落ちの夢
作品のネタ探しをしている時にふと目に付いた広告。
落ちる枕
説明によれば何でも落ちる枕らしい。何でも受かる枕ならばまだわかるが、落ちる枕とは珍しい。だが、ちょうど作品の”落ち”を考えなければいけない俺みたいな漫画家には喉から手が出るほど欲しい代物だった。枕だけに夢落ちにするか、とか本気で考えてしまうぐらい今は追い詰められていた俺は、霊感商法にしては良心的な3千円という安さも手伝って、気が付けば速達で注文していた。
翌日、連日うるさい小姑のような担当からの電話を終えた直後、玄関のベルが鳴った。昨日の夜に注文したものが翌日の夕方には届くすごい時代になったものだ。送り状以外何も書かれていないダンボール。中身の質素にエアバックと、ビニールに包まれた説明書と枕のみ。
説明書にも落ちたい、落としたいことを考えながら寝てください、と簡潔。これ以上書くことがないと言わんばかりだ。普通、似非科学でも理論とかは書くと思うのだがこれだけしか書いていない、あまりやる気のない会社なようだ。
しかし、物は試しだ。昨日からあまり寝てないこともあり、軽い仮眠を取るついでに試すのも悪くはないだろう。落としたい物はもちろん俺の作品だ、それも最高の落ちをつけてくれ。どうせかなわないのなら大きく出たほうがいいだろう。そう願うと疲れがたまっていたのかすぐに眠りに”落ちた”。
気が付いたら、電車の中にいた。しかし周りには誰もいない。窓の外はどこかで見たようなビル郡が立ち並んでいる。
(ここはどこだ?)
あたりを見渡していてふと気が付いた。ここは”俺の作品の中”だ。俺が考えていた最後、主人公が電車に乗りふるさとに帰る場面。その構成と同じなのだ。
(つまり主人公の気持ちになって”落ち”を考えろということか)
これがあの枕の効果だとしたらずいぶんと回りくどい。しかし、効果的だ。俺が考えていた構成で主人公が座っていた電車の椅子に座り、外を眺める。そうしていると今まで思い浮かばなかった”落ち”がスッとジグソーの最後のピースのようにピタリとはまる。
(難しく考えすぎていたのかもな)
考えてみれば、今掲載している漫画はどん底のスランプからの復帰作品だ。気負いすぎていたのかもしれない。これでこの作品が終わらせられる。そう思いゆっくり目を閉じた。
気が付くと、草原にいた。
え?っと少し混乱する。周りを見ると遠くに城が見える。そこで思い出す、俺の作風は基本現代日本をベースに漫画を書いているが、スランプ時作風を変えてファンタジーを書いたことがある。たしか”落ち”を付ける前にアイディアがつまり放棄していたはずだ。
(放棄した”作品”にも落ちを付けろということか)
しかし、半分自暴自棄で作った作品だけに内容もろくに覚えていない。たしか、お姫様を助ける古典的なファンタジーのはずだ。ごろんと草の上に転がる、目の前に久しく見ていなかった青空がある。主人公もこの空を見ているはずだ。そう想像し”落ち”を考えていく。
元々ほとんど忘れていたのでこれでいいかわからないが、納得のいく”落ち”は見えた。そう思ったとたん、景色が色を失い目の前が暗くなっていく。これで目が覚めるはずだ。
気が付くと、寒いところにいた。
周りには何に使っているのか、何が入っているのかわからない凍ったダンボールが山積みにされている。これは多分ミステリーか。納得のいくトリックが浮かばず放棄したはずだ。正直、もう夢の中でも”落ち”を考えるのが疲れていた。正直、最初の連載作さえ”落ち”がつけばよかったのだ。それにミステリーの”落ち”などこんな短期間に考え付くものではない。
(主人公、死亡でいいだろこんなの)
もう考える気力もない。それに寒いのは嫌いなのだ。そう決めると回りは色を失い暗くなっていく。
気が付くと、部屋にいた。
暗い誰もいない部屋。
「クソが!」
そこらにあった椅子を蹴っ飛ばしてしまう。何の作品か忘れたがもう”落ち”を考えるのはうんざりだ。
(そうだ…)
あることを思いつき玄関から外に出る。外は静かな住宅街。見る限り誰もいない。多分現実の俺の部屋が舞台なのだろう。階段で屋上にでる。
「ふふふ…」
子供のころから、悪夢は大体高いところから落ちて目が覚める。”これ”も高いところから落ちれば”落ち”がつくだろう。
手すりを乗り越え、屋上の際に立つ。下はコンクリートの道路だ。冬で多少寒いがさっきいた冷蔵庫に比べれば全然楽だ。トン、軽く一歩を踏み出すと身体は重力に従い落ちていく。すると世界は色を失い暗くなっていく
気がつくと、たおれていた。コンクリートは、冷たい。そして、とても、むじひ、だった。
「斉藤先生、自殺だって?」
オフィスで上司から言われた言葉は、今日5回目の質問だった。答えも決まっている。
「そうみたいです、詳しくは警察の調査待ちです」
「あの先生、作品再来週で完結だったよね?」
「そうですね~」
「なんか先生、枕新しく買ってたらしいよ。お前新しい枕欲しがってただろ貰っちゃえば?死ぬほどよく眠れるかもよ」
「不謹慎です!」
「ああ、すまんすまん。まあ、来週のせる謝罪文考えておいてくれ」
大して気にした風でもなく去っていく上司。正直その枕で”落ち着いて”仕事ができるなら欲しいぐらいだ。それに載せる文はもうできている。
作者死亡により、完結。