57.肉じゃがとハンバーグ
「さあ、今日もたくさん召し上がって下さいね」
「ありがとうございます」
今回は先日約束してあったこともあってかもう料理が並んでいる。
……しかし、前回より増えてないか? というか、確実に増えてる。
そして実に飲みたくなる小鉢のラインナップ。ビールもいいけれど日本酒で行きたくなる。
「どうしました?」
「いえ、何でも」
けれど悲しいかな今日も車で訪問しているし、代行を頼もうにも敷地に部外者が入るのは止した方が良いだろう……そもそも、一人だけ飲むというのもおかしな話だ。
それに、アルコールの類が準備してあるとは……。
「次回以降リクエストありますか? 向田さん」
「何が出てくるかという楽しみもありますので」
穏やかに聞いてくれる銀子さんなら台所から出してきそうで困る。
いや、ここではノンアルで味わおう。
何のために訪問させてもらっているかを忘れそうになっているが、流され過ぎてはいけない。
「今日も本当に美味しいです」
「それはよかった」
最初に白菜の煮物と小さな切り身の照り焼きを口にしてからテーブルの向こうからの視線に感想を述べる。
「茶碗蒸しもおすすめですよ」
「気にはなっていました」
蒲鉾や鶏肉を暖かくほんのり甘い玉子が纏めていて……そしてその中にほっくりとした食感。
「銀杏」
「きっと食べたい筈だ、ってこの子たちが言うので」
「ははは……」
図星も図星、銀子さんに杏ちゃんという御祖母さんと孫。
何処かで食べれないかと地味に最近探していたけれど……そうか、茶碗蒸しでいう手があった。
「ちなみに、誰が言ったと思う?」
こちらも笑顔で茶碗蒸しを食べながら元気に問いかけてくるワンコちゃんに一瞬考えてから答える。
「皆さん全員?」
「せいかーい」
理解され過ぎてて苦笑いしか出ない。
「本当は初回からお出ししようかと思ったんですが、千弦ちゃんが拗ねるかと思って」
「ちづちゃん、銀子さんの茶碗蒸し大好きだものね」
「銀子さん! お姉さままで!!」
既に食べ切っていた栗毛ちゃんが慌てた声を出す……ちょっと珍しい。
「それと、もう一つおすすめは肉じゃがでしょうか」
「なるほど」
中くらいのお皿に山盛りで出されたそれに、折角だから箸をつける。
なんというか、気持ち肉多めで、肉じゃがという味がする肉じゃがでほっとさせられる……ただ、ちょっと気になるのはじゃがいもと人参の大きさがややランダムというか若干不揃いで。
「……」
「「……」」
全然さり気無さを装えずこちらを見る水音さんと、さっき指にしていた絆創膏と……「有難く食べて美味しいと言いなさい」という栗毛ちゃんからのアイコンタクト、が答え合わせか。
「もちろん、美味しいですよ」
「オジサン、基本何食べても美味しいって言ってるじゃん」
そんなこと言ってテーブルの下で思いっ切りどつかれてる……。
「いや、本当にその、アカン時はちゃんとごめんなさいしますよ?」
「例えば?」
「え? そうですね……昔、釣った魚で自分で作ろうとしたハンバーグとかはボロボロの焦げまみれで内臓の処理も甘くてけれど一部は生焼けで……」
「「……」」
呆れ二割、「そんな劇物と比べるな」というお怒り八割の視線をお姉さん大好きな二人から頂戴する羽目になる。
確かにそうだと自分でも反省しながら、その際に姉さんから「わからないなら聞け!」と食らったチョップを思い出しつつ黙っていると水音さんにそっと聞かれる。
「ハンバーグ、お好きなんですか?」
「……いえ、むしろそのあたりのトラウマなのか好んでは食べないようになりましたね」
「あはは、そうなんだ」
いつものテンションで明るく笑い飛ばしてくれるのは、今は有難い、かな?
「おじさまをハンバーグの有名店やハンバーガーショップとかに連れていったらどうなるか実験したくなりますね」
「まあ、そういうところでもステーキとか一枚肉のものとかはありますからね、大体は」
カットされた鶏の照り焼きを摘まんで口にする。
じんわりと溢れてくる甘辛い脂がたまらないな……次は白米にしないと。
「でも、ホント美味しそうに食べるよね、オジサンは」
「実際美味しいからどうしようもありませんよ」
「作り甲斐があって私は嬉しいですよ……そういえばあの人も」
「「「!!」」」
湯呑を手にして遠くを見る目をした銀子さんに三人して身構えるものの、流石に食事の最中に席を立つことはできず……それなりの時間、全員で拝聴することになったのだった。
それから。
手土産に持参させてもらったフルーツシャーベットをデザートにした後、今日は飛び石を抜けるのを同行してくれる人が居るので玄関先で水音さんたちに見送られ小さな門を潜る。
「ふぅーっ」
「相変わらずの御健啖ぶりですね」
駐車スペースでこっそりとベルトを緩めていたけれどしっかりと目撃されたのか、少し呆れたような声で言われる。
「美味しいものは有難く頂く主義、ですので」
「まあ、銀子さん……もお料理を楽しんでいらっしゃるようなのでそれは構いませんが」
不自然に空いた隙間には恐らくだが水音さんの名前が入るのだろうか。
そしてそのことで栗毛ちゃんがややご機嫌斜めなのは……やはり俺のせいか?
「楽しそうで、そんなところがまた素敵……だったんですよ、ええ」
「……不愉快そうに料理されたら食材が可哀想なので良いことでは?」
「…………」
組み始めて最初の頃、のような視線を頂戴することになって軽口は自重する。
夕暮れの時間帯でもそこまでは車通りのない高級住宅街でやっと一台過ぎていったくらいの間を持ってから、口を開く。
「まあ、例えば、ですが」
「はい」
「他に選択肢がなくてやや特殊な料理を出す店に入るしかなくて、そんな珍しい料理がそれなりに口にあった場合は」
「……」
「暫くリピーターになることもある、とは思いませんか?」
少し考えてから栗毛ちゃん……いや、千弦さんは口を開く。
「私が心配しているのは蠍料理は趣味が悪いのも勿論ですが」
「……ええ」
趣味が悪いとまで言われた……確かにという気持ちとそこまでじゃないだろうという反論が脳内で半々。
「ちゃんと毒の心配がないかどうかも、ですよ」
「美しいお姫様に毒を食べさせたいならそんな見た目にも危ないものじゃなくて林檎を使うでしょう」
「……それは、確かに」
きょとんとした後、結構素の表情で頷かれる。
それに個人的に蠍はもう勘弁かな? 脇腹がまだ若干疼くし。
「それはそうとして……お迎えの車、よほど酷い渋滞なんですかね?」
「もう着くとは思いますので、おじさまはお先にどうぞ」
「お姫様を狙うなら周囲から人質を取るという手もあると思いませんか?」
「……小人を、ですか?」
「仲のいい森の妖精辺りとか? 案外魔女はそちらを狙うかもしれません」
台本にないキャラクターを出してしまったが、実際それも懸念してはいる。
お嬢様具合も力の大きさも、あと客観的な美人度合も全然負けてない。
「まあ、そういう細かいことを抜きにして」
「?」
「こんな時間帯に女の子を一人にさせるほど粗忽な男ではありませんよ」
「お邪魔虫でも?」
「全くそうは思っていません」
そう、の意味合いが自分でも不確定だけれど……少なくとも邪険にしようなんて気持ちはない。
そうこうしているうちに静かな走行音と共にヘッドライトが近付いてきて、見覚えのある運転手さんがこちらにも一礼をくれて後部座席のドアを開ける。
改めて考えれば四十代前半くらいと思しきこの人もかなりの手練れ、なんだろうな。
「ではまた、珍味さん」
「ははは……」
毒持ちではない、とは改めて認定して貰えた、のか?
軽く会釈をして車の方に進んだ栗毛ちゃんが、一旦止まる。
「そういえば、ですが」
「?」
「お姉さまは白雪姫よりベルがお好き、ですよ」
深い意味はありませんが、と呟いて振り返らずに後部座席に収まって、静かに高級車が発進していく。
「……いや、別段呪われなりとかはしていませんが?」
そんな随分とラグのある突っ込みを聞いてくれる人はいなかった。




