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第10話 クエスト、すなわち生きる糧(3)

目的地の場所は、ローヌから出て直ぐ左側の森。位置的には俺たちの居た平屋のある場所のちょうど正反対あたり。

森に踏み込んでから数分もしないうちに、違和感が俺たちを包んだ。


(……何かに、見られてる。)


生き物の声がしない。


なのに、()()()()()()()()()()()

辺りは手入れのされていない雑木林のように鬱蒼として、昼間だというのに、俺たちの居る地上まで光が届きづらい。遥か頭上に、枝葉を伸ばしている樹木が目に入る。

もらった眼鏡を掛けた状態で周囲を見回すが、周囲が静かなこと以外特段変わったところはない。ない、のだけれど……。


嫌な汗が背中を伝う。

何度も背後に目をやりつつ、ニクスの後を追う。


体感20分ほど経っただろうか。天井の木々が少し開けた場所で、彼女が唐突に歩みを止めた。


「っとどうし」

「シキ――絶対に私から離れないでください。」


今まで聞いたことのない緊張感を孕んだ声で、ニクスが告げる。

彼女の見据えている場所。それは木々の開けた空間を挟んで対岸側、森のさらに奥。

視線の先を遮るように朽ちた大木を、ニクスは睨み続けて。


煩いくらいに早鐘を打つ心臓に、俺が耐えきれず小さく息を吐いた、


刹那。


『グオォォォォガァァァァアアアアアァァッッ!!』

「!!!」


何匹もの狼が同時に吠えているかのような、本能的恐怖を呼び起こすおぞましい叫び声。その鳴き声に、俺の全身は力が奪われたように腰から崩れ落ちた。


『ゥヲォォォオオオオォオオォオ』

『ガウガウガウッッ』

『グルルルルウウウゥゥゥ……』


その声を呼び水に、そこかしこから犬の姿をした、二本脚で立ち上がり、前足――人のように手の形をしている――に鉈を握った化け物が数匹現れた。不気味な容貌のそいつらは、膨れ上がった殺意を隠しもせずに、俺たちの喉笛を今にも嚙み千切らんと狙っている。


「ふむ。普通のコボルトが三匹、あと見えませんが、倒れた木の奥に隠れているのが親玉でしょうね。」

「ニ、ニク、スこいつら……。」


あっけらかんとしているニクスを見て、少し正気が戻ってきた。しかし、歯の根は合わず、両足も震えて役に立たず、立ち上がることができない。

だが、だが……!


このまま、足を引っ張るだけのお荷物になるわけにはいかない。


「ニクス、使()()!」


言うが早いが、俺はニクスに『意識を集中させる』。ピピ、と電子音にも似た音が眼鏡から小さく鳴り、レンズ越しに見るニクスの頭上に小さな矢印が現れたのを確認した。

迷わず『精油エッセンス』の小瓶を開けると、本来空中に拡散されるはずの淡黄色の光粒は、意志を持っているかのように()()()()()()()()()()()()()


「ありがとうございます!――はぁッ!!」

『キャインッ!?』


ゴッッ、という鈍い打撃音とともに、俺に襲い掛かろうとしていたコボルトの顎が粉砕され、森の左奥に吹っ飛んだ。


「次ッ」

『グギュゥア……ァ?』


一匹目を葬った勢いをそのままに大きく跳躍、唖然としているコボルトの背後の木に着地。幹を蹴り飛ばした勢いで肉薄しつつ、己の力を乗せた重い回し蹴りで二匹目の頸椎を的確に捉える。

脊髄を砕かれた哀れなコボルトは、自分の死を認知する前に息絶えた。


『ガ、ガァァアアア!!』

「最後ッッ」

『ゴ――バァッ』


三匹目が我に返ったようにニクスへと襲い掛かろうとする。が、彼女は左掌両足を地面に突きながら急停止、姿勢を低くし、己の拳と止まることのできないコボルトの速度を上乗せした大アッパー。鳩尾に深く入り込んだそれは、吐血するコボルトの命をいとも簡単に刈り取った。


2秒にも満たない時間、俺が視認できたのは、戦いの中にありながら穢れを知らない水晶の輝き。ニクスの髪が描く軌跡だけだった。


「ふう、こんなもんでしょうか。それにしてもこの道具アイテム効果……本当に動きやすい。いい香りですし!」

「…………え?」

『…………………』


ニクスは光に包まれた拳の血を、手を数度払い振り落とす。あまりに一方的な蹂躙に、朽ちた木の向こうにいるはずの親玉も黙り込んでしまった。


「あとはアナタだけです。手下はいなくなっちゃいましたよ、出てきたらどうですか?」

『……グルルルル』


ニクスが右足を後ろに引き、態勢を低く構える。左手を前に、右腕は後ろに引かれ、握りこんだ拳からは、ギチ……と革の音が聞こえる。

その時。


――パキッ

俺の背後の草むらで、小枝が割れる音が響いた。


「「!」」

『グオオオオァァァァアアアアアァァッッ!!』


ほんの一瞬意識が逸れたその隙に、目の前の大木が質量を無視した速度で投げつけられる。

だが。


小癪こしゃくですね!」


完璧な不意打ちだったはずのそれは、即座に対応したニクスによって真っ二つかつ木端微塵に砕かれた。


ズゥン、と重い足音を響かせ、立ち上がる砂埃の中から現れたのは――


「頭が、二つ……!?」

「『双頭のコボルト』!?賞金首じゃないですか!」

『グルゥゥゥゥウウアアアアァァァァァアア!!!』


それぞれ異なる理由で驚愕する俺たちを無視し、名の通り一つの体から二つ頭が生えた衝撃的な姿のコボルトが、砂煙を破り、こちらに向かって突進してくる。

細いながらもすべてが筋肉に覆われた両腕。手の先には赤黒く変色した爪が生えており、かすれば致命傷、まともに喰らえば間違いなく即死。


それでもしかし、ニクスはにっこりとして。


「今夜は焼肉ですよーーーーーー!!!」


淡い光粒に包まれた銀閃が、獣の体を貫いた。



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