福の神の災難
とある青年が川辺を散歩していると、不思議な木の像を見つけた。川に流され、長い時間水に晒されたのだろうその像は、薄汚れみすぼらしい姿だった。
青年も普段ならば見てみぬ振りをするところだか、その像には不思議な魅力があった。青年はその像を持ち帰り、きれいな水と布で丁寧に磨いていった。
するとどうだろう、薄汚れた姿からは想像できない、神々しい仏像が現れた。
(このような立派な仏像が、なぜあんな場所に打ち捨てられていたのだろう?)
特に熱心な信仰心を持たない青年だが、神仏を粗末にする見知らぬ誰かには嫌悪感を覚えた。
「お前が私を拾ったのか?」
いきなり知らない声が響く。青年は一人暮らしだ、いきなり見知らぬ声がすることはない。
「この声は、あなたさまですか?」
馬鹿らしいと思いつつも、仏像に話しかけてみる。
「そのとうりだ、私は福の神。お前には打ち捨てられていた私を拾い上げ、綺麗にしてもらった恩がある。私が力を貸してやろう」
まさか本当に声が返ってくると思っていなかった青年は、心底驚いた。
話を聞くと、この像は福の神らしい。しかも、力を貸してくれると言っている。青年は真面目で誠実だが、あまり運は良くなかった。そんな青年からしたら、ありがたいことだった。
早速青年は仏像を置く場所を作り、それから毎日仏像に手を合わせることを日課にした。
しかし、福の神が来てからもあまり幸運になることはなかった。それどころか、石につまづき転んだり、胃にポリープが見つかったり、あまり運がいいとは言えないことが続いた。
さすがに青年もこの像を疑い始めた。実はこの像は不運の神なのではないか。とうとう堪え切れなくなった青年は福の神に尋ねてみた。
「神様、神様。あなたは福の神と言うが私は不運ばかり続いている、どうしてでしょうか」
「ふむ、いったいなにが不運なのだ」
尋ねられた青年は、ここしばらく起こった不運を話した。それを聞いていた福の神は、笑いながら答えた。
「それはすべて、幸運ではないか」
その答えに驚いた青年は、非難するように答えた。
「私には幸運には思えません。いったいどこが幸運なんですか?」
「石で転ばなければ、急いでいたお前はその先で、車に跳ねられている。また、胃の病気は手遅れになる前に分かったのだこれを幸運と呼ばずなんという」
福の神の言うことももっともだったが釈然としない青年はなおも答えた。
「たしかに幸運だったみたいです。しかし、私はお金持ちや、有名人になるような幸運が欲しいのです」
青年は欲深くは無かったが、それでも人並みの欲望はあった。
「確かに、それは分かっているが私にも事情があるのだ」
「事情ですか?」
「昔、お前が言うように一人の男を金持ちにした。その男は私に感謝し、金でできた壇も用意してくれた。しかし、あまりに立派だったおかげで評判になり、その性で私は泥棒に盗まれてしまった。その後、私を取り返そうとする者と揉み合いの末、私は川に流されてしまった」
「それはなんとも悲しい出来事ですね」
「そのとき私は悟ったのだ、幸運だったと気が付くのは不幸な時だと。ならば幸運だと気が付かない程度に、力を分け与えればいいと」
そこで、はたと気がつき青年は福の神の前で頭を下げた。
「私の考えが浅はかだったみたいです。あなたが私の言うような幸運を分け与えていれば、また同じことを繰り返したかもしれません」
福の神の真意を知った青年は、今まで以上に福の神を大事にした。その後青年は、その像を近くの小さなお寺に奉納したという。
そして今も、その像は気が付かぬ幸運を分け与えているそうだ。