね。
毎回そうですし。
レインの頭の中は、シュレイアの領地発展で一杯ですから、大方何か役に立ちそうなモノを見つけたのだと思います」
「成る程
・・・普通の子女ではないですねぇ。それが魅力でもありますが。
しかし、度胸が据わり、礼儀も備え、機転も利く
・・・嫁にと望む声は多いのではないでしょうか?聞けばレイン殿はおろか、キリク殿やアリア殿達も婚約されていないとか
・・・内外問わず、お誘いがありそうですが」
こてんと首を傾げた緑龍は、シュレイア家を訪れた際レインは勿論アリアも結婚していなかったことを思い出していた
「そうですね
・・・全く縁談の話がないわけではありませんが、クラウス殿(達)のお気に入りと言うこともあって、普通の方からは余りないですね。
本人にその気が無いのもあって、今のところ全てお断りしています。
自分も含めて」
そう言って苦笑するキリクにおや、と声を上げたのは緑龍だ
ちなみに黄龍はほうほう、と興味深そうに聞いており、赤龍は赤くなったり青くなったりしていると追記しておく
「だが、もう結婚の適齢期だろう?
アリアもそうだが・・・何時結婚したっておかしくない」
一般庶民はともかく、エーティスにおいて貴族の結婚の適齢期は16から20だ
16以前に嫁ぐことも決して少なくないトコロをレインが18、アリアが21で所謂お年頃である
・・・ちなみに一般庶民の結婚適齢期は20~25である
「確かに、年齢で見るとそうなんですけど
・・・我々は結婚に重きを置いていないのです
それに、一応兄弟のなかでは婚約者を持つ者もおります。
兄弟が多いのでその内の誰かが家を継ぐ子をなせばいい、と思っているので・・・
私も、アリアとレインも結婚する気は全くないんですよ。
我々上の3兄弟は、レインを軸に、文武に分かれてサポートする。
愛だ恋だと言う余裕はなく、敢えて言いますと領地が恋人で、領民が子供でしょうか」
クスリと笑うキリクは真っ直ぐに三龍を見る
その眼差しが、キリクの言葉が真実嘘偽りのないモノだと三龍に教えた
「・・・?」
ツキン、と胸を何か針のようなモノで刺された錯覚を感じ赤龍は首を捻るがすぐにその痛みも治まり、気のせいか、と頭を振った
「嗚呼、少し引き留めすぎてしまいました。
申し訳御座いません黄龍様、緑龍様、赤龍様。
皆さんお忙しい中、わざわざ気遣って声を掛けてくださったというのに」
懐の懐中時計を取り出したキリクは、時間の経過に慌て、頭を下げる
「いや、気にするな。我々こそ、いろいろと聞いて悪かった」
「まだ1時間は余裕があります。少しは身体を横たえ休めておくといいでしょう」
「また後で」
「はい」
頭を下げ礼をするキリクに声を掛け、三龍はバルコニーを後にした
その後ろ姿が見えなくなる頃、漸くキリクは頭を上げる
「さて、心配は減ったし、少しは休めるかな」
星空を見て息を吐いたキリクはゆっくりとした足取りで宛がわれた別室に向かい歩き出した




