73.根深い問題(前編)
「ブラック……いや、シロップ一つお願いします」
無性にサンドイッチという気分になり昼食に入ったコーヒーショップでセットにする飲み物を寸前で変更する。
今日は身軽な行動をしている日なので見栄を張らず少し甘めでもいいかな、そんな気分だった。
なので。
「レモンケーキもお勧めしておりますが」
「じゃあ、それも付けてください」
いい笑顔でお勧めしてくれたお姉さんの術中にまあいいか、と飛び込んだ。
商売がお上手ね。
夕食はよくやらかすが昼から想定外に食べてしまったので意識して階段を使い気持ち早歩きでAIが指定したルートを見回っていく。
そういうオカルトな噂と最近誰も回っていない場所を上手く篩にかけて割り当ててくれるらしい。
仕組みはそういうものか、で深くは理解していないが効率的に回れるならそれに越したことはないよね、というスタンス……そこまでデジタルツールは強くない。
時々レオさんが弄っているところを見るが指の速さが全然違って呆気に取られている。
それはそうと川の方向に歩いていくと妙な気配を感じる、河川敷……がかなり広くなっているところに、Dくらいか?
変に刺激をしないように、と遠巻きに探っていくうちに鮮やかながらも毒々しい花冠と人の形を取ってはいるものの明らかに人間では在り得ない色合いの姿を見出したが。
「げっ……」
動き出すタイプかそれとも根を張っているか、を確かめようと視線を下に移動したところ思わずそんな声が出た。
「今回はアルラウネになります」
二時間後の第三会議室。
レオさんがお土産に買ってきてくれたクッキーと本日三杯目のコーヒーをお供に事前の打ち合わせに望む。
「花の化け物、でよかったっすよね」
「だよね」
結構大振りだったクッキーをもぐもぐと頬張りながら虎とワンコちゃんが頷き合っている。
最近この二人が実年齢より大分下に見えるのは気のせいだろうか……いや、今回は木の精でなく花の方だが。
「まあ、これ自体は魅惑にかからなければ後は蔓に注意して、というところ」
「では、おじさまと大河さん要注意ですね」
「……と言いたかったんですがね」
優雅に水音さんと半分に分けたクッキーを食べていた栗毛ちゃんが形のいい眉をひそめる。
それはそうとして、この二人が持っていると同じクッキーがかなり大きく見えてしまうな。
「ここ、見てください」
「ん?」
「何でしょう?」
「あっれー?」
タブレットの画像を拡大して皆に見てもらう。
件の魔物の足元(根本?)に色合いの違う植物が絡み付いている。
「これってまさか……」
「マンドラゴラだと思います」
レオさんに頷いて後を引き取る。
「一応画像共有で別の方たちにもチェックしてもらいましたが、ほぼ間違いないでしょう」
「あっちゃー……」
気付いたワンコちゃんが額を押さえ、それを虎が不思議そうに見る。
「サクッと倒しちゃえばいいんでしょ?」
「あのね、虎ちゃん、マンドラゴラのアレは知ってるよね?」
こちらもすぐに察したレオさんが説明をしてくれる。
「下手に抜いて叫び声聴いたらアウト、っすよね?」
「そんな危険物がアルラウネと絡みついちゃっているのよ」
「あ」
マンドラゴラが大人しく埋まっているだけなら正規の手順で遠くから引っこ抜いて処理をすれば大した問題ではない、が今回は上に物騒なのが存在している。
だからといってアルラウネから倒そうとすれば何かの拍子にマンドラゴラが抜けて危険な叫びを放たれかねない、という寸法。
「一応ノイズキャンセリングと加護で相殺できるはずではあるんですが」
前回怨霊祓いで使ったインカムを摘まみながら。
「実地に試す度胸はないよね」
「ですよ」
魅了ならまだしも即死するとか言われているものに対しては技術部には悪いが心許無いのが本音。
「何でこんなメンドクサイことになっちゃったんだろ」
「ゲームとか小説で怪しい植物と言えばのツートップだから混ざったのかもしれませんね、元々系統は同じですし」
魔力や穢れが具現化するときはそういう人のイメージと結び付くことも多い。
「おじさまの火で二体纏めて、とはいきませんか?」
「生木って案外燃えにくいんですよね」
「雷もこれだけしっかり根を張っていると……」
それから色々皆で考えてみたものの。
「やっぱり、最初に引っこ抜くしかないよね」
「そうですね」
「うんとこしょどっこいしょ」
思わず昔読んだ絵本の一説が口をつくが。
「だめですよ、征司さん」
「はい?」
「それだとなかなか抜けなくて苦労しちゃいます」
「おっとっと」
小さく笑いながらの指摘に確かにそうだとわざとらしく口を押える。
だがしかし、こちらもこの現代社会、人力でやる気は毛頭ない。
「じゃ、一旦自分は帰宅しますので」
「お待たせー!」
先に河川敷に到着して連絡を入れて待機していれば程なく皆の姿が現れる。
転移してくるのを外から見ているのは初めてだが陽炎のように一瞬景色が揺らいだかと思えばもうそこに、という感じだった。
そして。
「ほっほーぅ、これがセージの車ね」
「うおー、マフラーの数ゴッツイっすね」
はじめてお目に掛けるからだろうか、レオさんと虎のチェックが入る。
内心で繰り返すけど趣味の車という訳ではないからね、お付き合いの関係だからね……気に入っているのは否定しないけど。
「じゃあ、レオさん」
「うん」
普段着の細身シルエットのジーンズ姿に戻っているレオさんにキーを渡す。
いつものシスター服の厳重なスカートだと確かに運転はしにくそうだ、それはそれで傍から見たら面白い絵面になっただろうけど。
「おっじゃましまーす」
運転席に収まってから、シート位置を軽く調整しながら顔を上げる。
「セージってばシートほぼ限界まで下げてるじゃん」
「まあ、デカい体の自覚はあります」
「だったね」
可笑しそうに言いながら殆ど角度調整だけで席を前に出さないのはどういうことですか、このモデル体型さんは!
水音さんの小さな「格好いい」の呟きが聞こえるが持ち主より似合っているのが否定できない……この場合、ボディカラーは赤とかが好いんだろうけど。
「これで水音ちゃんたちを連れまわしてブイブイ言わせてるんだね」
「言い方」
必要があったというか、それが一番便がいいからそうしていただけで。
……虎のクラスメイトのそのまた友達まで乗せたこともあるが必要に応じただけだし。
「や、先に皆が乗っちゃってたから嫉妬しただけ」
「済みませんね、機会がなくて……運転席を譲るのは久しぶりですが」
「え? 他に誰が?」
「いえ、購入当初に親父殿や義弟が面白がって、ですよ」
「あー、なるほどね」
車なんて男の良い玩具な側面もあると思う、ましてピカピカの新車なら……金持ちの道楽という面も否定しないけど。
ハンドルを握ってミラーを整えたレオさんがエンジンを試しに入れて軽く吹かす。
「おー、良い音してる♪」
上機嫌な声色に一抹の不穏を感じて尋ねておく。
「一つ尋ねておきますがハンドル握ると気分が高揚するとかなんとかは……?」
「え? ダイジョーブ、この前の旅行も友達のレトロ~な車の運転代わったりしたけどちゃんと行って来たんだから」
「……なら良いんですが」
それでもまだ不安が拭い切れないところに。
「ね、セージ」
「はい」
「ちょっぴり凹んだりしても許してね?」
「……まあ、こういう事態ですから」
本当は免許も持っているから重機か何かを借りてきたかったが急な話なので仕方がない。
業務なのだから板金代くらいは出るだろうし、これを口実にタイヤを新しいのに替えたい目論見も無いとは言わない。
「じゃ、待機してまーす」
とヘッドセットを付けたレオさんと愛車を人払いの術で無人化した堤防上の道に残し、耐荷重がトン単位の合成繊維ロープを引っ張りながら下に下りる。
腰に今回は切断重視で持ってきている打刀を確認しながら。
「皆さん、一応刃物は持っていますよね?」
「はい」
「ええ」
巫女装束の三人は元々腰に短いながらも護身刀を佩いているし、虎はそもそも大太刀……。
「オッケーっすよ?」
「お?」
虎の刺繍を捲ったところに一本ナイフが鞘の状態でベルトに挟まれている。
「おっちゃん見てたら確かに小回りの利くのも有った方がいいかなって準備してみたっす」
「いいんじゃないか?」
頷きながら備品から持ってきた高性能マスクを付けているとその横から。
「おじさま、大河さんも」
スプレーを構えた栗毛ちゃんに手招きされる。
「何っすか?」
「花粉症用のスプレーです、余っていたので念のため」
「お、サンキューっす」
虎と並んで噴霧された後、耳栓とヘッドセットを確認した上で。
「では、お願いします」
「はい、お二人とも気を付けて」
頷いてくれた水音さんの前で今度は二人して首を垂れる。
念には念をでお祓いと加護を受ければワンコちゃんが厳重だねー、おかしそうに笑っている。
「じゃ、行くか?」
「っす」
ここから先は女性陣を残して慎重に対象へと近づく。
その最中、草を搔き分ける音と感触にふと思い出す。そういえば昔夏休みは孤児院の農園で下手なりに色々育てて収穫したものだったっけ。




