絵画泥棒
とある住宅街。そこにあるごく普通の一軒家に、泥棒が入っている。一見して普通の空き巣だが、この泥棒には特殊な力があった。この泥棒、実は絵の中に入れるのだ。
多少飾り気のある家ならば、玄関やリビングに絵の一つや二つ飾ってある。泥棒は空き巣の最中、人が帰ってくれば絵の中に逃げられる。だから、安心して部屋を物色していた。
そうしているうちに、玄関で物音がする。早速、能力を使い近くにあった絵の中に入る。湖畔の森が描かれた風景画だ。都会にいては味わえないような、開放感と空気。やはり入るならば風景画だな、としみじみ泥棒は思う。後ろを向くと、今度は外の様子が絵のように枠に囲われて見える。
「なんと言うことだ、泥棒に入られた」
帰ってきたのは、気の弱そうな老人の男性だ。この家の主人だろう。うろうろと、荒らされた場所を所在無さげに歩いている。
「やや、絵にもいたずらをされている。本当に嫌な泥棒だ」
絵の中の泥棒を悪戯書きされたものと勘違いしたのか、近くにあった雑巾を手に近づいてくる。
泥棒は絵の中に居るので外から見た自分は見えない。しかし、この男性が近づいてくる以上外からも見えるのだろう。このまま、雑巾で拭かれたらどうなるかわからない。たまらず泥棒は、絵から飛び出す。
「うわぁ。え、絵から人がでてきた」
立て続けに起きる、非日常的なことに耐え切れなかったのか、男性は気絶してしまった。 ここまで肝っ玉が小さいとは、少し同情的になった泥棒だが、逃げる隙が出来たことは運が良かった。騒ぎになる前に、そそくさとその家を後にした。
泥棒は考えた。絵が一つでは逃げる場所も少ないし、今回のように見つかる可能性もある。
そこで泥棒は、芸術家の所に泥棒に入ることにした。芸術家のところなら、絵は沢山あるし、売れている芸術家なら金もあるだろう。
さっそく近くにある芸術家の家に泥棒に入る。何日も前から家の周りを張り込み、毎夜この時間は人がいなくなる。それでも前回みたいに不測の事態も考えられる。慎重に鍵を開け、家に侵入する。
家の中は暗いが、明かりを付けるわけにはいかない。持ってきた小さなペンライトで金目のものを探していく。
その時、外から砂利のすれる音がする。誰かが帰ってきたようだ。暗闇の中、泥棒は聞こえぬように悪態をつく。ついていない、そう思いつつ、絵のある場所を探しにいく。
「やや、鍵が開いている」
玄関の方から、声が聞こえる。これはまずい、焦った泥棒は急いでライトを消し、目の前にあった部屋に飛び込む。
ちょうどその部屋がアトリエだったのだろう泥棒の鼻に、絵の具独特の匂いがする。
迷っている暇は無い、泥棒は目の前にあった絵に飛び込んだ。
「それで、この男が泥棒に入ったのですか?」
アトリエに入ってきた警察官の前に泥棒が一人、うつろな目をして座っている。
「はい、そうだと思います。部屋が漁られて、金目のものを持っていましたから」
「しかし、奇妙ですな。なぜこの男は、こんなうつろな目をしているのでしょうな」
「よくわかりません。私が入ったときにもう既に」
この家の主である、画家が答える。
「そうですか。そういえば、この絵はなんでしょうか」
「これですか?私の作品です。一応、画家をやらせてもらっているので。近代アートと呼ばれるものですね。この作品のコンセプトとしては……」
警官は改めてこの極彩色の絵を眺める。ただ、絵の具を無節操に塗りたくってあるだけで、価値がある絵には見えないが、泥棒が心を奪われるぐらいの絵だ、とても価値があるものなのだろう。
芸術というものは理解できないものだ、画家の長々しい説明を聞き流しながら警官はそう嘆息した。