68.今と昔と
「じゃあ、征司はどんな子が好みなんだよ?」
「え? それは……」
口籠った後、ここで何も言わないと却って状況は悪化すると判断して言葉を発した。
「髪は長くて、大人しくて、女の子らしい可愛い感じの……」
そこで頭部に衝撃が走る。
「ふーん……」
「何すんだよ! 姉さん」
振り返れば牛蒡の束を握ったショートカットの仁王立ちの姿。
「そっか、そっか」
「……」
「今日の晩御飯はハンバーグ、なんだけどなー」
口は噤んでいたが、好物の名前に腹の虫は返事をしてしまう。
それを聞いて勝利を確信した顔が得意気に聞いてくる。
「せーちゃんは要らないんだね」
***
「……最悪だ」
夢見の心地もそうだが、何より心にもないことを言ったどうしようもないガキだった自分が。
照れ隠しとはいえ事実と正反対のことしか言えなかった、そして聞かれてしまった……久しぶりに見る過去の夢。
何だって今、と思ったところで昨日電話の向こうで言われたことを思い出す。
守りたくなる大人しい子。
「今更、そこかよ」
何でそこが一致するんだよ、関係ないだろう……絶対に関係付けちゃいけないだろう、と。
音が出るくらい思い切り両手で頬を挟む……出来れば自分を殴り飛ばしたいくらいだったが、この風貌で顔を腫らしてしまった日にはお嬢様方の傍にいるのに見た目の危険度が増量されてしまう。
「……」
とりあえず、朝はしっかり食べないといけない、と脳みそを使わなくてもできることに着手することにして……頭を振ってからインスタントの味噌汁用にケトルに水を入れてスイッチを入れた後、麦茶をコップに注いだ。
***
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
「おっはよー!」
約束した時間に対して渋滞等を見越して一〇分前着を狙い結果八分前に車を停めて。
丁度ラジオで掛かっていた曲が終われば連絡すれば良いかと思っていれば程なくして水音さんたちが姿を見せてくれた……監視カメラも一応あるが、気配を察してもらえたのだろう。
「しかし」
「は、はい」
「新鮮、ですね」
「でしょうか……」
今回は人通りのある街中で活動することになるため巫女装束という訳にもいかず、さりとて普段のふわりとしたワンピース姿も動き回るには不適だろうということと、何より仕事であるということから総合してパンツスーツ姿の二人だった。
「若干着られてしまっている感が出ているというか……」
「堂々としてればいいと思いますよ」
しかし細身のシルエットの服を着ていると線の細さと髪のボリュームが鮮明になるな、と感想を抱きつつもあまり凝視もいかがなものかと話題を変更する。
「鳴瀬さんは……」
「お伝えした通り、学級委員の仕事で今日は学校に行っています」
ちづちゃん、何でもできるし人望もあるので……と僅かに寂しそうに付け足す。
水音さんの方もそんなに卑下することはないと思うが、人を引っ張るタイプでもないか。事務的な処理は丁寧迅速だし記憶力もあるので書記とかは天職かもしれない。
「基本、日替わりで千弦か私かどっちかが付いていくからね」
「了解です」
強力なモノとは相対しない前提なので小回りも考え三人程度の人数が良いだろうということで相談の上そういうことに。
「二人が良かった?」
「それだと思いがけず強力な物に遭遇した時に厳しい可能性があるので非推奨ですね」
予め模範解答があったのでさらりと口にする。
後先と形振りを構わなければ何とでもなるが余裕はあるに越したことはない。
「じゃ、ねえさまはちょっと乗り物酔いしやすいから前ね」
「それでいいですか?」
「ええ、勿論」
前から中も気になっていたんだー、とリアのドアに手を掛けたワンコちゃんに一歩……いや、三歩遅れて手を伸ばそうとした水音さんだったが、思わず手持無沙汰だった俺が助手席のドアを引き開ける。
「どうぞ」
「し、失礼します」
膝裏より気持ち長い結い紐で纏めた黒髪を器用に逃がしながらシートにちょっとおっかなびっくりな感じに腰を下ろす。
「……」
「征司さん?」
「いえ、何も」
個人的には結構手狭な筈のシートに余裕をもってすっぽり収まる細身の女の子。
先日必要から抱き上げさせて貰った時にも思ったけれど、生物的な分類は同じでも全くの別物で複雑な気持ちにさせられる。
少なくとも肉体的に過剰な負荷を与えないように配慮せねば、と考えるところまではセーフだろうか?
「……」
「?」
そこでふと、今朝方の夢が蘇ってくるが……こんな華奢な子大事に扱わせてもらうのは誰だって当たり前だろうが、と雑念を黙らせる。
「ドア、閉めますね」
「はい」
全く当たる要素などないのに小さく縮まる仕草に思わず笑ったのを見られないように素早くドアを閉めて反対側に回り運転席に腰を下ろす。
一息吐いてから眼鏡の位置を調整しつつ普段より慎重にブレーキを踏みこんでイグニッションボタンを押し込む。
普段彼女たちが乗っている車より激しめのエンジン音に驚くさまはちょっと可笑しい。
「シートベルトはご着用頂けましたか?」
「オッケー」
「はい」
「では、行きましょうか」
「れっつごー!」
気持ち車内アナウンスっぽく確認した後、サイドブレーキを解除し微速で前進する。
通りに近づいてくる車影が無いことを確認しつつ、乗り物酔いしやすいんだったな、と内心で反芻して最初にこの車に乗った時よりさらにゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「征司さんは」
「ええ」
「ラジオ派、なんですね」
信号待ちと流れていた番組がコマーシャルに入るタイミングで助手席から尋ねられる。
「音楽を聴かないわけではないですが特に入れ込むほどのアーティストがないのと」
偶々コマーシャルで流れている曲には聞き覚えがある、ついでにピンクと黄緑の髪色の女の子も思い出す。
けれどまあその程度といえばその程度で。
「あと、交通情報とか地元のおすすめ飲食店のコーナーなんかは気になりますからね」
「実際に行ってみたりも?」
「してますよ、もちろん……まだまだ追いつかないのが実情で」
「ふふふ……そうなんですね」
それも楽しそうです、と笑った顔を横目で見ていると視界の逆の端で信号が切り替わったので発進する。
ここでも普段よりずっと緩く。
「むしろ」
「?」
「近所のラーメン店のメニューさえ制覇出来てないんですよ」
まああそこは色々と裏というか大将の気まぐれメニューがあったりするから実質不可能な所もあるが、いずれ成し遂げたところ。
「水音さんは」
「はい」
「わりと聴く方ですか?」
ナビの音声に従いながら右折レーンに入りつつ聞き返す。
無難オブ無難な感じではあるけれど話のネタがあるのはありがたい。
「えっと、最近のは疎くて……少し古い洋楽とか歌謡曲なんかを」
「へぇ」
ちょっと意外なようで、最初のインパクトが過ぎれば案外納得もできる。
「その、あの家は母が一時期使っていたこともあるので」
「はい」
「集めていたというレコードが色々あって」
「なるほど」
水音さんのお母さんか……一番上の人が俺より下でそこから逆算してもレコードとはややレトロかな?
だけど。
「なかなかいい御趣味じゃないですか」
水音さんも併せて二人とも、という意味を込めて言ったけれど、助手席の女の子はお母さんの方の比率を大目に受け取ったのか嬉しそうな表情が深まる。
自分より自分の近しい人を褒められた時にそうする事が多い。
「今度」
「はい」
「お茶の時間にでも少し流してみますか?」
「それも良いですね」
魅力的な提案だな、と頷いた後で……あの家に一体何をしに行っているんだ、と内心で突っ込むがもう遅い。
それに美味しいものを食べる時間が良いものになるという予感には逆らえない。
「……」
「……征司さん?」
「それこそラジオで聞いた後調べてみて、少し気になっているチョコレートのケーキ屋があるんですが」
「はい」
「そこの物を買って行っても良いな、と思いまして」
「素敵ですね」
その言葉が似合うのはその表情の方だろうと再び横目で盗むように見ながら。
「そろそろ目的地が近いので」
バックミラーを確認する。
さっきまでは変に後ろに付く車がいないかどうかを定期的に見ていたが、今回はシートベルトに引っ掛かるように揺れている太平楽な寝顔を。
最初は興味津々だったものの下道故にそこまでスピードが上がらないと見るや素晴らしい速さで眠りに落ちていった。
「……あずきばー」
「「……」」
何という模範的な寝言、に二人で噴出してしまう。
「杏ったら……月に二回は大福とかあんまんとか夢の中で食べてるんですよ」
「それはまた」
随分と食い意地が……と思うと同時に、一緒の部屋で寝てるのか、と仲のよさに感心する。
「でも、征司さんも」
「も?」
「あ、その、えっと……」
「……」
少々言いにくそうにしているが、言うように雰囲気で促す。
「食いしん坊さんなのは、負けてない気が」
「遺憾ですね……言いませんよ、そんなこと」
本当ですか? と控えめながらも言いたげな目線に答える。
「言ったことを証明できない事例は存在しないんですよ、寝言なんて」
「……」
それに大きな反応が出て、こちらも思わず驚く……寝言を聞かれる機会などあったか? と記憶を辿れば。
「そういえば……人を呼んでしまってはいましたね」
「……はい」
「まあ、その、家族同様だったので体調を崩せば心配してもらいましたし……手間を掛けましたし」
「……」
「昔の話、です」
話題を変えますか、との意味を込めて明るめに聞こえるように再度口を開く。
「さ、今度こそ到着しますよ」
「はい……杏に、声掛けますね」
「よろしくお願いします」




