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夏の章・8話



「結局、レイン殿が来て二日目には教会を抑えることが出来た。


ありがとう。我々だけでは、血の道が出来ただろう」


王宮に戻り、他国の知り合いに仲裁を求める書状をしたためていたレインをフェンネルが訪れたのは教会を抑えた日の夕暮れ時だった


茶と茶菓子を持って現れたフェンネルはラフな格好をしており、とてもじゃないが一国の国主だとは思えない姿だ


・・・そもそも国主自ら盆を持って現れる事自体可笑しいのだが・・・


微笑むフェンネルに、レインは苦笑する


「武力で物事を解決するのは容易いことです


それを、如何にして犠牲少なく、出来るだけ無血で終わらせるかが為政者として力の見せ所だと思うのです


・・・これは私が女だから余計に思うのかも知れないですし、武力を行使した先を知っているからかも知れませんが・・・」


数十年前の魂にこびり付いた切なく悲しい過去を思い浮かべながら微笑むレインを見たフェンネルは難しい道だな、と呟いた


「だが、そう言う道こそ、進んで選ぶべきなんだろうな」


「少なくても、私はそう思っています」


頷くレインをフェンネルはじっと見詰めた


ぶれない瞳に、レインの本心だと確認すると重い息を吐く


「・・・だが、もう私は血を流させてしまった


教会を抑える事は無血でかなったが、ヴォルケ領に侵攻した兵を止める為には血が流れる。


・・・もう、既に沢山流れてしまった」


眉間に深く皺を刻み、拳を握るフェンネルをレインは静に見詰めた後頷いた


「ええ。そうですね。


・・・だからこそ、背負っていかなければなりません


私も貴方に手を貸すと決め、貸した以上、その命を半分背負いましょう。


あとは出来るだけ早く、戦闘を止め、流れる血を少しでも減らさなければなりません」


レインの言葉にフェンネルは大きく目を見開いた


強引に敵国まで攫ってきた男に、そんな甘い言葉を掛けるニンゲンが、一体どれ程居るだろうか


「・・・本当、レイン殿、貴女は・・・」


「?」


続けようとした言葉を、一端飲み込む


国主は、独りぼっちだ


フェンネルは即位して10年の間、1人で駆けてきた


目指す道の為に、ただ、走れるだけ、がむしゃらに走ってきた


ガイ達のような味方は確かにいる


・・・けれど真の意味では、やはり孤独なのだ


だからこそ、レインの言葉は深く、フェンネルの心に響く



「良い女、そうじゃろう?」


「「え?」」


第三者の声が響き、レインとフェンネルはほぼ同時に窓を見た


いつの間にか開いていた窓、その窓枠に背を預けにんまりと笑う黒衣の男


フェンネルは、それが誰なのか見当もつかなかった


しかし呆然としたのは一瞬で、すぐにレインを守るように立ち塞がり剣に手を掛ける


しかし、それを後ろから当のレインが止めた



「まさか、何故此処に?クラウス殿」


「ふふん。たまたま散歩に出たら、アリア嬢と会ってな


お勧めの散歩コースを教わってのぅ。


西に向かってみれば、随分混沌とした空気じゃないか。


何かある、と思って足を伸ばせば案の定、巻き込まれてるし」


やれやれ、と腰に手を当てレインを見下ろす男


親しげな様子にレインの知己の存在だと理解したフェンネルは警戒を少し緩めた


「・・・アリア姉様のお願いを聞いてくださったのですね・・・」


「うん?儂はお勧めの散歩コースを聞いただけじゃ」


にんまりと笑ったまま、男はレイン達の方に近寄った


長身の男だ、とフェンネルは警戒を解ききることなく観察する


言葉遣いこそ、年嵩のモノだが、見た目はかなり若い


黒い髪、黒い瞳、肌は白磁のようで赤い唇が蠱惑的な美男子だった


とにかく美しく、そしてただ者ではない、とフェンネルは感じる


「まあまあ・・・そう警戒するな若いの。別に取って喰ったりせんから。


ふむ・・・こうして見ると、あの時助けて良かったのう」


「え・・・?なんですって?」


男の最後にぼそりと零した声が聞き取れず、思わずフェンネルは訝しみながら聞き返した


「昔話は、また何れ・・・


(どうせ儂のことは早々に記憶から消すように仕掛けをしておいたし)


・・・さてレイン、儂の力は必要かな?」


「(力?)」


「ええ、お力添えを願えますか?」


内心首を傾げたフェンネルとは異なり、レインは即答した


迷う事無く頷くレインにフェンネルは驚く


「わかった。暇じゃからな。力を貸そう。


・・・この、アベル国王にして魔王のクラウスがな」


フェンネルに向かってにんまりと笑ったクラウス


そのクラウスの言葉に対する衝撃はあまりに大きく、フェンネルはただただ目を見開いた


「仲立ちするには、これ以上にない方でしょう。


あとは戦闘を止めなければ。それに、黄龍様にも事情を急ぎ伝えなければ」


レインだけが次を見据える


咄嗟にフェンネルは置いて行かれる、と感じた


・・・事実、フェンネルは現状の把握が十分に出来ていない


「貴方が、魔王、どの?」


声は、震えてないだろうか、とフェンネルは頭の片隅でそんなことを思った


「うむ。初めまして(と言うわけではないが、忘れさせたから合っているのか?)、じゃな。



レインが浚われたと聞いたときはどうなったのかと思ったが・・・


あると思った結界はすでに解かれておるし、レインは無事のようじゃし、何やら戦友みたいな仲の良さを見せているし、で儂、どこで出ようかと悩んだわい


そうそう、リオル兵を捕らえるのも儂が力を貸そう。


儂が動けば早からのぅ。


礼はレインの作る、けーきで良い」


ふっふっふ、と笑うクラウスにフェンネルは目を瞬かせた


「相変わらず、随分お手軽ですわね」


苦笑するレインにイヤイヤ、とクラウスは首を振って憮然とした表情をする


「何を言う。儂にとっては金銀財宝なんかより余程価値があるモノじゃ。


甘味は大切じゃぞ。


・・・さて、戦じゃが、まずは兵を止めることからかのぅ。


これは儂とフェンネル殿?でしよう。というかしなければなるまいよ。


自分の国の尻ぬぐいは王自らやらねば示しもつかぬ


その間に、レインは黄龍と連絡を取り、事の子細を伝えなさい。


どうせ情報なんか集める手段を持っていないんじゃ。


今頃大して進展のない会議でもしてるじゃろうからのー。


その辺、何処の国でも大体一緒じゃし」


呵々(かか)と笑ってあっけらかんと言い放つクラウスにレインは苦笑混じりに肩を竦める


「確かにそうですわねぇ


・・・ええ。


では、フェンネル殿、確かリオルには映像を伝える魔法がありましたね」


「・・・・嗚呼、よく知っているな。


陣を描き、座標を示せば遠く離れた地の者とも会話が出来る。


準備を急がせよう。少し待っていただけるか?魔法師に命じてこよう。


そのまま、ヴォルケに出る準備もしてくる」



そう言ってフェンネルは部屋を出た


もやもやとしたものが胸の奥で燻るのを感じていたが首を振る


「今は、何より優先すべき事項がある。急がなくては」


足早に魔法師の元へ向かうフェンネルの顔は、様々な覚悟を決めた顔だった



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