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ひさしぶり

「やあ、ひさしぶりですね」

青年は街中で中年の男性に話しかけられた。しかし、青年にこの男性に見覚えはない。たぶん人違いだろう。

「あなた、人違いだと思っていますね?」

「ええ、そうです。私にはあなたにあった記憶がありません。どこか出会ったことがありましたか?」

「いえ、記憶がなくて平気です私はあなたに会うのは初めてですから。いや、街ですれ違ったことぐらいはあるかもしれませんね」

不思議なことを言ってくる。この男性はあったこともない人間に対して久しぶりですねといったのだろうか。

「しかし、それならばおかしなことになる。あったこともない人に久しぶりとは」

青年は素直に男性に疑問をぶつける。

「いえ、世の中面白いものであったこともない人間に久しぶりですねと言われているのにおひさしぶりという人もいるのです」

確かに、記憶力が落ちていると思っている人や、物忘れがひどい人にはそういう人もいるかも知れないなと思った。

「しかし、どうしてそんなことを?特に意味のある行為とは思えないのですが」

答えの代わりと言わんばかりに、名刺をさし出してくる。

Aと言う名前の横に本音公社と書いてある

「本音公社ですか。おかしな名前ですね」

「あまたは本当に素直なお人だ、これならば本音公社にスカウトしたいぐらいだ」

「スカウトですか」

青年は少し疑う。いきなりスカウトと言われても、詐欺師の罠かもしれない。青年は素直だったが馬鹿ではなかった。

「たしかに疑われても仕方がありませんね。これから、役所で仕事ですのでそこで仕事を見学してからというのはいかかでしょうか。役所ならば、心配もないでしょう」

公社と書いてあるので国も関わっているのであろう。もし本当にここに就職できたら一生食いっぱぐれることもない。青年は少し心が傾いた。そういった打算的なこともすごく素直な人間だった。

役所に着くと、青年と離れAは役所の男性と話し始める。しかしすぐに青年のもとに戻ってくる。

「どうかしたのですか?」

青年はAに尋ねる。

「いえ、もう仕事は終りました。会社に帰るとしましょうか」

青年は驚く。仕事と言っても、男性と話しただけだ。

「ええ、話すことが私の仕事なんです。簡単なお仕事でしょう」

「たしかに簡単そうですが、どうしてそれが仕事になるのですか?」

世の中に沢山仕事はあれど、ほんの少し話すだけの仕事など聞いたことがない。有名な弁護士などは10分相談するだけで大金を得るらしいが自分にはそんな知識はない。

「なら説明しましょうか、あなたには心にのこっている言葉というものはありますか」

青年はいわれて思い出す、親の言葉、恩師の言葉。場所も時間もバラバラだがいくつかそういったものは思いついた。

「そういった言葉には、『真実の言葉』なんです」

「真実の言葉ですか」

「そうです。素直な人間が本心で言った言葉というものは心に残りやすいし、信用もされやすいのです。これが『真実の言葉』です」

たしかに、そうかもしれない。さっき思い出した言葉も、状況はどうあれ本心の言葉だろう。

「あなたは素直な人間のようなので、うちにスカウトしたいのです。今の世の中素直な人間は少ないですからね」

なるほどと、少し納得する。

役所を離れ、少し離れた場所にある本音公社のビルに着く。看板は出ていなかったが、キレイにされており、陰鬱な雰囲気はない。

中も小奇麗で、無駄な装飾品も置いていないまさに役所といった感じだった。

そこで青年は仕事のやり方やなどをひと通り教わり、仕事は後日ということになった。

幾日が過ぎ、青年の初仕事の日。青年は必要な書類を持って、仕事先に向かっていた。

場所は、工場。役所から、工事内容の変更を伝えるもので、急な変更に相手先は多分怒る。そう考えた結果、うちに回ってきたらしい。

先輩からは、ただ誠意を持って内容を伝えれば良いと言われていたが、青年に不安は残る。

工事現場につき、現場監督の人に内容を伝える。

内心怒られる不安にかられていたが、一生懸命伝えるうちに相手も納得したのか、特に怒られることもなく終わった。これが『真実の言葉』の効果なのだとすれば大したものだ。人間、一度成功すれば慣れるもので、青年は次々に仕事をこなしていった。

日本中を飛び回り、色々な現場に出向いた。成功が、自信を生みまた成功する。そうした好循環の中にいた。

しかし、そういう時慢心というものは生まれるもので、心の奥ではだんだんと慢心が生まれていた。

その日も青年は、いつものように相手に説明したのだが、どうもうまくいかない。しまいには相手方を怒らせてしまい、仕事が失敗してしまう。

こんな経験をしたことのない青年は、途方にくれて本音校舎に戻る。

「どうしたんだい、ずいぶんとしょぼけて。何かあったのかい」

先輩の男性に声をかけられ、青年は仕事に失敗したことを告げる。

「そうかい、君もついにそうなったか。人間、いずれ慢心は生まれるそうなったらもう『真実の言葉』は使えない。残念だけど、君には最後の仕事をしてもらうことになるね」

青年は最後の仕事と言われて、ギョッとする。

「そんな。いくらでも改心します、ですから最後なんて言わないでください」

「いいや、だめだ。一度慢心が生まれれてしまえば、消えることなんて無い。諦めるんだな」

先輩は取り付く島もないといった感じだ。

「それで、最後の仕事というのは一体なんでしょうか」

先輩は、窓の外に指を向けこういった。

「新しい人をスカウトしてくるんだよ。やり方は、知っているだろう。そうしたら、君は今の私の立場になる。そして、私は役所に行き普通の公務員になる。見つかったら、私に報告しに来るといい」

そうしてハッと気づく。あの時の、役所の人はもしかしたら、先輩の先輩だったのかもしれない。つまり、あの時もう先輩に『真実の言葉』なんて使えなかったのではないか。

なんという単純な仕掛けだ。これに騙されるのなら、たしかに純粋な人間であろう。


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