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55.立ち位置。

 口の中のグレープフルーツと塩の味を咽ないように努めて平静にゆっくりと飲み干す。

 それから一呼吸しっかりと吸ってゆっくりと吐きながらグラスを一旦テーブルに置く。

 そんな間に。

「やっぱり、セリーナも思った?」

「あ、私だけでなくてよかったです」

 二人はしっかりと握手を交わしていた。

 そんな二人に。

「そりゃあ、見知った顔を見れば愛想笑いくらい出るでしょう」

 そんな言葉を口にしながらもう一度グラスを傾ける、もさっきほぼほぼ飲み切った中身は数滴の氷水の中にお情け程度に酒の味がする程度で話を切る役には立ってくれない。

 もう少し早めに代わりを頼んでおくべきだったかな、と思ったところに眉間の辺りに気配が来て。

「こーんな薄い色の入った眼鏡しているから見えてないの?」

 腰を浮かせて手を伸ばしてきたレオさんに眼鏡を外される。

「一応両目ともに2.0なので伊達で破片とか諸々防止用ですが」

「おうおう、それで水音ちゃんの笑顔もカットしてるのかなぁ」

「……」

「最近、笑っているところが明らかに増えたじゃない」

 それもお義理なんかじゃ決してないヤツよ? とちょっと鋭い感じの目で見られる。

 一応、笑顔は思い浮かべられる程度には目に入っている……もしかすればそれでも直撃はしていないのかもしれないが。

「セージはいい人だけど」

 そのまま没収された眼鏡はテーブルの反対側に丁寧に置かれる。

「水音ちゃんには特に優しいもんねぇ」

「……基本、女性には親切を心掛けていますが」

 でしょう? という主張を込めて空になっていたレオさんのお猪口にたっぷりと注ぐ。

「ん、ありがと」

「まあ、その……重責を負わされて緊張して肩に力の入っている女の子には余計に気をかけてしまうところはあったかもしれませんね」

「ほほー、そういう言い方するんだ」

「お節介かもしれませんけれど、そうされた女の子がどう思うかはきちんと考えて下さいねー」

 正面に対応しているところを斜め前から立花さんにも一発ブローをかまされる。

「済みませんね、そういう機微には疎いもので」

「そうは言ってもセージだって誰かのことを好きになったことくらいあるでしょ?」

 あからさまに目を逸らしたところをネギまの串を突き付けながら問われてしまうが、上手い具合に追加の酒が運ばれて来て一旦話が中座する。

 こちら以外の席の分も乗せた大きなトレイを持った店員さんに構わないか確認し女性陣の分を直接受け取り二人の前に置いた後、自分の分を受け取りそのまま一口口にする。

「そこんとこ、どうなのー?」

 やや目の座り始めたレオさんはその程度の中座では逃がしてくれなそうで、軽く観念する。

「……まあ、これでも一応少年だった頃はあるので、無いとは言いませんが」

「うんうん」

「ですよねぇ」

 満足そうに頷いた後、酒が美味いとばかりに立花さんはそれなりにごくりと梅酒サワーを口にし、レオさんの方はというとさっき注いだ切子ガラスのお猪口を一気に呷り空にする。

 いっそこのまま飲んで潰れてくれないか、との思いを込めて更にどうぞ、と勧めるも……全然その気配はない、どころかレオさんの舌は更に滑らかに回り始める。

「ちょっといいな、って人に優しくされたら嬉しいものじゃない?」

「それは間違いないとは思いますが」

 昔の姓を使っていたころの、包容力のある笑顔を思い出しながら頷く。

「でっしょー?」

「ただし」

「うん?」

「それは多少なりとも好意がある人に対しての場合でしょう?」

 輪切りのレモンの浮かぶ淡黄色の液面に目を落としながら呟く……グラスの縁の塩より辛く、グレープフルーツより遥かに苦い記憶。

 今はもう望めない優しさ。

「ほっほーぅ?」

 そんな気持ちに沈んでいたところに、眼鏡を没収された鼻先を今度は直接摘ままれ思わず顔を上げる。

「水音ちゃんにとってのセージはそうじゃないって?」

「むしろそういう要素がどこにあります? 少し前に知り合った遥かに年上のおっさんですよ?」

 言っててやや哀しくもあるが「遥かに年上のおっさん」を強調して口にする。

「ふーん、セージはそういう認識なんだ」

「普通そうでしょうよ、常識的に」

「でも、水音ちゃんはどうなのかな?」

「どうもこうも……」

「自分のことを命懸けで守ってくれる年上の男性、いいんじゃない?」

「あ、先日向田さんが大怪我をしたというのは……」

「水音ちゃんを庇ってだったし、この前も攫われそうになったところをお姫様抱っこで、こう……ね?」

 こちらとしては水音さんの力を確認するために無理をさせたという罪悪感しかないが……。

 身振り手振りで説明するレオさんの熱弁を聞いた立花さんがキスアンドクライで優勝の瞬間を迎えたフィギュア選手の如く両手で口元を押さえる。

「それ、絶対ときめきますって……お姫様のようにされたい願望が僅かもない女の子なんていませんよ」

「そういうものなので?」

「そうですよー、それに瀬織隊長、あの制服から察するにずーっと女の子しかいない学校に通っている箱入りのお嬢様ですし」

「……」

 ごくり、と梅酒サワーを飲んでから立花さんが強弁する……ちょっとずつ一口当たりの量が増えてないか?

 まあ、あの絵に描いたような黒髪の女の子が純粋そうなのは端々から見えているし、実際そうなのだろう。

「だから、いいんじゃないです? ちょーっと年上の王子様」

「ちょっとどころじゃないし『う』が余計ですよ」

「セージのことおじさま呼びしてるのは千弦ちゃんじゃん」

 あっはっは、とまたもや自分の席から腰を浮かせて身体を伸ばしたレオさんがべしべしと肩を叩いてから薄めに笑う。

「まあ、頼りになるところ見せすぎじゃない? 大人の男性」

「……」

「そんなことばかり言ってないで、もうちょっとちゃんと、考えてみたら?」

 返す言葉に困って、また一口グラスを口にする。

「……ちゃんと考えたところで、有り得ませんよ」

「この際、歳の差とかは言わないでよ」

「全く無視するわけにもいかんでしょう」

 せめて俺がレオさんぐらいの歳だったなら、とか考えた後で。

 そのくらいの歳だったとして一体どうする気なんだ、と思い切り自戒する。

 それに、手助けはしつつ利用している側面があることも事実で。

「第一、そんなに女性に気に入られるような面はしていませんし」

「それもこの際かんけーなし」

 残りを呷ったレオさんに指差される。

 そんなタイミングで……。

「あー、もう!」

「「!!?」」

 少々強めに、グラスがテーブルに下ろされた音で一瞬思考が止まる。

「男の人って、いっつもそうですよね」

「せ、セリーナ?」

「一体、どうされました?」

 若干息が荒く、顔全体に血流の回った表情の立花さんがかなり強めの視線と低くなった声でこちらを見ていた。

「二言目には歳が合わないだの何だの言って」

「たちばなさん?」

 こちらを見てはいるものの、睨まれているのは別の誰かのような……。

「こっちも真剣だったんだからそんな生まれるタイミングなんてどうしようもないことじゃなくってもっとしっかりした理由で振って欲しかった……」

「えーっと、とりあえず、落ち着こう? ね?」

「ううん! マスター、もっと強いお酒頂戴」

 どうどう、と肩を押さえるレオさんに構わずそんなことをのたまう立花さん……目線の先的にマスターって、俺か?

 日本酒に切り替える時に使うために予めもらっていたお猪口、つまり未使用のものに並々と透明の液体を注いで差し出す。

「どうぞ、お客様」

「ありがとう」

「わー! セリーナ!?」

 それを奪うように手にした立花さんはレオさんの制止を振り切るようにそれを一気に呷り……。

「ふーっ……折角だからもういっぱ……」

「あ」

 空になった杯をこちらにグイっと差し出した体勢からそのままテーブルに崩れる。

 そうじゃないかと思ったので前にあった取り皿はそっと下げ、代わりにおしぼりを滑り込ませたのでダメージは最低限だろう。

「……寝てる」

「でしょうね」

「セージ、あのタイミングであれはないんじゃない?」

「水ですよ、あれ」

「え?」

「さすがにあのタイミングでアルコールは飲ませませんよ」

 チェイサー用に準備されていた水差しを軽くゆすって見せる。

 勝手ながらドクターストップさせてもらいました。

「って、ことは」

「自分でおっしゃられた通り、なんでしょうね」

「……あの言い方でホントに弱い人初めて見たかも」

 トータル梅酒サワーを二杯、か……確かに。

「えっと、どうしようか」

「追加の注文をしてしまったので、それを消化するまではこのまま休んでもらって、その後起こしてタクシーですね」

「うん」

「呼吸は大丈夫そうです?」

「それは、うん」

 顔を寄せて確認したレオさんが頷く。

 そんなときにお酒の出る店特有のざわめきの中に小さな寝言が聞こえた。

「おにいちゃんのばか……」

「「……」」

 二人で顔を見合わせ、しばし店内の喧騒に空気を任せる。

「……そういえば、この前従兄さんの結婚式に行って来たってマカダミアチョコ配ってたっけ」

「ああ……」

「そういうこと、なのかな」

「どうでしょうね」

 ひとそれぞれですし、と言いながらも多分レオさんの言う通りなのかもしれないな、と内心で納得しつつ自分のグラスを傾ける。

 味は変わらない筈なのにさっきより無性に甘苦く感じた。




 そして。

「立花さん、大丈夫そうでしたか?」

「うん、何とかね」

 しばらく休んだ後、最低限起きてもらい彼女の住むマンションへタクシーで来た上で部屋の前までは身体を支えさせてもらい、中の方はレオさんに任せて玄関前で待機をしていた。

「ちょっと、その……恥ずかしそうだったけど」

「お酒に弱いは弱いで女性の場合は可愛らしいでしょう」

「いやー、そっちじゃなくって」

 エレベーターで一階まで下りながらレオさんが苦笑いする。

「年下の前でああなっちゃったところ、とか」

「確かにレオさんとなら一応上だけれどほぼ誤差でしょう」

 一方こちらはさらに年上なわけで。

「あと、ちょっと初恋の思い出をポロリしちゃったあたり、をね」

「まあ、お酒の席だしそんなものでしょう」

 忘れましたよ、それは……と片手を振りながら道路に出る。

 想定より時間がかからなかったのでさっきのタクシーをキープしておけばよかったかと若干失敗したか、と思ったところで。

「あ、いいよ、家そこまで遠くないし、歩いてく」

「近くまでは送らせてもらいますよ」

「ん、ありがと」

 暴漢の一人や二人や三人くらいならあっさり蹴り飛ばせそうだけれど、それはそれとして。

 良い感じに月の出ている夜道を、一応大通りを経由していく。

「そういえば、セージ」

「はい」

「聞きそびれちゃったけど、セージの初恋の相手ってどんな人?」

「残念ながらもう閉店しましたよ」

 もう打ち止めです、と肩を竦めれば軽いブーイングが飛んできた後。

「お酒の席の恋バナは確かに今晩限りで流した方がいいかも、だけど……一応、小生意気ながらも飲み友達からの提案」

「?」

 一転して、色々あったからか随分と素面に戻ってきた顔で切り出される。

「いくらかなり年下の女の子だからって、軽く見たらダメだよ」

「……ですから、考えること自体がおかしな話だと思ってますって」

「ふーん」

 腕が伸びて軽いパンチが頬に見舞われる。

「だったら、セージ」

「はい?」

「どうしてさっきからそんなに面白くなさそうな顔をしてるの?」

「……」

 思わずレオさんの方を見返してしまい……それから再度顔を前に戻す。

「そんなことは、ありませんが」

「う・そ・だ」

 うん、流石に今のは無理があるのは認めざるを得ない。

「その建前は確かかもしれないけれど、そこで思考停止は良くないと思うな」

「……かもしれませんね」

「お酒抜けた後、もう少し向き合ってみなよ」




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