夏の章・4話
赤龍と緑龍、黒竜のやり取りから時間は少し遡る
・・・夕暮れ時レインは、青い顔をした状態でリオルの王宮でフェンネルと相対していた
「・・・大丈夫ですか」
「・・・・・・・大丈夫です」
何時までも体調不良ではいられないと、ふう、と息を吐いたレインは、そのまま貴人に対する正式な立礼をする
一拍置いて顔を上げたレインは、不躾にならぬ程度にフェンネルを観察した
銀の髪にスカイブルーの瞳はリオルの王族の証
細身の体つきだが、これも魔法族の国特有だ
剣を穿いて居るため、扱うのだろうが、それでも基本は魔法を使う
魔法に必要なのは魔力であって膂力ではない為、肉体を鍛える事の少ないリオルの国の人間は基本的に華奢だったり細身が多いのだ
「とにかく、ようこそ、リオルへ。フェンネルと申します
歓迎いたしますよ。レイン殿
貴女は覚えていないかも知れませんが、実はこれで2度目の邂逅になります」
「・・・もっと手順を踏んで招待されたかったものです。
それから、1度目の邂逅は私も覚えております」
「おや、まさか覚えておいでとは・・・
私も正式にお招きしたかったのですが、此方にも、急ぐ事情が御座いまして。
慣れぬ空路、慣れぬ鳥の背中で猛スピードでいらして頂きましたので、どうぞゆるりと休んでください。
湯の準備をさせております。
湯浴みが済みましたら、食事に致しましょう」
微笑むフェンネルに、レインは是非、と笑った
「(あら、流石王宮・・・大理石のお風呂ねえ。
良いわねーこんな時じゃなかったら堪能するんだけど。
というかお風呂に入る文化なのねぇ
・・・ウチは特殊だからあるけど普通ないのに)」
どうでも良いことを考え苦笑したレインは広い浴場を見渡すとやれやれと溜息を吐いた
温かいお湯は心も解すようで、空を飛んだのが原因でこわばっていた身体もリラックスすることが出来たとほくほくした気持ちで浴場を出るレイン
・・・この場にアリアやキリクが居たのなら、敵地のど真ん中でリラックスするなんて!と突っ込みを入れることだろう
用意された白いドレスを身に纏い鏡の前に立てば、普段のツナギ姿で土に塗れていることを感じさせない淑女が映る
「こういう時、母様にマナー指導されてて良かったと思うのよね。
日本式はともかく、西洋式の知識はなかったし」
レインの母であるフェリスは基本的に子供のすることは容認し、一歩後ろで見守る穏やかな女性だがマナーに関してだけは酷く厳しく指導した
それは、最低限のマナーを教えることは親としての責務だと思っていたからで、レインを始めキリク達兄弟は夜会などや高位の人間との場でも恥をかいたことは殆どなかった
「(さて、一体フェンネル殿の思惑は何かしらねぇ)」
軽く化粧をしながら首を傾げるレイン
「(命を狙うなら、とっくの昔に始末しているだろうし
ならば、<レイン>に利用価値があると思って浚ったんでしょう
けれど、牢に入れられるわけでもなく、こうしてお風呂に、ドレスまで用意されてることを考えると、うーん・・・)」
考えても、判断するには材料がまだまだ足りないと頭を振り、レインは化粧を済ませ、扉の外で待機していたメイドの案内について行った
リオルの王宮は、エーティスのソレとは異なり、シンプルな作りだった
壁や柱に模様はなく、廊下にあるのは花や絵ではなく甲冑のみ
「(今まで訪れた城の中で、アベル並のシンプルさね)」
交流があり年に両手は訪れる魔王の治める国を思い浮かべて意外だと内心で驚く
不審に思われない程度に周囲を見渡しながら進めば、一つの扉の前で止まった
「此方で御座います」
すっとメイドが頭を下げ、扉を示す
「案内有り難う」
扉をゆっくりと押せば、重たい音を立てて扉が開いた
「お待たせいたしました。フェンネル殿」
室内にするりと入り、白いドレスの端を摘んでお手本のような一礼をする
「待ってなどおりませんよ。
嗚呼、それにしても、先ほどまでの衣装も実用的で良かったですが、ドレスも似合いますね」
にっこりと笑うフェンネルにレインは恐れ入ります、と返し、促されるまま席に着いた
テーブルの上には、毒味のため湯気こそ立っていないが見た目にも十分美味しそうな料理が沢山載っていて、香辛料の香りが食欲を誘う
温かければステキなのに、とレインは内心で溜息を吐いた
「我が国の料理、お気に召していただけると良いのですが」
「(・・・・・料理の発展具合は、エーティスより上ねえ)
頂きますわ」
習慣になっている<いただきます>をしてごく普通にフォークをとるレインに、フェンネルと控えていたガイは目を丸くする
「?食事の作法、可笑しいでしょうか・・・申し訳ありません」
謝るレインにフェンネルは首を横に振る
「いや・・・全く可笑しくないさ。
最初の手を合わせるのは見慣れないがな」
クスリと笑うフェンネルが突然口調を砕けたものに変えたため、今度はレインが少し目を丸くし、すぐに微笑んだ
「これはシュレイア独特のものなので・・・見慣れなくて当然ですわ」
「ほう?」
面白そうに笑うフェンネルにレインは首を傾げる
「そんなに手を合わせたのが面白かったのでしょうか?」
「嗚呼、いや、そんなことはない。
私が笑っているのは、君が昔と変わらず剛胆だと思ったからだよ」
連れられてきた異国しかも敵国でしっかり食事を摂れるなんて、と
クスクスと愉快そうに笑うフェンネルにあら、と返す
「剛胆だなんて、年頃の女に言う言葉ではないですわよ?フェンネル殿。
ここまで連れてきて、毒殺なんて事はなさらないでしょう?
だって、サンダーバードから落とす方が手っ取り早いですし、ガイ殿はいつでも私を殺せましたから
それより、猫を一度被ったんですから最後まで被っておかないと中途半端じゃないですか」
「嗚呼、そうなんだが。しかし君相手に腹の探り合いも面倒だ。
改めて、久しぶりだな。ユキ殿」
「(面倒とは・・・)ええ、お久しぶりです。・・・タイム殿」
お互いにかつて交わした偽名を呼び合えば、フェンネルは猫のようににんまりと笑う
「さて、食べながら、本題といこうじゃないか。
嗚呼、この部屋は防音魔法が掛かっているのでね。気兼ねなく話せる」
あっけらかんと言ってのけたフェンネルにレインは苦笑する
「本当に、変わりありませんね
・・・初めて出会ったのはもう10年以上は昔ですのに。
流れてくる噂と、私が話したことのある貴方の差異が激しくて、正直別人じゃないのかと何度となく思いましたよ」
「君は、昔会ったままだね。
言葉を交わしたのは僅かな期間だし、君はまだ子供だった。
まあ普通の子供じゃなかったがね。
普通の子供は偽名をさらっと名乗らないし、あんなに手慣れて私を逃がせない。
君の正体を後から聞いた時、思わず笑ってしまったよ」
はは、と笑うフェンネルにあら、そうかしら?とレインは返した
ふふふ、ははは、と声だけ聞けば和やかな晩餐だが、その実お互いに様子を見ている
為政者として、お互いを見極めているのだ
初めてフェンネルとレインが出会ったのは、13年は昔のことだった
レインは貿易のために、フェンネルは遊学中に訪れたとある国で数奇な運命で二人は出会い、言葉を交わした
フェンネルは今よりずっと、激情家で、しかし芯の通った青年で
言葉を交わしたのは極短い時間だったが、良い大人になるだろうと予想していた
・・・助けた時はまさかお世辞にも良好な関係とは言えない隣国の王子とは思いも寄らなかったのだけれど・・・
レインの予想道り、実際、フェンネルはすぐに即位し、エーティスと停戦協定を結び、すばらしい速さで城の<掃除>に取りかかったと風の噂で聞いていた
民を思いやり、民のために国を統治する王だと
「さて。
レイン殿、君がかつてと変わらないと信じて私は大きな賭に出た」
手を組んで、顎を乗せフェンネルは対向する席に座り凪いだ瞳のままのレインを見詰めた
「賭、ですか。
それも、13年前にほんの僅かな時間、少しだけ言葉を交わしただけの私で・・・?」
到底信じられない言葉だと首を傾げ目を見開くレインの表情を見たフェンネルは大仰に頷いて見せた
「その通りだとも。国を揺るがす大きな賭だ。
・・・・・・・・レイン殿、君は教会の存在を知っているだろう」
疑問符の付かないその問いかけは、最早問いかけではなく確認だった
静かな眼差しがレインを射抜き、レインは眼を細める
「貴方の国の、もう一つの勢力ですね。
人類至上主義を謳い、我が国を嫌悪し、現在攻撃を仕掛けてきている」
「その通りだとも。流石だ。
彼らの厄介なところは、その勢力の大きさだ。
私としては、エーティスとはそのまま不可侵でありたかった。
エーティスは厄介だ。
今はまだ、守護の青龍しか出ていないが、赤龍でも出てしまえば戦場はたちまち荒野に変わる
自然の力の塊だ。
対抗できるからといって、勝てる訳じゃない。
被害が大きくなるだけだ。
しかし、彼ら教会側の人間は私の言葉を聞いても腰抜けと称し一蹴する
ついには勝手に私軍でもって攻撃まで始める始末だ」
肩を竦めるフェンネルに、レインは口を開く
「教会に、貴方たちは迂闊に口出しすることは出来ない。
例え、王であっても、彼らは無視できない・・・と」
「規模がね、大きいんだ。
何せ国の二大勢力の一翼だからな。
おまけに教会を構成しているのだって私の民だから・・・」
勝手にしろ、と切り捨てることは容易いが、反発は大きいだろうし、フェンネルとて民を死なせたくない
「で、どうしようかと悩んだ結果、君を頼る事にしたんだ。
残念ながら、私だけでどうにか出来る問題じゃなくなった。
君なら顔は広い。
周辺国や力のある国に仲裁を頼めるだろう、とね
・・・頼ってばかりで情けないんだがな。噂を聞いて、各国の君の評価を聞いてね」
自嘲するフェンネルをレインはじっと見詰めた
見極めるように
レインの手の中にある、使うことが出来る力は、自分自身の力ではない
レインの我が儘で使うものじゃない
領民のより良い生活のために得たものだ
半端な覚悟で使うわけにはいかない
だからこそ慎重に、けれど僅かな時間で見極め、決断した
「レイン殿、手を貸して欲しい」
懇願するフェンネルに、嗚呼、結構キているわねぇ、と苦笑した
「・・・・・仕方ないですね。
関わってしまった以上、勝手にやってくださいとは言えませんし。
ただし此方の提示する要求に応えてくださるなら。
・・・何をするにしてもまずはこの国を覆う結界を外さなければ動けないわ」
「・・・有り難う。
結界については此方も承知している。
一時的にガイは出て君を連れてこれたが、先ほど調べたらもうそれも出来ない。
教会側の強力な力を持つ術師が命がけで結界を張っているようだ。
此方にも優秀な魔法師はいるが、力は拮抗している。
このままでは無駄に双方の力を削るだけだ。
ならば、大本を叩かなければならないだろう」
「教会側の最高責任者を捕らえる、ですね。
それが一番手っ取り早く、分かりやすいですわ」
「・・・そうと決まれば、とりあえず今日は休むといい。
その間に情報を集めておくよ。
明日、行動予定を決めて、可及的速やかに行動に入る。
・・・場合によっては血を見るかも知れないが・・・大丈夫か?」
「・・・回避できる策を講じましょう。出来るだけ。
それに・・・あいにく、それなりに厄介事には慣れているので大丈夫ですわ。」
苦笑するレインに思い当たる節があるのかフェンネルは苦笑した
「では部屋を用意する。
ああ、安心してくれ。
夜襲も夜這いも出来ない特別室だからな」
「特別室?」
「嗚呼。魔法を無効化する魔法が掛かっている。
歴代の王の中には魔法の才能がないものも居てね。
そういう王の暗殺を防ぐために特別に作られた部屋だ。安心して眠れるはずだ」
「お気遣い有り難う。ではゆっくり休ませていただきますわ」
「とんでもない。協力感謝する。
よろしく頼むよ」
微笑みながら握手を交わす2人はとてもじゃないが2度目の邂逅とは思えないほど、僅かな時間で馴染んでいたのだった
王宮は、シュレイアのソレ→エーティスのソレ
厄介毎→厄介事
250926変更
260222 「←が抜けていたところに追加




