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第3話 知識、すなわち命綱

 同日、平屋にて。

 周囲ではリリリリリ……と、涼やかな虫の音が聞こえている。


 あの後、少女――ニクスから、様々なことを教えてもらった。

 この家の周辺のこと、森の周囲のこと、そして、今俺たちがいる国、大陸のこと。

 正直俺は、半信半疑で聞いていた。というのも、聞けども聞けども言っている内容が荒唐無稽、与太話も休み休み言えと笑いたくなるものだったから。

 齢23の俺には、にわかに信じがたい話だ。


 まず、ここは日本ではない。それどころか、話を聞く限り俺の知っている国の名前は一つもない。同様に、ニクスの知っている国の名前も、俺が挙げた中には一つもなかった。

 それだけで俺は思考を停止しかけた。じゃあこの家はなんだ?俺はここに見覚えがある。ここは間違いなく祖母の家だ。なのに日本、それどころか――地球ではないと?

 次に、この家の周辺、周りの森のこと。

 この森はニクスの見てきた場所とは異なり、この世界を構成するエネルギー――と言って差し支えないと思う――『魔素マナ』の濃度が信じられないほど高いそうだ。通常、高濃度の魔素に耐性のない生物が長時間そこにとどまると、心身ともに不調・変調をきたすそうだが……幸い、今の俺たちはなんともない。

 その影響かわからないですが、と彼女は続ける。


「ここには生物があまりいませんね。いたとしても、無害な草食魔獣。それから――」


 彼女は森と家の境目に目を向ける。

 視線の先には、数種類の草花とそこに集う数匹の蝶、いや――


「魔素許容量の多い薬香草類果実、そして()()くらいです。」

「妖精?ただの虫に見えるけど。」


 俺がそう返事をすると、ニクスは瞳を細め、片方の口角をあげつつ「ちっちっち」と目の前で指を振った。

 ちょっとムカつく。


「彼女たちの周りに、光の粒が舞っているのが見えますか?」

「光の粒……。」


 目を凝らすと、確かに蝶がひらひらと飛びまわった軌跡に、紫、白、青……と、微細な光がグリッターの如く散ってるのが見える。

 言われなければ鱗粉と勘違いしてしまいそうな。


「あれは魔素マナが、妖精の体内で生命力に変換されて、溢れたものが出ているのです。こういった生物たちは幻想生物ファンタズムと呼ばれ、まず魔素の少ない場所には生息しません。まぁ植物類は環境が適応すれば栽培可能ですが、品質は魔素濃度の高いものより大きく落ちるでしょう。」

「そ、そうなんですか。」


 ちょっと、頭が混乱してきた。主に前半で。

 こめかみを抑えつつ、ふとニクスを見る。

 先ほどまで「いぎでるぅぅぅぅうううううう(意訳)」と叫び散らしていた人物とは思えないほどの話しぶりだ。心なしか、オパールの瞳にも理知的な色彩が宿っているように感じる。知れば知るほどよくわからない人だな、と。若干鎮まっていた警戒心が、再び鎌首をもたげはじめたが。

 俺の視線に気づいたのか、ニクスは「あ」と声を上げた。


「なんですか」

「まだオニーサンの名前を聞いていませんでした!お肌白いけど、髪の毛も目も真っ黒だから、クロードとかですか?もしくはクロウ?あとはマックロクットシーとか」

「なんなんだよそのネーミング」


 ふざけているのか?

 まさか生きとし生けるものは全て色から名付けされていると思っているのか。

 あと普通にいそう。最後以外。


「俺は、」


 黒瀬識。

 そう告げようとして、名前に黒が入っていることに気づいた。

 中途半端なところで唇を動かすのを止めた俺を、ニクスが不思議そうに見ている。

 なんか……急に恥ずかしくなってきた。


しきだ。ただの識。」


 唐突な羞恥心が俺を襲う!

 別段今まで名前を気にしたことはなかったけど、先ほどの彼女のアホみたいなセリフのせいで自分の苗字に自信がなくなってきた。

 思春期か全く……。


「しき、しき……シキ!うん、呼びやすくていい名前だね!」

「あ、ありがとう?」


 俺の名前を知った少女は、何が嬉しいのか「ふふふ~」と笑いながらシキ、シキと繰り返している。美少女耐性無の馬鹿な俺の心臓は、嫌な早鐘を打っていた。恥ずかしいのでやめてほしい。名前を呼ばれたことは幼少期くらいしかないんだ。

 相手は見た目が良いとはいえ、素性不明な人間だというのに……はぁ、俺って単細胞なのかもしれない。


 いたたまれなくて、後頭部をがりがりと掻いた直後。

 すぐ傍から、地の底から響くような恐ろしい音が聞こえてきた。


「あ、おなかが鳴っちゃいました!」

「え?」

「ここ数日間草しか食べてなかったから、流石にエネルギー不足ですね。」

「え……?」

「あー!でも今日はカバンに果物が入ってるんです!黄色くて酸っぱいけど!あと昨日獲った魔獣の干し肉!今日は豪華ですよー」

「え…………?」

「シキも一緒に食べますよね?そうと決まれば早速準備です!」

「あ、うん」


 ニクスは、女神かと見まがうような晴れ晴れしい笑顔を浮かべたまま、バックパックのもとへと二歩で飛んで行った。地面に小さなクレーターが二つ。

 俺は恐怖し震えていた。


 *


 うっすらと額に汗をにじませながら、随所に懐かしさの残る廃屋の中を物色してする。

 いや、生家なのだから、漁る程度で勘弁してほしい。どっちもどっちだけど。

 ニクスは「食事の準備をするであります!」と叫びながらてきぱきと色んな道具を整えている。叫ばないでくれ。

 今俺にできること――そう、今に至るまでに俺に起こった出来事の理由がわかるような、そんな手がかりを探そうと思ったのだ。

 現状たぶんそれくらいやることないし。ニクスを手伝おうかとも思ったが、あの様子を見るに足を引っ張りそうで気が引けた。

 家に意識を戻す……予想外だったのは、平屋の内装だった。

 外見ほど廃れてはいない。縁側を越えて障子を開けると、本来畳が敷き詰められているはずの場所には、畳ではなく木材が使用されていた。

 そして縁側と反対側……つまり部屋の奥には、巨大な本棚と、その手前にはカウンターほどの大きな机が置いてあり、埃をかぶった数冊の書物、枯れた謎の植物の鉢植え、あと幾つもの器具が乗せてある。

 外見は寂れた日本家屋、中は魔女の秘密の実験室。

 そんな印象の建物だ。

 もちろん、俺の過ごした生家もとい祖母の家は、名実ともに純粋な日本家屋だったから、本当に知らない家に迷い込んだような衝撃をうける。

 靴を脱ぎ、ゆっくりとカウンターに近づく。

 残照を借り、本棚から適当な本を見ようとするが、ほとんどが読めなくなってしまっていた。いや正確には、何かしらの文字が書いてあるが、触ったそばからボロ、と崩れてしまい読むどころではないのだ。


「ん?この本」


 そんな中、俺が手に取ったのは、一冊の本。

 表紙には、精緻なラベンダーの絵が描かれている。風化しておらず、埃もかぶっていない。まるで、つい最近まで誰かに読まれていたかのようなそれを、俺は手に取った。


『資格有る者のみ閲覧を赦す』

「!?かはっ……」


 刹那、全身という全身から水分が干上がるような緊張感が俺を包む。

 指先が、足先が痺れ、動かなくなり、瞬く間にその温度を失っていく。代わりに脳に、胸の中心に、燃え滾るマグマの奔流が流れ込んでくる感覚。

 膝から崩れ落ちる。

 ――遠くでニクスの呼ぶ声が聞こえた。


 *


 見渡す限りの白の世界。

 いや、体の感覚はない。だから、俺の中の何か――魂が、『そこは白い』と認識しているんだ。そして、あるのは、ただ溶けそうなほど熱い、という思念だけ。

 朦朧とした意識を『持ち上げる』と、その先で絶望するほどに眩い光を幻視した。


 何者かが、頭の中、いや()()()を駆け巡っている。


『儚き歯車よ』


 熱くて捩じ切れそうな俺の中に、涼やかな声が一つ木霊した。


『天命受けし者、運命の嬰児、神の瞼を下ろす者よ』


 声が響くたび、自我を溶かすほどの熱は少しずつ消えていく。


『汝の魂は見定めた。その身に宿る小さな種――その芽吹きを以て祝福とせん。』


(だれ、だ。)

 かろうじて言葉を考え、問いかける。

 意識の先で、絶対の光が小さく瞬いた。



『アルブ。汝の道行を見守る者』



 その声を最後に、俺という存在は、白から弾き出された。



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