夏の章・2話
「どうして、戦争なんかするのかねぇ」
窓の外は今は霧雨が降り続けており、レインはふう、と重い溜息を吐いた
レインの手には彰夏達が調べたリオルについての資料とヴォルケ領地の今の被害状況の資料があり、それに目を通すレインは溜息を無意識に吐き続けている
「人こそ至上主義、だなんてこの世界では特に馬鹿げているわ。
この世界にどれほど人以外の存在が居ると思っているのかしら・・・」
「リオルは人類至上主義を掲げているのでしたカ」
控えていた桐藍は確認するように呟きレインは首肯した
「そう。彼らは人類至上主義を謳い、隣国であり、龍の治めるこのエーティスと開国以来長きに渡って敵対してきたらしいわ
他の異種族の多い国々の中で、ウチを特に毛嫌いしているのは、ウチが世界4大国の内の1国だから・・・
毛嫌いしている異種族が長く治め、しかも大きな国だからこそ目の敵にしているのね」
「・・・龍と戦い続けて、生き残れてきたのには絡繰りがあるのですカ」
桐藍はシュレイアに来る以前、傭兵時代に戦場で一度だけ見たことのある龍族と人の争いを思い浮かべる
龍族は強く、人の力などまるで及ばぬものだった
「開国300年、リオルの民は大半が魔法族よ
魔法は、龍の力と相対できるの。
だから、彼らはこれまで多くの犠牲を出しながらも国も人も残ってきたのよ」
魔法・・・それは人が手にした武器だ
魔族の扱う魔術でも、エルフの使う精霊術でもなく、人が人の為に編み出した奇跡の力であるといわれている
「けれど、」
「?」
「リオルの現国王であるフェンネルは、10年前、即位してすぐに停戦協定を結んでリオルを平穏に導いたと言われ秀才であり、稀代の王だと周辺国からは評価されていたの
・・・なのに、何故このタイミングでエーティスとの停戦協定を破棄したのかしら」
「勝てる見込みがあったのでハ?」
「それは、どうかしら」
首を傾げる桐藍に、レインは思案するように瞳を閉じる
「現状の戦力差を、フェンネルは理解していると思う。
彼方から仕掛けるにはリスクが高いわ
ならば何故?
周囲に操られるでもなく、民に悪戯に負担を掛けてきた愚王ではない・・・
ならば側近は?膿は城から大半弾いたはず
・・・そうね、<教会>の反乱は考えられるわね」
レインが1人考察し呟く内容に桐藍はほう、と息を吐いた
「・・・レイン様は、フェンネル王を評価していらっしゃるのですネ」
「人様を評価できるような、そんな偉い人間になった覚えはないわよ。
ただ、初めて言葉を交わしたとき、面白い人だと思ったの。そして、会話する毎に、彼ならば、半永久的な停戦協定を結べるのではないかと思っただけ。
女の勘かしらねぇ」
苦笑するレインに桐藍は目を見開いた
「・・・フェンネル王と会ったことがあるのですカ」
「ほんの僅かな邂逅だったけれどね
彼方が私を認識しているかも分からないわ
たまたま、異国で出会ったのよ」
あっけらかんと頷いたレインに桐藍は自分が知らないほど昔・・・少なくとも、10年以上前・・・?と内心で思案しつつ頷く
「左様で御座いましたカ」
「そう。中々将来楽しみな子だったわよ」
うふふ、と笑うレインに桐藍は苦笑する
例え稀代の王と呼ばれる人間であっても、レインにとっては子や孫の扱いなのだな、と
「魔法族は、厄介よ。
影の民も、魔法族の展開する結界の中には易々とは入れないし出られないようね。
対策は、彰夏と話し合っておいてくれるかしら?その後の報告を待っているわ」
「直ちに」
す、っと影に溶けて消えた右腕を見送って、レインは手の中にある資料を見詰める
「ヴォルケと戦闘になっている以上、国の端にあるこのシュレイアにまで来るとは思えないけれど・・・備えあれば憂いなしというしね。」
ふうっと息を吐いたレインは、そのまま夜を徹して執務に明け暮れた
リオル侵攻から五度目の夜だった
梅雨の晴れ間、シュレイアにはサイレンと共に<第一種警報>が流れている
これにより、シュレイアの一般民は各村や街で指定された避難場所に避難し、自警団は警戒態勢を取り、何時、戦闘が起こっても良いように構える
領軍を持たないシュレイアでは、逃げることを強く推奨している
いざという時素早く逃げるために、三月に一度、領を上げての避難訓練が実施されてきた
その成果か、領民達は随分素早い動きで避難態勢に入った
領民達が避難している間、守護役は臨戦態勢で、機に乗じて侵攻するかも知れない第3の敵に警戒しており
レイン達領主一族は、年少者達は守護役に預け、万一、戦闘が起こった時は領民が逃げる時間を稼ぐ為に年長者達はそれぞれの得意武器を構える
この領民には勿論守護役達も含まれていて、逃走は最後になってしまうが必ず逃げるようにとシュレイアから正式に命が出ていた・・・従うかどうかは別だが
レインは上空から舞い降りる巨大な怪鳥を険しい表情で見詰めながら、得意武器であり、<昔>は国の規定で習った薙刀を握る
「嫌な予感は、当たる物よね。イヤになっちゃうわ」
「何が目的だと思う?」
「・・・魔法は遠距離でも使えるはずだし、あの怪鳥はサンダーバード
・・・雷を発生させることの出来るリオルの軍の移動手段。
殺す気ならちゃっちゃと攻撃してくるはずだわ」
「だとすれば、狙いは俺たち・・・とか?」
「笑えない冗談ねぇ」
「けれど、実際、そうみたいだよ」
ほら、とサディクが指さす方向では、リオル軍がサンダーバードから魔法を放ち、空に白い煙で字が書かれている
「レイン・シュレイアを差し出せば、領民に危害は加えない。って書いてあるのか?達筆すぎて・・・」
「間違いないわよ。・・・レイン」
アリアの声にその場にいた全員の視線が薙刀を握っているレインに向いた
「行くわ。後はよろしくね。桐藍は連れて行くけれど、連絡は取れない
・・・出来るだけ良い方向に持って行くけれど、もしもの時は
・・・ごめんなさいね」
薙刀を影に仕舞ったレインはそう言って微笑んだ
あまりにも普段と変わらない穏やかな微笑みに、キリクがレインの頭を軽く小突く
「????」
「ちゃんと帰ってくるんだ。
じゃないと、父さんにもクリス達にも行ってきますって言ってないだろう。
良いな?」
「・・・わかったわ。
ちゃんとただいまも言うからね・・・行ってきます」
くすりと笑ったレインは、そのままサンダーバードの方へと歩み寄った
その足取りは乱れなく、ごくごく普通に歩いてきたレインに、サンダーバー
ドからレインを迎えるために飛び降りたガタイの良い兵士は目を見開いた
「貴女が、レイン・シュレイアで間違いないな」
「ええ。間違いありませんが」
何でもなさそうに頷くレインをまじまじと見た兵士は、自身をガイと名乗った
「随分肝が据わっているな」
「そう見えるだけで御座いましょう」
「・・・今から貴女を我らの王の元に連れゆく」
「・・・・わかりました
・・・あの、当然移動手段は」
「?当然、こいつだが」
ガイはそう言って真後ろに控える相棒のサンダーバードを示す
黄金の羽は固く、橙色の嘴は細く鋭い
そのきょとんとした目を見詰めて、可愛いけどねぇ、と零す
「・・・・(はあ)」
レインが遠い目をしていることに気付きながら、ガイは首を傾げ、レインをサンダーバードに乗せすぐにシュレイアを飛び立ったのだった
その姿が北に消えるのを見送って、キリク達は息を吐く
「状況は、宜しくない。
レインについて言えることは・・・空で吐くな、って事かな。
とにかく、警戒しながら、かれん達は手分けしてレインが連れさらわれたことを、父様と守護役に通達
半日したら様子を見て、警戒を二次に引き下げよう
アリア、俺はこの事を国府と黄龍様に連絡するためすぐに発つ。
残る指示はお前が父様帰還までしろ」
「わかったわ」
「よし。クリス達は、ひとまず動かすなよ。まだ分からないからな。
行ってくる」
「・・・行ってらっしゃい。」
そうして指示を出した後、キリクもまた翼竜に飛び乗りあっという間にレイン達とは真逆、龍山を目指して飛び立った
「さあ、レインも居ない、キリクも居ない、父様もまだ帰らない。
けれど、やるべき事は変わらないわ。
アルフォードはキリクの抜けた穴を埋めるべく、一時的に自警団の取り纏めなさい
スティーブはこの警報で領民に異常がないか調べて、グラン爺と対処
サディクは、ここで様子を見て、キリクの指示したとおり、第二種警報に引き下げを流しなさい。
ただし、レインの不在を伝えては駄目よ。領民にも、異国にも」
アリアの鋭い眼差しに、三兄弟は心得たと頷いた
「・・・全く、せっかくの梅雨の晴れ間だというのにねえ」
アリアの溜息は空へと消えた




