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50.晩御飯を食べよう②

「お待たせしました」

 女の子たちにあの手この手で屈服させられた後、もうしばらく庭先で雑談をした後広間の方に通される。

「おお……」

 先程からほんのりと漂ってきていた香りからも想像できていたけれど、絵に描いたような和の料理が並べられている。

 和食、というか「おばあちゃんの家の晩御飯」という趣の品々が……超大量に。

「どう? 美味しそうでしょ?」

「ええ、それは確かに」

 両手を腰に当てて物凄いドヤ顔を披露してくれるワンコちゃんに一切の異議無く頷く……強いて言えば君、お手伝いすらしてなくない? ってところだが。

 水音お嬢様でさえ今配膳手伝ってるよ?

「……それにしても」

 まだ、料理が運ばれてくるのは一体どういうこと……? 現時点で五人前はありそうだけれど。

「お嬢様と千弦ちゃんと杏から、本当によく食べる方だと聞いていましたので」

「……あの、その」

 大量の煮しめが盛られた大皿を置きながらにこやかに銀子さんに言われる。

「お嬢様も杏も量を食べないので、今日は普段できないことをしてみました」

「杏さんは割と食べませんか?」

「最初の勢いだけなんですよ」

「……言われてみれば」

 水音さんで目立たなかったがたこ焼きの時もいい勢いで食べてたと思いきや真っ先にお腹いっぱいと言ってあとはゲームしてたな。

「銀子さん、これはどうしましょう?」

「真ん中に固めておいて置いて下さいね」

「はい」

 今度はお盆に小鉢が大量に来たぞ……。

 きっと良い味だろう漬物に小魚や魚卵等ご飯のお供の類。

「向田さんはお酒も嗜まれると聞きまして」

「ええ、まあ」

「でしたら、こういうのもお好きですよね」

 それはその通りで……松前漬けやいか明太に思わずロックオンしてしまっている。あ、あの卵黄をタレに漬けたのも美味そう。

「女の子相手だとあまり作る機会がなくて」

「まあ、それはそうかもしれませんが」

 だからって量が量……いや、でも、味わいたい。

 そんな風に座布団に座りながら脳内で絶対に食べたいものを厳選し順番をシミュレーションしている中、艶々の白米が盛られたお茶碗が目の前に置かれる。

 多分大きなものが今まで必要なかったせいか普通サイズの茶碗に大盛にされて。

「征司さん」

「はい」

「いくらでもお代わり、申しつけて頂いて構いませんから」

 軽く握りこぶしを作って見せてくれながら、笑いかけられる。

「沢山、食べて下さいね」




「では、いただきます」

「はい」

「召し上がってくださいな」

 まず葉野菜と油揚げの煮物に箸を伸ばす……。

「!」

 野菜の甘さと苦み、そしてたっぷりとそれと出汁のまた違う甘さを含んだ油揚げ。

「……」

 ゆっくりと嚙み締めた後、次にきんぴらゴボウに箸を伸ばす。

 しっかりとした歯ごたえと甘辛い味付けが実に……。

「せいじさん?」

「……おいしい、です」

 箸を持ったままこちらを伺っていた水音さんにしみじみと零す。

 たまにこういうのが食べたくて居酒屋とかで頼むこともあったけれどそれらの濃い目の味付けと違って薄めの優しい味付けが……何と言うか、沁みる。

 勿論、控えめなだけで物足りないということも絶対にない絶妙なライン。

「よかったです……あ、ええと、私は特に何もしてないんですけれど」

 わたわたとちょっと珍しい早口で言う……そうは言うけれど、それ以上に何もしていなかったワンコちゃんが君の後ろでドヤ顔してるけど。

「その、ずっと食べてきた銀子さんのご飯が征司さんに美味しいって言ってもらえるとうれしくて」

「気持ちはわかりますよ、まあこれが美味しくないって人はそうそう居ないと思いますが」

 言いながらもし過去に戻ってそういうことが……姉さんの料理が誰かに褒められることがあればそれは我が事のように嬉しかっただろうな、とかふと考える。

「お嬢様から伺う分には」

「?」

「お店での食事が多いようでしたから、こういうのが良いかと」

「……御見それしました」

 参りました、と頭を軽く下げた後……考える前に箸が再度煮物へと伸びている。

 そして続いて口にした白米も漬物も小アジの南蛮漬けも当然のように美味しい。

 そうなると、当然。

「わ、もうお茶碗空になってる!」

「おかわり、しますよね?」

 頷いてそっと茶碗を差し出すしか、選択肢はなかった。




「ふふふ……」

「……何でしょうか」

 車を停めさせてもらった場所へ送って貰う道すがら、何かを思い出して微笑ましそうに笑う水音さんに対してわかっているが、尋ねる。

「征司さん、四杯も食べちゃって……」

「アレは狡かったですよ」

 どうしても外せないなというおかずをチョイスしつつ上手いことご飯二杯で決着を付けた、というタイミングで「そうそう、お出しするのを忘れていました」としれっと出された一転濃い味の牛スジの煮物。

 何とか抑え込んだ筈の食欲に再点火され……気付いたらそのようなことになってしまっていた。

「ホント、よく入るよね」

 感心したようなワンコちゃんに軽く脇腹を突かれる。

「美味しかったので」

「ふふふ……」

「ん」

 ならばよし、という風に二人に笑われる。

「本当は、ちづちゃんも居れる日だとよかったんですけれど」

「途中で帰られましたが……」

 その際に目が「お姉さまが楽しみにされているから仕方ありませんが大人しくご飯食べたらさっさと帰って下さいね」と言っていたような気がする。

「晩御飯を一緒に食べるのは週に一日まで、と決められているんです」

「……どなたにですか」

「ちづちゃんのお父様に。その……将来どうなるかわからない娘よりは、お姉ちゃんたちの方と仲良くなれ、ということのようで」

「失礼しちゃうよねー」

 ツインテールを揺らしながら憤慨する様に思わず笑ってしまう……そんな風に言わないの、と言いながらもありがとうというように頭を撫でている様にも暖かいものを感じる。

 部外者ながらもベクトルの違う良い子が二人も傍にいるのは良いことだな、とおっさん臭いことを考えたりもしたところで愛車の前まで戻って来た。

「では、ご馳走様でした……銀子さんにも改めてお礼を伝えておいてください」

「はい」

 キーのボタンを押して車のロックを解除しながらそう言うと、嬉しそうに頷いた後一呼吸置いて見上げながら尋ねられる。

「あの、征司さん」

「何でしょうか」

「引き続き相談に乗って頂けるんですよね」

 力の件に関して、そういう言い方で。

「引き受けた以上は。その、あまり水音さんの負担にならない程度のペースで」

「その時は、またご飯を食べていってほしいです、と言ったら……ご迷惑ですか?」

 もしかしてそう言われるかな、と思ったし魅力的ではあるけれど。

 流石に無条件に頷くのも憚られて、まずはご負担をかけてしまうところを口にする。

「銀子さんが大変では……?」

「そんなことはないと言っていましたけれど……あ、でも、大丈夫です」

 彼女なりの力強さでぐっと握りこぶしを作りながら堂々と断言される。

「?」

「こ、こちらの話です」

 そんなことを話しているうちに、開錠したのに空けなかったドアが電子音とハザードと共に再びロックされる。

 一番昼の長い時期の夕暮れ時、長居してしまった気がしてしまう。

「では、本当に今日はご馳走様でした」

「はい」

「あと……楽しい夕食でした」

「!」

 薄暗がりで表情が輝いたな……と思った後で自分が思わず零した感想に気付く。

 気付いた後で、まあそれも仕方がないかと思う。

 綺麗な女の子の笑顔なのだから、眩しくもあろうと。

「なので、その……」

「……」

「とりあえず次回もお言葉に甘えさせて頂こうかと思います」




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