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95.通常は立ち入り禁止。

「あとはこちらに模擬店を出す組が並びますので……」

 教頭だという初老の教諭の説明を受けながら他数名の男性たちと並び廊下を歩く。

 その列の中ではいつもより目立たない気がする、何故なら似たような格好で体格の良い男性ばかりだから。

 それにしても普段なら決して足を踏み入れることのないこの校舎の中は都会の割に緑が多い立地なのもあって空気が綺麗な気がする……あとは、少し遠巻きに見ている放課後学園祭の準備に勤しむ生徒たちが年頃の女の子ばかりなのもあるかもしれない。

 そんなことを考えながら周囲を確認しつつ歩いていれば「もしかして」と思っていた知り合いと目が合う。

 まず信じられないものを見たように驚いた後、咳払いをするかのようにしてそんな表情を仕舞った後、何故いるんですか? という笑っているようで笑っていない顔で見られる。

 とりあえず、栗毛ちゃんの一番最初のそんな表情を見れてやや溜飲が下がった気はする。




「オジサン、オジサン、オジサーン」

 その後、会議室で打ち合わせをし解散となり愛車を発進させたタイミングで呼び掛けられる。

 周りに姿は見えず、直接脳内に……念話、というやつか。

「聞こえてますが……どう返せば?」

「あ、通じた……えーっと、今みたい感じに会話するイメージで浮かべてくれればこっちで何とかするよ」

「了解です、少々慣れないので車を停めてからでよろしいですか?」

「でしたら、すぐ近くの公園の駐車場は広いですから」

「ああ、丁度目の前です……少しだけお待ちを」

 確かに公園のプレートがあるそこの駐車場は平日ということもあってかかなり余裕があり暫く停めさせて貰っても良さそうだ……ハンドルを切り、広めに開いている場所に停車させる。




「しかし、凄いですね」

「え?」

「念話を使うのは初めてではありませんが、この距離でこれだけクリアなのは初めてですね」

「ふっふーん、もっと褒めても良いよ!」

 この会話の所謂ホスト、のような役をやってくれているワンコちゃんのドヤ顔が簡単に思い浮かぶ。

 そっちの方向を見れば四階建ての校舎がしっかりと見える距離なので三百メートルばかりといった感じか。

 転移術といい、こういう便利なのに本当長けていらっしゃる。

「あの、征司さん」

「はい」

「ちづちゃんが先程学校の中で征司さんを見た、と言っていたんですが」

「本人ですよ」

 ドッペルとかそんなんじゃなくて。

「いきなり無表情で杏たちの教室に来て校舎裏に呼び出して念話させろって、ビックリした」

「……杏?」

「驚かせてすみません」

 一年生の栗毛ちゃんが二年生の二人の教室に行って、か……まあ、あの調子なので普段から足繫く通っているだろうからそこまで妙なことでもないか。

 水音さんのクラスの人ももう慣れているだろうし。

「一体、どういうことか説明していただけますか?」

 こちらもいつもの目が笑ってない笑顔がはっきりと浮かぶ口調で詰問……いや、質問される。

「どうしたもこうしたも……弊社、警備会社じゃないですか」

 表向きの名前がそうなことは勿論、存在自体が曰くのような美術品が展示される際とかにも目を光らせるのに有効だったりする、と聞いている。

「お嬢様も通う女子高なので学園祭のような外部の人間が入る時には需要があるかと思いまして。実際、芸能人の方もゲストで呼ばれるとのことらしいですしそれもあってそれなりの人数が配備されるようですね」

 なので、部長にお願いして上手いこと混ぜ込んでもらった。

「去年の学園祭もそういう人居たよね」

「それはわかっています!」

 うん。

 言いたいことはそこじゃないよね。

「どうして、そこでおじさまがわざわざいらっしゃるんですか?」

「それは……」

 理由自体はものすごくシンプルなんだが……さて、どう言ったものか。

 そんな風に思ったとき、だった。

「……?」

 停車している運転席に影が下りてきて。

 そちらを見れば先程まで見ていた、そして時折水音さんたちが着ているところ目にしている制服が目に入る……一瞬、水音さんたちのうち誰かかと思ったが、たった今話しているし。

 そんなことを考えながら視線を上げて行けば眼鏡に長い三つ編みの女の子がこちらを覗き込みながら手を振っている。

「???」

 軽く記憶を辿るが、見たこともない子、だよな? なのに明確にこの車に近付いて俺に目を向けている。

 どれだけ記憶を辿っても見覚えがないのだが。

「済みません」

 これは水音さんたちに向ける。

「先程の件は後日説明しますので、切らせてもらっていいですか?」




「何か、お困りですか?」

 車に乗っている人間にわざわざこういうことをするのは? という考えでそう口にしながら車を降りると。

「困ってたのはちょっと前、ですね」

「?」

 そんな不思議な物言いに、首を捻るしかない。

「覚えてない? お兄ちゃん」

「……ん、んー?」

 その呼び方と声に何かが引っ掛かった気はするのだが、まだ出てこない。

 それを見てか悪戯っぽい顔をしながら眼鏡を外して髪を解いて、学園祭への買い物だったのか黄緑色の布地を買い物袋から取り出してそれを顔の横に持ってきて解いた髪と纏める。

「あ!」

「思い出してくれた?」

 以前、交通手段がなくてラーメン屋のお団子ちゃんと困っていたところを助けたときの黄緑ちゃん、か。

 それはやや走っているのが珍しい車を見て近付いて来てくれもするか。

「買い出しから戻ってきたら公園に見覚えのある車と人が居たから」

「なるほど、わざわざ済みません」

「ううん、あの時はマジで感謝! だったからもう一回言いたくて」

「力になれたようで幸いですよ」

 そんな感じにこちらの疑問が解けたところで。

「ところで、お兄ちゃんはどうしてこんなところに? お仕事?」

「その打ち合わせの帰り、ですね」

 言いながら視線を校舎の方に向ける。

「学園祭の警備に入らせてもらうことになったので」

「あ、ナルホド……そういうお仕事してるって言ってたもんねー」

 頷きながら手際よく髪を編み直していく。

 大昔俺も小さい子のをやったことはあるが素晴らしいペースで元に戻していく、にしてもお手間を取らせてしまったな。

「すぐに気付けなくて済みませんでした」

「ううん、わざと思い切り印象替えているとこもあるから、それでいいんだけど」

「そうなんですか?」

「ほら、ちょっと校則厳しい学校だし」

「なるほど」

 それで学校では一見地味なあの感じなのか。

 ライブ参戦仕様とでは差が激しい、ことにして気付けなかった自分を正当化してみる。

「中学校までは地元だったんだけど、高校はあそこに行けってパパもママも煩くって」

「大変ですね」

 それでラーメン屋のお団子ちゃんとは仲良さそうだけど学校は違うのか。

 勝手に納得、恐らく正解だろうけれど。

「そういうことだと、学園祭の間敷地内に居るの?」

「見回りしつつ、人の多いところに立ちつつ、ですかね」

「ふーん……ウチのクラス劇なんだけど、良かったら観てね」

「タイミングが合えば」

 劇……。

 そういえばこの子は虎と同級生のお団子ちゃんと(多分)同い年、ということは一年生か。

 つまり?

「あっれー?」

「征司さん!」

「目白さん?」

 背中の方から、こちらは最近よく聞いている声が掛けられた。




「どうしました、三人とも」

「どうしたもこうしたもじゃなくってさー」

 先頭のワンコちゃんに指を突き付けられながら。

「『誰だ?』みたいな感じに言い残して突然話を切られたら気になるでしょ! 特にねえさまを心配させない!」

「あ……」

 口に出してはいなかったが、念話の場合だと直前に強めに思ったことが伝わってしまっていたのか。

「その……」

「……」

「済みません、本当にあの時は考えが纏まっていなかったのであんな感じに……」

 追い付いてきた水音さんに、説明をする。

「ただ、その、余程がない限り大丈夫な奴ですので、むしろこういう時はあのままにして頂いた方が良いかもしれません」

「……」

 目尻とか口元にじわりと哀しい感情が滲むが……こればかりは指摘しておかねば。

「勿論、案じて頂いたことは嬉しいですよ、とても」

「……はい」

 何とか、頷いて貰えたか。

「それってつまり、ねえさまにナンパ現場を目撃されたくなかったってワケじゃないってことでOK?」

「んなわけありますか」

 エアで手の甲を振りながらワンコちゃんに応じる。

「するならもう少しスマートにやりますよ……無論、しないんですが」

 滑りかけた軽口に全力でフルブレーキ。

「おじさまの言い訳はとりあえず伺いましたが、でしたら目白さんとはどのようなご関係で?」

「あたしが前に困っているときに助けてくれたんだ」

「……!」

 その返答が想定外だったのか驚きの顔をする栗毛ちゃん……いや、でも、他に無くない? それこそ君が眉を顰めるような行為以外には。

 まあ、黄緑ちゃんが髪を直しているのがまた微妙に妙な雰囲気を漂わせるのだけれど。

「困っていることに付け込んで初対面の女の子に声掛けを……」

「いや、行きつけのラーメン屋さんの子と一緒だったので、ですよ? それも少々尋常じゃない様子だったので」

「あれはー……生涯でも稀に見るピンチだったかも」

 推し活的には死活問題、だっただろうね。この世の終わりのような顔をしていたもの。

「あの時は時間がなくてバタバタしたけれど、もう一度しっかりお礼をしたいな、と思っていたらこんなところで見覚えのある車が見覚えのあるナンバーで止まっていたから」

「……そういうことですか。先程すれ違ったのですが、他の買い出しに出ていた皆さんが『ちょっと用事あるから』って走っていったと心配していましたよ?」

「ごめんね、千弦さん。戻ったら謝っておきます」

「はい」

「ところで、あたしのことも美乃梨でいいんだけど?」

 すすす……と距離を詰めてそんな提案をするものの。

「一応考慮はしておきます」

「それって呼ぶ気がない奴じゃない?」

「さぁ?」

 学校での栗毛ちゃんはこんな感じか……まあ、大体イメージ通りだな、と内心で笑ったところを流し目で見られる。

 思うくらいいいじゃないか、と肩を竦めつつ妙な嫌疑も張れたかな? と胸を撫で下ろしたところで。

 やんわりと黄緑ちゃんが口を開く。

「ところで……千弦さんや瀬織先輩たちとはどのようなご関係で?」




 まあ、そうなるよね。




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