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72.ティータイム③

「鳴瀬さんは何を思いついたんでしょうか」

 茶室から移動して庭の見える客間に通されて少し待つように言われて二人と一椀で蝉の声を聞いていた。

「ちょっと想像は付かない、ですけど」

 でも、と水音さんが続ける。

「ちづちゃん、けっこうお茶目さんなところもあるのできっと良いことだと思いますよ」

「なるほど」

「征司さん?」

「水音さんがそんなにいい顔でおっしゃるなら、きっとそうなんだろうな、と」

「!」

 慌てて俯いたかと思いきや、頬に両手を当てて伺うように視線を上げてくる。

「そう、でしたか?」

「ええ、大切な人の話をしているときはいつもそうですよ」

「はぅ……」

「良いことだと思いますよ、そういう相手がいて」

 そしてきっと昔から変わらずに……。

「そうですね、自慢で私にはもったいないくらいの友達……」

「……?」

「い、いえ何でも」

 僅かにあるように感じた行間に思わず聞き返したタイミングで、お待たせしました、と電子ケトルとティーパックを持って栗毛ちゃんが現れ水音さんの表情に訝しそうな目線で尋ねてくる。

「……また、おじさまがお姉さまに不埒なことを?」

「う、ううん」

「決してそんな訳では……それより、紅茶ですか?」

 和風の純度が高い水音さんに対して、栗毛ちゃんの方は和洋折衷のお嬢さん。

 それにパックということでそんな風に思って聞いた。

「おっ? 洋ものたぁそれはそれで粋だねぇ」

「……良いのかよ」

「いえ? もっと良いものですよ?」

 白い三角を紐を持って摘まみ上げた栗毛ちゃんが器の真ん中にそれを置いた後、ケトルから熱湯を注ぐ。

「ん……?」

「これは?」

 違うと言われていたものの、それでもどうしても紅茶を想定していた脳内とは違和感のある香りが……いや、そうじゃなくても強烈な匂いが立ち上り始める。

「我が家の大おばあ様愛飲の千振茶です」

「わーぉ」

 以前飲みの席で暁に悪戯で進められた強烈に苦い記憶が蘇る。

「趣向を変えろとのことでしたので……お茶はお茶ですし」

「まあ、確かに」

「そうかも……?」

 隣で半歩ほどこっそり後退った水音さんも加えて三人で茶碗の様子を見る、と。

「お、おお~」

「「「……」」」

「こいつは、苦み走った良いエキスが滲み出てきてるねぇ~」

 存外、好評の模様だった……栗毛ちゃんの微妙に悔しそうな顔がじわじわくる。

「……味、お分かりになるんでしょうか」

「さっきからよく舌の回るやつだとは思ってますが」

 そんなことを水音さんと囁き合っているのを聞きとがめられる。

「そりゃあ伊達に長生きはしてないってコトよ」

「なるほどね」

 九十九神、ともいうくらいだから少なく見積もってもトリプルスコアか。

「お、そろそろいい塩梅じゃないのかい?」

「確かにそうですね」

 ティーパックの紐を摘まみ上げた栗毛ちゃんが二度ほど揺らしてから小皿に置く。

「では、おじさまどうぞ」

「……ですよね」

「胃腸にもよく効くと祖母の太鼓判付きですから、おじさまにはピッタリでしょう?」

「お気遣い痛み入ります」

 それ「も」狙いだったのかもしれない、そんな感じの澄ました微笑で勧められる。

「では」

 二度得も言われぬ茶色い液面を吹きつつ程よく冷めてきているのを確認して一気に呷る。

「よっ、兄ちゃんイイ飲みっぷりだねぇ」

「あら……?」

「だ、大丈夫なんですか?」

「山菜野草系は食べ慣れていますので」

 春と秋とかで海に近づけないような日は合間をみて山野の幸を採ってきたものだったな、と……そんな可愛げのあるものではない素人には非推奨の草に手を出して痛い目にもそれなりにあったけれど。

 しかし、女性陣の手前慣れてるといったもののかなり頑固な後味がじわじわと押し寄せてきて……なかなか効くが、顔には出すまい。

「でしたら、おじさま」

「何でしょう」

 そしてそれを知ってか知らずか……挑むような眼をした栗毛ちゃんがお盆に乗っていた何かの乾燥した葉が入っている缶を見せられる。

「もう一つ祖母謹製のどくだみ茶もありますが……?」

「お、いいね! そいつも出してくれるかい?」

「受けて立ちますが?」

 言っちまったよ、と心の片隅で軽く後悔するがここは引き下がれないところだろう。

「あ、あの……私も、お手伝い」

「鳴瀬さん」

「ええ、お姉さまには美味しい紅茶をご用意しますね」




「ここらで一杯抹茶が怖い」

「……いい加減にしろ」

「割りますよ?」

 栗毛ちゃんの持ってきた健康茶のレパートリーが尽きると同時にいかにお茶とはいえこちらの胃袋の満水率も危険な領域に。

 というか、今絶対にゲップをしたくない……混ざりあって胃の中が大変なことになっている。

「ま、こんだけ嬢ちゃんたちにしてもらったんだ、しばらくは大人しく黙ってるよ」

「よろしくお願いしますね」

「具体的には売り手が付いて引き取られた後、そこでほとぼりが冷めるまでは黙っていて欲しいところですが」

「……善処すんよ」

 あ、これは本人の悪気の有り無しに関わらず長続きしないな、と思いながら溜息を吐く。

 吐く息だけで酷い匂いだな。

「茶碗が喋っても気にしないくらい心の広大な買い手が付くことを祈りますかね」

「そんな都合の良いかた……が?」

 そこまで言ってから栗毛ちゃんが何かを思い付いた顔をする。

「ちづちゃん?」

「一度おばあ様たちに相談をしてきます」

 すっと真っ直ぐに立つ動作の澱みの無さぶりに密かに感心していたところに。

「それには及びませんよ」

 廊下の方から少ししわがれた声がして、そちらを見ると室内用の杖を突いた老婦人の姿があった。

「大おばあ様」

「せっかく久しぶりに水音ちゃんが遊びに来たと聞いて来ちゃいましたよ」

 栗毛ちゃんに小さく頷いた後、水音さんに目を移して曾孫に向けるのと同じような慈しむような視線を送る。

「……」

「本当は帰る前に少しだけ部屋に寄ってもらおうかと思ったけれど、それをすると渋い顔をするのがいるからおばばが勝手に来たの」

 水音さんが前に言っていた影の薄い娘と仲良くするよりも、とか言う現当主の方針、ね……。

 それなりに人の居そうな家なのに栗毛ちゃんがさっきまでの一切を自分でやっていたのもその辺りなのだろうか?

 そんなことを考えているうちに老婦人は栗毛ちゃんの手を借りながらそっと座って水音さんに手招きをする。

「本当、綺麗になって」

「大おばあちゃん」

 皴深い手でそっと触れている様と、その言葉、あとこの家を目的地とした時の水音さんの様子から想像するに久しぶりに顔を見るのだろう。

 両家はそれなりに深い何代にも渡る親族関係で水音さんと栗毛ちゃんも両親同士が又従兄妹の筈だったが……と思うと部外者ながら苦い思いがする。

「あと、そちらは豪ちゃんの所の」

「ごうちゃ……ああ、親父殿のことですか」

 考えれば同業者ということで知り合いでもおかしくはない……流石に養父をいきなりそう呼ばれると面食らうが。

「お初にお目にかかります」

「銀ちゃんからも少し伺っていたけれど本当に大きなお兄さんなのね」

「恐縮です……その、自分はあくまで付き添いですので」

 水音さんの方を存分に愛でてくださいと態度で伝え、こちらはクマの剥製か何かだと思ってもらえればいい。

 そういえば流石に空気を読んだのか茶碗も大人しくなっている。

 ……栗毛ちゃんが処遇について何か思いついていた模様だったが一体何だったのだろうか?





「大おばあ様のお茶友達で最近連れ合いを亡くされた方が居まして……家としての交流もあったので付喪神等の存在も知っていらっしゃいます」

 庭を門の方に向けて案内されながら説明も同時にしてもらう。

「我が家で買い取った上でその方に贈り物とさせて貰えれば、と」

「なるほど」

 先程依頼人に連絡を取っていたのは報告だけでなくそういうことか。

「確かに話し相手には最適でしょう」

「いい考えだと思います、さすがちづちゃん」

「ありがとうございます、お姉さま」

 一応俺も褒めたつもりではあったんだけどなー、とはオジサンの戯言か。

 誰だってこんな大男と可憐な少女だったら基本後者がいいに決まっている。

「それで、征司さん」

「はい」

「お帰りを一人にさせてしまってすみません」

「いいえ、大切な時間に水を差すような野暮はできませんよ」

 水音さんともっと話をしたい、という老婦人のご要望に付き帰りは一人で、という流れになっていた。

 依頼の方も自体が解決したならさっそく他の物品の売り込みに行くという依頼人の意向で以降はメールのやり取りで報告及び完了とする旨で終了している。

「女子会、楽しんでください」

「そう、ですね」

 にこりと笑う様から、小さい頃は随分可愛がられたのだろうな、と思う。

 失礼する際に「曾孫『たち』をお願いしますね」と言われたことからもわかる。

「おじさま」

「ええ」

「茶碗の方にはお別れはいいので?」

「……随分手古摺らされたのでもう一回顔を見たら手が出そうなので止めておきます」

 ちょっと大袈裟に握り拳を作って見せれば二人に笑われる。

「それに……」

「……?」

「あ、いえ、何でも……」

 気になってしまいます、という視線に何でもないですとは言わせて貰えない。

「その、今日初めてお茶に触れた者が言うのも丈に合わないかもしれませんが……それこそ一期一会、というものなのかな、と」

 不勉強な人間が言うものではなかったな、と少し目を逸らすと右の袖あたりに遠慮がちに触れられる感触が生じる。

「確かに、完全に正確ではないかもしれません」

「……」

「毎日顔を合わせる人であっても同じ日は二度とないのでその時々を大切に、でもありますから」

 そこまで言ってから、はっとした顔で袖を放して顔を伏せられる……。

 その直前の表情こそこちらの胸に刺さるものがあったのだけれど。

「で、では明後日もよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

 最初の頃を思い出させるような遠慮がちに言われたのに対して平静に返す。

 そんなところに。

「おじさま」

「はい」

「こちら、大おばあ様がお土産にと」

「ありがとうございます」

 栗毛ちゃんから笑顔で紙の手提げ袋を渡される。

 下から風に乗って届いた香りに一瞬で中身を察した。

「気に入って頂けたようなので、お茶の方、たくさん召し上がって下さいね」

「それはどうも」

「健康増進だけでなくて、虫除けの効能があるものも入っていますよ」





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