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夏の章・6話

人身売買や奴隷、暴力などといった不愉快な表現があります。ご注意を

大体R-15位

それはフェンネルを救い出した翌朝のこと



『嗚呼、おはよう<ユキ>』


『どうしたのです?<タイム>どの?なぜまたろじうらに・・・?


まさか


・・・ひょっとしてさらわれたかったのですか?』


それは助けてしまい申し訳ないことをした、とレインが謝ろうとした時、<タイム>はパタパタと手を振って否定する


『違う違う。変な勘違いはやめてくれよ。


<ユキ>がこの辺に詳しい様だったからな。


是非案内して欲しいところがあるんだが、頼めないか?』



『どこへ?』


にんまり笑う<タイム>にレインは小首を傾げる


『・・・裏市場へ』


その名前が出た瞬間、レインの目付きが変わる


『(一瞬で、完全に子供っぽさが消えたな


・・・イヤ、元々子供っぽくなかったけど)


ダメか?・・・俺は、そこに行って色々見て来いって言われてるんだよ』


『(儂やるぞー)』


<タイム>との会話の最中に突然頭に響いた声に内心で苦笑しつつレインは<タイム>に微笑んだ


『・・・ごえいつきなら、かまいませんよ』


ニコリと笑ったレインは、じゃあ連れてくるので、此処で5分程待っていて下さいと言い残し、路地から表の道に駆け出て消えた


『何者かな、本当に。・・・案内役が出来て良かったけど


裏市場に行けって言われたのは事実だしな。


何を見て来いとは言わなかったけど・・・行けば分かるとか言ってたし』



ブツブツと呟いていた<タイム>を遠目に見詰めながらレインは真後ろを仰ぎ見る


『ごえい、ほんとうによろしいのですか?』


『儂以外の適任はおるまい?


儂、レインと同じ位、裏市場知ってるからのぉ』


カラカラと笑う友人に、じゃあ御願いしますね、と頭を下げたレインはじっと友人の顔を見て考え込んだ


『うん?何を考え込んでいるんじゃ』


『ぎめい、ありますか?』


『そう言えばないのう。どれ、付けてくれるか?』


『・・・ーで』


『うん?』


『すけさぶろーで!』


某時代劇の弱きを助け強きを挫く好々爺の側近の名前を上げたレインは耳まで真っ赤に照れている


『だいすきだったんです』


てれてれ・・もじもじとするレインに、友人は目を丸くした


『お主、そんな乙女な顔も出来たんじゃなー


お主が生まれる前からの友人じゃと自負しておるが、そんな顔見たこと無いぞ・・・』


『しっけいです。


わたしはけっこう、おとめですヨ・・・


それで、どうなさいますか?』


『嘘を吐け・・・


名前か?

・・・良いぞスケサブローで。


じゃが長くないか?』


『ぴったりな、あだながあります。


<スケさん>ですっ!コレはぜったいゆずりませんよ!!』


ふんっと鼻息荒く答えるレインに目を瞬かせた友人は、愉快そうにニヤリと笑うと頷いてレインを片腕に乗せ歩き出す


『そろそろ5分じゃからな。また攫われても敵わぬし・・・


じゃあ今日は護衛役のスケさんで行くから宜しく。<ユキ>嬢』


ゆったりと歩き出した<スケさん>にレインはそれは嬉しそうに微笑んだのだった




『おまたせいたしました、<タイム>どの』


『いや、そこまで待っていないが・・・彼か?護衛というのは』


『スケサブローじゃ。スケさんと呼んでおくれ』


へらりと笑って手を差し出す<スケさん>に、タイムは目を瞬かせ、手を差し出した


固く握られた手と手をレインはじっと見つめる


『(<スケさん>のしょうたいをしったら、<タイム>どのはどうするかしら・・・)』


小さな疑問に答えは出ない


人の心は複雑で、読みにくいものだ


『じゃあ、いきましょうか・・・裏市場へ』






裏市場・・・その名の通り、表では扱わないものが売られている


商品の多くは、奴隷で他には正規入手困難な薬物・・・所謂麻薬の類や、毒竜の牙などの武器、呪いの宝石などといったモノも売られている


小さな国や戦の絶えない国ほど裏市場というのは発展していて需要も勿論高い


レイン達は路地をどんどん進み、既に<タイム>には此処が何処で、どう行けば元の道に出るのか分からなくなっていた


何度目かの角を曲がり、小さな家の扉を開いて薄暗い、無人の家の中に入る


<スケさん>は、その家の中の床にある扉を持ち上げた


『地下に繋がる隠し階段っ!』


『そうじゃ・・・正規の市場ではないからな、役人が踏み込めば不味い


・・・じゃから分からないように複雑な路地を進み、見逃しがちな極一般的な家の中に通路を作ったんじゃ。


まあ、此処だけじゃないが、此処が一番近かったからのぅ』


隠し階段を下りながら<スケさん>が<タイム>に説明していく


そうして説明が終わった丁度その時、階段も終わった


重厚な扉が目の前に立ち塞がる


『扉を開ける前に、1つ、やることがある』


『何だ?』


『ローブを身に纏え、フードは深く被るんじゃ。


身分や個人の情報が漏れるようなモノを表に出さないように。


・・・この先は、何が起こっても可笑しくないからのぅ』


<スケさん>の台詞に<タイム>は目を見開き、ローブを身に纏いフードを深く被る


装飾品の一切を懐にしまい込み、鞄も全てローブの中にしまった


レインも<スケさん>の腕の中でごそごそと身支度をし、<スケさん>は真っ黒なフードとローブを身に纏った


『さ、ここが、裏市場・・・通称地下街だ』


重厚な扉を重たい音を立てて開くと、埃っぽい空気が漂う地下街が姿を現した


『・・・凄い・・・』


『さあ、行こうか。


地下街は1㎞に渡って軒を連ねる商店によって作られている。


意外と人は多いから、<タイム>殿はしっかり迷わないよう付いて来なさい


・・・<ユキ>嬢は、はぐれそうじゃから問答無用でこのままな』


わしわしとフード越しにレインの頭を撫で、歩き出した<スケさん>に<タイム>も慌てて駆け寄り歩き出す


周囲から浮かない程度に頭を動かせば、商店も、商人も、客も何より、商品も視界に入った


そこに居たのは、殆どが檻に入れられ枷をされ、鎖で繋がれている奴隷達


女もいる、子供もいる、屈強な男もいた


何より、翼を生やした少女、角が生えた赤子、獣人族、半獣族、肌が鱗で覆われた女、手が6本生えている蜘蛛男もいる


共通しているのは、人間だろうと半獣だろうと獣人だろうと亜人だろうと、瞳に全く光を宿していない・・・生気を失っている・・・ということだった


『なん、だ・・・此処は・・・』


歩き続けながらも呆然とした様子で周囲を見ていた<タイム>は、パシッッッという音に歩みを止めた


空気を引き裂くような音は数度、周囲に響き、<タイム>はその方向を見て、目を見開く


商人が、商品である奴隷の10歳に満たない位の年頃の少女に、鞭を振るったところだった


鋭い音が何度も何度も響き、気付けば他の客達が立ち止まり、そのやり取りを見る



あげくに、競りまで始まった・・・値段が上がる競りではなく、値段が下がっていく競りだ



『100Rで落札―!有り難う御座いましたー』


1Rは日本円で1円だ・・・まだ幼い少女は、平民の一食に満たないような額で、ローブ越しでも分かる醜く肥えた脂ぎった男に買われていった


『・・・・・・こんな、事・・・』


<タイム>を襲ったのは酷い嫌悪感と不快感だった


思わず呟いていた言葉に、<スケさん>が<タイム>を見る


『何故、こんな事が出来るのか、そう思うか・・・?』


『当たり前だ・・・同じなんだぞ・・・生きていて、感情もある・・・


同じ、なのにっ!なんで、あんな事平気で出来るっ』


『同じイキモノだと思っていないからじゃ


それどころか、家畜以下だと思っている。


じゃから、野垂れ死のうと構わん


どんな扱いをしようと、同じイキモノにする訳ではないから雀の涙ほどの良心も痛まない


・・・これがこの地下街の普通であり、多くの国での異種族の行き着く先でもある』


<スケさん>の言葉に目を見開いた<タイム>は、しかしすぐに目に剣呑な光を宿した


苛烈な焔とも言うのだろう、ギラギラと激情を露わにしようとする<タイム>を止めたのは、レインだった


『あばれたらだめですよ』


レインの言葉に、<タイム>は目を見開く


『何故だ・・?こんなこと、可笑しいだろう・・・?止めなくては・・・』


<タイム>の表情が歪み、泣きそうになっている


『此処にいる者達は、攫われてきただけじゃない


親に売られた者もいるだろう


食い扶持に困った家族や仲間を守るために自らを人買いに売った者もいるだろう


故郷を追われた者もいるだろう



様々な理由があって、もう帰るべき場所を喪った者の方が、きっと多い・・・


此処で<タイム>殿が己の正義を振り翳すと、お主は、満足じゃろう・・・


良いことをしたと、鼻高々になるかも知れん・・・


じゃが、放逐された者達はどうなる・・・?


このまま放逐されれば間違いなくこの者達は同じ轍を踏むか、野垂れ死ぬかじゃ


・・・嗚呼、犯罪者になる可能性も十二分にあるな』


<スケさん>の台詞に、<タイム>は目を見開く


『理想は必要じゃ。


正義も大事じゃな・・・


だが、一番大事なのは、力を行使したその先を見通す事じゃ


視野は広く持たねばならぬ。


行使した力の先で、どうなるか・・・幸せになるならそれで良し


しかし、今回の様な場合は・・・力を使うことはむしろ此処にいる者達にとって不幸になるじゃろう』


<スケさん>の静かな声とレインの静かな眼差しに、<タイム>は唇を噛み締めた


言葉が胸に突き刺さり耳が痛い・・・と空を仰いだ


・・・空と言っても薄暗い天井しか見えないが、心を落ち着かせるには丁度良かった


そんな<タイム>を横目に、レインは内心少し驚いていた


『(おうぞくには、めずらしく・・・ずいぶんまっすぐ)』


好感の持てる青年だ、と婆視点で<タイム>を見たレインは、周囲を何気なく見回し、1つの商店に目を留めた


『!あれは・・・』


ぐいっと<スケさん>のローブを引っ張ったレインは、商店を指差した


『・・・なんとまあ・・・珍しい・・・』


<スケさん>もまた、レインが指差した方を見て、目を見開いた


まだ天井を見上げていた<タイム>を引き連れ、商店に歩み寄る




その店は、老婆が店主の商店だった


例に漏れず、奴隷などを扱う商店だが、人間は一切いなかった


檻に入れられているのは何れも亜人や獣人族ばかり


『おやおや、ペットが欲しいのかい?


お目が高いねぇ・・・そいつは仕入れたばかりの鳥さ


まだ調教はしていないからねぇ、10万Rで構わないよ』


キヒヒと不気味に笑う老婆に、レインは頷いた


『かうわ・・・あとココにいるこたち、ぜんいん』


レインの言葉に、不気味に笑っていた老婆はピタリと笑うのを止めて、マジマジとぎょろりと零れ落ちそうな大きな目を動かしレイン達を見詰めた


『酔狂な客だねえ・・・今計算するからチョイッと待ちな』


驚いたのは一瞬で、すぐに老婆は計算に入った


・・・裏町では、金さえあれば立派な客なのだ


幼児であろうと侮ることはない


『・・・買うのか・・・?』


先に受け取った白い鳥の入った鳥籠を抱えたレインは、複雑な表情で尋ねてきた<タイム>に、静かに頷いて返した


『わたし、やくそくしているの。


かならず、せかいにちったかぞくを、なかまを、あつめるって』


それが例え、不愉快な人身売買であったとしても、目的を達成する事を厭わないのだと、レインは笑った


『・・・』


『ひととして、ただしいのは、<タイム>どののしようとしたこと、なのかもしれない・・・』


え・・・と聞き返した<タイム>に、レインは鳥の顎を擽りながら、裏町を見詰めた


『・・・けれどわたしには、かれらぜんいんのせいかつを、ほしょうするほどのざいりょくも、ちからもない』


自分が守れるのは、ほんのわずかなヒトだけ・・・それがとても悔しい・・・


レインはそっと零した


『ちからがほしい・・・まもれるちからが


このてのひらに、のせることのできるヒトはとてもすくなくて・・・


・・・・こんなこと、おもうのは、ごうまんなんですけどね』


苦笑するレインを<タイム>はじっと見詰めた


少し逡巡したあと、<タイム>はレインが辛うじて聞き取れる声で呟いた



『・・・俺の、親父殿が、言ったんだ。


どんな道に進むにしろ、一方しか知らなければそれは選択するとは言わないだろう?って・・・・


ちゃんと、見て、聞いて、自分の心で感じて、それで進む道を決めろってさ


まだ全部は見てないけれど、1つ、決めたことがある』


強い眼差しでレインを見るタイムに、レインは小首を傾げた


『なにをきめたのです・・・?』


『こんな、裏町が出来ないような国を作る。


貧しいから、出来るんだろ?


理不尽だから、出来るんだろう?


戦があるから、出来るんだろう?


なら、俺は国を富ませてみせる


戦を、止めてみせる』


にやりと不敵に笑った<タイム>に、目を瞬かせたレインは、蕩けるように微笑んだ


『そんな、くにになったら、ぜひたずねたいわ』


『嗚呼、勿論だよ<ユキ>。是非招待させてくれ』


笑い会う二人に、溜息が落とされる


『儂を差し置いて二人して仲良くなってるのぅ・・・』


『あ、<スケさん>・・・』


『ちょとわすれていたわ』


きゃあきゃあと、裏町の一角で場違いな明るい声が響いた




<タイム>とレインが別れたのは、その3日後のこと


国を出るための国境の門前で、二人は固く握手を交わした


レインの頭には小さな白い鳥が乗っていて、レインの背後には裏町で出会ったときとは比べものにならないほど表情が明るくなった元商品達が荷物や歩けない仲間を担いでいた


『<ユキ>、君に会えたのは僥倖だった


君に出会わなければ、選択肢は狭く、こんなにもやる気に満ちた心を持つこともなかっただろう


有り難う』


『(せんたくしどころか、うられそうになっていたのはだまっておこう・・・)


わたしこそ、ありがとうございました』



最後の最後で子供らしく頭をぺこりと下げたレインを<タイム>は笑った


『何時か、君の正体も知りたいものだ』


『あら・・・わたしのしょうたいだなんて』


『よく言う・・・


町の子かと思ったらまさかの旅人だし・・・しかも幼女が1人で!』


『このあたりは、なれていますので』


『話すのも舌っ足らずなのにっ


・・・本当に、何時か君の正体を教えておくれよ。


その時は、俺もちゃんと挨拶しよう』


はあっと大きな溜息を吐いた<タイム>はそう言ってレインに微笑んだ



門をくぐれば、北へ行く道と西に行く道がある


<タイム>は北に、レインは西に歩を進める


2人共、どこかで確信していた



必ず、また会うだろうと・・・そしてその再会は13年後に叶ったのだった




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