夏の章・5話
案内された部屋に入り、くるりと部屋を見渡す
夜の帳がおり、部屋には光石が柔らかく光を灯している
魔法の才能がなかったとはいえ、国王の寝室だった部屋だ
広く、華美ではないものの、他の部屋に比べると、置いてある家具や飾ってある絵も立派なものだ
その中の1つの絵を見てレインはあらあら、と傍による
「あら懐かしい。桐藍」
「はイ・・・如何なさいました?」
ずっとレインの影に潜んでいた桐藍が呼びかけにぬうっと現れた
「私が出会ったフェンネル殿は、確かこのくらいの年齢よ」
すっとレインが指差したのは一角に飾られていた姿絵で、そこには戴冠式の様子だろう、ローブを身に纏い王冠を頭に乗せられている様子が描かれている
「今より、幼さが見えますネ。即位より以前に出会われたのでしたカ?」
「ええ。危うく、魔族の生贄にされるところだったのよ」
「エ・・・?」
くすりと笑ったレインは、脳裏に頬を引きつらせるフェンネルを思い描く
「アベルの隣国に、私はアベルでの外交の帰りに寄っていてね
フェンネル殿は、即位前の研修旅行みたいなものだったわね」
「研修旅行ですカ?」
「元々、この国の人類至上主義という風潮を作っているのは<教会>なの。
で、王族はそれに染まりきって無くてね。
特に、先代国王は魔法の素質が無かったせいで自分の目で、耳で、感じて、判断することをフェンネル殿に教え込んだの。だから、他所の、異種族も暮らす国で自分の道を決める為に、その国にいたらしいんだけど、見ての通り、かなり綺麗な顔しているでしょう?
だから、魔族の生贄にするために狙われてたのよねぇ」
レインが、フェンネルを見つけたのは偶然だった
狙われやすい綺麗な青年が、街を歩いているのを見かけ、且つ、その街では一番大きな宿に入って行くのを見て、思ったのは・・・
「すっごく、いいカモだと思ったのよ。
生贄用に村に売ってもイイし、身代金要求出来そうなイイ所の坊ちゃん、って感じだったから。
その時はリオルの王位継承者なんて思わなかったから友人に後から聞いて驚いたわ」
今でも、その時のことは覚えている、とレインは懐かしむ
フェンネルは知らないことだが、出会いには、続きがあったのだ
『レイン、銀の髪にスカイブルーの目の男に覚えはあるかのう?』
『あら、ええ。そのかたでしたら、ちょうどきょう、ひとさらいからたすけましたわ』
真っ黒なその友人が現れたのは、レインがフェンネルを助けたその日の夜のこと
窓枠に腰掛けて、そうか・・・と呟き唸る友人に、レインは首を傾げる
『あのかたが、どうかしましたか?』
『うむ。放置しても良いかとも思ったんじゃが、お主の気配がしたし、何より、面倒な立ち位置じゃしのーどうしようかと思って』
むむむと唸る友人に、レインはひょっとして、と当たりを付ける
『ひとさらいにさらわれましたか?』
『正解――』
どうしよう?首を傾げる友人を、レインは真っ直ぐ見詰めた
『わたしとしては、せっかくしりあったかたですから、おたすけしたいですが・・・』
『ふむふむ。ではそうしようかのぅ。礼はくっきーで良いぞ』
『おてがるすぎませんか・・・?』
『いや、実はな?』
そう言って苦笑する友人にレインは小首を傾げる
自分の興味のあることや、気に入っているヒトが関係していないと滅多に動かない友人が、クッキーで動く理由は何だろう、と考えるレインだが、今一コレ!と思い当たる節がなかった
『あの男、人類至上主義を謳う一大勢力のある国の王位継承者なんじゃ』
語尾に星でも付きそうなほど軽く言った台詞だが、中身は非常に重大なもので、レインは目を瞬かせる
『ダメじゃないですか!それってリオルですよね?』
『うん、そう』
こっくりと頷く友人にレインは慌てる
王側は決して人類至上主義を推奨していない、むしろ、現在の王が魔法師の素質零であったために、自身で見極めるよう子供にも教育していると記憶していたレインは、魔族信仰のために生贄にされたら国を挙げて面倒な相手になる!と声を上げる
『そうなんじゃよ。
じゃから、レイン、協力して秘密裏にその王子を助けるぞー』
ぽんぽんとレインの頭を撫でる友人にレインはえ?と首を傾げる
『わたしのちからなんて、いらないじゃないですかー
だいたい、わたしじしんのちからなんて、かいむですよ』
パタパタと手を横に振るレインは謙遜でなく、確かに無力な子供でしかない
『じゃがのー。
儂、細かい作業は嫌いなんじゃ』
『え?それがいったい・・・?』
何の関係があるの?と続けたレインに友人が口を開く
『手加減できなかったら、ダメじゃろう?じゃから、制止役じゃな』
へらっと笑う友人をじいっと見つめたレインは、小さく頷く
『しかたないですねぇ
わたしも、きになりますから。こそっと、いきましょうか』
『それでこそレインじゃな!!』
ご機嫌に鼻歌まで歌いだす友人に、レインは息を吐く
『さんぽにいくみたいですねー』
実力者の友人に掛かれば、人攫い集団への急襲だって、きっと、あっと言う間に片がつくのだろう、とレインは思う
一方で、おそらく制止役がいなければ手加減できないのも、事実だろうとも思った
何せ、レインの友人は、言ってみればゾウで相手は蟻の集団・・・ひょっとしたらミジンコの集団だ、力の差は大きい
ほんの少し力のコントロールを誤れば、助けるべき青年諸共消し飛ぶだろう
真夜中、幼児特有の眠気と戦いながら(大人でも眠る時間だったが)
こそっと友人の手引きで宿を出て、街外れにある人攫いの集団の根城の洞窟に忍び入る
『(お、いたいた。
ふむ。見張りは3、眠っているのが10、喋っているのが5か。
大した人数じゃないのぅ
王子様は奥の檻の中か。簡素な檻じゃしすぐ壊せるな)』
気配を消し、人攫いを見て人数を数えた友人をレインは見上げた
『(<タイム>どのはだいじょうぶでしょうか・・・?)』
『(言い方は何じゃが、商品じゃからな。
傷付けないように細心の注意を払ったじゃろう。
じゃ、儂、ちょっと行ってくるから、レインはちいっと此処で待っていなさい)』
よしよしとレインの頭を撫でた友人に、おきをつけて、と言って送り出す
ギャッッという音、殴る音が響く
時間にして2分程だろうか、音がやんだ
『レインー、終わったぞーおいで』
『ちゃんと、はんにんいきていますか?』
ひょこっと友人のいる場所に顔を出したレインは、縄で一括りにされている人攫いの集団に、ほう、っと安堵の息を吐く
『ほんじゃ、牢も壊したところで、宿に戻ろうか』
へらっと笑った友人が、苦もなく鉄格子を曲げて彼を担いだ
『このひとたちはどうしますか?』
小首を傾げるレインに、友人はキラリと瞳を輝かせ、親指を立てた
『放置で!』
『(いいのかしら・・・?)』
『良いんじゃ。良いんじゃ。さ、帰るぞー』
友人がイイ笑顔でレインを片腕に座らせた
次の瞬間、洞窟から3人は掻き消えたのだった
<タイム>の宿に簡単に侵入してしまったレインと友人は、<タイム>を肩から下ろし、寝台に寝かせた
これほどの騒ぎでも、身じろぎ1つしない<タイム>にレインが眉間に皺を寄せる
『えらくよくねてますねー』
『この国の睡眠香のレベルは、お主の所の緑人族並じゃからのぉ
やれやれ、うちの国が、一体いつ生贄を求めたというのか
・・・勘違いも甚だしいぞ?』
困ったように笑う友人に、レインは苦笑する
生贄を捕えるためだけに、発展した調香技術・・・特に睡眠香は対象を深い眠りに付かせるもので、量次第で毒にも薬にもなる両刃の技術だ
『ひとはよわいですから、つよいものにすがりたいのですよ、きっと』
その気持ちは、わかるなあ、と遠い目をするレインを見下ろした友人は、くしゃくしゃとレインの髪を乱し、頭を撫でた
懐かしいわぁと笑うレインを桐藍はじっとり見詰める
「・・・つまリ、その様な危険な事に自ら巻き込まれに行ったト」
「(あら・・・怒ってるわぁー)
えっと、桐藍?」
「・・・レイン様、そんな幼き頃から無茶ばかりされていたとハ」
ふう、と息を吐く桐藍にレインは苦笑する
「(藪蛇?)」
「レイン様、もう少し御身を省みてくださらないト」
「はいはい。」
「・・・本当にお分かりですカ」
「わかってますー・・・それより、見て、外を」
桐藍の手を引き、窓から繋がるバルコニーに出る
「この城、少し高台にあるのね
この城を頂点に、石造りの建物が円を描くように広がっている
・・・見て、アレが結界の要でもある城塞よ」
すっとレインが指差す方向に、広がる街と、更に奥には街を囲むように作られている城塞がある
そこから、視認は出来ないがこのリオルの一都市を覆うように球状に結界が張られているという
「・・・とんでもない規模ですネ」
「ええ。相当数の人間が導入されているわね。きっと。
そして、あれが<教会>ね。
ちょっと想像していたものとは違うけど」
レインに習って視線をずらした桐藍は闇夜に浮かぶ白い円柱の建物を見て驚いた
「(<教会>といえば十字架があるイメージだけど
・・・考えてみればそれは地球の、しかもキリスト教とかの話だものね。)
あれじゃあピサの斜塔に見えるわ」
「ぴさ?」
首を傾げる桐藍に、こっちの話よと苦笑したレインはじっと<教会>を睨んだ
「桐藍、場所の把握、しておいてくれる?」
「御意」
「結界内だから潜れると思うけれど、多分<教会>には潜れないと思うの。
だから付近まで行って確かめて欲しい。
行って、貰うことになるかも知れないから
・・・ううん、私の、言ってみれば手札は、貴方しか居ない。
貴方しか頼れない
貴方に動いて貰うしかないの」
きゅっと眉間に皺を寄せ、唇を噛むレインに桐藍は布の下で微笑む
「不謹慎ですガ、嬉しく思いまス
頼りニ、して下さっているのでしょウ?
貴女の護衛としテ、こんなにも喜ばしいことはなイ」
ふふふ、と声に出して喜びを露わにする桐藍をレインは目を丸くして見つめた
「私ノ、私たちの主様。優しくテ、心が広くテ、そして強くて弱い主様
・・・・貴女の力になることガ、我らの喜びなのでス
例えこの身滅びてモ、魂は貴女の傍ニ。
ですからどうカ、貴女の手札として役割を下さいまセ」
ごく自然な様子で頭を下げる桐藍に、レインはふるりと頭を振る
「私はそんな大層なものじゃないのよ」
「・・・・レイン様、お忘れ下さいますナ
我らは貴女に命を救われタ
命の恩は命で返ス
我らは傭兵ではありましたガ、心決めた主には真の忠義を誓うのでス
貴女を貶すのハ、貴女様であっても許せませン
どうカ、堂々となさいまセ」
きゅっと手を握る桐藍に、一瞬苦い顔をしたレインだが、次いで長い息を吐くと空いた片手で桐藍の漆黒の髪をくしゃりと撫でた
「レイン様?」
「しょうのない子。本当に・・・
私は自分勝手なのよ?それなのに付いてくるなんて
でもね、有り難う。
貴方達を私は見誤ってたかも知れないわねぇ。
もう、見誤ることはないわ。貴方たちの心、大事に受け取るから。
・・・でも、命は大事よ?
私もちゃんと自分の命も勘定に入れるから、ちゃんと貴方たちも命を大切にしなさいね。
・・・残酷で、難しいことを言っているのかも知れないけれど、でもね、命が無いと何も出来ないから。
いざというときは、逃げなさい。
栄誉ある撤退よ。ね?」
ふふ、と微笑むレインに桐藍は長い溜めの後深く頭を下げ、頷いたのだった
「・・・敵いませんネ」
「あら、私だって貴方に敵わないと思うことは多々あるのよ」
「それは初耳ですネ」
目を丸くする桐藍にふふふと笑ったレインは桐藍の手を引き立ち上がらせると、肩を少し強めに叩く
「ま、たまには語り合う時間を持たないと駄目って分かったから、シュレイアに戻ったらお茶でもしながら語り合いましょう。
だから、五体満足、ちゃんと戻るわよ」
「御意」
桐藍が溶けて消えた影を見下ろし、レインは内心で息を吐いた
桐藍の怒気を感じたので止めたが、フェンネルとの出会いのお話はまだもう少しだけ続いていた
その事があったからこそ、レインはフェンネルをよく覚えていたと言っても過言ではない出来事があったのだ




