5.タレ?塩?③
「日本酒」
「うん」
「好きなんですね」
協議の上塩となった串の盛り合わせは二人前注文したものの。
それ以上のハイペースで五合目に突入している吟醸酒を注ぎながら思わず呟いてしまう……いや、本当の本音は「オイオイ水じゃないんだぞ」だけれど。
「カクテルも焼酎も好きだよ? 一番は神の血だけどね」
「……本場のご出身、でしたっけ?」
「そそ、スペインの風車に向かって突撃するところ」
「絶景なんでしょうね」
「実際そうよ?」
酒を口にする時とは違う種類に笑顔で自慢げに。
「あ? その割に日本語話せてるって思った?」
「まあ、そこは皆多少思うと思いますが」
視界の情報から入って来る絵に描いたような金髪碧眼をシャットアウトすれば少々イントネーションに癖があるところがある程度で全然気にならない。
「パパの仕事で昔から行ったり来たりしてるから」
「なるほど」
そういうものか、と頷きながら届いたばかりのネギまを一口。
溢れだす鶏の脂と葱の甘みが最高に美味い、よしこの店は当たりだった。
「じゃあ、お返しにこっちも聞いていい?」
「何でも、とはいきませんけど、どうぞ」
美人の圧にも多少慣れ始めたので気持ち身体をそちらに向けながら頷く。
そこにスルっと飲み干したお銚子を細い指先で弄びながら一言。
「どうしておじさん、あたしたちの隊に配属されたの?」
「!」
新たに追加して貰ったこちら用のお銚子を思わず取り落としそうになってしまう。
「……じーっ」
「それが歳が離れてって意味なら、俺がその……結構遅咲きだったため、ですが?」
飲酒可能年齢な目の前の彼女の頃ならともかく、高校生の頃は必死に与えられた物をモノにしようともがいていた時期、だった。
「なんかこう……それだけじゃなさそうな感じがするんだけど」
「……家の当主からは瀬織の家のお嬢様をしっかりお守りするように、とは言われてますが」
「あー、古い名家同士のあれやこれや?」
「そう理解していただけると幸いですね」
ふーん、と言いたそうに……というか実際言いながら鳥皮の串をすっと食んで。
「でも、ぶっちゃけ浮いちゃってはいるよねー」
「……それは言わんといてくださいよ」
悩んではいるんだから。
かなり切実に。
「それに、そちらの一族には確かもっと若くてとんでもない人が居るんでしょ?」
「一族の本拠地から外に出向させるのは使い潰しても全く問題ない程度の奴ですよ、第一そいつは跡継ぎなので絶対に隊に配属にはなりません」
「ふーん?」
「それに、まあ、その……世代差は否めないけれど、最低限嫌われなければなんとかなるでしょう」
「そういうものなの?」
「……うら若い女子に必要以上にこんなのが近付いたら案件ですよ」
身長180㎝台後半の強面筋肉質が。
「それはそっか」
冗談ではあったんだけど、そんなに面白そうに笑われると……若干傷つく。
いや、自覚しているけどね? わかっちゃいるんだけどね?
「んー、答えてもらったような、はぐらかされたような」
「すんませんね」
御代わりを注ぎながらこの辺で勘弁して、と困り顔を意識し訴える。
「じゃあ、別ジャンルの質問しちゃお」
「どうぞ」
「おじさんって、こんな風なお誘い大丈夫な人?」
「全く問題有りませんけど?」
逆だったら多分、何らかのハラスメントに該当する気がする。
「いや、そうじゃなくって……誘っちゃってから気付いたんだけど」
「?」
「おじさんがもし既婚者だったら、このシチュエーション、ヤバいよねー? って」
胃の辺りからこみ上げてきたものはチャンポンしたアルコール類と鶏で全く酷い味がした。
「そんなに、驚くことだった?」
「想定外過ぎたというか、なんというか」
ただ、まあ、確かに……妻子が居てもおかしくない年齢であるのは確か。
年齢だけで言えば、だけれども。
「まあ、もう一回言いますけど、こちらの身辺は全く問題ないです」
左手に何も付けてないのを広げて見せながら。
「むしろ、それを言うならこちらの方こそ配慮が足りなかったかと心配してるんですが」
「え? あたし?」
きょとんと自分を指す姿に、頷く。
こちらよりそちらに居ない方が不自然であろうと。
「いやぁ……募集してない訳では、ないんだけどね」
「じゃあ立候補者は選り取り見取りでしょうに」
こんなモデルさんです、と言われても速攻で納得できそうな女性は。
「けれどね……理想を満たしてくれる男の人が未だ現れなくって」
「はぁ……」
どんなかぐや姫も真っ青な無理難題を? とか想像したところに。
「いや、別に高望みしてないよ? ひとつだけだし……あ、ありがとね」
指を振りながらお猪口を空にする……そこにそっと注ぎながら興味は引かれたのでその話題に乗っかかる。
「……ちなみに聞いても?」
「いいよ、隠してないし」
丁度そこに件のアルバイトさんが追加の冷を持ってきてくれる……受け取りつつ二人で空になったお銚子を五本ばかり纏めて下げて貰う。
「あ、この芋焼酎ロックで」
「割らなくていいんですか? ……ええと、柚子酒をロックで」
「そっちこそじゃん!」
「お互い様ですね」
一頻り笑ってから、軽く店内の喧騒に乗せるように回答が来る。
「さっきの、なんだけどさ」
「はい」
「あたしより、お酒に強い人がいいんだ」
「……」
「何、その顔」
「……そうそう居ないでしょう? そんな人」
思わず素で答えてしまった。
「ちょっとー、それどういう意味」
「そのまんま、ですが」
何時の間にかまた空になっているお猪口を指差す。
しかも軽くくちびるを尖らせている顔の色は軽く上気しているかな? 程度……あまりまじまじと見ると失礼なので凝視は避ける。
「ええと、普段は大学生でしたっけ」
「そうだよー、花の女子大生」
頬に指を当てながら片目を閉じる……モデルじゃなくてアイドルも行けそうですね。
「何というか……さぞ」
「ん?」
「数々の男子を酒の海に溺れさせてきたんでしょうね」
「うふふ」
笑顔で肯定はしないけれど否定もしないで組んだ指に顎を乗せてる……怖っ。
「あ、でも、そういうおじさんこそなかなかのペースじゃない?」
「料理も酒も美味しいし、それに」
「それに?」
「こんな美人さんと話しながらなら、そりゃあ進むって話でしょ?」
「あら、お上手」
丁度そこに先程注文したロックグラスが二つ。
自分の分を手に取った彼女がまだカウンターの上の俺の分に軽く合わせてから微笑む。
「じゃあ、今夜は飲み比べしてみる? セージさん」