80.プラスチックカップとビール④
「おー、テレビで見たことあるとこだ」
「まあ、プロ野球の試合やる球場ですからね」
しっかりしたコインパーキングに愛車を停めてから徒歩でドームへと。
「征司さんはこういうところは?」
勿論初めてそうな水音さんに尋ねられる。
肩を竦めてから軽く前置きから入る。
「特にもう気にしていることではないので普通に聞いて下さいよ?」
「あ」
それだけで通じたようだけれど、一応全文を。
「まあ、その、昔居た施設の子供全員纏めて地方球場に招待されたことが何度か」
「……はい」
「ここの三分の一も入れないような小さいところで屋根もないようなところでしたが、それなりに楽しみましたよ」
言いながらゲートに近づいてQRコードをゲートにかざす……四人分で普通の人の目には三人通過することになるので事前の打ち合わせ通りワンコちゃんに軽く周辺の認知を緩くしてもらって中へと。
異常かと思われて面倒を起こしても時間が惜しいのでそのような策を取らせて貰った。
「ええと、こちらの階段からですね」
「ここのラインの……この番号だね」
にゅっと首を伸ばしてチケットの情報を確認したワンコちゃんが辺りを見回してから通路のグッズショップの方向に足を向ける。
「ねーさまたちは先に行ってて!」
「気を付けてね、あんまり無駄遣いはしちゃダメだよ!」
「はーい」
元々元気印だが何やらテンション上がってしまっているな。
まあ、学生の身には結構大きい額が普段のアルバイトで入っているからこういう使い方もアリか。
「では、改めて行きますか……階段急なので気を付けてください」
「はい、ありがとうございます」
手を差し出した方が? と一瞬迷って様々なことが天秤にかかり、色々な目がある場所だということが決め手となり注意喚起に留めることにする。
「……」
不審げな、場合によっては放置できないお立場であろう老先生の視線に一応説明しておく。
「アルバイト先の御目付け役ですよ」
正しいかはともかく、間違いはない説明を。
「お待たせー」
ワンコちゃんが戻ってくるのはわかっていたので。
通路に遠い方から老先生、俺、水音さんと席に付き……そして最後の一人がやって来た。
「いやー、買っちゃった」
「杏……」
「凄いね……」
帽子にユニフォームを羽織り首からチームカラーのマフラータオルにメガホンをぶら下げた「観戦に来ました!」感満載の姿で。
「ほら、ねえさまも」
道連れだ、とばかりに水音さんにも揃いのマフラータオルを……すごくスポーツ観戦に来たお嬢様感が増すな。
「だって、祭礼みたいなものでしょ?」
「まあ確かに」
「だったら盛り上がっていかないと! ほら、オジサンも行って来たら?」
「俺は俺で後から自分のスタイルで上がる予定ですので」
「ふーん、じゃあいっか」
ようやく席に腰を落ち着けながらも、直後にずいっと身体を前に出して俺の反対側の隣へ呼びかける。
「ねえ、おじいちゃん」
「はい?」
「ショップで聞いたけど、このユニフォームの選手、すっごい褒めてたよ」
「!」
ぐりっと背を向けて見せてくれた応援用ユニフォームの背番号の上には先程から話に出ている選手の名前が。
「きっと将来チームを背負ってくれるって」
「……そうですか」
緊張していた面持ちが球場入りして一番というくらい緩む。
うむ、最初からファインプレーだ。今度あずきバーを奢ってあげないと。
「で、オジサン」
「ええ」
「よくルールわかんないんだけど、一応勝ってるってコトで良いんだよね?」
「ですよ、軽くピンチですが」
いつものスピードから二割増し程度で飛ばして到着したゲームのスコアボードは1‐0の息詰まる投手戦が五回の表。
ただ、予告先発していたベテランの球威が目に見えて落ち始め連打を浴びツーアウトながらも一塁三塁の緊迫した場面、というところだった。
マウンドにコーチとキャッチャーが行き、監督がベンチから球審に……投手交代か。
故障者が多くてかなり苦しい投手事情で一軍と二軍のライン上に居た若手もかなり使われているとのことだったが……。
「!」
老先生の顔が緊張に強張る。
場内アナウンスでコールされた名前はワンコちゃんの羽織っているユニフォームと同じ、だった。
「そういえば、征司さん」
「はい」
投手交代のため一旦試合が止まり、夏休み期間とはいえ平日の昼までややまばらな観客たちの中には今のうちにと売店や手洗いに急ぐ……そんな合間に話し掛けられる。
「ちづちゃん、あと二時間ほどもすればこちらの方に寄れるそうです」
「それは助かります」
まあ、水音さんが呼べば日本の端からでも駆け付けそうだけれど……今日はそれを有難く思っておこう。
「何かこの後急な予定でも?」
「いえ、そんな大事ではないんですが……以前からやってみたかったことがありまして」
「?」
不思議そうな顔の前でタブレットを取り出し勤怠管理のアプリを立ち上げて今この時間から退勤扱いにしてもらう。
「どうされたんですか?」
「きちんとやることはやりますので、ご容赦ください」
まだクエスチョンマークになっている水音さんに一言謝ってから、さっきから気になっていて丁度下の方から上がって来ていたお嬢さんに声を掛ける。
「すみません、こちらもお願いします」
「はい、ただいま……ってアレ?」
「あ!」
「わぉ!」
三人と一人がその場で固まる。
この近くを担当している売り子さんは目立つ金髪をしているな、と思っていたら。
「セージに水音ちゃんじゃない! 杏ちゃんまで」
「レオこそ何してんのさ!?」
「いやー、お給料良いしお酒の仕事だしで、ね……あくまでサブのアルバイトだからそこまでガチガチに入れられないのが悩みなんだけど」
十数キロはあると聞くタンクを背負っているとは思えない軽やかな動きでこちらまで来たかと思えば慣れた手つきでビールを注いでいる……こちらからは何にも言ってないのにラージサイズのカップに。
「ホントはそんな勤務形態あんまりよくないみたいけど、ほら、あたし売れちゃうし?」
「ま、わかりますけどね」
そしてウィンクしながらそのカップをその気になれば細長い腕を伸ばせるだろうにわざとらしく水音さんに渡す。
泡立つカップをおっかなびっくりで手渡してくれる仕草は確かに味を引き立ててくれる気もするが……一旦口は付けずに席のホルダーに差し込む。
「ああ、レオさん」
「ん?」
「もう一杯、同じのを」
「あ、そういうことね」
ちらりと水音さん側でない俺の隣の席を見て、諸々を察してくれたらしい……シスター姿で懺悔を聞くこともあるらしいし、何より頭の回転は速い人だ。
「水音ちゃん、お仕事頑張ってるんだ」
「あれ? 俺もですが?」
「趣味に走り始めてる癖に?」
「ねー?」
またもや水音さん経由で渡されるカップを受け取りつつ、もう片方の手で財布を伸ばして電子マネーで支払う。
「また回ってくるから、レオちゃんの過去最高更新に協力してよね?」
「検討しておきますよ」
「何だったら、タンクごとお買い上げでもいいからねー」
そう言ってから通路の反対から掛けられた声に「すぐに補充して新鮮なのご用意しますね」と応じて階段を駆け上がっていく……まあ、売れてしまうのは本当にわかる。
それはそうとして。
「水音さん、杏さん……ソフトドリンクの売り子さんが来たら遠慮なく行って下さいね、二人分」
「え? いいの?」
「あの、征司さん」
「これは俺が後ろめたさ無しに心置きなく楽しむためなので頼んでもらわないと困りますよ」
遠慮が勝ちそうな子の反論を封じてから、逆隣の席のホルダーに泡を立てるカップを差しつつ話し掛ける。
「前々からスポーツの会場でビールを楽しむのをしたいな、と思っていたんですよ」
「……ですが」
「形だけでも有難いので、よかったらお付き合いのほど、よろしくお願いしますよ」
改めて自分のカップを持ち上げてから軽くもう一つのに軽く接触させてからグイっと傾ける。
味のことを言えばきちんとしたところで飲む方が鮮度も冷え方も上だろうが……場の雰囲気と昼間からという背徳といった別の要素が引き立ててくれてこれはこれで格別に美味い。
「さ、ちょうど試合再開ですね」




