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春の章・14話


赤龍が騒ぎにならないよう、ひっそりとシュレイアの土地に降り立ったのは春祭り二日目のことだ


春祭りの会場であるシュレイアの北東、領主の屋敷から南にあるその土地は、本来は何もない、ただ平原が広がっているだけの土地なのだが、今は数百の屋台が軒を連ね、飾りが施されている


道行く民もシュレイア伝統の模様をあしらった明るい色の民族衣装を着て華やかな装いだ


民の表情は明るく、皆が春祭りを楽しんでいることがよく分かる


「・・・・賑やかな場所、だな」


ぽそりと赤龍は呟いた

次いで自分を省みれば、あまりにも場違いだと自嘲し踵を返す


「レインには、都合が付かなかったと謝ろう」


暗い世界にいる自分は、明るく華やかな世界が似合わない


「赤龍様・・・?」


「!!!・・・キリク、か?」


祭りの警護をしているのか、普段以上に動きやすさを重視し帯刀しているキリクは振り返った赤龍に、一礼する


本来ならば国で第二位の地位にある赤龍には正式な礼として片膝を付かなければならないが、祭りのように人が多く行き交う場所では安全面を考慮して略礼になるのが常だった


「ようこそお出で下さいました。春桜会以来で御座いますね


ご健勝そうで何よりで御座います


このたびは我らの我が儘、お聞き届け下さいましたこと心より御礼申し上げます」


顔を上げ微笑むキリクに赤龍は込み上げてきそうなものを慌てて飲み込む


「・・・キリクも、健勝のようで何よりだ


皆は、元気か?」


「ええ。全員変わりなく。・・・宜しければレインの元にご案内しましょう」


にこりと笑って自然に赤龍を先導するキリクに赤龍は流されるように歩を数歩進め、かぶりを振る


「ま、まってくれ

キリク、すまないが我は帰ろうと」


「?せっかくいらしたのにもうお帰りになるのですか?


それとも、まさか我が領地のものが何か粗相を・・・?!」


キョトンとした顔を一変、慌てるキリクに赤龍も慌てて首を振る


シュレイアの領民は、赤龍に気付いて挨拶をしようとタイミングを計っているようでウロウロとしているが、その瞳に他領の民のように恐怖や畏怖の感情は浮かんでいない


あるのは純粋な興味と憧憬だけで、そんな視線を受けた覚えのない赤龍は少し焦っていた



「では、何故?」


「・・・このように華やかな場に我は似合わぬ


場違い甚だしい。折角誘ってくれたのに、申し訳ないがまた次の機会に来ても良いだろうか?」


「・・・何時いらしても誠心誠意歓迎いたします。


勿論、今日もです


恐れながら、赤龍様は我々に遠慮しすぎで御座います

貴方はもっと、胸を張って堂々とされる方が良い」


苦笑するキリクに、しかし、と赤龍が言い募ろうとする


「お前もそう思うだろう?なあ、レイン」


そう言ってキリクは赤龍の後ろから歩いてきたレインに笑いかける


「レイン?」


赤龍が振り返った先で、レインは略礼をし微笑む


「はい赤龍様。

ようこそ、シュレイアへ

今日はこのシュレイアの大型行事の一つ、春祭りです


・・・この祭りは、一年の豊穣を願う祭り

赤龍様達八龍の皆様への感謝の日でもあるのです


赤龍様は主役ですわ


気後れすることなど一欠片もないのです


是非、我が領地の誇る祭りを私めに案内させてくださいませ」


一礼しにこりと微笑んだレインの笑顔は、何故か赤龍を安堵させる

既に先ほどまで赤龍の胸の内に燻っていた、苦いモノは薄れていた


「レイン・・・その、頼めるか?」


おずおずと願いを言えば、レインは鮮やかに笑う


「はい、喜んで」


安堵の息を吐いた赤龍は、そこで普段とは異なる衣装を身に纏うレインを見て、ほう、と息を吐いた


「よく、似合っているな」


「ふふ、有り難う御座います。けれど、馬子にも衣装で御座いましょう?」


「そんなことはない。よく似合っている」


レインの衣装もまた、道行く民と同じように伝統の模様が細かく施された物だ


普段は化粧気のないレインも、薄く化粧をし、髪も複雑に結われている


春桜会とはまた違うレインの装いにただ、目が奪われた


赤龍が率直な感想を告げれば、レインは一瞬視線をさまよわせ、照れ笑いする


その顔を見た瞬間、赤龍の強靱なはずの心臓が大きく鼓動した


「?」


「?どうされました??」


「いや、なんでもない」


「?では、ご案内いたしますわ」


「頼む」


お互いに首を傾げながら、気を取り直して進み出す


勿論、キリクに声を掛けることを忘れなかった赤龍は、そのまま周囲の視線が痛いほど集まっているのにも気付く


「?」


「ふふ。みんな、赤龍様に挨拶したいんです。でも中々タイミングが分からないようですわ」


クスクスと笑うレインに、赤龍は首を傾げる


「我に挨拶を・・・?」


「ええ。・・・来ましたわ」


そう言ったレインの視線を辿れば、おずおずと言った様子で赤龍達の方にやってくる子供が数人


トタトタと覚束ない足取りで赤龍の元まで来るとパッと一礼する


「は、はじめましてせきりゅうさま!!」


「ようこそ、しゅれいあへ!」


「せきりゅうさまにたーくさん、しあわせがきますようにっ」


少し緊張し、けれどはにかんだ笑顔で赤龍に子供が次々と一輪の花を手渡す

赤龍は目を白黒させながらその花を受け取った


「その、ありがとう」


何が起こっているのか分からない、という戸惑いを隠すことが出来ないまま、それでも笑顔の子供に礼を言う方が先決だと考えた赤龍は、少し照れながら礼を言い、恐る恐る、まるで壊れ物を扱うように手を伸ばし、子供達1人1人の頭を撫でた


それからは実に大変だった


子供達がきゃー、と嬉しそうに駆け出すと今度は大人達が一礼し花を一輪づつ赤龍に渡し少し緊張しながらも笑顔で来訪を喜ぶ言葉を贈っていく


赤龍が目を白黒とさせている間に、赤龍の腕には大きな花束が作られていった


「あらあら・・・」


その様子に流石のレインも苦笑を禁じ得なかった

なにせモノの数分で赤龍の顔が花で見えなくなったのだから


「れいん、」


困った、という声色にレインは頷くと視線を自分の影に落とす


「桐藍、花を影に仕舞っておいてもらえるかしら」


<御意>


音もなくスウっとレインの影から姿を現した桐藍は、赤龍から花束を受け取り再び影に消えた


「あ、ありがとうレイン、どうらん殿」


「いいえ、私も準備を怠っておりました。申し訳御座いません」


「いや、良い。

それより、この花は・・・・?」


桐藍が取りこぼした花をそおっと持ち上げた赤龍はそれを目の高さまで掲げる


「今日は春祭り

春祭りは、八龍様に感謝する日であり、


一年の豊穣を願う日であり


大切な人に花を渡し感謝を伝える日でもあるんですよ」


にこりと笑ったレインはそのまましゃがみ、影から受け取った、白い小さな花が鈴なりに咲いている<すずらん>を差し出した


「どうか、貴方に幸福が訪れますように」


「っあり、がとう


とても嬉しい」


にへらと笑い喜ぶ赤龍にレインもにこりと笑った




結局、祭りを見る間、赤龍は次々に領民達に花を手渡された


ある者は耳まで朱に染め、照れながら


ある者ははにかみながら


ある者は恐縮しながら


様々な反応を見せながら、それでも、何れの領民も赤龍が丁寧に受け取ると一様に嬉しそうに笑うのだった


「・・・」


「どうされました?赤龍様。真剣なまなざしで花を見つめて」


「いや。・・・・我は、人に花を手渡されたのは長く生きたが初めてだ


今日を除けば、赤龍として、龍山に登った時黄龍様に頂いた紫の花だけ


なあ、レイン、この胸の内がほのかに温かいのは、嬉しいからなんだろうな」


そう言って、赤龍は胸に刺したレインの渡したすずらんをそろりと撫でた


「花を、喜ぶ青龍を見て、そんなに嬉しいものかと思っていた。


龍族が、瞬きする間に美しかった花は萎れ、枯れてしまう


短い生だ


脆弱なものだ、とそう思っていた


しかし・・・嬉しいモノだな。本当に」


頬をゆるめる赤龍にレインは微笑む


「さあ、せっかくのお祭りです

屋台も冷やかしましょう」


「屋台・・・」


意識の外にあったのか赤龍の視界に入ってこなかったが、道を挟むように両脇には簡易な作りの店が並んでおり、鼻を擽る匂いや、目に鮮やかな小物などが売られている


「シュレイアの特産物を中心に、一部では他国の食べ物や民芸品も販売しております」


きゃっきゃっと駆け回る子供


花を交わす男女


面を被る若者


どれもが新鮮で、キラキラと輝いているように赤龍の瞳に映った


「・・・」


「赤龍様?」


「レイン、・・・皆、楽しそうだな」


「え?」


「我は、・・・人の笑顔を見ることが余りなかった


戦場では死に怯える顔


強制で出席する国の夜会で見るのは仮面を被った貴族達


・・・まあ、どちらにせよそれらは我に恐怖を宿した瞳しか見せないが・・・


子供が笑顔で駆け回る満面の笑みを見ることも、照れ笑いを見ることも、強気な笑みも、なにもかもが初めて見る」


苦笑する赤龍をレインは真っ直ぐ見詰めた


「・・赤龍様、この笑顔は、私たちの誇りなんです」


「誇り・・・」


「笑顔は私たち領主の一族が守るものの象徴のようなものですよ


・・・領主の役割は領民が生活する基盤を整えることです


幸不幸は我々が与える物ではなく、自分たちで掴む物ですから、

ああして彼らが明るく健やかに暮らしていると言うことは、領主として基盤を整えている証になる


民の笑顔が、我々領主の力にもなるのです」


ふふ、と笑うレインの顔を見下ろした赤龍は、その力強さを感じる眼差しに言いようのない不安を感じる


「?どうされました?赤龍様」


「いや・・・なんでもない」


ふるふると首を振る赤龍に、そうですか?とレインは首を傾げる


「あ・・・・!!!姉様!赤龍様!!」


「?あらクリス」


「クリス、久しぶりだな」


赤龍に無邪気な笑みを浮かべ駆け寄ったクリスは、略礼をすると赤龍がその手に何も持っていないのを認めた


「?赤龍様、お久しぶりです!!お元気でいらっしゃいましたか!!?


それに、お祭りなのに、美味しい物何も食べていらっしゃらないんですか?」


「久しいな、クリス。我に変わりはない

・・・では、クリス、おまえのお勧めを教えておくれ」


「っはい!!こっちです!!!」


ぱあっと表情を明るくしたクリスが、赤龍を先導する

いつの間にか赤龍の不安は胸の奥深くに消えていた



<レイン様は一緒に行かないのですカ?>


「行くわよ。案内を申し出たのは私だからねぇ。花の数、結構なものになったんじゃない?」


レインの影から桐藍の声が響く


その声に答えたレインは、ふと首を傾げた

道行く民達に一輪とはいえ花をもらっているのだ

既に相当数になっているのではないか、と


<・・・えエ。影の道が、香るくらいにハ>


「あら・・・それは本当に大変ね。一足先に花を全て館の赤龍様のお部屋に飾っておいてくれる?まだ増えそうだし、とりあえず今あるのを」


<承知いたしましタ>


隠密が得意で、且つ仕事の一部であるのに、花の匂いが移ってしまうと任務に支障も出る


無臭であるべきで、影の民自身もソレに気を使っているのに申し訳なかったとレインは眉をハの字にする


<お気になさらズ。では>


「ん。よろしく」


足下の影が答えるように少し揺れ、元にもどる 

密かに帰宅後は風呂に入れようと決意したことを桐藍は知らない


きゃいきゃいと嬉しそうにはしゃぐクリスが赤龍を先導しお勧めの店を巡っていく


祭りも最高潮の賑わいを見せ、道を行き交う人の通行量も随分増えた

赤龍達の後ろを行くレインの目には既にクリスの姿は見えず、目印は他より頭一つ分高い赤い赤龍の頭だ


「(確か、2mはあるんだったかしら・・・)」


レインの身長は、前回に比べて伸び(前回は155㎝だった)、165あるが、それでも見上げなければならない身長に、羨望の眼差しを向ける


「(高いところは苦手だけれど、人とは違った視線で物をみれるというのは、羨ましいわ)」


ふう、と息を吐いたレインは胸元から懐中時計を取り出し時間を確認する


そろそろ、春祭りのメインイベントが始まる頃合いだった


「赤龍様、クリス、中央に行きましょう」


「姉様!!」


「レイン、良かった。はぐれたかと・・・」


「ごめんなさい。私は後ろから付いていましたの」


ほっと息を吐くクリスと赤龍にレインは申し訳なさそうに謝った


「いや・・・合流できたなら良い。それより、中央?」


「今日のメインイベント、華吹雪の舞台です。

中々美しいですから、是非赤龍様に見ていただきたくて」


にっこり笑うとレインは赤龍とクリスを先導し、会場へと足を向けた


「華吹雪の舞台・・・?」


「その名の通り、花吹雪が舞うんですけれど、緑人族の子達が育てた華を獣人族の子達と翼竜達が起こした風で空に舞い上げるんです


そうして、そんな舞い上がった華を地面に着くことなく取れたら、その人に1年、幸福があるというジンクスがあるんですよ」


にっこり笑うレインに、赤龍はほう、と息を吐く


「1つの祭りにいろいろあるのだな」


「ふふ。みんな楽しいことが好きですから、小さな祭りが歳月と共に、大きくなって、今では沢山の人がここを訪れ、関わっている


今ではこの2日間のお祭りに、領内の殆どの人間が関わっているんですよ」


不思議ですよね、と笑うレインも心から楽しんでいるのだと赤龍には分かった


「嗚呼、本当に楽しそうだ」



ふわりふわりと空を舞う花を、そっと壊れないように手の中に閉じこめた


黄色いその花は、幸福という花言葉があるのだという


赤龍は最近は無知を落ち込むことが多い、とそっと溜息を吐く

赤龍は、花の1つ1つに花言葉というものがあるのを知らなかったのだ


「(ではひょっとしたら、あの時頂いた紫の花も、花言葉に意味があったのか)」


八龍となった時に下賜された花


今は金竜の手により水晶の中に閉じこめられ、自宮に置かれている数少ない飾りになっている


戻ったら確認してみようと密かに決意して、赤龍はもう一度手の中の<幸福>の言葉を持つ黄色の花を眺めた



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