75.根菜料理
「初めて下りますね」
「俺もですよ」
普段転移に使う地下の大部屋があるフロアの更に一つ下の階でエレベーターを下りる。
ここの階は技術部の使用するフロアになっていて、何故地下なのかと言えば昔自社ビルを建て替える前は上だったらしいが隣のビルまで延焼するような派手な爆発を起こしたために地下に「封印」されたとの噂がまことしやかに囁かれている。
「……厳重っすね」
「ねー」
地上階も万一に備えてか標準よりかなり分厚い防火扉などを備えているが、この階はさらに厳重で更に二重の結解までもガッチリと張られている。
以前親父殿が酒飲みながら面白そうに語っていた事件は本当臭いな、これは。
更に下は危険物の保管庫となっているのでその蓋の意味もあるだろうが。
「さて、水音さんの三番目のお姉さんは」
「二班です」
技術部と言っても扱うことは広範なので横で連携しながらも専門は三つの班に分かれている。
一が術式、二が生物学、三が後発で機械やアプリの開発だったか。
水音さんが先頭に立って二班の札が掛かっているドアをノックする……そのドアに別の御札が何枚も張られているのはもう突っ込んじゃいけないな、うん。
「失礼します、八番隊ですが依頼のあった資料をお持ちしました」
資料というか、今日討伐した魔物の一部をチャック式の袋に採取してきたものになるが。
そんな水音さんの丁寧な呼びかけに間を置いてから中でずったんばったんと音がし始め……。
「やっぱヤダ、ムリ」
「……観念なされよ」
何やらそんな声が聞こえた後、やっとドアが内から開かれ。
「……お待たせ致した」
「あっれ?」
「おや?」
何度か顔を見たというか……痛飲したこともある二番隊のスキンヘッドさんこと助さんが顔を見せた。
「ええと、渋谷さん」
「お久しぶりです、水音殿」
「はい……あの、えっと」
「真澄殿ならあちらに」
二番隊の中では控えめながらも大きな身体を避けてくれ、皆で中を覗くと。
「ヤダ、離せ~」
「……いい加減腹を決められた方が良いかと」
助さんの使役する鬼にガッチリと極められ項垂れるミニボブ頭の女性の姿があった。
「……『良い機会だから水音に頼み事をして顔を見ようとするのでしょうけれど』『真澄のことだから直前でヘタレて逃げようとするから首根っこ捕まえてやって来てよ』……との清霞殿と流歌殿の依頼でこの次第と相成りました」
「なるほど」
助さんの説明に全員で頷く、これだけでこの三女さんの性格と姉妹間での扱いがわかるな。
しかし、いざ口を開けば声真似が異様に上手いな、この人。
「では、自分はこの辺りで」
鬼の使役術に通じている関係で一班にも籍があるという助さんが拘束を解いて部屋の奥へと去っていく、術者の人は研究者と兼任して前線引退後はそちらに進むこともあるらしい。
同じ技術部だし部屋は多分奥で繋がっているんだな、と思いながら改めて狭いながらも応接スペースと思しきテーブルを挟んだソファーに腰かける二人に視線を戻す。
「えーっと、水音、ひさし……ぶり」
「はい、真澄お姉ちゃん」
普段ならどちらかというと控えめで遠慮がちな水音さんだが逆転しているのが興味深い。
多分だがお姉さんたち及び助さん経由でこの人の本心が伝わっているのも大きいだろうけれど。
「元気だった? 隊長は大変だよね? 怪我はしてない?」
「うん、大丈夫。みんな頼りになるいい人たちだから」
「その……」
「……」
「ごめんね、あんまり顔を見せに行かなくて」
力の行使が上手くいかないこととそれがやや異質だったこともあり家族の間で距離を置いていた、とのことだったな。
「ううん、大丈夫……お姉ちゃんに嫌われてるわけじゃないのはわかっていたから」
「うん……その、でも、ごめん」
深々と、テーブルに付かんばかりに。
「流歌ちゃんから隊長と副班長なんだからそれを盾にコンタクトしちゃえって言われてたんだけど、勇気が出なくて」
「その気持ちも、わかるから、だからお姉ちゃん」
そっと水音さんが手を伸ばして白衣から出ているお姉さんの指先を握る。
「これからは、今までの分、仲よくしよう?」
「うん、する……」
良かった良かった、とおっさん臭いのはもう諦めた上で内心頷く。
同じ感じに腕組みしてうんうんと頷いているワンコちゃんと……栗毛ちゃんは例によって思うところはあるんだろうが水音さんがそう言ったからには異論は唱えない様子。
レオさんも詳細は知らないだろうがシスターモードの時は懺悔を受け止める役割だろうし、そもそも察しも良いので「よかったね」と言う顔をしている。
で、さっきもやらかしてくれた虎の方は……また余計なことを言うなら手に持っている袋を突っ込んででも止めなければ、と横を見れば。
「隊長のお姉さん、シャイなんすね」
等と暢気に口にしていた……ある意味当たりというか此奴らしいというか。
ともあれこっそり胸を撫で下ろすのだった。
「えっと、それで皆さんが八番隊の?」
「うん」
「っす!」
家族のことになると嬉しそうと寂しそうが同居した顔をした水音さんが俺たちの方を前者の顔で見る。
続いて堂々と胸を張る虎をジト目で見ながら栗毛ちゃんがこっそり溜息を吐いている……うん、どちらかと言うとそちらと同じ気持ち。
「水音の姉で技術部二班で副班長をしている瀬織真澄、と言います……よろしく」
さっき一瞬とはいえ虎がデカい声を出した後だと更に小さく聞こえる声で白衣に紺色のフレームの眼鏡をした顔を下げる。
「まっすー、久しぶり」
「……ご無沙汰しています」
「うん」
当然ながら既知の二人とはそんな感じで。
「大河将虎っす! タイガーって呼んで欲しいっす」
「レオカディア・ゲレーロです……お姉さん、お酒はイケる感じですか?」
「え、ええ……?」
虎はまたそれなのな、で……レオさんは半分ジョーク、かな?
「と、年下の男の子にいきなりそれは難しい……あと、アルコールは苦手。消毒液の匂いは好きだけど」
律儀に返すあたり真面目だな、この人。
「向田征司です、よろしくお願いします」
「ああ……ご本人には初めまして」
「え?」
独特なお返事に思わず首を捻る。
「ええと、その、この前ぶっとい蠍の針と一緒に血液が回収されてきたからその時に」
「ああ……」
「準備した解毒薬がきちんと複数の毒素にも効果があるのが確かめられて有意義だった、ありがと」
指先で丸を作りながら見上げられる。
「こちらこそ助かりましたので、ありがとうございます」
「今度は止血成分も混ぜた新薬を準備したのでどうぞご贔屓に」
「は、はい……」
何というか研究肌なのだな、とその内容になった途端ややしっかりとしたものになった話し方に苦笑いしながら頷く。
頷きながら水音さんがまた気にしてなければいいな、と盗み見れば役に立っては困るような、でもいざに備える必要は……と考えてそうな顔だった。
「あ、あと」
「?」
「ちょっとコレステロール値高かったから食生活は少し見直した方がいいと思う、余計なお世話かもしれないけど」
「……気を付けます」
その言葉に他全員から「言われてるよ」と言った顔で見られる。
「でも、セージは食いしん坊だからねー」
「レオさんこそ血液検査一緒に受けません?」
「ざんねーん、あたしはちゃんとこっち以外でも運動しているから健康値よ」
裏切者! と内心思っていると今度は虎に絡まれる。
「ホント、おっちゃんそのうち空腹のあまりその場で倒したの料理しそうで怖いんすよね」
「するか! 流石に」
「もしやってしまったらすぐにここに運んできて、食べたものも一緒に」
「了解っす!」
ってそっちがそこに食い付くのかよ! 真っ直ぐ澄んだ瞳だな!!
「向田のお兄さん」
「……はい」
「きちんと治療はするので、治験データ取りには協力して欲しい」
「絶っ対にしませんが、何か別の要因でお世話になった時は了解です」
「あ、今更だけどお客様立たせておいてゴメンね、椅子足りてないし」
一頻り周囲が笑った後で、大分砕けた雰囲気になって真澄さんが言う。
「ううん、大丈夫だよ」
「そうそう何とかなります」
「わ……」
水音さんが座っていた三人掛けに女子三人が殺到する……栗毛ちゃんも無言でお姉さまの隣キープするのね、本当うちの女子たちは仲が良い。
で、応接セットは一般的な物らしく三人掛けが一脚に一人用が二つ。
「野郎は立ってることにするか」
「っすね」
「……そこにそんな筋骨隆々な二人が立っていると圧が凄いので座って欲しい」
野郎二人でみっちり座るのは勘弁なのでそう提案するも予想外の方から却下される。
「じゃ、トレーニングがてら空気椅子で」
「それだと猶更落ち着かんから止めろ」
そんなことを言っていると、奥の方から一匹の小鬼がパイプ椅子を持ってきてくれる。
「あ、丁寧にどもっす」
「……」
虎がしっかり頭を下げると鬼も応じてまた奥に下がっていく。
「あとは、お茶かコーヒー……」
近くの棚をガサゴソとし始めるが、空か飲むのは遠慮したくなる色をした中身の瓶しか出てこない模様。
「あった! ……期限去年だ」
「「「「……」」」」
全員で顔を見合わせ、これはエントランスまで二人ほど行った方が良さそうだと腰を浮かせようとしたところで。
「あら、ありがとね」
三匹に増えた小鬼が湯呑やポット、お茶菓子を盆に乗せてやって来る。
「一班は仕舞うものが紙中心だから綺麗だしスペースあるし」
「そんだけかな」
呟くように言い訳した真澄さんにワンコちゃんが的確にコメントする。
ともあれ無事体裁が整ったので緑茶を皆で頂く。
アソートタイプの茶菓子のミニ最中は結構美味しかった、量が少なかったけれど。
「じゃあ、お茶ご馳走様でした」
「ちょっと複雑だけど……一応どういたしまして」
その後。
そもそもこちらに連絡があった理由のアルラウネとマンドラゴラが絡み合ってしまった状態の魔物のサンプルを研究用の冷蔵庫に入れて技術部のフロアを辞することになる。
「あのね、水音」
「はい」
「また珍しいのが居たらサンプルを持ってきてほしいって言っても、大丈夫かな?」
「うん」
嬉しそうな返事にレオさんと顔を見合わせて頷き合う。
「あと、それと」
「?」
「今度はちゃんとお菓子とか水音の好きなの準備しておくから、遊びに来て欲しい、な」
「もちろん!」
「!」
一瞬だけだけど軽く抱擁した姉妹に満足感はさらに補強された。
そして。
「沖縄料理にするか……」
そんなことを呟いて片づけを終えて階段を下りていくと一階のフロアで所在無げに立っていた栗毛色のボブの後姿が目に入った。
今日初顔合わせだった人と口で言うと近い髪形だが、ボリュームの方は今目の前に居る方が大きい。
「鳴瀬さん?」
「おじさま……お姉さまでしたら所用で総務の部屋に行っていますが」
その言に苦笑いが出る。
「別に鳴瀬さんとは水音さんの話題しかしないわけではないでしょう」
「主にそれだとは思います……現におじさまが今も少しご機嫌なのはさっきの出来事があったからでは?」
「否定はしませんが」
最初の話すこともない、といった態度に比べれば雲泥の差だけれどまだ壁はある、な。
「それと、あと」
「?」
「会社のネットワーク上であの根っこのことを聞いたのもわざとでしょう?」
肩を竦めることで返事にする。
珍種の薬草の更に変異みたいなのだ、絶対に釣れると思っていた。
「良いことには間違いないでしょう?」
「それは確かに……でも、もう一人の方はおじさまがどれだけ頑張られてもどうしようもないですよ?」
「え?」
もう一人っていうのはまだ抜けている四女さんのことだろうか?
確かにその方だけどこの部署にも名前がないのだが。
「それに、最後にはあのお方が居ます」
「む……」
それは簡単に思い至った。
「お姉さまに対して心を閉じてしまった瀬織のご当主が」
「……」
「出来る物でしたら、頑張って、くださいね」
「応援して下さるので?」
「以前に言った通り、お姉さまが笑顔になることが一番大切なので……立場の弱い小娘より身軽な人に期待は少ししてしまいます」
複雑そうな表情の中で一番強いのは諦観、だろうか?
「確かに」
「?」
「水音さんには笑顔の方が似合いますからね」
「でしょう?」
「ただ、それは身近な人全てに適用するつもりなんですが」
「それは都合が良すぎるかと」
「良いんですよ、丸く収まるならそれに越したことはないんで」
ひらひらと手を振って見せると溜息を一つ吐かれる。
「大人の人というのはもう少し取捨選択が出来る落ち着いた人だと思っていました」
「残念ながらそんなことを決めつけるのは個人的には若い意見で、俺にとってはもう済ませた話なんですよ」
「……?」
訝し気に見上げられたところで。
「あ、征司さんにちづちゃん」
ワンコちゃんと話していた立花さんに軽く手を振ってから水音さんがくっ付かれつつ近付いてくる。
幸福そうな笑顔の余韻が残っていた。
「何のお話、してたの?」
「おじさまが今日何を食べられるか、ですね」
わぁ、切り替えの早いこと。
「杏知ってるよ? 根菜でしょ?」
「よくわかりましたね、人参しりしり食べたい気分です」
後はゴーヤチャンプルーとソーキそばかな?




