二話
文集は学年主任の先生と顧問の先生、そして校長先生に配って、部員で一部ずつ貰い、残りを図書館に置くことにしている。部員五人分を抜いた三十五部を抱えた私たちは、職員室の前にいた。いったん文集を床に置き、じゃんけんタイムである。
「はいはーい、じゃあじゃんけんな。選択肢は『校長先生に渡す人』『顧問に渡す人』『学年主任に渡す人』『残りを図書館に置きに行く人』『みんなの荷物番をする人』でちょうど五つ。勝った人から選べるっていうルールでいこう!」
欠点としては、一つ目はいわずもがな、二つ目は文章について嫌味を言われるのを聞かなければならない、三つ目は一人ではなく三人に渡さなければならない、四つ目は三十部もの文集を抱えて図書館まで階段をひたすら上らなければならない。五つ目が一番楽ではある。
そう考えつつ、じゃんけんに参加した。一番に勝ったのは、パーを出した佐藤先輩である。何にするか聞くまでもなく、みんなの鞄があるところに陣取った。
「じゃ、次。じゃーんけん、」
次に勝ったのは、パーを出した私だった。私の推測なのだが、力んでじゃんけんするとみんなグーを出す傾向にあるのではないだろうか。ほら、力むと手、握るじゃん。たぶん、それでみんな負けるんだと思う。見事、作戦勝ち也。
「じゃあ、図書館にもって行きます」
対人スキルの低い私に、接客(?)は無理だ。あと、学年主任が誰なのか分からない。ま、まあそれは入学間もないからということにしておいて、決して顔覚えが悪いわけじゃない!
そのあともじゃんけんは続き、学年主任が胡蝶ちゃん、顧問が橋本先輩、そして、
「なんで俺やねん! ああああああああああああ! 運なさすぎだろ俺!」
関西出身の私からするとかなりアクセントがおかしい関西弁を吐いた赤城先輩が校長先生と決まった。
「じゃ、さぼんじゃねーぞー」
妙にサバサバした佐藤先輩の声をきっかけに、みんな散り散りになった。それを見届けてから私も文集を抱えて歩き出した。
三十部の文集。
それは私の腕に多大なるダメージを与えてくる。
本館二階の職員室前から別館三階の図書館まで行くには、まず本館一階に降り、渡り廊下を渡って別館の地下に行き、そこから三階まで上らなければならない。かなり遠回りだが、私たちが入学する丁度前の年に行われた校舎改装でビジュアルを大事にしたために起こったことなのでしょうがない。
……階段を下りるのはよかった。手すりに文集を置き、手で支えて滑らせる。たまにバランスを崩して何部かが床に落ちたが、気にせず山に積みなおしていた。
だが――
私の前に立ちはだかる階段を見て、手の中の文集を見て、再び階段を見て、ただ一言。
「無理やな、これは」
長年使っていなかった関西弁が出るほどに、無理だった。無理ゲーだった。ゲームが進んでも経験値が入らないRPG同然だった。
私は作戦を考えていた。
一。分けて持って行く。
これは確実だがかなり面倒だ。文集の分厚さなどから察するに一度に持っていけるのは十冊。三往復はかなり面倒だと考えられる。
二。無理やり全部持っていく。
さっきの作戦に比べて、短時間で済むもののダメージは大きい。さっき階段を下る段階で少し落としたのに、さらに落としてしまうと今度こそはページが破れたり折れたりしそうだ。
三。助けを呼ぶ。
助けを呼んでいる暇に全て運べる気がする。先輩たちは自分の仕事があるし、私には先輩たち以外に知り合いがいない。
四。諦めて帰る。
論外。
少し、笑いがこみ上げた。何、帰るって何? 自分で言ったことなのに自分で笑ってしまう。と、そこに
「あ、やっぱりか。手伝うよ」
何がやっぱりなのかは知らないが、橋本先輩がいた。
「え? えと……顧問の先生には?」
「あ、もう渡してきた。安心して」
どうやら、自分の用事を済ませてから手伝いに来てくれたらしい。
「で? 作戦四つ考えて自分でふき出して、何考えてたんだー?」
半分……どころか四分の三くらい持ってもらって歩き出していた私は、思わず硬直した。
「な……エスパーですか、なんなんですか!」
言うと、先輩はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「だって、小指だけ立てた手を見て笑ってるんだ。大体想像はつくだろ」
そういえばこの先輩、学年で成績トップらしい。それゆえのこの推理力なのだろうか。うらやましい。
「恐れ入りました」
感服するしかなかった。
全員が無事任務を全うし、帰路についていた。
「あ、そういえばなんですけど、印刷機に命名したの誰なんですか?」
聞いてみた。すると、全員が胡蝶ちゃんのほうをみる。
「え、胡蝶ちゃんですか!?」
意外だ。佐藤先輩の学年の文芸部はふざけてしかいなかったと噂なのに、その学年ではないとは。私は確実にその学年か、高二だったとしても赤城先輩だと思っていた。
「胡蝶ちゃんだよな」
「あの、去年の夏休みだよな」
先輩たちが話しているのを聞いてみる。
「そうそう……ほんで、なんか胡蝶ちゃんがノリで『印刷機でもボク、いけるかもしれない』とか言い出して……」
!?
「そういやあんとき、胡蝶ちゃんってボクっ子だったよな」
!?
「やっあの、そんときのこと蒸し返さないで……」
胡蝶ちゃんが困っている。いつも困ってる気がするなあ、この人。
「ま、よーするに、」
私の前を歩いていた赤城先輩が振り返る。
「こいつがちょっとヒートアップして、三号機に名前つけだして」
あ、そういえば何かの裏紙に『三機』とか書いて貼ってあった気がする。
「でもその直後三号機が故障して、」
そういえば故障中って書いてある裏紙も貼ってあったような。
「で、二号機にも名前がつけられることになって……」
「それで、フタバですか?」
「ああ。漢字は漢数字の二に葉」
なるほど。漢数字がついているのか。でもそれでいくなら……
「なんで一号機には名前がないんですか?」
『あ』
「今思い出したんですかっ!」
先輩たち全員でハモってらっしゃった。
「ならさー」
胡蝶ちゃんがニヤニヤと笑う。
「郁流がつければいいじゃん? 一号機の名前」
なんと……
なんとひどい手法! 言いだしっぺだから断れない! なのに胡蝶ちゃんと同等扱いとか……
「ひd」
「ホント光栄そうだね、郁流ちゃん! はぁと」
「きめえええええええ!」
私は、先輩たちの、いや、性格にはちゃん付けをした胡蝶ちゃんの気持ち悪さ(今更)を夕陽に向かって力強く叫んだ。
後日。
「ちょ、一樹が壊れて萌え画像印刷できない! どうしよ郁流!」
「私用に使うな私用に!」
「いいじゃんかよ、家だと姉貴にバレるんだよ! お前は妹だっけか、橋本」
「ああ。……って! もういい、一樹には失望した! 二葉使え!」
うぃーん。がたがたがたがたがたがた。エラーガハッセイシマシタ――
「二葉もダメだと! 赤城、三機起動しろ!」
「無理だ! 三機はエラーなう! 今治してる!」
「なんでだよおおおおおおお!」
ガチャ
「おーい、みんな活動真面目にやってるだろうなー」
「うっわ、市原先生!」
「顧問と呼べ、顧問と!」
一号機もとい一樹は、無事部員たちに受け入れられて、
――私用に使われていた。
もちろん、市原……、顧問にかなり怒られたのはいうまでもない。
作者です。もしかしたら私たちの日常のほうがましかもしれません。この人たち何やってるんですか・・・。




