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58.肉焼く宴(前編)

「向田殿」

 学生の面々を毎日駆り出す訳にもいかず街回りのみで業務終了した日。

 ゴツイ手に肩を叩かれ振り返ればホッシーさんこと星野さんが良い笑顔で立っていらっしゃった。

 高校時代に背が伸びてからは自分とほぼ同じ目の高さ、というのはレアなので一瞬だけ腰が引けてしまうのは内緒だ。

「この後、お暇ですかな?」

「ええ、一応」

 今日はスーパーで惣菜でも買って帰って軽く飲むか、くらいに考えていたところ。

 ジョッキを傾ける仕草で誘われる……いや、あのゴツイ手だとピッチャーごと飲んでるかも?

「では、美味い肉でちょいと一杯、如何です?」

「良いですね」

 仕事上がりにそんなことを言われて抗う気持ちなど欠片も生まれなかった。




「皆の衆、助っ人を連れてきましたぞ」

「うーっす」

「……」

「どもー」

 エントランスではそうじゃないかと考えていた予想通り、隊長抜きの二番隊の面々がそれぞれに軽く挨拶をくれつつ合流する。

 そこまで深く絡んだことはないが同業者で世代はやや下くらいだけれど広義の同年代で男のみ、というのは気楽でいい。

 それはそうとして。

「助っ人?」

 どうしても脳内が討伐の方に結び付き、ロッカーまで木刀を取りに帰ろうか、と思ったところで。

「いやいや、そうじゃねえんですよ」

 今日も見事なポンパドールと龍の刺繍のジャケットのたっちゃんさんが首と手を横に振る。

「この前、見つけた焼肉屋でこの面子で飲んでたんですがね」

「ほう」

「その時に店主のおっちゃんが『若いの、よく飲むじゃないか』ってべらぼうに美味い日本酒を出してくれたんだけど」

「如何せん多少飲んだ後なのと中々に強い酒なのもあり」

「もうちょいで一升瓶空ってところで全員ギブしちゃんたんだよね」

 スキンヘッドで寡黙な助さんとロン毛で軽い格さんの双子(顔を見れば確かに双子)が後を引き取る。

「あとは、わかりますかな?」

「ええ、無論」

 不敵に笑うホッシーさんに頷き返す、酒を嗜むものとしてわからいでか。

「一升瓶二本は空にしてやろう、って話で良いですね?」

 倍返し、って奴だ。

「然り」

「そう言ってくれると思ってたぜ」

 うん、そういうの……嫌いじゃないわ。




「しかし、そこでお声が掛かったのは嬉しいんですがね」

「おや、何かご不満が?」

「それこそ、そちらの隊長さんをお呼びすれば良かったのでは?」

 先導されるまま三駅移動し改札を抜けつつ素朴な疑問を口にすれば。

「「「「……」」」」

 とても微妙な表情で顔を見合わせられる。

「確かにそうなんだけど、姉御に見つかると」

「……『なんだよ君たち、大の男四人で情けない』」

「となって話がこじれるんだよね」

「成程」

 確かに言いそう、ってか助さん口数少ないけど声真似上手いな。

「というか、そっちの隊のシスターさんも含めて禁止カードでしょ」

「まあ」

 言えてる……あの二人はほろ酔いまで行くもののその先がない底なしだ。

「それに、何と言いますか」

「女子を呼べる店じゃねーんすわ」

 いつの間にか路地裏に入っており、たっちゃんが親指で示した先には。

「……店?」

 昭和時代中盤くらいにタイムスリップ……いや、そこだけ取り残されているかのような外見の、ベニヤとトタン張りの民家?

 一応、よーく見ると小さな看板はあるけれど。

「やっぱり初見ではそうなりますかな」

「大丈夫、味は保証するから」

「……ではいざ尋常に」

「リベンジと行こうぜー!」




「これはまた……」

 瀬織邸の青々しい香りのよい畳とは対極のよく使いこまれた畳の広間で六人掛けの卓に案内されるとそこにはまた古式ゆかしいガス式の焼肉コンロが三基。

 逆にこの構えでお店が成り立っているのなら俄然味の方にも興味が湧いてくる。

「では、飲み物の方は……」

「生でお願いします」

 幹事が似合い過ぎるホッシーさんにそっと挙手する、も。

「え? 例の酒に行かないの?」

 格さんの方から物言いが入る。

「初手はビールから行きたいかな? と……折角美味い肉ならそっちとも食べ合わせたいし」

「そんな余裕ぶっこきで大丈夫? ノルマあるからね?」

「いーや、この兄貴なら余裕なんじゃね?」

 たっちゃんにどやされた肩を軽く竦めて。

「ま、呼んで頂いた分は戦力になりますよ」

「おー、いいじゃんいいじゃん」

 そんなわけで、わかりやすく五人前のビールとキムチをまず注文する。




「ビール、お待ちどう」

 ジョッキを五つ、店主のおじさんが運んできてくれる。

 ……改めて見てもこの店、牛じゃなくて熊とか猪の肉出るんじゃないか? と思わせられる鋭いとはちょっと違う、使い込まれた鉈のような雰囲気のある人だ。

「肉は、どうするかい?」

「一通り頼みますが、特に希望はありますかな?」

 本当、幹事力の高いホッシーさんにお任せしますと四人で頷く。

 メニューの一列を全て三人前にしてカルビだけは更に倍……良いチョイスだと内心で頷いているとニヤリとわかっている笑みを送られる。

「あと、先日頂いてとても美味だったアレとコップを人数分」

「わかった」

 メモ書きを前掛けに仕舞って店主が下がったところで。

「さて、では何はともあれ」

「待ってました」

「ん」

 全員ジョッキを構える……やや、泡の多い状態だがこの店構えならそれもご愛敬だろう、あとジョッキに書かれたビールメーカーが雑多で消えかけているものさえあることとかも。

 むしろ、生を出してくれることに感謝。

「カンパーイ」

「ウェー」

 鈍くガラス同士がぶつかる音がした後、野郎五人が喉を鳴らす音が続く。

「くぁーっ」

「たまんねぇ」

「ふぃー……」

 喉越しを堪能して、思わず声が漏れる。

 最近多い女性との飲みの際は取り繕うまではいかないもののそれなりに気は使っているので……まあ、何というか今は羽根を思い切り伸ばしている。

 三分の二ばかりを飲み干したジョッキに一度目を遣ってから、一息ついた後もう一回残りを一気に呷る。

「おお、行きますねぇ」

「いや、無性に美味い気がして……とりあえずもう一杯行っても?」

「勿論もちろん」

 じゃあ俺もこちらも、とジョッキを傾けたホッシーさんたっちゃんと合わせてジョッキを三つ追加注文したところで。

「まずカルビと肩ロース」

 ずん、と銀色の大皿がテーブルに届けられる。

 細かくサシの入ったお上品な、ではなく赤身と白身がはっきりと分かれているタイプの肉だけれど何ともいいタレの匂い……。

「よーし、焼きますかな」

「待ってました」

 ついでに置かれていった着火用ライターを手に取ってホッシーさんが点火を試みるが……。

「おや?」

 カチカチ、という音が三回したものの、ガスが切れかかっているのか初回は一瞬、それ以降は音沙汰がない。

「向田の兄貴、出番じゃね?」

「……了解」

 確かに、こんな美味そうな肉を前に手を拱いているのは時間やら諸々が勿体ない。

 軽く集中した後、折角なので指を鳴らして一気に三基点火して見せる。

「おおー」

「いよっ、待ってました」

 何故か拍手が起き、丁度そこに追加のジョッキが届いた為。

「よいしょー」

「お疲れ様でしたー」

「いや、晩飯前ですよ」

 無駄にジョッキを掲げてぶつけ合ったりしてしまう。

 まだアルコールは一口だけだけれど、終業後の焼肉ということで全員無駄にテンションが上がり始めている。

「いやー、しかし、思ったんだけどさ」

「ん?」

「……どうした? 覚」

「もし兄貴が着火するタイミングでガス漏れしていたら大惨事だったよなぁ、って思って」

「二番隊壊滅ですなぁ」

「……俺、流歌さんに絞め殺されそう」

「そんときゃ俺らもガス爆発ごときで情けないって道連れっすよ」

「間違いない」

 酒の席でありがちなことに、この場にいない人を話のタネにし。

 また全員で顔を見合わせて笑うのだった。





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