71.ティータイム②
「さて」
件の茶碗を囲んでそれぞれ自販機で買ってきた飲み物を開封しながら話し合う。
「後は依頼人の方がどう判断するか、ですね」
「可能であれば売り物になるように解決して欲しいとのことでしたが」
「買い取ってきた物品でしょうからそうなりますよね」
「こういう曰くのあるものです、と但し書きを付けて売ってもらいましょうか?」
「価値が下がりそうなのでそういう訳にもいかないでしょう」
依頼者のご意向を確認して水音さんが改めて当事者に尋ねる。
「お茶碗さん」
「あいよ」
「どうしたら人の目のあるところでは大人しくしていただけますか?」
売り物になるように、ということならそこが落としどころだろう。
「無論、折り合わないなら大人しくさせますのでよく考えてくださいね?」
「あ、あいよ……」
うーん、茶碗の方にも多少は同情を禁じ得ない。
「まあとりあえずずーっと不満に思っていることはあるんだがよ」
「ほう?」
「何ですか?」
「俺は見ての通り茶器として作られたんだが、たまたま良い焼き色が出たってんで別の扱いされて生まれてこの方茶というものを入れられたことがないんだ」
「飾られていただけ、ということですか?」
「それならまだしも時々棚に置かれるだけでずーっと木の箱の入れられたまんまよ」
「なるほど」
頷いてから丁度目の前に良いものがあると水音さんに声を掛ける。
「水音さん」
「はい」
「少しだけそのお茶、分けて頂いても?」
「え、あ、は、はい……」
少し顔が赤いのは敢えて気にせず、小サイズのペットボトルの緑茶を渡してもらいキャップを捻る……も。
「ちょーっと待ったぁ!」
「え?」
「まさかとは思うがそれを入れて終わりとか言わないだろうな!?」
「いや、お望みのお茶だが……」
その言葉に、かーわかってねぇな? と返される。
「俺ぁ茶器だぜ? だったらそれなりの扱い方ってものがあるだろ?」
「つまり、お茶の席ということでしょうか?」
「おう! そこの野郎と違ってお嬢ちゃんはわかってるな!」
地震でもないのにカタカタと震えながら上機嫌(?)な反応を見せる……何だろう、そろそろ面倒になって来たぞ。
「じゃあ、どこかで茶室でもレンタルして……」
それでも水音さんはこやつの意見を尊重するだろうから、と一応段取りを考え始めたところで。
「おじさま」
電話を取り出した栗毛ちゃんに軽く肩を叩かれる。
「手っ取り早く済ませましょう」
「こちらの住所にお願いします」
車に戻り茶碗を入れた箱を乗せてエンジンをかけた後、栗毛ちゃんから行き先を指定される。
「ちづちゃん……」
「お仕事ですから」
不安げに後ろを伺う水音さんの声に異議は受け付けません、と顔に書いた栗毛ちゃんが澄まして答える。
行先の住所を告げられた時の自然さで想定していた目的地の予想がこの会話で確定した。
「お待たせしました」
「……いえ、平気ですよ」
その後。
依頼人に了解を得て茶器を乗せ栗毛ちゃんの家……いや、邸宅へ移動し茶室に通されて待つこと二〇分ばかり。
茶菓子を乗せた盆を持つ着物姿の水音さんにやはりこの子は和服姿が似合うな、と思わされつつ、今までの彼女の服装選びの中では気持ち華やかな柄に質問する。
「取りに行っている時間はなかったですよね?」
「はい、なのでちづちゃんのを借りています」
「ですよね」
内心で一つ頷いてから、改めて。
「いつもの感じも勿論良いですけど、明るい感じもお似合いですよ」
「そう、ですか?」
「そこに嘘は言いませんとも」
そんなことを話しているうちに他の準備を整え例の茶碗を持ったこちらも着物姿になった栗毛ちゃんも姿を見せる……水音さんに自分の着物を着せて茶会となったことでご機嫌は割と良さそうだ。
「おうおう! 別嬪さんに囲まれてたぁご機嫌だねぇ!」
そして今回のゲストも上機嫌な模様。
そんなテンションの高い茶碗を。
「茶室ではお静かに」
そっと掴んで栗毛ちゃんが手元に寄せる、この茶碗にいろいろ言いたいことはあるだろうが茶器の扱いは無意識に丁寧なのだろう。
「さ、おじさまはそちらに」
「え?」
てっきり作法に通じたお嬢様二人でこちらは見惚れていればいい、と思い込んでいたので素っ頓狂な声が出るものの。
「俺も、ですか?」
「お姉さまにこんな得体の知れない器に入れたお茶を飲ませる気ですか?」
「全部俺が飲みます!」
それは確かにさせられない、と反射的に申し出た後。
小声でお伺いを立てる。
「ええと、一応洗っては頂いたんですよね?」
「ええ、煮沸消毒からしっかりと」
「おう、いい風呂だったぜ!」
「「……」」
何ともいえない顔を見合わせた後、もう一つ懸念事項を。
「……ただ、作法とかはさっぱりですよ?」
「大丈夫です、私がお教えしますから」
心持ちうきうきした声の水音さんに袖を引かれるのだった。
「お上手でした」
一通り終わった後、変わらず楽しそうな水音さんに褒められる……無論、悪い気などするはずもない。
「体幹がしっかりしていると多少覚束なくても様になりますね」
「それはどうも」
飴と鞭、ではないが……それなりに褒めて貰えている成分もある気がする。
そんなむず痒い気分を誤魔化すように。
「美味しかったです……抹茶塩くらいしか機会がなくて」
「やっぱりおじさまはおじさまですね」
そんなやり取りをしてから。
三人して気持ち視線を下に向ける。
「さて、これでお仕舞いですが」
「満足していただけましたか?」
そんな質問に茶碗は僅かに揺れつつ。
「おう! 生まれてきた本懐って奴を遂げさせて貰って今までのうっ憤は晴れたぜ」
「それは何より」
「だけど、よぉ……」
お、何かごね始めたぞ。
「今までのは晴れたが、今後長い人生こんな立派な茶室で立ててもらえる機会が来ない可能性はあるよなぁ……」
「何が言いたいので?」
「だとしたらもう一杯楽しませてもらってもいいじゃァないか?」
流れるようにお代わりを請求しだしたぞ、と眉のあたりをひくつかせた栗毛ちゃんと目を見合わせたところで、隣からそっと手が上がる。
「あ、あの……」
「お姉さま、どうぞ」
「だったら、私も征司さんにお点前を見てほしいな、って」
「「……」」
何とも拒絶しがたい申し出に、二杯目が確定した。
「こちらも、美味しかったですよ」
「よかった」
「何というか、飲み易くて……」
「それは私は思いっ切り濃くしましたから」
安堵の顔の水音さんの隣から、澄ました顔でさらりと栗毛ちゃんが口を挟む。
「もう、ちづちゃんったら」
ただ、確かに苦いは苦かったけれど不快さなどはなくてあれはあれで良い味だったとは思う。
何より二通りの綺麗な所作を拝ませてもらったのは役得だろう。
「さて」
再び座る位置は若干変わったものの三人で茶碗を見下ろす。
「今度こそ、ご満足いただけましたか?」
「おう! こんないいところで二回も使ってもらえば茶器冥利に尽きるって奴だ!」
やれやれ、と三人してシンクロして息を吐いたところで。
「だがよぉ……世の中には二度あることは」
「それを言うなら仏の顔は」
つられて口が動いて、しまった、と思ったときには遅かった。
「じゃあ三回目までもうワンチャンあるよな!」
「……おじさま?」
物言いたげな目でじっと見られる……無機物に口で負けてごめんなさい。
「ただ、そうさなぁ、折角だから趣向を変えた一杯をリクエストしてぇとこだよな!」
「そうなると……野点、とかでしょうか」
「いいえ、お姉さま」
口元に手をやって考え始めた水音さんを少々悪い笑顔をした栗毛ちゃんが制する。
「私に、少し考えがあります」




