91.海へ行こう
「しっかしおっちゃんも」
「おう?」
走り始めて一時間弱。
適度な大きさのサービスエリアに入りまずは男女に分かれて必要な休憩を。
「あのスーツ以外の服、持ってたんすね」
「俺を何だと思ってるんだ……」
軽く膝蹴りをかませば。
「でも外見の危険度はグラサンしてるとあんま変わらんすね」
「結構日差しが強いんだ、仕方ないだろ」
一応暦の上では秋……だけどほぼ全員がまだ夏じゃん! と言いたくなる具合の季節が今だ。
「ってかな、お前さんが並んでるとさらに上がるんだよ」
「……幹部と鉄砲玉だって前に芙久子にも笑われたっす」
「ん? ふくこ?」
「弐玖のあいつっす」
「ああ……」
ラーメン屋のお団子ちゃん、そんな名前だったのか。
しかし、クラスメイトとはいえ距離近そうだなコイツ……まあ、俺なんかと違って明るいいい奴だし、とか考えながら少し硬くなっていた背中を伸ばす。
「でも、おっちゃん幹部の割に運転丁寧でうまいっすね」
鉄砲玉がまだ免許取得年齢じゃないからだろ……ではなくて。
「そうか?」
「ウチの兄貴なんかオラオラ過ぎて妹に引っ叩かれてたっす」
「車酔いしやすいって言ってる人が乗ってるのに荒くはできないだろ」
というか、妹居たのか君ら……まさか、また動物柄のスカジャン着用で髪も染めているのか?
そんなこんなをサービスエリアにある建物と建物の間にある自販機が並べられたスペースの前でやっていれば。
「ごめん、お待たせー」
「やっぱり混んじゃってて」
「仕方ないですよ」
マンモスクラスのサービスエリアは避けたものの、どうしても女性用の方は軽い列が生じるくらいだった。
まあ、スケジュール的には全然想定内。
「お店の中とかで待って頂けばよかったのに」
「……いえ、これで良いんです」
それなりの人出の休憩施設、そして学生はまだ休みの期間中。
妙なトラブルは避けたかった……し、実際目で追っていたグループが俺らと合流したことによりひっそりと退散していくのが彼女たちの後ろに見えた。
「お土産の類は現地か帰りに買うとして……もう行きます?」
情報掲示板を横目で見て目的地までは問題なく行けそうだ、ということで余裕はあるがどうするかを尋ねる。
「あ、じゃあちょっと売店寄りたいかな」
「了解です」
自動ドアを潜って店内へ。
繁忙期のそれなりの時間帯なので少々込み合ってはいるが。
「おじさまが目立つのではぐれる心配はなさそうですね」
「じゃ、集合場所はおっちゃんの所で」
ま、全部の棚とかの上に頭が突き出るしね。
「よーし、なんか変なストラップかキーホルダーないかな?」
「無駄遣いはちょっとだけだよ、杏」
思い思いに別れていく中、軽くご当地物のグッズ類に目を通す。
余程のクリティカルがない限りは買わないけど……と思いながら、はてこの近くにいないレオさんは何を買うんだ?
「はい、これ水音ちゃんとセージの分」
サービスエリアを出発、加速し本線に合流したあたりで後ろから小さな包みが差し出される。
レオさんが手に持ってた薄い箱の中身のうち半分で、チョコレートのかかったコーティング菓子、の極細タイプか。
「ちょっと小腹が空いちゃうころでしょ? 特に運転手さんは」
運転手だからかどうかはともかく、まあドライブ中に摘まむにはちょうどいい。
軽く一口、ドリンクホルダーからカフェモカを飲んでから。
「では、折角だし」
「レオさんありがとうございます……はい、どうぞ」
一声かけてパッケージの上の方を開封してチョコレートのかかっていないスティックの部分を捕りやすいように差し出してくれる……ん、良い角度だ。
「もっと食べたいときは言って下さいね」
「了解です」
「助手席なのにお手伝いすることがないな、って思っていたのでちょうど良かったです」
一本抜いて少しずつ口にしている水音さんが目を細める。
「まあ、ナビも付いてますしね」
ルートから到着予定時刻まで至れり尽くせり……そもそも、車酔いするかもという子に地図を見させる気はなかったけど。
「……もっと、食べますか?」
そんな風に考えていると軽く脇見になりかけていて、それを別の解釈をされたのかお代わりを差し出される。
まあ、ちょうどいいので貰ってしまう。
行程は今でほぼ半分。
「おっ」
「わ」
高速道路を降りて下道を進むと程なくして正面に青い海面が現れる。
それに反応してかすぐ後ろの二人も身を前に出して覗き込んでくる。
「やっぱり、見えるとちょっとテンション上がるね」
「そうっすね」
「そんなもんかな?」
バックミラーの中に問いかければ。
「やっぱり普段見えないものが見えるとワクワクはするっす」
「セージは……見飽きてるんだっけ?」
「まあ、前は家を出れば見えましたから……でも、海面の色合いとか浜の感じは違うんでそこは珍しいと言えば珍しいかも」
ナビ音声に従って海岸沿いの道路に左折で合流する。
「でも」
「?」
「見えた瞬間、征司さんちょっと笑ってましたよね」
にこりとした指摘に、曲がる先の合流以上に左側を見てしまう。
「だったかも、しれません」
そこに咳払いの後、更に後ろからの声。
「それで、目的地の方は」
「もう直ぐですよ」
「お魚釣りと、バーベキューだっけ?」
程なくして到着した目的地には先程の確認通り「船釣り・各種釣り体験・海鮮料理」のでかい看板が下がっていた。
これからの時間帯に上手い具合に建物の影が落ちてくれそうな駐車スペースを狙って停めてエンジンを切る……ガソリンの消費は三分の一に少し届かないくらいで、問題はないな。
俺が予約を入れた関係上、先行して店舗の奥に声を掛ける。
「すみません、白峰で予約をお願いした者ですが」
「はいはい、お待ちしておりました」
諸般の事情で会社名で名乗ればスリッパの音。
五十代半ばと思しき女性が笑顔で迎えてくれる。
「急な申し込みで済みませんでした」
「いえいえ、白峰さんには大変お世話になっていますし、宿泊だとお部屋の空き具合次第ですがお食事ならいつでも」
「助かります」
俺が借りている部屋と同じような理由かな?
急な決定で目的に適した場所を探そうとして窮した時に駄目元で総務部で誰か良いところを知りませんか? と聞いた時に真っ先にここを紹介された。
ご縁があり一部の釣り好きが愛用しているとか。
「初めていらっしゃる方? ですよね」
「ええ、この春に転勤、してきまして」
「まあまあ、それはそれは、お疲れ様です」
ビギナー向けの釣り体験でよろしかったですよね? との店舗の外に出ながらの確認に頷く。
「若い面々で、夏のレクリエーションで」
「そういうのも大歓迎です」
店先で、道具はこっちの方、と駐車場とは別方向を指されたので日陰で待ってもらっていた面々に大きく手招きをして合図にする。
その合間に。
「白峰さんには本当感謝しているんですよ……二十年ほど前、ウチの釣船を新造して貰ったんですがいざ海に出てみれば妙な波にガラスを割られたり道具が壊れたりで仕事にならなくて」
「……そんなことが」
「それで常連さんから白峰さんにご相談したところ巫女さんが一人来てくださってね、お祓いをして頂いたら効果覿面……それはからは豊漁になったりここは晴れて貰わないとというときに天気が回復したりで良いことづくめ」
客商売ということで話し上手なお姉さんだ、と若干圧倒されながらも頷く。
それは顔も知らぬ先輩だが良い仕事だ……と思ったところで少し頭に何かが引っ掛かる。
「また、その時に来てくださった巫女さんがね、ものすごい別嬪さんで」
「……」
脳内で何かが繋がるのと、皆がこちらに到着するのと、お姉さんの顔が驚愕の表情で固まるのがほぼ同時だった。
「娘さん! やっぱり!! そっくりだもの」
水音さんの両手を握り抱きつかんばかりに……というか、作業中だったと思しきゴムエプロン姿でなければ確実にやっていただろうという勢いで。
突然の展開に戸惑う水音さんにお姉さんが同じ話をさらに詳細に、水音さんのお母さんへの賛辞大増量で語ってくれた。
「その後も二回ほど遊びに来てくれて、結婚されてお子さんが生まれたことを聞いて、小さな子が海の近くで何かあれば大変だから大きくなったらまたお越しくださいってお願いをしてて……その、年賀のやり取りもさせて貰っていた中でご不幸を知って、その、あの……ね」
ご存じだったのか言葉を詰まらせ、感情が顔の各所から溢れそうになる。
「どうぞ」
「……すみませんね、どうしても年を取ると脆くて」
いざとなれば水音さんを剥がそうと近付いていた栗毛ちゃんが見かねて差し出したティッシュに盛大に。
お姉さんが落ち着くのを待ってから、水音さんが話し掛ける。
「先程おっしゃられた船というのは、今あそこに見える?」
「そう、今日は先客がいらっしゃって……今も現役」
「後で触らせて頂いてもいいですか?」
「勿論」
何度も大きく頷いた後、こちらを向いて背中を力いっぱい叩かれる。
「お兄さん」
「はい」
「どうして先に言ってくれなかったの! おばちゃん不意打ちで大変なことになっちゃったじゃない」
「すみません、知らなかったもので」
かなり頑張れば予想できたか? いや、流石に無理があるな。
「あ、ごめんなさい……道具置き場の鍵を忘れちゃった、今取ってくるのでここで待ってて」
忙しいお姉さんだが……きっと、この釣り場の名物女将さんなんだろうな。
「……おばちゃん、興奮しすぎて怖いんでちょっと様子見てくるっす」
「うん、頼む」
まだ顔の辺りを擦りながら足早に戻る後ろ姿に、少々心配になったのは皆同じだったか。
小走りに様子を見に行ってくれた虎に安心する。
そうしてからすぐに、握られていた手を見ている水音さんに問いかける。
「すみません、水音さん」
「え?」
「こういう事情のあるところだとは知らずに……」
心痛を与えてしまうような結果になっていないだろうかと頭を下げれば、そっと袖……ではなく指先に触れられる。
「征司さん」
「……はい」
「大丈夫です」
顔を上げたところに、微笑みかけられる。
「むしろ、お母さんの話を聞けて、お母さんがとても好かれていて、うれしいんですよ」
「……」
「私、頼りないかもしれませんけれど、心配し過ぎないでください」
「わかりました」
頷き返すと、両手を握り拳にして見せられる。
「何だか、釣りをするのがさっきまで以上に楽しみになってきました」
「……」
「よろしく教えてくださいね」




