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69.黒猫

「さて」

 指定されていたコインパーキングに車を停め、サイドブレーキを引きエンジンを止める前に少しだけ窓を開ける。

「一応、再度確認しますが」

「はい」

「悪意や危険の低いものではあるはずなので穏便に解決を試みるところから始めますが、拙いと判断した場合には安全を優先しますので」

 一瞬だけ開いた手の上に炎を生じさせて断言する。

「千弦も」

「?」

「同じこと言ってたね」

「でしょうね……水音さん、人が良いし優しいので」

 後部座席のワンコちゃんに頷いて見せた後、助手席の方を見る。

「征司さんもそんなところはあると思いますけど……」

「対象は限定していますし、それとこれとは話が違います」

 それこそ目の前の相手にはややそうな自覚はあるので言下の否定はできなかった。

「特に、未練やら何やらを果たすのに人の身体が欲しいから貸してくれとかは絶対に却下ですからね」

「「……」」

「?」

 ……何故この二人は今、顔を見合わせたのだろうか。

 双子でも姉妹でもないのによく似ているとは思っているけれど……。

「モチロン、ねえさまにそんな危ないことはさせないに決まってるじゃん」

「き、気を付けます」

 とりあえず趣旨は伝わった模様なのと約束の時間が近付いていたのでそれ以上は続けず車から降りることとした。




「ここですね」

「ちょっと雰囲気がありますね」

 三人並んで指定された建物と敷地を塀の外から見る。

 昔住んでいた地価がそれこそ桁違いの所なら標準よりやや狭いくらいだがこんな都会のど真ん中では立派な庭付きと言ってもいいのかもしれないビルの谷間に残された古い家、庭の部分には数本それなりに大きな木が緑色の葉を茂らせている。

 そんな風にしていると一人の女性が声を掛けて来てくれた。

 スーツ姿が板についている三十代には入っているだろうな、という印象。

「もしかして、依頼を受けて下さった」

「はい、よろしくお願いします」

 当然というか声の方は俺に対していたけれど、一歩斜めに下がって水音さんを見えるようにする。

 一応事前連絡はしてあったし、それで意味が伝わったのか会話の矢印がそこに行く。

「本当に、いつも白峰さんにはお世話になっていて」

「そうなんですね」

「前回は、その……とても立派な体格の男性陣だったので、ちょっとびっくりしました」

「そうかもしれないですね」

 そんな会話を聞きながらそういえばこの不動産会社は今住んでいるマンションを選ぶ時に俺もお世話になったことを思い出す。

 最上階に陣取っていた半ば怨霊化した地縛霊を二番隊の益荒男たちが力づくで叩き出したとか云々で破格のお値段で借りている。

 そう。

「こちらの家も昔住まわれていたご夫婦が亡くなられた後売りに出されたのですが……その、どこからともなく鳴き声が聞こえて来たと思えば化け物が出るいう苦情が絶えなくて」




「穢れと何か力を持ったのがいる感じはするね」

「では、行きましょう」

 門扉と建物の鍵を受け取り、依頼人には近くの喫茶店で待機して貰うこととしてまず敷地に踏み込む。

 水音さんたちが話をしている間にこちらも魔力検知で視たがそこまで大きなものは居ない様子だった。

 それと本社に持ち込まれた依頼はまず全て受付で聞き取り内容に加えて占星術に掛けられ実際に行く必要のないものから討伐隊が出されるものまで危険度等を分類されている。

 その中でも初心者向けの下の方から割り当てられているはずなので大した問題はなかろうとワンコちゃんと水音さんの後ろから付いていくことにして二人の頭越しに周囲を伺う。

 頭越しというか、大体心臓の位置くらいの二人の頭頂部から一部を編み込んでいる黒髪くらいまでが視界にちらちら入り込むという程度だが。

「お?」

 まずは建物の周りから確認しましょうか、と手入れがされていないのかやりたくても出来ないのかは不明だが雑草が生い茂り始めている庭を奥へと進めばおどろおどろしい唸り声が聞こえたと思いきや目の前に大きな影が躍り出す。

 陽炎のように透けているそれを、幻術除けの眼鏡を鼻先まで下ろしてレンズを通さずに見ると。

「おお……」

「征司さん?」

「オジサン?」

「結構大きな化け物ですね、俺より大きいくらい」

 そこまで言ってから、二人の物言いに気付いたことがあり質問する。

「お二人は……」

「何かが出てるような気もするんだけど」

「特に何も見えないです」

「……マジですか」

 道具に頼らない素の状態で幻覚が通じないくらいに耐性が強いのかと感心させられる。

 神聖さとか加護とかが俺なんかとは比べ物にならないくらいなのは考えてみれば納得だけれども。

「ちなみに、どんな感じなの?」

「真っ黒い影で目だけが金色で無茶苦茶睨まれつつ威嚇されてます」

「それはちょっと怖いかも、ですね」

「お……」

 そんな風に落ち着いてやり取りしているこちらに腹が立ったのかはわからないが。

「更に五割増しくらいに膨れ上がりました」

「怒っていらっしゃるんでしょうか……」

 水音さんにそう聞かれて改めてそうかと考えると違うように思えた。

「怒っているというよりは、通せん坊をされているような感じもします……害意はあまり感じませんね」

「ここに入る前は一瞬感じたんだけど……」

「試しに一度引いてみましょうか?」

 その提案にその探り方も悪くはないかとも思えたし、もう一つ目論見もあって頷く。

「では、そうしてみましょう」




「やはり、ここより奥に行かせたくないようですね」

 素直にUターンした後、再びさっきの場所に戻れば同じような現象に遭遇する。

 さっきの遭遇の後半と見た目の大きさはほぼ同等で、唸るような声はさらに大きくなっていた。

「どうしましょう? 少し可哀想ですけれどお祓いさせてもらって」

「いえ」

 進み出ようとした水音さんを制して軽く首を横に振る。

 影が揺らいで期待していたことが起きそうだった。

「あれ?」

「今……圧がすっと抜けたような」

「多分、魔力が切れたんでしょう」

 一分少々でフェードアウトするように消えていく影。

 いつもくらいでは通じないとみて二度目は最初から派手に幻影を出したのだろうが、潜んでいる相手の力の容量は小さかったためもう底を尽いたのだろう。

「さて、進みますか?」

「はい」





 更に……といっても一〇数歩程度だが、庭の奥へと踏み込むと塀の外からでも見えた銀杏の大木の元に辿り着く。

 そしてその根元の所に何かあるな? と横目で見つつ木を見上げればガサガサという音を立てて一部が動く。

「モガッ!?」

「あ、ゴメンね」

 木の上から飛び掛かってきたそれをキャッチすべく二人の前に進み出たところで顔面からワンコちゃんが張った碧いヴェールに突っ込むことになった。

 防御力凄いわりに案外柔らかいな、これ。

「大丈夫ですか?」

「いえ、タイミング良すぎる事故です……全然痛くなかったですから」

「丁度よかったからそのまま下ろしてあげて」

「了解」

 布のように使えて便利だな、と思いながら必死に鳴き声を上げながら抵抗している手提げバッグくらいの大きさの犯人(?)をこれ以上暴れないように地面に下ろす。

「フシャァー!!」

「この子が……」

「ですね」

 屈んだ姿勢のため水音さんの声が上からくるのはちょっとレアだなと思いながら頷く。

 絡まりながらも威嚇の声は緩めないその相手は詳しくない俺でもわかるくらい小柄な黒猫だった。

「おーい、どうしてあんなことしてたの?」

 隣に暢気な声を出しながら屈んだワンコちゃんが手を伸ばすもびったんばったん身を捩って抵抗する。

「杏、無暗に触ろうとしたらかえって怒っちゃうよ」

「うん」

 たしなめながらも黒猫をよく見ようと続いてしゃがむ水音さんと入れ替わりに立ち上がって周囲を見回した時だった。

「「「!」」」

 銀杏の木の根元付近から黒い気配がぼんやりと立ち上るのに気付いて一斉にそちらを向く。

「今の……」

「最初に感じた穢れはこっちでしたか」

「大丈夫ですからね」

 それを見てなお一層暴れ始めた黒猫に水音さんが一声かけた後、全員でそちらに向かえば。

「これは」

「石塚ですね」

 丁寧に両手の指の数くらいの石を重ねたものを茂みの中に発見する。

「ちょっとそこ、ずれてるね」

「え?」

 手早い指摘に少し首を捻る。

「物理的にはそうじゃないかもだけど、封としてはちょっと甘くなっちゃってる感じ」

「なるほど」

 巫女さん的にはNGらしい。

 別ルートで役に立つべくその下を視れば……。

「低級ですが活きのいい怨霊が居ますね、こちらは話が通じ無さそうだ」

「では、そちらは祓ってしまいましょう」




「下のは居なくなったけど……これでよし、と」

 水音さんの儀式が終わった後、ワンコちゃんが丁寧に石を積み直したうえで指先で印を結ぶ。

「これでオジサンがおじいさんになるころまで安泰だよ」

「そいつは安心ですね」

 それは心強いんだが言い方。

 苦笑いをしていると、一部始終を見ていたのかすっかり大人しくなった黒猫の所に戻った水音さんがこちらに声を向ける。

「杏、もう落ち着いたみたいだから解いてあげて」

「うん」

 もう一度低くしゃがんで、解放されて座り直した黒猫に可能な限り目線を合わせて。

「クロさんは、きっとご主人さまにここを大事にするように言われていたんですよね?」

「……」

「もう大丈夫です、安心してくださいね」

「ミャァ……」

「私からも、ありがとう」

「……」

 じっと水音さんを見つめたかと思いきや。

「あ……」

 一瞬だけ、その足元に頭を擦り付けたかと思えば素早く銀杏の木の上に跳び上がって姿を消した。

「これにて一件落着、ですね」

 言ってから肩の辺りに桜吹雪が舞いそうな物言いだけど若い子には通じないよな? と思っていれば。

「お奉行さま、これからどうする?」

「勘弁してください」

 おばあちゃん子には伝わったのかにししと笑いながら話を振られる。

「とりあえず報告して、この木と塚を大切にしてもらえる方に購入してもらうようにお願いする形でしょうかね」

「クロさんは、どうなるんでしょうか」

「……暫くは本当に大丈夫になったかを視ているとは思いますが、そこから後は本人次第ですね」

 心配そうに銀杏を見上げる水音さんに応じる。

「安心した後、ご主人の所に行くかのんびりとここに居着いて本格的に妖怪になるか、ってところでしょうか」

「え?」

「ああ、奴さん尻尾の先が別れかけてましたよ」

 そこには気づいていなかったのか驚いた顔をしている水音さんに。

「ところで、少し聞きたいのですが」

「は、はいっ」

「クロさん、というのは……?」

「いえ、何となく……そんなお名前かな、って」

「ねえさま、ネーミングセンスは壊滅的だもんね」

「そ、そんなことないから!」

 俺の後ろから舌を出してからかうワンコちゃんに珍しい憤慨する表情を見せる。

「じゃあ、庭の鯉につけた名前は?」

「…………錦さんと山吹さんと浅黄さん」

「まんまですね」

 恥ずかしそうに口にした名前にそうとしか言えない感想を思わず言ってしまう。

 ちょっとショックそうな顔をされてしまう……全面的に俺が悪いわけでもないと思うが、一応フォローを。

「ま、まあ、名は体を表す、と言いますし」

「で、ですよね」

「でもちょっと安直すぎー」

「杏!」

 でもその名前で餡子に目がないのもどうかな? とか思いつつ若い女の子に挟まれてもこれは素直に喜べないぞ? と盾にされながら思う。

「まあ、ご本人が気に入るならそれでいいのでは?」

「それはそうだね!」

「ですよね」

 そして。




「お前さんさぁ……もーちょっと慣れてくれても良くない?」

「もう、クロさん……」

 水音さんに抱かれた彼女から猫パンチを貰うのがお約束になるのは、もう少し先の御話。





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