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79.プラスチックカップとビール③

「おや」

「どうも」

「ちょうどいいタイミングで来たね」

 昼食を済ませてから満席まではいかない喫茶店でもう一息休んで。

 病棟におばあちゃんたちに見つからぬようこっそり戻れば階段の踊り場付近で例の看護師さんから声を掛けられる。

 ほんのり電子タバコの香りがするのは気のせいではないのだろうし、それがとても合ってもいる。

「葛西さんなら今日も決心つかずに帰ってきて屋上で黄昏てるハズだよ」

「……そうですか」

 よくはわからないが、踏ん切りがつきにくいことがあるので未だここに居るということか。

「屋上の鍵は開けといたから、ヨロシク」

「了解しました」

 じゃあね、と入れ違いに階段を下っていきながら。

「オジサン、良い趣味してるじゃん?」

「……違いますが」

 軽く頭を下げた水音さんたちをチラッと見て呟いた一言には一応の否定を入れておく。

「助手さんたちに好みの格好させているんじゃないの?」

「メインはこちらで自分はあくまで護衛です」

「ふーん」

 一旦足を止め、髪をかき上げながら三人を順番に見てから。

「ま、いいけど……お嬢ちゃんたち、昼前はおばあちゃんたちの相手ありがとね」

「あ、はい」

「……流石にちょっと疲れたけど」

「でも、いつもよりお昼を食べ切れない人が少なかったのはホントだから」

 それは何よりだ。

 栄養を取らないことには何もできないから、と軽く腹のあたりを触る。

 こちらはナポリタンとサンドイッチで満タンまではいかないが充分だった。




「わ……」

「眩しっ」

 そこまでは大きくないものの入院設備のある五階建ての建物の屋上。

 景観はそこそこだが遮るものが少ないため真夏の日差しの直撃を受けることになる……女の子たちのために日傘でも準備しておけばよかっただろうか?

 まあ、本人は勿論、銀子さんや栗毛ちゃんが厳重にケアさせているだろうから短時間なら問題ないだろうが。

「あの方、ですよね」

「恐らくは」

 そんな本来は無人であろう屋上で柵に両肘をついて黄昏ている目を凝らせば向こうが透けるほどの存在感の姿。

 看護師さんはおじさんと言っていたが、こちらの感想としてはややおじいさん寄りになる姿。多分普段接している年齢層で判定が分かれているのだろう……だから、やや早くに亡くなられた感じか?

 まず間違いはないだろうから、どうします? と隣を伺えば一つ頷いて水音さんが前に出る。

 傍から見れば単に困っているおじいさんで、話し掛け易そうな雰囲気でもあるので一旦お任せすることにした。

「あの、すみません」

「!?」

「何か、お困りごとですか?」

 思い切り驚いた顔が、更に話しかけられて周囲を確認している……いえ、他に誰もいませんよ。

「私が、見えるんですか?」

「はい、こちらの二人も」

 水音さんに言われておじいさんの視線がこちらに来たので軽く会釈する、ワンコちゃんは元気に片手を上げた。

「その、こちらの院長さんのご依頼で」

「ははは……ご迷惑をかけていますよね」

「いえ、協力できることがあれば、ということを承っています」

 優しい話し方だな、後は向こうに厄介がなければもう今日は見守るのみか……。

「とは言ってもこんなお嬢さんにまでご厄介を掛けるというのは……何とか頑張って」

 二割程度だった透明感が五割ほどに増し……いや、この場合は減っているが正しいのか?

 ともあれそういう状態にはなったもの、の。

「……はぁ」

 暫くして元の状態に戻る。

「頑張ってもどうしようもないので困っていらっしゃるのではないんですか?」

「いや、でも、若い人の手を煩わさせるのは申し訳なくって」

「頼まれてやっていますので、ご遠慮は不要です」

「はぁ……我ながら情けない」

「そんなことはないんです」

 所謂除霊という単語からは連想も付かない会話は妙な譲り合いになりかけている。

 水音さんは勿論、相手も人が良さそうだからな……ここは少しだけ口を挟もうか。

「病院の方から報酬は頂いてしまっていますので」

「あ……」

「仕事をさせて貰っても?」




「退職後割とすぐに病気が発覚してしまってそれが原因でこうなった時は、子供たちも独立しているし妻はしっかり者なので先に待っていれば、くらいに思っていたんだけれど」

「はい」

 暫くして屋上の片隅で簡単な身の上話が始まっていた。

「一つ、約束事を忘れていたことを思い出したんです」

「それは?」

「昔、高校で教師をしていましてね」

「先生だったんですね」

 穏やかに優しい聞き上手に徹している水音さんに比べ、教師と聞いた途端に半歩下がったワンコちゃんよ。

「定年直前の頃担任をしていたクラスに、野球部でとても実力のある子がいて、甲子園にはあと一歩で惜しくも出られなかったもののプロからも声が掛かったんですよ」

「それはすごい」

 横から素直にそんな言葉が出てしまう……そしてこの人の話の流れから言うと同年代くらいか? 休日何となく見ていた野球中継にも出場していたかもしれない。

「その子が卒業式の日に『一軍に上がれたら先生も観に来てくれよ!』と言ってくれて、なんとか向こうは約束を果たしてくれたんですが……」

 まあ、病気というのは突然だから仕方はないか。

 でも。

 その老先生がそれを果たせないわけではないと思う……水音さんは黙ってしまった先生を少々慮っている模様なので、代わりに続きを聞いてみる。

「その相手には伝わらなくとも、果たすことは出来るのでは?」

「それは、そうなんですが……交友スペースや待合室でスポーツニュースや新聞を覗くと彼は一軍と二軍を行き来しているような状況で」

「……まあ、厳しい世界ですしね」

 こちらとは少々毛色の違う実力主義の世界、違った大変さはあるだろう。

 こっちはこっちで実力に応じたところを現役である限りは宛がわれ続けるという辛さもあるけれど。

「でも、それが何か関係が?」

 いまいちピンとこない感じの女子二人からこっちに話のお鉢が自然と回ってくる。

「彼の補習なんかも担当したのもあって、昔から何度か応援に行っていたんですが」

「ええ」

 見た目通りの良い先生じゃん。

「私が行くと必ずホームランを浴びてしまうジンクスがあって……どうしてもそんな大変な時に見に行けば成績に響かないかとどうしても球場の目の前まで行っても決心がつかず」

「……」

「今日も所属球団の試合があって行こうとしたのですが、お恥ずかしながら」

「なるほど……一応、その彼の名前を伺っても?」

 ちょっと失礼、とスマホを出して調べれば丁度試合が始まった頃合いで……ここ最近の試合傾向を見れば主に終盤での中継ぎ起用か。

 それでもって今日のそのチームの予告先発はスタミナにやや不安の出始めたベテランなので……今日見に行こうか迷ったのも確度の高い予想なのだろう。

 五分ほどで納得してもらえればそこから車で充分に間に合うな。

 さて、後はどうやって説き伏せるか、だが。

「ね、オジサン」

「はい」

「今から見に行く感じ? 杏、プロ野球直接見るの初めてなんだけど」

 二の腕を叩かれれば、軽く目を輝かせてもうテンション上げ始めている感じか?

「勝手に決めるわけには……」

「でも、おじいちゃんおススメのすっごいピッチャーなんでしょ? せっかくだし杏たちも応援とかもしてみたいじゃない?」

 お。

「そうですね、お話を聞かせて頂いたのもいいご縁がある証拠ですから、きっと今日行くと善いことが起きるかもしれません」

「いや……しかし」

 孫まで行かなくとも親戚の子ぐらいの女の子の説得に若干揺れ始めた模様。

 後は何か……もう一押し二押し、と探したところ昨日立花さんから渡されていた封筒を思い出して、もしやと中身を取り出す。

「……」

 預言者かよ? まあ、占い師さんではあるか。

「まあ、取り急ぎ球場に向かいましょうか」

「うん、そうしよう!」

「征司さん……その、あまり強引には」

「でも、こんなものが出て来てしまったんですよ、バッチリ人数分」

 中に入っていた四枚のチケットを扇状に広げて見せる。

 水音さんもびっくりしているが、それ以上に唖然としている老先生に声を掛けてみる。

「ちなみにですが」

「はい」

「その彼の試合には何度かとおっしゃいましたが……何回くらい応援に」

「少なくとも六回ほど」

 つまり少なくとも六本は浴びた計算か。

「ホームランのジンクスは、気付いていますよね、彼も」

「……他の生徒にもネタにされたくらいなので、確実に」

「なら、やはり行くべきですよ、応援に」

 え? という顔に代弁させてもらう。

「一発二発浴びること何かよりも観に来てほしくて、言ったんじゃないんですか? きっと」

「!」

 その顔を見て確信を持って二人を促す。

「では行きますか……少し飛ばした方が良さそうだ」

「おー、いいねー♪」

「征司さんまで、何だか楽しそうです」

「まあ、良い機会なので、以前からやってみたかったこともありましたし」

「?」

 階段を駐車場まで下りながら。

「そういえば、今日は鳴瀬さんは外せない習い事でしたか?」

「え? あ、はいそうです……もう一時間ほどで終わる筈なんですけれど」

「じゃあ、水音さん経由で一つお願いしたいことが」





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