4.タレ?塩?②
『レディーからのお誘いは断るなんて野暮よ?』
「いや、それは理解してるんですがね」
昔、姉さんから言われた言葉が脳裏に蘇りつつも、その笑顔に疑問を呈す。
「果たして、どうしたものやら……」
男子更衣室で着替えを済ませた後、本社ビルの出口付近で腕を組んで考え込む。
人によってはここで煙草をくゆらせたりもするのだろうけれど味覚に影響すると嫌なので俺は吸わない、というかそもそも弊社は例外もあるけれど火気厳禁、がルールだった。
いや、それはともかくとして。
そもそも彼女は一体どういうつもりなんだ? という地点に考えは戻る。
何をもってこんな野郎と飲みになんて……。
「はっ!」
そういえば昔別のタイミングで、姉さんから都会に行った際は都合のいい話に気を付けろとも言われたのを思い出す。
何だっけ? 綺麗な女性に良い気になったら水割りだけで数十万を請求されて黒服のガタイの良いお兄さんたちに囲まれるヤツ? いや、むしろそんなお兄さんたちより体格いいし腕っぷしもある自信はあるけど!?
「お待たせ」
「暴力反対!」
「へ?」
「あ、いや、何でもないです」
手を振って訂正しながら声の方に顔を上げれば。
「!?」
「なに?」
普段の、というか任務の際に着ているシスター姿の訳は当然なくてベールの下に僅かに見えていた見事な金髪とそしてなによりあの服装の下でも隠しきれていなかったスタイルがシンプルなシャツとジーンズの姿で披露されていた。
何というか、こちらの方がよっぽど暴力、じゃないだろうか? 勿論口には出せないけど、コンプラ的に。
「いや、やっぱり美人さんですね、と思って」
「ありがと」
頑張って平静を装ってお褒めさせて頂いたこちらに対して。
言われ慣れているんだろうな、と全てが納得できる余裕の笑顔で返される。
「そっちは、スーツ姿のまま?」
「一応全身着替えましたよ? 一般の服は中々入らないので」
「じゃ、オーダー物なんだ」
「そうなりますね」
他にも地味に耐火素材で裏地に大量にポケットがあったりもする。
「じゃ、焼き鳥食べにレッツゴー」
「ちなみにどちらまで?」
「おっとっと……どこか心当たりある?」
「そうですね」
店の選択肢がこちらにあるということは心配ない? と一瞬だけ思った後、お誘いしてくれたのにそれも失礼かとそんな考えは金輪際頭から追い出す。
もう楽しく飲もうと腹を決める。
「家は、ここから近いんでしたっけ?」
「二駅だよ」
出された駅名は不慣れな土地ながらも聞き覚えがあり、個人的には徒歩圏内なくらいだった。
「お弁当屋の斜向かいに良い炭の匂いしている店があったと思うんですが」
思わず暖簾をくぐりそうになるくらいに、その時手にトンカツ弁当をぶら下げてなかったら確実にアウトだった。
「あ、あたしもちょっと気になってた」
じゃあ、とトントン拍子に話は進み、目的地はそことなった。
「ああ……」
「どうしたの?」
「いや」
目的の焼鳥屋に到着し、指を二本出せばカウンターの丁度端が空いていた。
そこに座る前に上着を畳みながら、一瞬迷ったものの正直に口にする。
「あまり目立つ場所にお連れするのもアレかなと思ったけど、個室付きとかの方が有り得なかったなぁ、と」
「案外、色々考えてくれてたんだ……ここからならあたしは徒歩で帰れるし」
「普通使うと思いますが?」
年下の美人さんとサシでの飲みともなれば。
「もう鳥とお酒のことしか考えてないのかと思ってた」
「……」
いやまあ、普段が普段なので仕方ないけどね。
そんな風に話しながら腰を落ち着けているとタイミングを計った様にアルバイトと思しき女の子が伝票とペンを片手にやって来る。
「とりあえず……こちらは生にするけれど」
生中二つでいいかい? と問いかければ笑顔で首を横に振られる。
「あんまり泡の出るのはニガテなんだ」
「へぇ……」
そんなことを言いながら手書きのおすすめメニューから吟醸酒のラインナップを品定めしている姿も実に絵になるな、と思わさせられる。
「じゃ、コレの冷で」
「お猪口は二つお付けしましょうか?」
「……」
すかさず確認してくるアルバイトさんの言葉に、どうするの? と軽く挑発するような目線が来る。
「今は、無しで」
「あら」
「後からご相伴させて貰うかも、しれないけれど」
「そうこなくっちゃ」
にぃっと笑った顔に取り敢えず及第点だったかと安堵。
それを他所に、かしこまりましたと告げて下がるバイトさんがオーダーを奥に言いながらちらりとこちらを見た気がした。
そりゃあ美女と大男、悪目立ちはするよな? 何て考える。
願わくば、不適切な援助活動のように見えていませんように。
「よく冷えてる」
「あら、ありがと」
程なくして届けられた注文の品を、陶器製の銚子から切子硝子のお猪口に。
「じゃあ……」
それから、こちらも霜が付いているくらいジョッキから冷やされたビールを掲げたところで。
「何に、乾杯する?」
また、少し試すような目線が来る。
「……考えていませんでした」
「君の瞳に、とかはナシね?」
「この段階で言いだすほど馬鹿じゃないですよ」
まあ、冷酒の注がれたブルーの切子に負けないくらいの綺麗な青い瞳をしてらっしゃるけれど。
「あ、いいの思い付いた」
「ん?」
「おじさんに、堕落させられた記念」
「……なんだそりゃ」
「いやー……」
無造作にブロンドを掻き回しながら苦笑いされる。
「食べ物のことならね、おじさんまた変なこと言ってるな、で済んだんだけどね」
「はい」
「お酒とのコンビネーションを出されたら、敬虔なシスターで通ってるあたしもそっち側に引きずり込まれたな、って」
「そっち側ってどっち側ですか」
「欲望に堕ちた側」
「……否定はできんかも」
可笑しさに二人で噴き出す。
「じゃあ、ようこそこちら側に」
「んっ」
中身も形状も違うがガラス同士で軽く音を立ててから、その器を自分の口で迎えに行き一気に半分ほど呷る。
「おー、いい飲みっぷりじゃん?」
「そちらこそ」
一瞬でお銚子が空なんだが?
まあでも。
「こんなに美味いビールは久しぶりな気がしますね」
「お、嬉しいこと言ってくれるねー」
お互いに最初の注文の残りを手早く片付けながら。
「お次は何にする?」
「とりあえずビールをもう一杯」
「あたしは今度はこっち」
今夜は多少飲み過ぎてもいいかな、という気持ちになった。