責任の種
「ひどくお悩みのようですね」
ある地方の病院。白を基調とした清潔な室内。適度にある花や小物が心を和ませている。
そこに、医者と少しやつれた患者らしい中年の男性が座っている。
「はい、そうなんです。今度会社の重要なプロジェクトの責任者になってしまって」
力ない声で、自分の置かれた状況を説明する男。重責に押しつぶされ食事も碌にとっていないのだろう、男の様子は医者でなくても不健康がわかるほどだった。
「ここにくる人は皆さんそうおっしゃっています。あなただけが特別ではないですよ」
医者の励ましにも、小さな頷きを返すのみだ。
「しかし、悩みの種とは聞いたことがありますが、責任の種とはどんなものなんですか?」
男が聞いた。
「まあ、論より証拠。早速やってしまいましょう」
医者は不安そうにしている男をベットに横たわらせた。そして、目をつむらせゴニョゴニョと呪文らしきものを唱えながら男の頭をさする。
すると、ゴロンと小さな梅の実ほどの黒い塊が手の中から滑り落ちる。
「終りましたよ。気分はどうですか?」
ベットから起きた男は、目覚めのいい朝のように清々しい顔をしていた。
「いやいや、これはなんとも。実にいい気分ですよ」
先程とは違う、張りのある声。
「それはよかった。これがあなたの責任の種ですよ。ご覧になりますか?」
男はしげしげと黒い塊をみつめる。
「宜しければ、もって帰っても構いませんが」
しかし、気味が悪いのか持って帰る事はせずに男は帰ってしまった。
医者は、それを小さな瓶に入れラベルをすると隣の部屋に持っていく。
「しかし、貯まったものだな」
ずらりと並べられた瓶をみて独りつぶやく。
責任感とは困ったもので無くては困るが、ありすぎても問題が起きる。
この奇妙な治療は、強すぎる責任感を少しだけ取って、心のバランスを取るというものだ。
こんな不可思議な治療は世界広しといえども、ここぐらいしかしてはいない。その為か今のところ、患者が絶えたことはない。
ピロロロ、と電話の呼出音がする。
電話に出ると、甲高い女性の声がした。
「あなたが、有名なお医者さんね。お願いがあるのよ」
女性によると、息子があまりに責任感が無いもので少し移植して欲しいというのだ。
医者は苦い顔をした。
責任感とは、教育で育てるものだ。それを無視して移植するのは洗脳とかわりない
しかし、女性は夫は議員だの、家が有名な財閥だの、検察に知り合いがいるだのほとんど恐喝のようなことを言ってくる。
気乗りはしないが、断ると何をされるか分からない。仕方なく、医者はそれを引き受けることにした。
数日後、ヘラヘラと軽薄そうな青年がやってくる。
何か色々言っているが、かかわり合いになりたくない医師は、さっさと移植をして追い返した。
1ヶ月後。
ピロロロと電話が鳴る。
出るとまたあの甲高い声だ。
「最初は良かったのに、すぐにもとに戻ってしまったじゃない。どうしてくれるの」
頭がいたくなる。移植などしたことが無い、何が起きるかわからなかったのだ。元に戻るだけですんだならそれはその男の責任だ。
まあ、責任感が無いのだから責任と問うても仕方がないが。
医師は同じような事にならないように、責任感の特に強い知り合いの医師の種を植えることにした。
どうにも、種にも濃薄があるようで、責任感の強いひとの種は色が濃い。
はたして医師の予想道理、効き目に違いがあったようで今度の電話は半年後にきた。
しかし、半年おきに施術するのはめんどうだ。どうにかならないものか。
ふと、医師はあることに気がついた。
その施術から1週間後。
「ちょっと、すぐに息子が無責任になったじゃない。ちゃんとやったんでしょうね」
予想道理すぐに電話がかかってくる。
「ええ、しましたよ。しかし、おかしいですね?」
「何がおかしいのよ!」
女性はヒステリックに叫んでいる。どうにも女性のヒステリーは扱いにくい。
「息子さんには、あなたのご主人の種を移植したんですよ。議員という立場の人間なら、責任感も強いと思ったんですがね。そうだ、今度はあなたの種を移植しましょうか。息子さんのことにこれだけ責任を感じているあなたの種ならきっと……」
ガチャン、と乱暴に電話が切れる。
これでもう金切り声が電話からすることも無いだろう。
息子のことを他人に任せきりにするのはやめて欲しいものだ。責任を”とる”のは大変なのだから。