78.プラスチックカップとビール②
「ちょっとだけ、疲れました」
「大変でしたね」
一時間半ばかりおばあちゃんたちの荒波に揉まれた水音さんたちを流石にここで限界かと割って入り二〇分ほどかけて救出し病院の向かいにある喫茶店に逃げ込んだ。
レトロに整えられている店内に清楚な服装のお嬢さんは誂えたようによく似合う。
「いやー、すごかったね」
たはは、と笑うワンコちゃんにも珍しく疲労の色が見える。
色々な物を贈られ握手されといった状況が続き、本来の目的である妙な泣き声の話を聞こうとしてもいつの間にかあちらの身の上話にすり替えられ、二人を剥がそうとした際には俺なんぞ鬼か悪魔のように扱われた。
「言ってはアレですが」
「?」
「あのおばあさんたち、入院の必要ないのでは?」
「ねー」
「あ、あはは……」
うんうん、と頷いたワンコちゃんを普段なら窘めそうなものだが……当事者の一人としてはちょっと思ったのだろう。
「でも、お話殆ど聞けませんでしたね」
「あ、そうだった」
忘れてた! と正直な顔に、まあそうだろうなと思いながら告げる。
「いえ、何となく概要は把握しました」
「「え?」」
「男性の方でこの時間帯は席を外されている模様です」
「「?」」
まあそういう顔になるよね。
「んーと、オジサン壁際でテレビ見てただけだと思ってたけどやることやってくれてた感じ?」
「有力な情報は頂きました」
おおー、という顔で二人に見られてしまい、流石に良心が咎め正直に言う。
「いえ、看護師の方に教えて頂いたんですが」
「ってコトはその人見えるのかな?」
「恐らくは。ただまあ、一人だけそうでは相談できる先とかもないでしょうからそのままだったんでしょうね」
話が噛み合わないことにはどうしようもないのはこちらも経験がある。
そしてそのうちまあそういうものだから、と気にも留めない感じになっていく。
「昼過ぎにもう一度尋ねれば引き合わせて頂けるそうなので」
テーブルの端にあるメニューを引き寄せて向かいに座る二人に向けて広げる。
「とりあえず、何か頼みますか」
「……正直なところ」
「お腹七割だけど」
あれだけ飲み物とか渡されたら、ねぇ?
問題の無さそうな駄菓子や果物の類は纏めて車内に置いてきて、そうでないものは最後に僭越ながら俺が一気に平らげていた。
一部を除いたおばあさん方からは拍手を頂いて更に追加されそうになってしまったけれど。
「時間もまだまだあるので、まずゆっくりと飲み物でも飲んで……後で軽く軽食にしましょう」
「オジサン……それで軽食?」
「ですが?」
「征司さんもそれなりに食べていらっしゃったような」
「それなり、ですよ」
二杯目のアイスコーヒーと共に目の前に置かれたナポリタンに二人が改めて驚いた顔をする。
でも、こんなレトロな喫茶店でおすすめメニューに書かれているナポリタンなんて絶対美味いに決まっているから外せない。
なお、二人の前にはサンドイッチのプレートが置かれていて。
「杏はどれ食べる?」
「タマゴは一つ欲しいかも」
「私はトマトのを」
二人で順番に決めている……うん、癒される光景だ。
そうしていくうちに。
「杏は、これでいいかも」
「うん、私も……」
チョイスの手順の譲り合いになり……水音さんの視線がこちらに向けられる。
「あの、征司さん」
「無理なようでしたら、俺が責任持ちますよ」
その展開は注文する前から見えていたので頷く。
「入っちゃうんですか?」
「だから今、軽食にしていたでしょう?」
「「……」」
熱々のプレートを指差せば二人して呆気にとられた顔、の後。
「でも確かにいつもおばあちゃんのご飯すっごい食べてるし」
「うらやましいです……」
「この体付きですからね」
まあ、多分だけど二人の体重足したより重い筈だから、サンドイッチの三切れくらいは入ってしまう感じで。
後はデザートもイケる気はするんだが、自重しておこう。
そんなことを考えていると、サンドイッチに伸ばそうとしていた手を止めて水音さんが尋ねてくる。
「あの、征司さん」
「どうしました?」
「苦手な具とかは無いですか?」
配慮してくれる隣からは玉子サンドを口にしているワンコちゃんの「オジサンにそんなのあるわけないじゃん」という視線がくる……どちらが正解かと言われると後者なんだけど、お気遣い自体は有難い。
「大丈夫、どれでも美味しく食べれますよ」
「そうですか……」
ホッとした顔をしながらトマトのサンドイッチを両手で持って一口食べた後、何かを思い付いた顔をして慌てて(彼女比)咀嚼を始める。
こちらもナポリタンを一巻きして、ケチャップの甘い味に混じるピーマンの苦みを楽しんだ後、余裕を持って口を空にして待ち構える。
「あ、あの、征司さん」
「はい」
「ちなみに、お好きな具は何ですか?」
「ふむ……」
割と一般的な物なら全種類好きだけれど何かを選べと言われパッと思い浮かぶのはボリューミーにカツサンドとかかな? 肉厚でタレの味が濃い……。
そんなことを二口目のナポリタンをフォークで巻きながら考えたところで、ふと思い至る。
過剰な考えかもしれないが……もしかして、ということもあり得るのでは?
だとすればこの前肉じゃがで指に絆創膏をしていたビギナーに揚げ物は……いや、カツを買ってくるという手もあるが? いや、しかし。
「やっぱり、基本の玉子ですかね……粗めの食感の奴が好きです」
「そうなんですね」
返答に応じてくれた表情に……あ、これは機会があるかも、と予感する。
「他に二、三点あったりしますか?」
「……」
いや、もう確度がかなり高い、気がする。
「征司さん?」
「いえ、難しい問題だな、と」
「そうなんですか?」
「そりゃあ、ツナとかベーコンレタスも好きですし、スモークサーモンとかローストビーフなんかも合いますよね」
「そ、そんなにいろいろ」
さすがに後半のは買ってくるだろうと計算(?)しながら挙げてみる。
それを頑張って記憶しようとしている水音さんの隣から何やら期待するようなアイコンタクトが送られてくるので……。
「あと、小倉クリームとかの甘い系でも」
「な、なるほど」
ポテトサラダのをもぐもぐしながら「バッチリだよ!」とばかりにワンコちゃんがウィンクを……つまり、ワンコちゃんの方も得があると、水音さんが挑戦すると踏んでの誘導なんだよな?
ちょっと想像したが横から摘まみ食いして窘められる姿の似合うこと。
それと、生クリームと混ぜちゃうのもオッケーなんだな、邪道だと怒られなくて良かった。
それならそれで、おっさんには可愛すぎるがフルーツサンドも美味しいよな、甘さ控えめのクリームで……と想像の裾野を思う存分広げたところで。
「真澄お姉ちゃんが好きなんです、サンドイッチ」
「……そう、なんですか」
屋根に上った瞬間、はしごを外されたような感覚。
調子に乗り過ぎました、ごめんなさい……数分前の浮ついていた自分を力いっぱいぶん殴りたくなる。
いや、むしろどっかの穴に入るのでそのまましばらく放って置いてほしくなる気分。
「昔から本を読みながら食べられるからって……それでお母さんや清霞お姉ちゃんに呆れられてました」
「なるほど」
「今もお仕事の合間にそんなことをしているみたいで、だったら今度差し入れしてみようかな、って……勿論、他のお姉ちゃんたちにも」
「……良いと思いますよ」
そうか、お姉さんたちにか、そうだよね……。
洋服姿の水音さんがバスケットを持っていたらとても似合うとか思ってしまったんだ……おっさんの勝手な妄想でごめんなさい。
「でも、こんな季節なのでお弁当にするなら保存には気を使ってあげた方がよさそうですね」
「あ! 確かにそうですね、ありがとうございます」
痛む胸をエアで押さえながら、先日訪問した技術部の惨状を脳内に掘り起こしつつそんなことを言って自分を誤魔化す。
……食べたかったのか、俺。
まあ、そうかそうじゃないかで言えばかなり食べたかったな。
「サーモンにビーフですか、美味しそうですし、お野菜も入れればバランスも良さそう」
「……」
「頑張ってみますね」
最近増えた前向きな笑顔はやはり良いものだな、と思いつつエールを送る。
そうしながらもあんな風にこちらの好みもきちんと聞いてくれたならおまけのついでに、とかは考えてしまう。
まあ、そのくらいの役得は、あっても良いよな……?




