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五分で読める AI短編小説集

記録係

作者: アイキカイ
掲載日:2026/02/21

 その村では、死者が出ると「記録係」が呼ばれる。

 死因や日時を記し、村の帳面に残す役目だ。

 昔から続く習わしで、誰が務めるかも決まっている。

 私だ。

 私はこの村で、ただ一人の記録係だった。

 その日も、家の戸が叩かれた。

「来てください」

 外に立っていた男が言う。

「……出ました」

 私はうなずいた。

 鞄を取り、帳面と筆記具を確かめる。

 玄関を出ると、冷たい風が吹いていた。

 案内されたのは、村外れの家だった。

 古い木造。

 傾いた屋根。

 庭は荒れている。

 男は言った。

「中です」

 私は靴を脱ぎ、上がる。

 土間の先の部屋。

 襖が半分開いている。

 私は静かに中へ入った。

 布団が敷かれている。

 その上に、人が横たわっていた。

 老女だ。

 痩せた顔。

 閉じた目。

 胸は動いていない。

 私はそばに座る。

 手首に触れる。

 冷たい。

 脈はない。

 確認して、帳面を開く。

「氏名は」

 後ろの男が答える。

「トメ」

「年齢」

「八十六」

 私は書く。

 名前。年齢。

 死亡確認時刻。

 そして死因欄で手を止める。

「……医者は」

「来てません」

 私はうなずく。

 この村では珍しくない。

 老衰であれば、記録係の判断で記す。

 私は老女の顔を見る。

 静かだ。

 苦悶はない。

 争いもない。

 ただ、終わっている。

「老衰、と」

 私は書いた。

 筆が紙を擦る音だけが響く。

 記入を終え、帳面を閉じる。

「これで」

 男が深く頭を下げる。

「ありがとうございました」

 私は立ち上がる。

 そのとき。

 違和感があった。

 部屋が、静かすぎる。

 いや。

 静かというより、

 音が吸われている。

 私は振り返る。

 男が立っている。

 無言。

 表情がない。

 私は言った。

「……何か」

 男は答えない。

 ただ、こちらを見ている。

 私は眉をひそめる。

「記録は終わりました」

 男は動かない。

 沈黙。

 私はふと、老女を見る。

 同じ姿勢。

 同じ顔。

 何も変わらない。

 でも。

 私は急に、不安になる。

 何かがおかしい。

 私は帳面を開く。

 今書いたページ。

 そこにあるはずの文字。

 氏名。年齢。死因。

 だが。

 書いてあるのは、別の名前だった。

 私は息を止める。

 氏名──私の名前が入っている。

 年齢── 私の年齢が入っている。

 死亡確認時刻──今、この瞬間。

 私は紙を見つめる。

 手が震える。

 書いた覚えはない。

 でも筆跡は、私だ。

 私は顔を上げる。

 男が見ている。

 無表情で。

 私はかすれ声で言う。

「……これは」

 男が初めて口を開く。

「あなたのです」

 頭が真っ白になる。

「……何を」

「記録です」

 男は言う。

「記録係の」

 私は後ずさる。

「私は、生きて」

 男は静かに首を振る。

「もう終わっています」

 私は老女を見る。

 布団。

 体。

 顔。

 その顔が、

 ゆっくりと、

 私の顔に変わっていく。

 皺の位置。

 口元。

 閉じた瞼。

 私だ。

 布団に横たわっているのは、

 私だ。

 私は叫ぼうとする。

 声が出ない。

 男が言う。

「あなたが記録しました」

 帳面を指す。

「自分で」

 私は思い出す。

 さっき。

 ここに来て。

 触れて。

 書いた。

 名前を。

 年齢を。

 死因を。

 老衰、と。

 男が言う。

「記録係は」

「自分の死を、必ず記します」

 私は震える。

「……そんな」

「だから続いてきた」

 男は静かに言う。

「誰も欠けずに」

 私は理解する。

 この村の記録が途切れない理由を。

 記録係は、

 自分の最期を、

 自分で帳面に残す。

 そして。

 次の記録係が来る。

 男が一歩退く。

 襖の向こうに人影がある。

 若い女。

 不安そうな顔。

 帳面を抱えている。

 男が言う。

「次です」

 女が入ってくる。

 私を見る。

 いや、

 布団の私を見る。

 そして帳面を開く。

 震える手で。

 私はもう動けない。

 声もない。

 ただ見ている。

 女が書く。

 氏名。

 年齢。

 死亡確認時刻。

 死因欄でペンが止まる。

 私が書いたのと同じように。

 そして。

 書く。

 老衰。

 筆が止まる。

 女の肩が震える。

 男が言う。

「これで」

 女がうなずく。

 帳面が閉じる。

 その瞬間、

 私の視界が薄れる。

 私は消えていく。

 最後に見えたのは、

 帳面の表紙。

 そこに小さく刻まれた文字。

 「死者記録帳」

 その最後の行に、

 私の名が並んでいた。

 これまでの記録係たちと同じように。

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