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62.ドリンクタイム

「くぁーっ」

 一階の自販機コーナーで冷たいカフェオレを一飲みしてから肩を伸ばす。

 暑い季節に移行してきたこともあり外回りは早い時間に済ませ昼からは事務仕事に充てていた。

 去年まで自分の一族のテリトリーでやっていた時は簡単な報告だけだったが今の場所ではそれなりにしっかりデータを共有することになっていてそれは有意義だと思うものの……入力はちょっと面倒に感じたりもする。

 あとは、午前中に調達してきた雑品、雑費の清算関係か。

 ちょっと苦戦しながらも済んだから良しとしつつ眼鏡を外して軽くこめかみを揉む。

「おーい」

 そんなことをしているとエントランスの方から元気な声。

 そちらを向けば制服姿の三人……その姿を見る方が目が休まる、というのは流石にオジサンが過ぎるか。

 いつもより早い予定時刻より更に早いな、と思いながら。

「期末試験、お疲れ様でした」

「うん、一夜漬けするの疲れた」

「杏ったら……」

 堂々と言うなよ、と苦笑いしながらも自販機にカードを当てて三人を促す。

 なお、まだ遠慮がありそうな子に対しては機先を制し。

「最近、銀子さんにお世話になり過ぎてますからね?」

 そう言って半ば強引に飲ませることにした。




 飲み物が行き渡った後、ベンチに適正な距離感で座って他の面子が集まるまで雑談のような流れに。

 女の子三人は水音さんを真ん中にちょっと密気味に座るけどそれはそれで好き哉。

「まあ、学生さんたちはこの時期大変そうですね」

「オジサンはいいよねー、テストも宿題もないし」

「その分、働かないとご飯食べれないですがね」

「おじさまが言うと非常に深刻に聞こえますね」

「いや、普通に死活問題かと」

 食べなきゃ具合悪いのは人類共通ですよ、と。

 一般より食べることに拘っているのも認めざるを得ないけれど。

「先週はレオが大変そうだったけどねー」

「お酒まで断ってレポート纏めてましたね」

「まあ、その分今はのびのびと解放されていますね」

 噂をすれば影、で丁度エントランスに入って来た目立つ金髪の姿に片手を上げて合図を送る。

「おっやー? みんな、どうしたのさ」

「休憩と雑談、でしょうか」

「ま、そんなところですね」

 確かに以前自販機コーナーですったもんだしていた頃に比べて格段に柔らかくなった表情で振られて異議なしと頷く。

 良い傾向なのは間違いなく確か。

「何か飲みます?」

「うん、ありがと」

 勿論ノンアルコールで。

 そもそも会社の自販機コーナーだから酒の類はないのだけれど。

「あ、じゃあカロリーオフで……レモンウォーターがいいな」

「了解です」

 ガコンという音の後、ペットボトルを取り出してキャップを捻る動作を何の気なしに見ていれば。

「何よ? あたしだってちゃんと色々計算して」

「いや、それはわかっていますよ」

 あれだけ飲むときは飲むのにそのモデル顔負けのスタイルは脅威……と口には出さない方が良いかと迷っていると。

「セージだって油断したらスグうちのパパみたいにお腹出てくるんだからね!?」

「縁起でもないことを! 一応気を付けてはいるんですよ!」

「あれで?」

「だから一応って付けたでしょ!」

 とか言いながら突こうと伸びてきたレオさんの細長い指を躱している最中。

「でも、征司さんはその心配無さそうでしたけれど」

「え? 水音ちゃん何で知って……?」

「……そりゃあ、治療して貰った絡みで」

「あ、そっかそっか」

 真っ赤になりながら滅多なことは言い出さないで欲しい……ちょっと久々に栗毛ちゃんの視線が刺さるけどこの場合俺に責任は少ないと思うんだ。

「ま、つまり、これから夏本番だから女の子は大変なのよ」

 仕切り直しの一言。

 ただ、レオさんは普段から薄めなのでこれ以上は自重願いたい……目の保養を通り越して視線のやり場に困るので。

「そういう、季節ですよね」

「お姉さまはお肌が弱いので自重してくださいね」

「……うん」

 しょぼんとしている姿を横目で見ながら、まあそこもイメージ通りか、と納得しつつ。

 海に行きたいという話もあったな、と思い出す……水際に人が増える季節ということでそちらに仕事が出来ることも多くはなるだろうが、そういうことではないし。

 どうしたものだろうか。

「あっれー? オジサン、なんかスケベなこと考えてない?」

「そんなことはありません」

 にひひと笑いながら突いてくるワンコちゃんをあしらいながら……栗毛ちゃんも露骨にお姉さまを隠すんじゃない。

「あらためて夏が来るんだなぁ、と思ってただけです」

 ま、冷たいコーヒー系統は年中飲んでるけど、と思いながら手元の紙コップを氷の音をさせながら飲み干していると。

「あちーっす」

「あ、とらだ」

 額を拭いながら最後の一人がやってくる、自転車通学はこの時期大変そうだねぇ。

「みんな揃って何してたっすか?」

「んー、そろそろ夏だねとか」

「テストとか大変だよねー、って」

「あー、それは確かに」

 頷いている虎に手招きしながら訪ねる。

「まあ、ともあれ暑い中お疲れさん、何か飲むだろ?」

「おっちゃん!」

 両手を組んで目を輝かせる姿に、続けて告げる。

「コーンポタージュがいいか? それともしじみの味噌汁?」

「お汁粉もおススメだよ!」

「ぜんぶホットっす!」

「冷たいものとは言わなかったしな」

「ちょ、ひでぇ!?」

 いいリアクションにドリンクコーナーに笑いが湧く、少し目を遣れば受付の所で立花さんの後ろ姿も軽く肩を震わせていた。




「夏、といえばなんですけれど」

 虎がペットボトルのコーラを一気飲みするのに拍手をした後、全員でエレベータに乗り込む……俺が平均をかなり引き上げている気はするがそもそも九人用なので全然余裕。

「私たちはもう実家がこちらですが、皆さんは帰省とかはどうされますか?」

 そういう時期も来ますし、と水音さんが尋ねてくる。

 勝手な印象だがそういうのを大事にしそうだし、実際そうなのだろう。

「俺は通うとしたらキツイってだけで実家はすぐ帰れるから、合間見て兄貴とちゃっちゃと行ってくるっす」

「あたしのとこはパパがまとまった休みは難しそうだから逆におばあちゃんたちが来ちゃうことになったよ」

 だから後でちょっと調整お願いするかも、というレオさんに水音さんが快く頷いた……となると、皆の視線が集まってくるのを感じる。

 あー……そういうの、特に考えていなかった。

 特にあちらに会いたい人も参りたい墓も無い訳だが、言い方次第では逆に気を使わせるかもしれない。

 孤児だったのを知られた際にも随分と戸惑っていたし。

「越してたった数か月で帰ることもないので、基本こちらにいる予定ですね」

 そしてそれを言い切る前に、そこまで高い階まで行くわけではないエレベーターは停止してドアが開き始めていた。

 そう、わざわざ帰るほどのこともないだろう、そんな考えだった。




「今回は蛟になります」

「というと、ミズヘビ?」

「まあ、平たく言うとそう」

 最初の頃の名残で冒頭の一言は水音さんに任せるけれど、説明はこちらが見てきたのでワンコちゃんに頷きながら後を引き取る。

 形式より実利、でこちらも隊としてこなれた感じがして好いか……油断とだけはならないように。

「今はまだ一般的な大きめのヘビのサイズに収まっていますが、毒はかなり凶悪で場合によってはブレスもあるので要注意なのと」

「と?」

「相手は基本水中、でもこちらが潜っていくのは分が悪すぎるので上手いこと引き摺り出す必要がありますね」

 それともう一つ、重要事項あって付け足す。

「水辺の毒蛇で最たるものと言えば?」

「んー……」

 アレ何だっけ? と考え込む虎の隣で澄まし顔で栗毛ちゃんが呟く。

「ヒュドラ、ですね」

「ええ」

 めっちゃ発音いいな。

「世間のイメージとかと結びついてそのクラスにまで育ってしまうと場合によってはS相当、何せ再生能力は得るわ毒が凶悪化して存在した場所までが猛毒に侵されてどんな生き物もひとたまりもないレベルになるらしいから」

「確実に排除しないといけませんね」

「過去の記録を見ると防毒処理や浄化の加護を最大限に与えた精鋭部隊に救護班や解毒薬をフル動員して対応してますね」

 流石、水音さんは過去の事例をよく見ている。

「それこそ一番か二番隊のお兄さんたちの出番ですね」

「……セージも同年代じゃ」

「平均年齢はウチがぶっちぎりで低いんで良いんです」

 我ながら苦しいけれど強弁したところで

「でも、ヒドラって最後は割とあっさりヘラクレスに退治されるんじゃなかったっけ?」

「半分神様の英雄持って来られてもな……それに、そのヘラクレスの最期って知ってるか?」

 苦笑いしながら虎に返す、こちとらちょっと異能のある程度の一般人だぞ?

「え? どんなだっけ?」

「妻を狙った相手に嵌められてヒュドラの不治の毒に侵されて苦しみながら自分を焼くんだ」

「……慎重にやるっす」

「そうしような」

 虎の肩を軽く叩いた後、提案する。

「まあ手段は今から皆で擦り合わせることになるとは思いますが」

「うんうん」

 丁度合いの手を入れてくれた相手に視線を移す。

「今回は杏さんが肝になるんではないかな、と?」

「ん? 私?」





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