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48.羊羹とお茶

「ここか?」

 送信されてきた地図の情報をもとにハンドルを切って路地に入る。

 昨日判明した女の子を一人我が家に招くことの絵面の危険さを鑑みて「お稽古の先生にも来て頂いていますし」の言葉を基にこちらが訪問させてもらうことになった。

 小奇麗な生け垣が続く先で誰かが手を振っていることに気付けばワンコちゃんが元気に合図を送ってくれていた。

「こんにちは」

「待ってたよ、車はここね」

「了解です」

 窓を開けて挨拶しつつ切れ目から中に入れば車が三台ほど停められそうなスペースがあり、車止めを意識しながらバックで止めてサイドブレーキもしっかりかける。

 車から降りつつ軽く確かめれば生け垣から内側はしっかりと幾重かのまじないが施された空間になっていて厳重に守られているのが伺えた。

 昨日迎えの車に乗った三人を見送った後に暫く散歩をしながらチェックしたところ特に怪しいところはなかったのでまだ白昼の街中で仕掛けてくるほどではないとは思ってはいるが、一応安心できるなと息を吐く。

 そうしてから、小さな門と奥へと続く飛び石が始まるところに立っている人影に向く。

「お邪魔させていただきます」

「はい、お待ちしていました」

 小さく微笑んでくれる姿は背景と相まって着物レンタルをして写真を撮ろう、というポスターを連想させるものだった……実際身に着けているのはレンタルに並ぶわけがない品質のものだろうけれど。

 一方で。

「ふーん、これがオジサンの車か~」

「また随分な物にお乗りですね」

 わが愛車の品定めをしている二人は下校してきたままなのか昨日の水音さんと同じセーラー服姿。

 純粋にふむふむしていそうなワンコちゃんに比べて目を細める栗毛ちゃんは「こんなところにお金使いこんでいるんですね」という言外の言葉が聞こえた気がする。

 まあ、確かにコテコテのスポーツカーでしかも限定モデルだから多少そういう目で見られることもあるだろうけれど。

「一応、説明をさせて頂くと」

「はい」

「実家が田舎のそれなりのお金持ちなので付き合いやら何やらでそのディーラーで一番高額になるものを定期的に購入しているうちの中から、一応一番無難そうなのを適当に持ってきただけですから」

「なるほど」

 まあ、パワーとスピードはあって頑丈なのでいざという時は役に立つかもしれないと思ってはいる。

 ……いざって何だ、って話ではあるけれど。

「では、立ち話も何ですから」

「はい」

 この前夜にぼーっと見ていた地上波初とかいうカーアクションの影響を頭から追い出して。

 先導してくれる後ろ姿に庭の方に足を向ける。

「私たちと同じ石を同じ順に踏んで下さいね?」

「あ、はい」

「帰れなくなっちゃうよー」

 あー、こっちの家はそういう仕掛けなのね。




「ようこそお越しくださいました、向田様」

 二回ほどわざと逆行する行程を挟んで、こちらの感覚としては一〇〇メートルばかり進んだ後、小振りな日本家屋に到着した。

 そしてその前でまさにそういうイメージという銀フレームの眼鏡をした着物姿の老婦人に迎えられる。

「こちらの家のことを任されております瀬織銀子と申します」

「私のおばあちゃんだよー」

 元気よくくっつくワンコちゃんの頭を撫でているところにこちらも名乗れば。

「本当に、大きな方ですねぇ」

 感心したような声で、古いお宿にあるクマか何かのはく製を見るように見上げられる。

「それなりに食べる方なので」

「あらあら」

 それなり? と言いたげな栗毛ちゃんからの目線が刺さる。

 先日のおにぎりが美味しかったけど足りなかった件はまだ記憶に新しい。

「それも含めて、お嬢様や杏から良く伺っていますよ」

 ああ、これはワンコちゃんに水音さんも良く懐くよな、と思ってしまう笑顔で頷かれた。





「本当に、ようこそお越しくださいました」

 で。

 客間に通されたかと思いきや大きな漆塗りの座卓の前に座らされていい香りのするお茶と和菓子がさっと配膳される。

「え、ええと……」

 一応、遊びに来たわけでは……と思うものの。

「諦めてくださいね、おじさま」

「銀子さん、昨日の夜から張り切ってしまってますから」

「だって、この家にお客様なんて内藤先生以外だととっても久しぶりでしょう?」

 内藤先生とは水音さんが言っていたお稽古ごとの先生だろうか? あと、当然のことかもしれないが栗毛ちゃんはお客カウントではないのだな……。

「黙っておもてなしされてくださいな」

「ははは……」

 正直なところ、高級そうな羊羹の断面図に抗おうなどという気持ちは湧いてこない。

 むしろ、口の中には触発されて唾液が大量に湧いてきていてこれをむざむざ逃す選択肢など無さそうだ。

「切ればまだお代わりありますからね」

「おばあちゃん、私も食べるからねー」

 そしてそれを見透かしているようなお声がけに、大変な強敵が現れた気がするのだった。

 無論、色々な意味で。




「では、私たちは下がりますけれど」

「ねえさまに変なことしたらタダじゃ置かないからね」

「わかっていますって」

 その後、都合三回回を増すごとに分厚く切られた羊羹のお代わりを頂いて……離れの一室をお借りして本題の件に入る。

 少しだけ遠ざかった二人の気配は二部屋ばかり離れた位置で、通常の声は聞こえても詳細は判別しにくいだろうという絶妙なものだった。

「征司さん」

「ええ」

 そんなことを考えていた意識が、小さめながらも軽く弾んだ声に引き戻される。

「お茶請け、お口には合いましたか?」

「……まあ、それは」

 あれだけ食べておいてそうじゃないわけはなかろうか、というところだ。

 ほんのりとした上品な苦みのお茶との相性も抜群で、和のマリアージュって奴だった。

「朝ご飯の時に杏と一緒に考えた甲斐がありました」

「それは、どうも……でも」

「はい」

「それは、杏ちゃんの声が一番大きかったのでは?」

「あはは……その通りです」

 妹分のことだったのあるのか、初めて顔を合わせた頃と比べれば雲泥の差の柔らかさの笑顔を見せてくれる。

 ある意味、感慨深い。

「その、こういう家ですので……お友達や誰かに遊びに来てもらうこともできないですから」

「……お茶を頂きに伺ったわけじゃあありませんが」

「それでも、です」

 多少ぶっきらぼうに言ったつもりも通じていない……。

「せっかくお時間を取って来て頂くのなら、少しでも楽しんでもらえたらな、と」

「お気持ちは充分伝わってますよ」

 軽く頷いてから、始めましょうか……と言えば。

 綺麗な正座の体勢から。

「よろしくお願いします、征司先生」

「……」

 予想外の呼ばれ方に思わず黙ってしまえば。

「おかしかった、でしょうか?」

 不思議そうに尋ねられる。

 まあ、正直な感想で行けば尻の辺りがむず痒くなる呼ばれ方なので。

「いつも通りにしましょうか」

「わかりました、征司さん」




「確認ですが、水音さんは冷気とかを使う時は何か意識されていますか?」

「いえ、特には」

 言いながら指先に小さな氷の結晶を生じさせる。

 そしてそれは部屋の中を通って行った初夏の風に一瞬で溶けて消えていった。

「火の方は全く……ですか」

「はい」

「そうなると、やはり火の方が水音さんにとって異質で間違いないんでしょうね」

「です、よね」

「レオさんに聞いても気が付けば走り回るのに使っていたといいますし、タイガーの方に至っては流歌さんが言うように生まれつきレベルで身体に馴染んでいるんでしょう」

 あの後やっぱり二人で飲みに行ったんですね、という呟きにはまあ否定しませんがと苦笑いで頷きつつ。

「なので、やはり一番近いと思われる後から気付いたこちらのケースをモデルにして行ってみますか」

「はい」

 素直に頷かれ、表情に続きを求められる。

「まずは、自分のそれがどういうものかの把握、からですね」

「……ええと?」

「例えばそちらの御一門で言っても、圧縮した水で切る、冷気として氷を使う、雷も元を正せば雲の中の微細な氷の摩擦から……等々」

 もう一度頷いてくれるのを確認して。

 それからこちらは一度目を閉じてから、この子ならみだりに口にしないであろうことを内心で再確認して口を開く。

「俺も普通の指導してくれた義弟を散々手古摺らせた後、普通との違いに気付いてやっとモノになりました」

「……?」

「誰にも秘密ですよ」

 眼鏡を外しつつ声のトーンを落として言えば、さっきよりずっと真剣な顔で三度頷かれる。

「さっきのように氷を出そうとして……直前で止められますか?」

「え、ええと……やって、みます」

 平たく差し出した手の指先に力が集まった、と感じた瞬間こちらも軽く意識を集中する。

「失礼します」

「え!?」

 先程は氷の結晶が生まれた場所に今度は柔らかい色合いの炎が灯っていた。





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