8.ラーメン餃子チャーハンセット②
「セージ、フォローありがとね」
「当然ですよ」
「でも、ありがと」
この六人以外に動くものが無くなり、そこから三分ほど警戒を維持した後、片手を上げて戻って来るレオさんにこれは応じない方が失礼かとこちらも手を上げて手袋同士を合わせる。
彼女は綺麗な刺繍のされた白手袋を両手に、こちらは防刃目的の皮手袋を左手に嵌めている。
「ところで、おっちゃんさぁ」
「うん?」
「今夜の気分はどうなん? 食べれそうなところついてないけどコイツら」
「……だから直接これらを食べたいという訳ではないとは言うに」
そこまで趣味は悪くないぞ、と内心で呟いてから、思い出したことがあってスカジャンの虎を平手でたたく。
「その前に、打ち合わせしたこと忘れて突っ込もうとしたのは反省しといてな」
「……ウス」
「絶対通知簿に落ち着きがないって書かれてただろ」
「何で知ってんの!」
「協会内の考課表にも書かれてましたね、イノシシさんって」
「うがー!」
しれっと栗毛ちゃんが補足してくれる。
「まあ、それはともかくとして……」
そろそろ主張を始めそうになっている腹を撫でながら口にしたいものを口にする。
「今夜はとんこつラーメンにするかな」
サイドはチャーシュー丼か、餃子か……それとも両方か。
「それで、なんだけどさ」
「どうした?」
「とんこつラーメン食べたいのならさ、クラスの友達の家が結構評判のいいところなんだけど」
「ほほう?」
ただ食べられればいい、という訳ではもちろんないので気が惹かれる。
そしてもう一つ。
「大事なことを確認したいんだが」
「どうぞっす」
「餃子かチャーシューとかも美味いのかな?」
そう尋ねれば打てば響く答えが来る。
「むしろチャーシューが絶品なんだって評判」
「良し、決まりだ」
我ながら力が入った首の振りをしてしまった、すると間髪入れずに拳を握って主張される。
「じゃ、おっちゃん、奢って!」
先日の一件を聞いてそれが狙いだっただろ……良い情報に免じてそうするけど。
「それは構わんけど、下宿先で夕食出るんじゃないのか?」
「たっぷり動いたからラーメンの一杯くらいおやつおやつ」
「これが若さってやつか……わかった、たんと食え」
若いのが腹を空かせているのを放置するには忍びない。
こうして今夜の予定が確定したところに隣から声がかかる。
「ヘイ、虎ちゃん」
「何っすか?」
「あたしも大事な事確認したいんだけど」
あ、嫌な予感が。
「どうぞ」
「そのお店、お酒ある?」
「結構遅くまで営業しているみたいだから無いことはないハズっす」
「よっし、あたしも行く!」
元気のいい挙手に苦笑いしながらも、一応確認を。
「そちらは連日の外食で大丈夫ですか?」
「うっ……」
「家の方が心配しないのならいいんだけど」
「えーっと、そのー」
視線を泳がせた幾許かの葛藤の後。
「むしろ今日もパパたち居なくてカップ麺になるところだったから連れてって!」
「……了解です」
自炊はしないタイプなのね? ほんのりそんな気はしていたけれど。
「いらっしゃいませー……って将虎じゃない」
メッシュ頭を先頭に立てて暖簾を潜ればいかにもラーメン屋で働いています! という姿のバンダナからお団子を覗かせた女の子が驚いた顔をする。
ん? 友達ってこの子……?
「本当に来てくれたんだ」
「機会あったら行くって言ったろー!」
明るく笑ってブイサインをしている後姿を見ながらコイツ本当に明るい奴なんだな……と思うと同時にあまりに眩しい青春ぶりに奢ると述べたのを却下したい衝動に駆られる。
いや、本当にはしないけれど。
「ってか、タイガーで良いっすよ?」
「って言うか、学校でも言ったのアレ」
「むしろこっちで自己紹介した時もそう言ったじゃないっすか」
「……まあな」
「大河将虎です! タイガーって呼んでください!」……黒に金メッシュという色合いの髪型にあのスカジャンと合わせてものすごいインパクトではあった。
あれ? やっぱり俺だけがあの中で浮いている訳じゃないよな? これは。
「えーっと、将虎のお兄さんお姉さんとかじゃなくって?」
「バイト先の同僚だよー」
レオさんのナイスな説明。
「このおっちゃんが『金には糸目を付けないから美味いチャーシューとトンコツラーメンを食わせろ』とか言い出すから連れてきた」
「待てコラ」
前半に余計なものがくっ付いてなかったか?
「将虎、ファインプレー」
「だしょ?」
クラスメイト同士がハイタッチをした後、座席へと案内して貰う。
体格の関係からこちらが一人、向こうに二人座る流れに。
「とりあえず……単品でチャーシューを頂こうかな?」
「でしたら、このおつまみセットとかいかがですか?」
「なるほど」
スライスしたものに加えてカットを炙ったものに煮卵、メンマまである……はきはきとした娘さんといい良い店でこれは味にまで期待が膨らんでしまう。
「じゃあ、それと生中で」
「はい、かしこまりました」
さらさらと注文を書く様を見ていると卓の向こうから。
「ちょっと、虎ちゃん」
「なんすか?」
「お酒、ビールとチューハイだけじゃない」
「え? 何かまずかったっすか?」
「あたし、発泡はあんまり得意じゃ……」
「さっきまであんだけ」
「そっちじゃないわ!」
それは発砲や……と内心思っていると娘さんが一旦厨房に行ってから小走りに戻って来て。
「あのー、そこまで良いものではないですけれど、仕込み用の赤ワインをジョッキにロックで良ければ」
「いいの? 是非それで!」
表情を輝かせて拝まんばかりに両手を組むレオさん……。
この前まではスタイル通りビシッと決まったお姉さんかと思っていたんだけどなぁ。
いや、お酒と実生活が絡まなければいいのか。
「セージ、何か言いたいことある?」
「いいえ、何にも」
「じゃ、俺はラーメン餃子チャーハンセットとジョッキコーラで」
「はい、かしこまりました、っと」
そんな訳で。
数分後には各々の注文がたっぷりと注がれたジョッキが三個、卓に届く。
「じゃあ、虎ちゃんも、ようこそこっち側へ」
「へ? どっちっすか? ってかなんか怖い!」
「セージの悪魔の呟きに誘われてご飯を食べに来ちゃった犠牲者」
「あ、あー……そういうこと」
そこ、納得するんじゃない。
あと、ジョッキが物凄く似合うけど一応聖職者の方は何を言っているのかな?
「ともあれ、カンパーイ」
「ウェーイ」
「乾杯」
ちょっと重めのガラス音、の後、運んでもらったチャーシューを堪能する。
厚さも噛み応えも、染み込んでいた濃い目の味付けも……とろける脂も実に完璧。
その後するっと頂いたラーメンを含め、情報に偽りなしで……。
「おっちゃん、姉貴も、替え玉もするっしょ?」
「勿論だ」
「ううっ……明日運動増やさないと、でも食べるぅ」
愉快な時間を、過ごさせて貰った。
「どっすか? おっちゃん、いいトコだったでしょ?」
「ああ、いい店だったよ、虎」
「へへっ」
歯茎まで見せて親指を立てる様に同じように返しながら暖簾に書かれた屋号を確認する。
ラーメン屋弐玖、ね……家から徒歩圏内だったし覚えておこう、というか壁に下げられたメニューがどれもよさげだったのでこれなら制覇を目指すのも一興だろう。
食事の選択肢が増えるのはいつだっていいものだ。