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45.夏服とマドレーヌ

「ふぅ……」

 流石にこの時間帯に自炊をする気にはなれず、栗毛ちゃんの家の車で近くまで送ってもらった後、いつものラーメン屋弐玖で腹を満たしてから帰宅した。

 時間帯が悪くお団子ちゃんの顔を見れなかったのが少々残念だが、また来いということだろう。

 それはそうとして、ラーメンだけではちょっと足りないかと米も足したのだけれど、おにぎりと茶碗のどちらかを選べる形式で普段と逆に何となく今日は茶碗の方を選んでいた。

 うがいと手洗いを済ませた後、コップに注いだ麦茶を半分飲んでからスーツをまず脱いで軽く目を通す。

 こちらは大丈夫だったか、と思ってからスラックスを確認すれば流石の防刃耐火の特注仕様もまともに膝から着地したことによって細かな解れのようなものが生じていた。

 これはもう処分かな? と思いつつ下は多めに注文しておいてよかった、とも考えたりした。

 その後、麦茶の残り半分を飲み干してから自室に戻る。




「お疲れ様です、兄上」

「いや、こちらも遅くなって」

「いえいえ」

 通信の向こうに義弟の姿が浮かぶ……そういえば本日初顔合わせした姫カットお嬢様に本気で嫌われてそうだったな、と思い出してから心当たりを本人に聞こうかという興味も沸いたが止めておくことにする。

 何故なら、この男の方は多分悪気がないから心当たり等はない筈なので。

 それはそうと。

「衣笠も無事戻りましたか」

「ええ、先程」

 時代劇か何かの若旦那と猫のように、暁の腕に抱かれている本家の方で飼っている狐の使い魔が軽く首を上げてこちらを見る。

 明日の昼は丼ものにしようとこっそり心に誓いながら、一応尋ねる。

「怒ってました?」

「追いかけっこを楽しんできたようですよ?」

「それは何より」

 上手いこと二番隊を罠のポイントまで誘導して貰えて助かった、今度実家に帰ることがあれば油揚げを奢らなくては。

「尻尾の方はいかがでした?」

 衣笠の六本にまでは増えている尻尾をモフモフしながら暁が尋ねてくる……俺もちょっとしたくなるじゃないか、と内心思いながら返答する。

「結構入れ込んだ罠ではあったけれど尻尾の先の毛、くらいだった」

「それは残念」

「ただ、使い魔を送り込む程度ではどうにもならないことは伝わったのではないかな?」

「同意見ですね」

 頷いた後、改めて確認が来る。

「あの小柄なお嬢さんの方は」

「今のところ上手く扱えてはいないけれど、かなり強い浄化の力は秘めていたよ」

 そこそこ高位の相手を、ほぼ一蹴するレベルのものが……その後の状態から使いこなせているとは言い難いが。

「では、変わらず手は伸びてくると」

「タイミングが向こう次第なのが少々面倒ですが」

「そこは気長に釣れるのを待ちましょう」

 同意しながらも……もう彼女について知りたいことはある程度知ったので、伸びてくる手はもう触れさせまいと決める。

 あんな消え入りそうな姿は見たくない。

 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、それともそこは特に関係のないことなのか。

「無論、変わらず援助は惜しみませんので」

 何も知らない女性なら五割は落とせるんじゃないか、という笑顔で今度は衣笠の首のあたりをじゃらしながら。

 ……隅っこに映る師匠がその衣笠をほんのり羨ましそうに見てるのは指摘したほうがいいのか悪いのか。

「今度は首根っこをガッチリとっ捕まえてきてくださいね、兄上」

 つまりまあ、現状は継続されるということか。




「んぁ?」

 ただでさえ遅かった帰宅時間に、そのような表に出せない報告もしていたためか、翌朝目が覚めれば日の出が早くなってきていることと相まってほんのり外が明るかった。

 枕元の定位置からスマホを引き寄せて時間を確認すればそれでも寝過ごしたほどではなくて、それにそもそも平日ながらもローテーションの関係で休日だったと思い出す。

 ただ昨夜充電ケーブルを差したもののコンセントの方が抜けていたため減っていたバッテリーの残量にちょっとしまったかな? と思いながら身体を起こしてコンセントに差し直す。

 紙パックから野菜ジュースを直飲みしながら、そういえば米も炊いていなかったな、と思い出して今日は外で朝を摂ろうかと考えれば幾つも候補がわいてくる……何となくカフェオレの気分だから朝からやっているベーカリーでいいか、と考えたところで。

「お?」

 着信の音に画面を確認すればメッセージが。

 あちらも先程目を覚ましたようで、少し消耗しているがいつもほど体調を崩している訳ではないとのことでほっと一息吐く。

 そしてその後に付け加えられた一文に、少し考えた後了解を返信しつつ……。

 朝食候補だったベーカリーにはレジ横でクッキーも売っていたことを思い出しながら、最終決定を下した。




「こんにちは、征司さん」

「ええ、こんにちは」

 その日の午後。

 それまでの時間を食べ歩きと散歩、それから身体を休めることに使ってから、マンションの玄関からの呼び出しに応じて一階に下りて内側から住人しか入れないスペース側に水音さんを迎え入れる。

「体調は、どうですか?」

「ちょっとだけ疲れているような感じはしますけど、全然大丈夫です」

 学校も最後まで平気でしたし、と両こぶしを握るさまを思わず微笑ましく見てしまう。

「そういえば」

「はい」

「もう、そういう季節でしたね」

「あ、はい」

 そんな仕草をした両腕がいつになく露わになっていて思わずそう呟く。

 先日一度だけ拝見した上下紺色に白のラインとスカーフだった冬服と違い、白と黒の上下に少しワイン寄りの赤いスカーフの夏服姿。

 気が付けばもう六月だった。

「お似合いだと、思いますよ」

「ありがとうございます」

 女の子が真新しい恰好だったらまず褒めろ、とは姉さんの教えだったが……まあ、そうじゃなくてもこの感想になってしまう。

 絶滅が危惧されるレベルの落ち着いた容姿にこの格好が合わないわけはなかった。

「学校からはそのまま?」

 と、そもそもセーラー服姿からして今更なことを聞けば。

「その、一度帰宅した方がとも考えなくもなかったのですが」

「ええ」

「あまり遅くなってしまいのもいけないかな、と思って」

「それもそうですね」

 制服のまま、という方が時間帯が遅くなることよりは罪が軽い、気がする。

「あ、勿論立ち寄りをする届は出してきましたので」

「そこは心配してないですよ、隊長さん」

 その辺りは全然そつなくこなしていたのを思い出しながら、わざと古い呼び方をする。

 不服そうにされるかな? と思いきや意図が通じていたのか柔らかく微笑んだ表情のままだった。

 そんな話をしながら共用部の廊下をエレベーターに先導すれば時間帯もあるのか上手い具合にさっき下りて来た時のままになっていてくれて上へのボタンを押すとすぐにドアが開いた。

 八人用、と書いてある耐用重量のところをいつも俺だと六人でオーバーしてしまうんだよな、と苦笑いしているがこの子だと多分二桁人数でも行けそうだよな、と考えてしまう。

 多分、足して二で割れば平均値。

 そんなことをしてから。

「どうしましたか?」

「いえ、別に」

 特に緊張する様子もなく現在の階のデジタル表示が変わっていく様を見ている姿に、割合慣れてくれたんだな、と少々感慨深くなった。




「アイスコーヒーか、ペットボトルでよければ紅茶と烏龍茶がありますが」

「珈琲は……」

「水出しですよ」

 冷蔵庫のドアポケットから普段使いのボトルを出して見せれば。

「いつも飲まれているんですか」

「寝る前に少し仕込むだけなので常備品ですね」

「じゃあ、珈琲にしてみます」

「はい」

 グラスに氷を二つ、ガムシロップとミルクも二つ……いや、「してみます」という発言を鑑みて三つ小皿に入れてストローと一緒にテーブルに。

「あと、これもお好きだったら」

 朝食ついでに買ってきたマドレーヌを別皿に。

「おいしそうですね」

「遠慮なく確かめてください」

「ええ、では」

 シロップを一つとミルクを二つ入れたコーヒーを一口飲んでから、焼き菓子を。

 あまり見るのも失礼なのでこっちもストレートのものをグイっと呷れば四つ入れた氷の音がした。

「……」

「どうしました?」

 そこで視線を感じて尋ねれば。

「私だと」

「はい」

「そんなに冷たいものを一気に飲むと、ちょっとお腹の調子が悪くなりそうかな、って思ってしまいました」

 本当、同じ人類ではあるけれど繊細な女の子だな、と再認識する。

 そうしながらこの前少しとはいえ強めに握ってしまった手首が痣とかになっていないよな? と、ちらりと盗み見て無事を確認する。

「おいしいです」

「それは良かった」

 小さな笑顔を見ながら、あのグラスってあんなに大きかったっけ、と比較対象の差を改めて痛感したりもする。

「ばあやがおやつを準備してくれる時は、お饅頭とかが多いので……あと、お皿に盛ったクッキーとかおせんべいとか」

「……あの四角いゼリーとかもですか?」

「? ゼリーは暑い時期に果物が入っているのを時々」

 野菜を分けてもらいに近くの農協を手伝ったときにそちらのおばあさんたち出されたお菓子を想像したけれどちょっと違うか……。

 でも思い出すと食べたくなったな、あの四角い独特の食感のアレ。

 今度哨戒がてら売ってるところを探すか。




「ごちそうさまでした」

「いえいえ」

 結構しっかりと焼かれていたお菓子だったけれど細かい破片も出さずに綺麗に食べて包装を軽く畳む。

 詰め合わせで買ったのでもう少しどうです? と口に出しそうになって止めておく……身体のつくりが違うことをそろそろ覚えてきた。

「あと、今更ですけれど」

「ええ」

「お休みの日に押しかけてしまってすみません」

「この時間帯はいつも帰ってきてから寝転がっているだけだから構いませんよ」

 むしろ目の保養をさせてもらったし、何だったら部屋の空気が浄化されている気さえする。

「帰ってきて?」

「朝のうちに出掛けて昼を食べて帰ってくる感じですね」

「そういえばみんなでたこ焼きを作った時も漁港に……」

「ドライブついでですよ」

 それも楽しそう、と呟いた後。

 時々している袴を握る仕草を、標準より結構長めに着こなしている制服のスカートで同じようにしてから。

「ええと、それで……」

「はい」

 それを何度か繰り返している、おいおい皴になっちゃうよ……と心配になってきたところで。

「一昨日、征司さんが……私のことで、怒ってくれた時、なんですが」

「ああ……」

 少しばかり話を聞いた時のこと。

「聞くだけに徹するつもりがちょっと気持ちが出て、済みません」

「いいえ、いいえ!」

 あ、やっとスカートを離して制するような手つきをした、とちょっと可笑しくなる。

「その、どちらかというと……うれしかった、です」

「……」

 幸いだった気もしたけれど、それを口にするのも違うかと思い耳の裏辺りを掻いていると。

 彼女はもう少し迷うような仕草を見せた後、意を決したのか口を再度開いた。




「征司さんに……聞いてみたいことがあるんです」





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